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クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

児童移民を告発した女性の物語~映画「オレンジと太陽」を観る

2012年03月31日 06時45分06秒 | 日記

31日(土)。まだ桜も咲かないのに早いもので今日で3月も終わり、今年度が終了です 昨夕、10階ホールで記者クラブ主催の試写会「オレンジと太陽」を観ました

この映画は、イギリスが19世紀から1970年代まで、福祉の名のもとに行っていた「児童移民」の真実を明らかにした実在の女性、マーガレット・ハンフリーズの物語です あらすじは以下の通りです。

英国ノッティンガムでソーシャルワーカーとして働くマーガレットは、ある日、見知らぬ女性シャ―レットに「私が誰なのか調べてほしい」と訴えられます。幼いころにノッティンガムの施設に預けられた彼女は、4歳のときに多くの子どもたちとともに船でオーストラリアに送られ、自分がどこの生まれで、母親はどこにいるのかも判らないと言います マーガレットは半信半疑ながら、ある出来事を契機に調査を始めます。やがて彼女は、シャーロットのような子どもたちが数千にも上り、中には親が死んだという嘘を信じて船に乗った子どもたちもいたことを知ります。子どもたちは過酷な労働や虐待を強いられていたことがわかります。さらに、その強制的な「児童移民」が密かに政府によって行われていたことを突き止めます

マーガレットは粘り強い捜査活動によって数千の家族を再び結び合わせます。この活動によって、2009年11月にはオーストラリア首相が、2010年2月にはイギリス首相が事実を認め、正式に謝罪したということです

題名「オレンジと太陽」は、元孤児の男が移民の子供時代を振り返って「ある日、男の人が来てこう言った。君のママは死んだ。だから海の向こうの美しい国に行くんだ。そこでは毎日、太陽が輝き、そして毎朝、オレンジをもいで食べるんだ」と語るシーンから名づけられています

原作本はマーガレット・ハンフリース著「からのゆりかごー大英帝国の迷い子たち」で、ジム・ローチ監督作品。キャストはエミリー・ワトソン、デイヴィット・ウェナム、ヒューゴ・ウィ―ヴィングほかで2010年イギリス映画(106分)です

13万人もの子どもたちが「児童移民」としてキリスト教系の慈善団体などを通して”政府公認”のもとにイギリスからオーストラリアに送られていたことも、社会福祉の名のもとに国家的な犯罪とでもいうべき虐待があったことも、この映画を観るまでまったく知りませんでした 

マーガレットは身の危険を感じながらも、夫や元孤児たちの支援を受けながら、今は大人になった迷い子たちの親の行方を捜します。そして現在でもなおその活動が続いていることを映画は語ります

重いテーマですが深く印象に残る映画として推薦します 4月14日(土)から岩波ホールでロードショー公開です

 

                

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「フランスの情景~小林美恵、萩原麻未と仲間たち~」を聴く♪

2012年03月30日 06時34分06秒 | 日記

30日(金)。昨夕は7時から銀座でのコンサートだったので、時間調整のため地下のOでS監査役、E部長、K君と飲みました 30分ということでしたが、45分でした。6時15分に当ビルを出て、国会通りを銀座方面にほぼまっすぐに進み、銀座界隈の細い路地を突っ切って、ヤマハホールには6時半に着きました。ほぼ計算どおりです

新生ヤマハホールは2回目です。「フランスの情景~小林美恵、萩原麻未と仲間たち~」というホール主催のコンサートを聴きました プログラムは①プーランク「ヴァイオリン・ソナタ」、②ミヨー「屋根の上の牛」、③メシアン「世の終わりのための四重奏」の3曲です。

出演は1990年ロン・ティボー国際コンクール優勝者・小林美恵(ヴァイオリン)、2010年ジュネーヴ国際音楽コンクール優勝者・萩原麻未(ピアノ)、NHK交響楽団首席チェリスト・藤森亮一(チェロ)、同楽団首席クラリネット奏者・松本健司の4人です

自席は1D6で、前から4列目のほぼ中央の通路側。早めにチケットを手配した成果です

プーランクの作曲した唯一のヴァイオリン・ソナタは、スペイン内乱時の政争に巻き込まれ、最後はフランコ派に射殺された悲劇の詩人、ガルシア・ロルカに捧げられました

ヴァイオリンの小林美恵は黒を基調、萩原麻未は白を基調とするドレスで登場します ピアノはもちろんヤマハです。このソナタは3楽章から成りますが、全楽章を通じてエスプリを感じさせる曲想で、ヴァイオリンとピアノが情熱的にせめぎ合います。萩原麻未は何度か聴いているので、情熱的な演奏の魅力はある程度頭に入っているのですが、小林美恵は初めて聴きます。まるで女性版眠狂四郎のような、なかなか鋭い感性の持ち主のようです

