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クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

エリック・ハイドシェックの「喜寿記念ピアノ・リサイタル」を聴く~印象に残るドビュッシー

2013年11月30日 07時01分54秒 | 日記

30日(土)。11月も今日で終わりですよ、皆さん 油断も隙もありませんね

昨夕、X部長から「30分だけ」と誘われたので、生ビール1杯と枝豆、エイヒレ、冷やしトマト、仕上げ蕎麦を食して、本当に30分ぴったりで一人引き上げました。なぜなら7時から上野の東京文化会館小ホールでエリック・ハイドシェックのピアノ・リサイタルを聴くからです

 

          

 

文化会館小ホールに着くと、昔からハイドシェックを高く評価している音楽評論家・宇野巧芳氏の姿がありました 私はこの人のお陰で韓国のピアニスト、HJリムという素晴らしいピアニストを知ることが出来て感謝しています

この日のプログラムは前半が①ヘンデル「組曲第1番イ長調からプレリュード」、②バッハ「平均律クラヴィーア曲集第2巻第19番よりプレリュード」、③ヘンデル「組曲第3番ニ短調からプレリュード」、④バッハ「平均律~第2巻第11番よりプレリュード」、⑤ヘンデル「組曲第2番ヘ長調よりアダージョ」、ハイドン「ピアノ・ソナタ第58番ハ長調」、⑥モーツアルト「ピアノ・ソナタ第4番変ホ長調K.282よりアダージョ」、⑦ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第5番ハ短調」の7曲です

自席はH列20番、センターブロック左通路側です。照明が落ちて喜寿を迎えた白髪のハイドシェックがタキシードに短めのネクタイ姿で颯爽と登場します。さすが貴族の出、サマになっています

最初はヘンデルとバッハの前奏曲を交互に弾くという変わったプログラムです まず、ヘンデルから入りますが、かなり自由に弾いている印象です。順調に弾いていると思っていると、終盤に至って演奏が突然止まってしまいました ここで休止符はないはず、と思っていると、ハイドシェックは英語で「ソーリー」と言って、少し前から弾き直しました。私は40年以上、生のコンサートを聴いてきましたが、演奏の途中で休止して再び演奏した公演はこれが初めてです。貴重な経験です

演奏が終わると、彼は突然の休止など無かったかのように、ピアノをぐるっとひと回りして拍手に応えていました 次のハイドン「ピアノ・ソナタ第58番」は2楽章から成る曲です。第1楽章のゆったりしたアンダンテと、第2楽章の急速なロンドとの対比が面白い曲ですが、こちらは途中で休止することなく見事に弾き切りました

さて、問題は次のモーツアルトとベートーヴェンです ハイドシェックはモーツアルト「ピアノ・ソナタ第4番変ホ長調K.282」の第1楽章と次のベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第5番ハ短調」をまるで一つの曲のように連続して演奏しました ひょっとして、モーツアルトをベートーヴェンのプレリュードと捉えて組み立てたのかも知れませんが、彼の真意は分かりません。彼なりの必然性があるのでしょう

休憩時間にはCD売り場に人だかりが出来ていました。終演後にサイン会があるようです

後半は①ベートーヴェン「6つのバガデル」、②ドビュッシー「前奏曲集」より”四季”をテーマにしたハイドシェックによる4曲の抜粋です 彼は後半の方がノッテいるようです。後に行くほど良くなっていく印象があります ハイドシェックはドビュッシーの前奏曲から「枯葉」(秋)、「雪の上の足跡」(冬)、「ヒースの荒野」(春)、「亜麻色の髪の乙女」(夏)を選びました。極めてノーブルな香り高い演奏でした

興に乗ったハイドシェックはアンコールを5曲演奏しました。①フォーレ「ノクターン第11番」、②ハイドシェック「プレリュード」、③バッハ「フーガホ長調」、④同「プレリュード・ト長調」、⑤同「フーガ・ハ短調」です

この日の演奏会は、バッハからドビュッシーまで”プレリュード”で統一されていましたが、やはりドビュッシーが一番印象に残りました 付言すれば、アンコールにも表れているように、77歳になった現在のハイドシェックはバッハがよほど好きなのではないか、と思います