2曲目のミヨー「屋根の上の牡牛」は、作曲者が、外交官で詩人のクローデルに随行してブラジルへ渡り、現地の音楽に刺激され、帰国後にこの曲を作曲したとのことです この曲を一言でいえば「統制のとれたカオス(混沌)」とでもいうべきでしょうか。ラテン的な賑やかな音楽で、騒然とした感じがしますが、その中に、秩序があります

小林が、よっぱらいがヴァイオリンを弾いているような様相でメロディーを奏でると、萩原は椅子から腰を浮かせて上から叩き付けるといった調子で、それぞれが勝手に弾いているように見えるのに、統一性が保たれています。これぞフランスのエスプリです

最後はメシアンの「世の終わりのための四重奏曲」です。ピアノをバックに、左からヴァイオリン、チェロ、クラリネットという配置。オリヴィエ・メシアンは1908年に生まれ1992年に死去しているので、つい最近まで生きていた作曲家です。この作品でメシアンが重視したのは「過去や未来といった時間の束縛からの解放、その先にある永遠への憧れ」であったようです、抽象的でよくわかりませんが

8楽章から成りますが、楽章ごとに背景の照明が赤くなったり、青くなったりして、光による演出効果を発揮しています 相変わらず萩原麻未のピアノは緩急自在に冴えわたっています。何度聴いてもすごいピアニストです。小林美恵のヴァイオリンも鋭い切れ味で最弱音から最強音までを美しく再現します 藤森のチェロ独奏部分はなかなか聴かせてくれました。クラリネットの松本は第3楽章「鳥たちの深淵」で、ピアニッシモからフォルティッシモまでを完ぺきなテクニックで表情豊かに表現していました

最後はピアノの弱奏に乗ってヴァイオリンがピアニッシモで天に昇っていくさまを奏で、静かに終わりました

この日の収穫は、萩原麻未の演奏をまた聴けたことと、小林美恵のヴァイオリンの素晴らしさに出会ったことです

 

                  

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子供のための定期演奏会~大友直人+東京交響楽団の試み

2012年03月29日 06時15分48秒 | 日記

29日(木)。昨日の日経朝刊・文化欄に東京交響楽団の常任指揮者・大友直人が「子どもに響く定期演奏」と題するエッセイを書いています 大友は「小学校高学年でNHK交響楽団の定期会員になり、生演奏に接してきたが、その頃に聴いた音楽が今の自分の核になっている」と言います

大友と東響はサントリーホールと提携して児童向けの「こども定期演奏会」を年4回開催しており、今年で11年目を迎えたとのことです 目的は、言うまでもなく「幼いうちから音楽に触れる習慣が根付くように」ということです 選曲は「こども向け音楽会」とはいえ、ベートーヴェンの「運命」やドヴォルザークの「新世界」のような超有名曲だけでなく、シェーンベルクやマーラーなども取り上げているといいます 個人的には、シェーンベルクを子どもの時から聴かせるのは、音楽嫌いになる恐れがあるので止めた方がいいと思いますね

長い交響曲は、集中力が続かないので、一つの楽章だけ取り上げるなどの工夫をしているとのことです また、武満徹ら日本人の作曲家だけを取り上げた回は、反応の良さに驚いたそうです。「細川俊夫の響きが良かった」「三善晃が面白かった」などの感想を聞いたといいます

「騒がしくないですか?」と聞かれることもあるが、面白いことに大人よりずっとマナーがいい。静かに集中してくれるーとのことです。そうかもしれません 演奏会に行くと、頭をしきりに左右に動かしたり、身を乗り出して後ろの人の鑑賞を妨げたり、とどめはケータイの着メロを鳴らしたり、いきなり駅弁を食べ始めたり・・・それはないか

大友は「日本には音楽が定着しているのだろうか」と感じ、「こども定期」はその不安に対するひとつの提言だ、と言います オーケストラの定期演奏会に行くたびに感じることは、平均年齢がすこぶる高いということです このままいったら、各オーケストラの定期会員は減少の一途を辿るのではないかと心配になります。そういう意味で、こうした活動は、地道ながら将来の聴衆を育てる観点から、素晴らしい試みだと思います

目を活字文化に転じてみると、「活字離れ」「新聞離れ」が叫ばれて久しくなります いま新聞を読んでいる典型的な読者層は、就職を控えた学生と、仕事上必要とする会社員と、時間が有り余っている高齢者くらいではないかと思います 活字離れ、新聞離れ対策として新聞業界で取り組んでいるのがNIE運動です。NIEとはNewspaper In Educationの略で、「教育に新聞を」と訳されています。新聞業界をあげて未来の読者を育てるべく、学校に新聞を教材として提供して、新聞を通して学習してもらおうという運動です 何とかこの運動が実を結んで、子どもたちが大人になったときに新聞を、本を読んでくれるようになるといいと思います

音楽にしても新聞にしても、子どもの時から将来の聴衆、読者を育てることがいかに重要かということを感じます 電車の中で、いいおとなが漫画本を読んでいたり、ケータイでゲームをやっているのを見ると、マジで張り倒したくなります 文化は子供時代から育むことが大切だ、ということでしょう