 

          

 

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新国立オペラでオッフェンバック「ホフマン物語」を観る

2013年11月29日 07時00分44秒 | 日記

29日(金)。昨日昼、某シンクタンクの会合があり、帝国ホテルの宴会場で東京大学大学院薬学系研究科准教授の池谷裕二さんの公演を聴きました テーマは「脳はだまして使え~やる気と記憶の秘密」というもので、1時間半みっちりとパワーポイントを使用しながらオモシロおかしく話されました

「なるほど、これはいい話を聴いた」と思ったのは、「脳は入力よりも出力を重要視する」という話です。実験の結果、あることを100覚える時、何回も繰り返して覚え込むよりも、覚えたことをテストすることを繰り返す方が、結果的にはより多くを覚えていることが判ったということです 例えばドイツ語の単語を100覚えるのに、暗記カードを使って何度も覚え込むよりも、いったん覚えたら、テストをして、また覚えて、またテストをしてということを繰り返した方が、最終的にはより多くの単語が覚えられるということです  その意味では日記を書いたり、ブログを書いたりすることは脳にとっては非常に良いことだそうです

また、「楽しいから笑う」と言うのはおかしい、「笑うから楽しいのだ」という話など興味深い話が聴け、充実した1時間半でした

 

  閑話休題  

 

昨夕、初台の新国立劇場でオッフェンバックのオペラ「ホフマン物語」を観ました キャストはホフマンにメキシコ出身のアルトゥーロ・チャン=クルス、ニクラウス&ミューズにアメリカ出身のアンジェラ・ブラウアー、オランピアに幸田浩子、アント二アに浜田理恵、ジュリエッタに横山恵子、リンドルフ、コッペリウス、ミラクル博士、ダベルトゥットの四役にマーク・S・ドスほか、フレデリック・シャスラン指揮東京フィルで、演出はフィリップ・アルローです

 

          

 

私の左斜め前の席には指揮者の飯守泰次郎さんが座っていらっしゃいました。彼は新国立劇場2014/2015シーズンのオペラ部門の次期芸術監督に就任する予定です。したがって、あの席が彼の指定席なのでしょう

 

          

 

公演プログラムに、新国立の過去の「ホフマン物語」の公演記録が載っており、アルローの演出による公演は今から10年前の2003年11月、2005年11月に次いで、今回が3回目だということが判りました2003年の時のキャストを見て意外だったことが2つあります。一つは、オランピアを歌ったのは、てっきり当たり役の森麻季だとばかり思っていたのに、幸田浩子だったことです。つまり彼女は10年ぶりに新国立でオランピアを歌うことになります もう一つ意外だったのはニクラウス&ミューズをエリナ・ガランチャが歌っていたということです。彼女はMETライブビューイングのビゼー「カルメン」でタイトルロールを歌って人気を博したメゾソプラノです ちなみにその年にジュリエッタを歌ったのは佐藤しのぶでした

物語は、詩人のホフマンが3人の女性との失恋の思い出を語り、酒に溺れて自殺を図り、彼の死をミューズが温かく見届けるというものです 3人の女性とは、機械仕掛け人形のオランピア、胸を病む歌手志望の女性アント二ア、ヴェネツィアの高級娼婦ジュリエッタですが、ほかに現在の恋人ステッラが加わり、さらにホフマンの友人であるニクラウスは実は芸術の女神ミューズの化身なのです。したがって、物語は1人の男と5人の女性の絡み合いによって進んでいきます

この舞台を観るのは3回目ですが、舞台が実に美しいのです とくに第4幕(ジュリエッタの幕)は有名な「ホフマンの舟歌」のメロディーが流れる中、幕が開きますが、幻想的な舞台作りで目を楽しませてくれます

歌の点では、出演者は誰もが素晴らしい歌声でしたが、とくにニクラウス&ミューズの二役を演じたブラウアーは高音も低音も美しい声で、メゾソプラノの魅力にあふれていました 幸田浩子は10年ぶりのオランピアでしたが、時計仕掛けの人形の動きといい、良く通る高音部といい素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました

もちろんホフマン役のクルスも、リンドルフなど四役を歌ったドスも、演技ともども申し分のない歌声で、充分楽しませてくれました

18時半に始まった公演は、30分の休憩を2回挟んで22時15分に終了しました。火曜日は福島の葬儀に参列、水曜日は23時過ぎまで送別会で飲んでいたのが効いて、座って聴いているのが辛いものがありましたが、何とか最後まで眠らずに聴き通しました。やはり演出がいいと眠気は感じません

          

          

 

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ベルリン・フィルに最高点~何を根拠に採点するのか?