 

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ポプラフスカヤ来日中止!ボルシが代演~新国立オペラ「オテロ」公演

2012年03月28日 06時17分30秒 | 日記

29日(木)。先日、新国立劇場から「2011/2012シーズン オペラ”オテロ”出演者変更のお知らせ」ハガキが届きました。それによると、「4月1日初日のオペラ”オテロ”にデズデーモナ役で出演予定だったマリーナ・ポプラフスカヤが、健康上の理由で出演できなくなった。代わってマリア・ルイジア・ボルシが出演する」となっていました

ポプラフスカヤは昨年6月に米メトロポリタン歌劇場来日公演のヴェルディ「ドン・カルロ」でエリザベッタを歌い喝さいを浴びたソプラノ歌手です もっと正確に言えば、同歌劇場の来日公演に当たって、昨年の東日本大震災と東京電力福島原発事故の影響で、プッチーニ「ラ・ボエーム」でミミを歌う予定だったアンナ・レトレプコが来日を断念したことから、「ドン・カルロ」でエリザベッタを歌う予定だったバルバラ・フリットリがミミを歌うことになり、フリットリが歌うはずだったエリザベッタをポプラフスカヤが歌うことになったのです ポプラフスカヤは原発事故があったにも関わらず来日して歌ったわけですから、今回来られないのは本当に健康上の理由なのでしょう。残念ですが、しかたありません

代演のマリア・ルイジア・ボルシは世界中のオペラ劇場に出演している実力者で、昨年の新国立オペラ、モーツアルト「コジ・ファン・トゥッテ」でフィオルディリージを歌った歌手です モーツアルトのオペラと、ヴェルディのオペラとでは歌うアプローチがまったく違うでしょうが、ムーティの指揮ローマ歌劇場で「オテロ」のデズデーモナを歌った経験があるとのことなので、大いに期待したいと思います ポプラフスカヤの来日中止は残念ですが、誰かのピンチは誰かのチャンスです。チャンスをものにしてほしいと思います

 

                  

 

  閑話休題  

 

東川篤哉著「中途半端な密室」(光文社文庫)を読み終わりました 著者の東川篤哉(ひがしがわ・とくや)は1968年広島県尾道生まれです。最近では2011年に「謎解きはディナーのあとで」が第8回本屋大賞に選ばれてベストセラーになり、さらにテレビドラマ化され大ブレークしました。彼の作品は、かつてこのブログでも何冊かご紹介しましたが、一言でいえば「ユーモア・ミステリ小説」です

「中途半端な密室」「南の島の殺人」「竹と死体と」「十年の密室、十分の消失」「有馬記念の冒険」の5つの短編が収録されています。これらすべてが「安楽椅子探偵」による謎解きです「安楽椅子探偵」小説とは探偵役が現場に足を運ばず、話を聞いていただけで謎を解くスタイルの推理小説のことです。まあ、よくも裏の裏をかいてくれるものだと感心します。気軽に読めるミステリです

 

                  

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モーツアルト「協奏交響曲K.297b」を聴く~オーケストラ・アンサンブル金沢

2012年03月27日 06時24分33秒 | 日記

27日(火)。昨夕、サントリーホールでオーケストラ・アンサンブル金沢の第28回東京定期公演を聴きました 曲目は①ハイドン「交響曲第94番ト長調”驚愕”」、②モーツアルト「協奏交響曲変ホ長調K.297b」、③ベートーヴェン「交響曲第7番イ長調」の3曲。指揮は音楽監督・井上道義です。K.297bの管楽器の独奏者はドイツのバンベルク交響楽団の首席メンバーです

サントリーホール前のカラヤン広場に着くと、黒服の男たちが大勢、それぞれ誰かを出迎えている様子です。一見〇〇組の出入りか、と思うほどものものしい雰囲気です 会場でプログラムをもらい、中を見て”ははーん、なるほど!”と思いました。賛助会員の名簿が3ページ分を埋めています。298団体、個人80人となっていました。黒服の人たちはこれら賛助会員の関係者で、割り当てのチケットを知人に渡すために待っているのではないか、と勘繰ったわけです。違うかもしれませんが 自席は1階19列15番。かなり中央に近い通路側で、4つ前の右斜めの席には自民党のシオジイが座っていました

オーケストラ・アンサンブル金沢は1988年に故岩城宏之が初代音楽監督を務めた40名からなる日本最初のプロ室内オーケストラです。2007年から井上道義を音楽監督に迎えています。舞台に向かって左から第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、その後ろコントラバス、第2ヴァイオリンという編成です

1曲目のハイドン「交響曲第94番ト長調」が”驚愕”のあだ名で呼ばれているのは、居眠りをしている聴衆の目を覚まそうと意図して、第2楽章で、最弱奏から突如ティンパ二による最強奏に移る音楽を書いた、と言われているからです