2013年11月28日 07時01分28秒 | 日記

28日(木)。昨日朝、東京交響楽団のサントリーホール定期演奏会と東京オペラシティシリーズの次年度年間会費を振り込みました 座席の移動について希望を出していたのですが、両方とも叶わなかったようで、残念です。現在の席はやや後方ながら通路側席なので、まあ仕方ないか、と諦めます

 

  閑話休題   

 

昨夕、HCビル地下のKBで、有志による当社元監査役S氏の送別会を開きました 当社社員のほか、警備・清掃を請け負っているT社、S建設、テナント事業所の皆さん、コーヒーをサービスしているパントリーの皆さん等、総勢26人が集まりました ひとえにSさんの仁徳の賜物だと思います  幹事の配慮でSさんを女性陣が囲む形で席を決め、ビール、日本酒、焼酎、ハイボール、ウーロン茶などを飲み、板さん自慢の料理をつまみに約2時間の楽しいひと時を過ごしました

その後、当社の数人とS建設の巨艦F氏とで当ビル地下Rに移り2次会を開き、さらに候補を絞って4人でタクシーに分乗して池袋に向かい、F氏行きつけのピアノ居酒屋Fに乗り込みました マスターがピアノを弾きながらビートルズ・ナンバーをメドレーで歌いましたが、当社のK君が見事に伴奏をつけていったのには驚きました また、お客の中に父子コンビがいて、娘さんが何とベートーヴェンの「アパショナータ・ソナタ」第1楽章を暗譜で弾いたのには、またまた驚きました おそらくどこかの音大を出ているに違いありません そんなこともあって、お店を出たのが23時を回ってしまい、今日も朝から頭が頭痛です

 

  も一度、閑話休題   

 

26日の日経「夕刊文化欄」に「ベルリン・フィルに最高点~世界3大オケ来日公演・聴き比べ」という記事が載りました。リードにこうあります

「世界の三大オーケストラが今月、相次ぎ来日、東京などで競演した。それぞれ理想的な指揮者との組み合わせ。3人の音楽評論家とともに聴き比べ、独自の基準で採点してみた

対象となったのは①サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル、②クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン・フィル、③マリス・ヤンソンス指揮コンセルトへボウ管弦楽団の3団体です 採点者は音楽評論家の岡本稔氏、岡部真一郎氏、東条碩夫氏と日経編集委員・小松潔氏の4人で、1人が3つのオケをそれぞれ複数回聴いているようです。会場はサントリー・ホールとミューザ川崎です

記事から分かるのは、ベルリン・フィルはプロコフィエフ「ヴァイオリン協奏曲」、ストラヴィンスキー「春の祭典」、ブーレーズの作品などを、ウィーン・フィルはベートーヴェンの交響曲全集を、コンセルトへボウ管弦楽団はR.シュトラウス「英雄の生涯」、ストラヴィンスキー「火の鳥」などを取り上げたコンサートを聴いたらしいことです つまり3つのオケはまったく違う曲を演奏したということです。一方、聴く側の4人は、必ずしもすべて同じ会場で同じオケの演奏を聴いたわけではないようです

こうしたことを勘案して考えると、そもそも公平な比較が出来るのか疑問が生じます これが、3つのオケがまったく同じプログラムによって同じ会場で演奏したのを、4人がそろって聴くのであれば文句なしの公平性が保たれるのでしょうが

4人の採点によると総合点でベルリン・フィルがトップでウィーン・フィルとコンセルトへボウ管弦楽団が同点2位だったとのことです 私はこれらのコンサートに一つも足を運んでいないので、演奏の内容についてとやかく言えませんが、年末の余興としては面白いかもしれません 