井上は指揮棒を持たずに登場します。彼の指揮ぶりを一言でいえば”踊る指揮者”です。彼は小さいころバレエを習っていたことから、その習性が抜けないのです

さて、指揮者が茶目っ気たっぷりの井上道義です。”何か仕掛けてくるに違いない!”と読んでいました。すると、第2楽章の、ティンパ二による最強音が鳴ったとき、会場の照明が一瞬パッと点きました。井上は会場を振り返って”どうだい、驚愕だろ”というような得意顔をしていました。会場は突然のサプライズにドッと沸きました 照明係がオーケストラの一員になって演奏に”参加”したのは極めて珍しい事件ですね

2曲目のモーツアルト「協奏協奏曲変ホ長調K.297b]は、昔からモーツアルトの作品かどうかが疑われてきた作品です。本物かニセモノかについては、決定的な証拠がないのです。ただ、この曲を聴けば「モーツアルトでなくて、いったい誰がこんなに素晴らしい曲が書けるのか?」と言いたくなるほど、”モーツアルト的”です この第1楽章は最高に楽しい曲です。管楽器のソリストはドイツのバンベルク交響楽団のメンバーで、立ち位置左からオーボエがカイ・フレンブゲン、ファゴットがアレクセイ・トカチャク、ホルンがザボルクス・ツェンプレー二、クラリネットがギュンター・フォルストマイアーです

ソリストは4人とも優れた音楽性を持った人たちです。メロディー・ラインを吹くオーボエが目立ちますが、注目されるだけのことはある素晴らしい演奏です 井上とオーケストラによるサポートは出すぎることなく、引っ込みすぎでもなく、中庸を守っていて好感がもてました

休憩後はベートーヴェン「交響曲第7番」です。皆さんご存知「のだめカンタービレ」のテーマ・ミュージックですね ここで、初めて井上はタクトを取りました。指揮振りを見る限り「きかん坊が棒を振り回している」感じですが、オーケストラから出てくる音は力強く明確な音です とくに感心したのは、コントラバスは3本しかないのに、第1楽章、第4楽章では会場の隅々まで届く大迫力なのです それはコントラバスだけに限りません。何しろ全員でたったの40人ですが100人のオケに負けていません。優れたプロ集団です

会場いっぱいの拍手に応えて、井上がマイクを使わず、「サントリーホールで、これだけの人数でやるのは、大変」「でも、よけいなものはいらない」「これも皆さんのおかげ」と大声で話し、「海外遠征に出ると必ず演奏するアンコール曲を演奏します。武満徹の”他人の顔のワルツ”」と言って、弦楽器による音楽を演奏しました まるで映画音楽のような感じのメロディアスな曲でした。

井上は楽員を立たせ、首席クラスと握手しますが、動作がきびきびしているので、しつこさを感じさせません また、もったいぶって何回も舞台から出てくるようなことはしません。実にスマートです。こういったステージ・マナーは他の指揮者も見習ってほしいと思います

 

               

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ありがとう、そして、さらばN響アワー♪  32年間の放送に幕

2012年03月26日 06時19分39秒 | 日記

26日(月)。昨日、父の墓参りに行ってきました。早いもので父が亡くなってからこの30日で満7年になります。穏やかな天気で”墓参り日和”だったせいか、他に2組ほど”墓マイラー”を見かけました。実家にも寄ってきましたが、猫のミラは元気でした。ミラというのは未来ではなく、ミラクルのミラです。7kgもあるので体重がミラクルですよね 私のそばにやってきて、さかんにズボンの匂いを嗅いでいます。お墓でお線香を炊いたのでその匂いが残っているのかな?と思いましたが、妹は「それ、きっと外の匂いが気になるのよ」と言います。ミラは臆病なくせに外に出たがる猫で、外の匂いが好きなのだということでした  

 

              

 

  閑話休題  

 

32年間にわたり放送されてきたN響アワーが昨夜の放送をもって終了しました 現在の司会者・西村朗のほか、前任者の池辺晋一郎と檀ふみもゲスト出演し、思い出の名場面が放映されました 池辺は13年間司会を務め、檀ふみが6年間アシスタントを務めたそうです

思い出の曲として流れた最初の曲は、シャルル・デュトワ指揮によるベルリオーズ「幻想交響曲」の「舞踏会」です デュトワが常任指揮者になって、それまでドイツ的な音だったN響がフランス的な音に変わったと言われました その演奏を会場で聴いて感激した檀が、デュトワに「ファンタスティックな演奏でした!」と言うと、デュトワは「そうでしょう、曲名がファンタスティック(幻想的)だからね」と答えたとのこと。デュトワも池辺に負けてませんねぇ

2曲目はヘルベルト・ブロムシュテット指揮によるベートーヴェン「交響曲第3番”英雄”」の第4楽章です オーケストラの配置をみると、彼が常任指揮者を務めるドイツのライプチッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団と同じように、ヴァイオリンセクションが左右に分かれ、チェロとコントラバスが左後方に位置する”ゲヴァントハウス”方式を取っています

番組では、過去に取り上げてきたいろいろなコーナーを紹介していました。何と言っても池辺晋一郎が主に檀ふみを相手にダジャレを連発した「ダジャレ・コーナー」が最終回のハイライトでした よくもまあ、本番中に、つまらない、もとい、素晴らしいダジャレが言えたものだ、と感心しきりです。ダジャレを言ったことのない私にとってはとても考えられない存在です。なにしろ池辺は、お祖父さんとお孫さんがアイスクリームを食べている夢を見て”祖父とクリーム”=”ソフトクリーム”が頭に浮かんだということですから、シャレに夢と現実の区別がないらしいのです相手をしていた檀さんの忍耐強さと寛容の精神には今更ながら敬服します 司会の西村が言うには「ダジャレ」ではなく「オンジャレ」と呼ぶそうです。最初に呼んだのはダレジャ?

そして、32年間の放送で最後に選ばれたのはエフゲニー・スヴェトラーノフ指揮によるチャイコフスキー「交響曲第5番」の第4楽章です 最も視聴者のリクエストが多かったといいます。分かります 実際に生で聴いたN響の演奏会で最も印象に残っているのは、スヴェトラーノフの指揮したマーラーの「交響曲第5番」とチャイコフスキーの「バレエ音楽」です

スヴェトラーノフは指揮棒を使いません。両手で包み込むように指揮をします。そして、ときに、両手を下ろしたまま指揮をしないで、オーケストラの演奏に任せるときもあります その時は目で指揮をしています。残念ながら抜群の掌握術を持った愛すべきスヴェトラーノフはもういません

4月1日(日)から新しいクラシック音楽番組「ららら クラシック」が始まるとのことです。幼いころから時々N響アワーを観てきた娘に「N響アワーが終わっちゃうよ」と言うと、「なんで」と訊くので、「N響アワーだと、どうしても”N響”にしばられちゃうから、もっと対象を広げたいんじゃないのかな」と答えました。新番組がその答えを出してくれると期待したいと思います 

くれぐれも「ららら クラシック」が「あらら 暗シック」にならないように祈念します・・・NHK=日本ヒマ人協会

 

 

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モーツアルト「戴冠ミサK.317」を聴く~東京交響楽団オペラシティ・シリーズ

2012年03月25日 07時05分26秒 | 日記

25日(日)。昨日、初台の東京オペラシティ・コンサートホールで東京交響楽団オペラシティ・シリーズ第66回定期演奏会を聴きました プログラムは①バッハ「管弦楽組曲第3番」、②ハイドン「チェロ協奏曲」(チェロ:石坂団十郎)、③モーツアルト「戴冠ミサ曲K.317」の3曲。指揮は飯森範規です

舞台に登場したメンバーを見ると、第1、第2ヴァイオリンが左右に分かれる”対向配置”をとっています。第1ヴァイオリン側にはチェロ、コントラバス、さらにトランペット、ティンパ二が配されています。反対の第2ヴァイオリン側はヴィオラとオーボエがいるだけで、かなり左サイドに片寄った編成になっています。全員で20名ほどの小編成。コンマスはソロ・コンサートマスターの大谷康子です

バッハは管弦楽組曲を4曲作りましたが、第3番は第2番とともによく演奏される曲です。序曲に始まり、複数の舞曲楽章から構成されています。第3番は第1曲:序曲、第2曲:エア、第3曲:ガヴォット、第4曲:ブーレ、第5曲:ジーグから成り立っています

飯森は指揮台を使いません。彼のタクトが振り下ろされ序曲が始まります。まるで古楽器で演奏しているような響きがします。楽器自体は現代楽器ですが、いわゆる”ピリオド奏法”で演奏しているため、そういう印象を受けるのです この奏法だと、メリハリが効いて透明感が増し、18世紀のバッハの音楽が現代に蘇る感じがします 第2楽章エア(アリア)は、「G線上のアリア」として広く親しまれている曲です。癒し系の代表的な曲ですね

2曲目のハイドン「チェロ協奏曲第1番」の演奏のためにオーケストラのメンバーが拡大されます。それでも全員で30数名に過ぎず、オケ全体が舞台の左側に片寄っていることに変わりはありません ソリストの石坂団十郎が指揮者とともに登場します。かなり背が高く堂々たる体格で、メガネをかけていて一見”インテリ風”です 1979年ドイツ生まれで、父親が日本人、母親がドイツ人とのことです。ミュンヘン国際コンクールなど主要なチェロコンクールで優勝している実力者です しかも現在33歳にしてドレスデン音楽大学教授を務めているとのこと。飯森の解説によれば、ドイツの大学教授になるには難しい国家試験に合格しなければならないとのことなので、相当優秀なのでしょう