何しろ、この3つのオケをS席で各1回聴くだけで10万円近くかかるでしょうから、一介のサラリーマンである私には手も足も出ません オペラでもないのに1回のコンサートに3万円以上の投資をする価値を私は認めません。この記事に登場した評論家諸氏および編集委員の多額なチケット代は新聞社の取材費で賄われたのにほぼ間違いないでしょう もし、彼らがうらやましいと思うのなら、”売れる職業評論家”になれば良いだけの話です。しかし、幸か不幸か私にはそんな才能もなければ意志もありません

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パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィル、パーヴォ・ヤルヴィとNHK交響楽団

2013年11月27日 07時01分01秒 | 日記

27日(水)。昨日は、休暇をとって親戚の告別式に参列するため福島県喜多方に行って来ました 朝8時14分上野発「やまびこ」で郡山まで行き、磐越西線に乗り換えて会津若松経由で喜多方へ 磐越西線の沿線には、そこかしこにススキの穂が揺れていて晩秋から初冬へ移り変わる季節を感じました喜多方駅で下車すると、なんと雨が降っていました。タクシーで葬儀会場へ向かい葬儀に参列しました。葬儀はほんの1時間強で終わりましたが、斎場まで行かなくともよいとのことだったので、甥っ子と二人で先に失礼することにしました

喜多方駅で列車を1時間半待ち()している間にだんだん寒くなってきました。地元の「福島民報」紙の天気予報欄で喜多方地方を見ると、夕方以降  のマークが付いていました。15時少し前に雨が止んで、空に虹がかかりました 写真ではあまりよく判別できませんが、中央の道路から右上の空に向かって虹がかかっています

 

          

 

せっかく喜多方まで行ったのに名物「喜多方ラーメン」も食べず、予定より約2時間帰り時間を早めて、喜多方発15時51分の列車に乗り、郡山経由で帰京、上野に着いたのは19時22分でした。11時間の所要時間のうち1時間だけが葬儀で、残り11時間が列車での移動と待ち時間だったことになります やっぱり喜多方は遠い、というのが実感です

 

  閑話休題  

 

25日付の朝日夕刊「文化」欄に「カンマーフィルとの”旅路”集大成~パーヴォ・ヤルヴィが日本で初オペラ」というインタビュー記事が載りました。要約すると

「エストニア出身の指揮者パーヴォ・ヤルヴィが28、30日、横浜みなとみらいホールで、ドイツ・カンマーフィルと、ベートーヴェンのオペラ「フィデリオ」に挑む 2004年から芸術監督を務めるカンマーフィルは、楽団員の自主運営によるオーケストラ。『指揮者・楽団の普通の関係とは全然違う。まるでロックバンドみたいに人間関係が濃い』と語る 15年にはNHK交響楽団の首席指揮者に就任する。『伝統ある偉大なオーケストラ』と評価が高い。日本人向けのリップサービス?『いやいや、良いオケです。でなければ話を引き受けませんよ』。野性味あふれるカンマーフィルと対照的に、優等生タイプのN響 ヤルヴィとの出会いは、一体どんな化学変化をもたらすのか。『まずは、N響がどんな音楽を目指しているのか知ることが大切。最悪なのは、彼らと音楽的につながる前に、私が何かを決断してしまうことです』と語る

このインタビュー記事を読んで初めて、ヤルヴィが2015年からNHK交響楽団の首席指揮者に就任することを知りました。いろいろな媒体を通してアンテナを張っているつもりでも、こうしたニュースはすっぽ抜けてしまいます

さて、このインタビュー記事を読んで気になった点がいくつかあります。一つは「優等生タイプのN響」という表現です。そうなんですか?それでは他の日本のオーケストラは優等生タイプではないのでしょうか?まず、N響の楽員に訊いてみたいと思います。ついでに”職業評論家”の人たちにも

二つ目は、『N響がどんな音楽を目指しているのかを知ることが大切。最悪なのは、彼らと音楽的につながる前に、私が何かを決断してしまうことです』というヤルヴィの発言の意味です