ハイドンのチェロ協奏曲第1番の楽譜は1961年にチェコの城で発見されました。おそらく1760年代に作曲されたのではないかと推定されています

石坂団十郎のチェロは力強くダイナミックな点が特徴でしょう。そして”懐の深さ”を感じますとくに第3楽章のアレグロ・モルトの躍動感をどう表現すればいいでしょうか ”ドイツのアウトバーンをBMWがフルスピードで突っ走っていく感じ”とでも言うべきでしょうか とにかく確かな技術の裏付けによって快適に飛ばします 最後の音が消えた直後の会場の熱気は尋常ではありませんでした。ホールの温度が一気に上昇した感じがしました

何度も頭を下げて声援に応えていましたが、不慣れな日本語で「バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番のジーグを演奏します」と言って、演奏に入りました。これがまた素晴らしい演奏で、拍手喝さいを受けていました

休憩後、モーツアルト「ミサ曲ハ長調K.317”戴冠ミサ”」のため、東響コーラスのメンバーが入場します。男性約50人に対し女性約60人といった編成です。コーラスが並ぶと男性陣の最前列の人たちの足が見えるほど、舞台の右サイドの”空き”が目立ちます ソリストが指揮者とともに登場します。ソプラノ:吉原圭子、メゾ・ソプラノ:富岡明子、テノール:児玉和弘、バリトン:与那城敬の4人です

モーツアルトはザルツブルクの大司教に仕える身分だったことから、10数曲の教会音楽を作っています。とくに1768年からの10年間は精力的にミサ曲を作曲しています 戴冠ミサはほぼ1年半にわたるマンハイム~パリ旅行からザルツブルクに帰った直後の1779年3月23日に完成しました この曲が「戴冠ミサ」と呼ばれているのは、1790年にヨーロッパ各地で行われたレオポルトⅡ世の戴冠式のための音楽としてこの曲が使われたことから、次第に定着したと考えられています

曲の構成は、第1曲:キリエ、第2曲:グローリア、第3曲:クレード、第4曲:サンクトゥス、第5曲:ベネディクトゥス、第6曲:アニュス・デイから成っています。

第1曲のキリエが始まります。「大ミサ曲」と呼ばれるミサ曲ハ短調K.427を聴いた時も思うのですが「モーツアルトのミサ曲はオペラだ」ということです。歌うような美しい旋律に溢れています ソリストでは4人の中で一番小柄な吉原圭子が、よく通る美しいソプラノを聴かせてくれました。東響コーラスも大健闘しました

終演後、飯森がマイクを持って登場し「東響は新潟でも年5回定期コンサートを開催しており、明日、今日とほぼ同じプログラムで演奏する。ただし、新潟だけ、モーツアルトの”アヴェ・ヴェルム・コルプス”も演奏することになってる。せっかく練習してきたのに新潟で1回だけ披露して終わるのはもったいない。ついては、今日の東京公演でも演奏したい」とアナウンスしました。これには会場一同拍手喝采です

ここで、オーケストラの右サイドに第2ヴァイオリンとヴィオラのメンバーが追加され、やっと左右のバランスがとれるようになりました

この曲は5分もかからない合唱曲ですが、穏やかな美しいメロディーの天国的な曲です 滅多に生で聴く機会がないので、すごく得をした気分です。モーツアルトを聴くと幸せな気持ちになります

ところで、あらためてプログラムSymphony3月号の4ページを見ると「コンサートマスター=大谷康子」はいいのですが、その下の英語表記が「Concert Master = Tasuo Ohtani 」となっていました。Tasuo・・・・・Who? 制作者は校正をしっかりやって欲しいと思います。そうしないと後世に語り継がれますよ。今のうち更生した方がいいと思います

 

             

 

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サントリーホールの雀とBee

2012年03月24日 07時26分56秒 | 日記

24日(土)。昨夕、仕事の打ち合わせで地下のRでS監査役、E部長、T君と飲みました 最近、金曜日というとほぼ同じメンバーで飲んでいるような気がしますが、気のせいでしょう 1升瓶をほぼ4分の3ぐらい飲んで、HCビル地下のKに移り、ひたすら飲みました この店のママSさんの誕生日(が近い)ということで、いつも気の利くS監査役がバラの花をわたすと、すごく喜んでいました。点数稼ぎましたね

  閑話休題  

21日の東京新聞夕刊・芸能面に「室内楽トリオBee23日公演」の記事が載っていました Beeというのはピアニスト及川浩治が率いる室内楽トリオで、及川のほか、神奈川フィルのコンマスIとチェロのソリストTがメンバーです。Beeというユニット名は、子どもでも簡単に覚えられるように「Beethoven」の最初の3文字を取ったとのことです そのBeeが23日にサントリーホールでコンサートを開くという内容でした。昨日だったので終わってしまいましたね

私は10年以上前にIが新星日響のコンサートマスターをしていた時に、サントリーホールで聴いたことがあります なぜか耳にキラキラ光るイヤリングが付けられていて、見るからに演奏しづらそうでした 5分も経たないうちに、彼は両耳のイヤリングを外してポケットにしまいました。”外すなら最初から付けなければいいのに”と思ったのは私だけではなかったでしょう