『N響がどんな音楽を目指しているのか』という場合、N響とは誰を指しているのでしょうか。コンサートマスターでしょうか。オーケストラ全体でしょうか。そうだとしたら、楽団員全員が同じ方向を目指していなければ話が前に進みません ドイツ・カンマーフィルの場合は『楽団員の自主運営によるオーケストラ』であるので、プログラミング一つとってみても楽団員が話し合いによって、一定の方向性を探っていくのは分かるような気がします しかし、自主運営ではない日本のオーケストラの場合、誰が方向性を決めるのでしょうか。私はむしろ、まず第一に指揮者の考えがあって、オーケストラにそれを提示して引っ張っていくというのが通常のやり方のような気がします。と言うのは、そもそも、オーケストラ側から指揮者に常任就任のオファーがあって、それに指揮者が応えるのが普通だと思うからです

だから、私に言わせればヤルヴィには、自分の目指す方向性を”決断”してN響を引っ張ってくべきではないかと思います 私が常々思っているのは、日本のオーケストラは、どれを聴いても差別化が難しいということ、つまり強烈な個性がないということです 例えば、FM放送からある曲が流れてきた時、スターツカペレ・ドレスデンの場合は、オケの名前を当てることが出来ます それほど、オケに個性があるからです。これが、日本のオケの場合は、どのオケかまったく判別がつきません

N響の場合、よく言われるのは、それまでドイツ系の指揮者で”古典派”中心のプログラミングだったのを、シャルル・デュトワが常任指揮者になって以降フランス系で”ロマン派以降、現代に至るまで”の曲を積極的に取り上げるようになりN響の音が変わったと言われたことです これなど、明らかに、まず指揮者の目指す方向性があり、それをオーケストラが受け入れた結果、音が変わったのだと思います

したがって、ヤルヴィには強烈な指導力でN響を引っ張って差別化をはかってほしいと思います

 

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映画「イノセント・ガーデン」を観る~ヴェルディ『イル・トロヴァトーレ』のアリアの意味は?

2013年11月26日 06時26分55秒 | 日記

26日(火)。一昨日、飯田橋のギンレイホールで観た2本の映画のうち「イノセント・ガーデン」について書きます

ヒロインのインディアは鋭い感覚の持ち主です。美しい母親とは分かり合えません 彼女が18歳になったその日に謎めいた鍵が届きます。その日、ただ一人心を開いていた父親が急死します 葬儀の日、行方不明だった叔父(父の弟)のチャーリーが突然現れ同居が始まります。その日から周囲の人たちが次々と姿を消していきます そもそもインディアの父親はどうして死んだのか?チャーリーは今までどこで何をしていたのか?最後にチャーリーが母親に手をかけようとした時、インディアの銃が火を噴きます。18歳の誕生日に届いた「鍵」で父親の机の引き出しを開け、そこで真実を知ったインディアが行動を起こしたのです

 

          

 

物語の前半に、庭仕事をするチャーリーが鼻歌を歌うシーンがあります そのメロディーを聴いて、「これは、たしかヴェルディの『イル・トロヴァトーレ』の中のアズチェーナのアリアではないか」と思いました。後半に、警察官が家を訪ねる時にもこのメロディーが流れ、チャーリーが「これはヴェルディのオペラ『イル・トロヴァトーレ』ですよ」と言っていたので間違いないことが分かりました

ヴェルディの『イル・トロヴァトーレ』は一種の”取り換えばや物語”の絡んだ「復讐劇」ですが、ジプシーの老婆アズチェーナのアリアは第2幕第1場で歌われます

「炎はすさまじく燃え盛り、人々はそれを目指して取り囲み、幸せそうにひしめき叫ぶその声、あたりにこだまする。警護の者どもは、どよめく群衆の前に女を引きだす。恐ろしい炎は焦げるばかりに陰惨に天まで燃え上がる 炎はすさまじく燃え盛り、犠牲者が引き出される・・・・・・」