それからすぐ後、新星日響は東京フィルに吸収合併されてしまいました。「あのキザなコンマスはどこに行ったのだろう?」と思っていました

昨年、神奈川フィルがマーラー没後100年を記念してマーラーの交響曲全曲演奏会を開きました。”よし、神奈川フィルで全曲聴いてやろう!”と意気込んで、みなとみらいホールに出かけました。するとどうでしょう。あのIがコンサートマスターの席に座っているではありませんか やっぱりキザは直っていませんでした。私はこの日、神奈川フィルでマーラーの交響曲全曲を聴くという野望を断念しました

さて、先ほどの10年以上前の新星日響によるサントリーホールでの演奏会の話に戻ります。たしか4月末の連休初日だったと思います。コンサート前に腹ごしらえを、と思って、ホール前のカラヤン広場のテラスで軽食を取っていると、雀が寄ってくるのです パン屑を投げるとチョンチョンとやってきてついばみます。全然、人を怖がっている様子が無いので、手のひらにパン屑を載せて待っていると、チョンチョンとやってきて、ついばんでいきます。かわいいものです。家に連れて帰りたくなりました

それ以来、テラスで食事を取る機会は減りましたが、最近カラヤン広場で雀を見かけることがなくなりました あの人なつこい雀たちはいったいどこにいったのでしょう。Beeの行方よりも気になる今日この頃です

 

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モーツアルト「ピアノ協奏曲第21番K.467」を聴く~野原みどり+新日本フィル

2012年03月23日 06時52分34秒 | 日記

23日(金)。昨夕、東京文化会館で新日本フィルのコンサートを聴いてきました これは2012年都民芸術フェスティバルの一環として開かれるもので、指揮は手塚幸紀。プログラムは①メンデルスゾーン「序曲フィンガルの洞窟」、②モーツアルト「ピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467」(ピアノ:野原みどり)、③ベートーヴェン「交響曲第6番ヘ長調”田園”」の3曲です

都の助成事業ということもありチケット代が3,800円~1,800円と安価なためか、2303人収容できる東京文化会館は8~9割方埋まっています。自席は1階17列1番、中の島のかなり前方左通路側です

この日のコンサートマスターは崔文殊。いつものように椅子を高い位置に調整して、ほとんど中腰状態でスタンバイします 指揮者・手塚幸紀の登場です。久しぶりに手塚を見て「ずいぶん老けたなあ」という印象を持ちました。下のチラシの写真は何年前のものでしょうか 手塚は新日本フィルの創立以来20年間、指揮者団の一人としてタクトを振ったので、このオーケストラにとってかなりの貢献者です。そうしたことからでしょう。オケのメンバーから尊敬の念を抱かれている様子が伺えます

メンデルスゾーンはドイツ生まれのユダヤ人ですが、後にプロテスタントに改宗しました 彼は「真夏の夜の夢」や「交響曲”イタリア”」などの自作で名を成したほか、バッハの「マタイ受難曲」を作曲者の死後初めて再演してバッハ復興に大きく貢献、さらに1835年にはライプチッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者に就任し、現代に至る名声を確立しました

「フィンガルの洞窟」は、メンデルスゾーンがイングランドからスコットランドを旅したときに、ヘブリディーズ諸島の孤島スタファ島を訪れ、そこに英雄フィンガルに因んだ洞窟があり、その景観に感銘を受けて作曲したものです 波が寄せては返す動きを管弦楽が描写していきます。オーケストラは色彩感豊かにその抒情を描いていきます

上手からピアノが中央に運ばれ2曲目のモーツアルト「ピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467」の準備が整います。ピアニスト野原みどりがシルキーなブロンズ色のドレスで指揮者とともに登場します 緊張しているせいか表情はやや硬い印象です。第1楽章のオーケストラの出だしもやや硬い印象です 演奏が進むに連れて緊張がほぐれてくるようでした。第2楽章アンダンテは、ただひたすら美しいメロディーに身を委ねるだけです 理屈はいりません。この曲を作ったとき、モーツアルトはコンスタンツェと結婚、音楽活動も絶好調の時期でした。第3楽章アレグロはそんな彼の心理状態を反映したかのような愉悦に満ちた音楽です。野原のピアノとオーケストラは、そんな喜びを素直に表現します

野原みどりは終演後、自分だけでなく、オーケストラも立たせるよう指揮者に促すなど、なかなか気配りの出来る礼儀正しいピアニストだと思いました

さて、休憩後はベートーヴェンの交響曲第6番”田園”です。第3番を”英雄”、第5番を”運命”、第9番を”合唱付き”と呼んでいますが、作曲者自身が表題を付けたのはこの第6番”田園交響曲、あるいは田舎の生活の思い出”だけです

手塚は譜面台に譜面を置いてはいるもののページをめくることはありません 軽快なテンポで第1楽章が始まりますが、なぜか指揮者の動きに違和感があります。しばらく考えて、やっと分かりました 彼は足を固定したまま動かないのです。踵を付けて両足をハの字に開いた状態で、いわば直立不動の姿勢で指揮するのです。新日本フィルにゆかりの指揮者・小泉和裕と同じ指揮スタイルと言ってもいいでしょう 小泉は肩幅くらいに足を開くところが違いますが・・・・・・

第1楽章の途中、前の列(16列)4番の席の中年女性がペットボトルのお茶を飲みだしたのには驚きました どこの会場でも「ケータイ電話のスイッチをお切りください」とともに「会場内での飲食はご遠慮ください」のアナウンスがあるものです それを、楽章間でもない、演奏の真っ最中堂々と飲むのですから信じられません。この日のコンサートは都の主催の特別公演で、オケにとっては”一見(いちげん)さん”を定期会員に引き込む絶好のチャンスなのですが、こういう人には定期会員になってほしくないですね

手塚の指揮は、ある楽器(とくに管楽器)を突出させないように全体のバランスをとっているように感じます 強いて言えば河村幹子の吹くファゴットがいい意味で突出していただけで、ほかの管楽器は弦楽器のアンサンブルの中に溶け込んでいました。こうしたアプローチは手塚の指揮の特徴かもしれません バランスの良さという点では、第5楽章でヴァイオリンがメロディーを奏でる傍らでチェロやヴィオラがピチカートで支えるところなど、すごくいいなあ、と思いました。ベートーヴェンは何と素晴らしい音楽を書いたのでしょうか

アンコールにはシューベルトの「ロザムンデ」間奏曲第3番が演奏されましたが、穏やかないい音楽です 新日本フィルは定期会員でもあり、室内楽シリーズの会員でもあるので、普段から馴染みの顔ぶれが演奏したので身近に感じることが出来ました

 

 

            

      

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小説界・出版業界の内幕を描く~東野圭吾「歪笑小説」を読む

2012年03月22日 06時58分06秒 | 日記

22日(木)。昨日、帰りの電車の中での出来事です。電車が神保町駅に着くと、賑やかなおじさんが乗ってきました。「ねえ、この電車、春日に行く?・・・わかんない?・・・・そっちのお兄さん、わかる?・・・・・あっ、そう。おれはさ、この電車に乗っていいのか、新宿線に乗り換えんのか、駅の表示がわかんなくてさ・・・・・これでいいんだ、よかった・・・・」と大声で独り言をしゃべっているのです そして、春日駅に着くと「アイ・キャン・ゲット・シート、レッツゴー!」と叫んで出ていきました 確かに、混雑している車内で、シートをゲットしてちゃっかり座っていました。ただの賑やかで陽気なおじさんなのか、”さしずめ”インテリなのかよく分かりませんが、いますよね、こういう人。季節の変わり目の今ごろは ・・・・・・・・ おじさんが無事に目的地に着いたことを祈るばかりです

 

  閑話休題  

 

東野圭吾著「歪笑小説」(集英社文庫)を読み終わりました 東野圭吾は超有名なので皆さんご存知ですね。念のため簡単に紹介すると、2006年に「容疑者Xの献身」で第134回直木賞と第6回本格ミステリ大賞を受賞しました

本の帯に「いきなり文庫!」とあります。だから買いました。実は東野圭吾の小説を読むのは2010年に実業之日本社から出た文庫「白銀ジャック」に次いで2冊目なのです あれも「いきなり文庫」でした。

一言でいえば、「小説家と出版業界の内幕を鋭く描いたドラマ」と言ってもいいでしょう まったく売れない若手作家の話、大物作家のご機嫌をとるためゴルフ・コンペに参加した出版担当者の苦労話、中学生の職場訪問で質問攻めにあいキレる出版社員の話等々・・・・

なかでも面白いと思ったのは「小説誌」というタイトルの話です。中学生が出版社に職場訪問したときの、若手編集者と子供たちとのやり取りが出版業界の現状を突いているようで面白いのです

子供たちは「”小説誌”は売れているのか」と尋ねます。これに対し若手編集者は「小説誌だけでは赤字だ しかし連載されている作品が完結したところで単行本として出版するので、それが売れれば採算がとれる」と答えます。すると「連載小説を単行本にする時、書き直さないのか」と聞きます。これには「書き直すことは多い」と答えると、「連載中はだらだら書いて原稿料をもらっておいて、単行本にする時に直す。原稿料泥棒だ」と言います。さらに「完成品じゃない作品を載せて買わせておいて、後で書き直してまた買わせるのは詐欺じゃないのか」と言います。これには若手社員も切れて、ついに本音で「てめえら、勝手なことばっか言ってんじゃねえ」と怒鳴ります そして、いかに小説家から毎月原稿をもらうことが大変なことかを訴えます。最後には「文句があるなら小説誌の編集者をやってみろ 馬鹿たれ作家たちの相手をできるもんならやってみろってんだあ」と叫びます 自虐ネタでしょうか

いままで、いわゆるベストセラー小説家の小説は避けてきた傾向がありますが、もう1冊ぐらい読んでもいいかな、と思っています

 

            

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