なぜチャーリーはこのアリアを口ずさんだのか・・・・・それは、彼の兄(インディアの父)とその妻に対する復讐のテーマ音楽だからです 

『イル・トロヴァトーレ』のアズチェーナは最後に目的を達成し「母さん、復讐を遂げましたよ」と言ってオペラの幕を閉じますが、チャーリーは、真実を知ったインディアに、父親を殺害したことに対する復讐をされ銃弾に倒れます 

映画でクラシック音楽が使われる時、私は何故その映画でその曲が使われているのか、気になって仕方ありません そもそも、その曲が誰の何という曲なのか判らなければ、監督の意図が判りません だからこそ、普段から少しでも多くの時間を割いてクラシック音楽に耳を傾けようと思うのです

 

          

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映画「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命」を観る~因果は巡る

2013年11月25日 07時01分11秒 | 日記

25日(月)。昨日、飯田橋のギンレイホールで映画の2本立てを観ました 「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命」と「イノセント・ガーデン」です。今日は「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ」について書きます

移動遊園地のバイクショーでその日暮らしを送るルークは、偶然かつての恋人ロミーナと再会し、ロミーナが彼の息子(ジェイソン)を産んで育てていることを知り、ロミーナに新しい伴侶がいるにも関わらず、二人を養おうとします 彼は自動車修理工の誘いにのって銀行強盗に手を染め、金を作ります。一方、新米警察官エイヴリーは銀行強盗の後、バイクで逃走するルークを民家に追い詰めますが、ルークが発砲する前に発砲し彼を死に追いやり、罪悪感を抱えます しかし、周囲からは”英雄扱い”され複雑な思いをします。そんな中、警察内部の腐敗に直面しそれを告発し闘います

15年後、ルークの長男ジェイソンとエイヴリーの長男AJは偶然、学校が同じになり付き合うようになります。ジェイソンは自動車修理工を訪ね、そこで15年前の新聞に載っていた父親と警察官エイヴリーの写真を見て、エイヴリーが父親を撃ったことを知り、その息子AJを憎みます そして彼の家に押し入りAJを痛めつけ、さらに父親エイヴリーを車で郊外に連れ出して殺害しようとします しかし、「ジェイソン、すまなかった」というエイヴリーの言葉に拳銃の引き金が引けないまま、彼を置き去りにして車で立ち去ります

その後、エイヴリーは選挙に出馬して見事に当選し、ジェイソンは中古バイクを手に入れ旅に出ます

この映画を観て思うのは、かつての恋人が子供を産んでいて、新しい伴侶とともに育てていることを知りながら、母子のために銀行強盗までして金を作ろうとするルークの心理は異常ではないか、ということです。子どもの存在はそれほど大きいものなのでしょうか 

この映画は、父親同士の因果が息子たちへ引き継がれていくことを語っています 「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ」というのは「松林の向こう側」という意味で、ロミーナが住んでいる土地の別名です。2012年、デレク・シアンフランス監督、アメリカ映画。141分の大作です

 

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第4回音楽大学オーケストラ・フェスティバル演奏会を聴く~武蔵野音大、昭和音大

2013年11月24日 07時01分03秒 | 日記

24日(日)。昨日、池袋の東京芸術劇場コンサートホールで第4回音楽大学オーケストラ・フェスティバル演奏会を聴きました 東京芸術劇場の建物に入ると、巨大な水牛のオブジェが出迎えてくれました

 

          

 

プログラムと演奏者は①ショスタコーヴィチ「交響曲第10番」(北原幸男指揮武蔵野音楽大学管弦楽団)、②チャイコフスキー「交響曲第4番」(マテシッチ指揮昭和音楽大学管弦楽団)です

 

          

 

自席は1階0列11番。会場は9割方埋まっている感じです。このフェスティバルは1回に2つの音楽大学が登場しますが、オケの演奏に先立って、エールの交換ということで”ファンファーレ”が演奏されます 最初は武蔵野音楽大学のために、昭和音楽大学の野呂望君作曲によるファンファーレが11人のブラス奏者によって華やかに演奏されました

ブラスのメンバーが一旦退場して、武蔵野音大オケの学生たちが入場します。圧倒的に女子学生が多いことに今さらながら驚きます この傾向がそのままプロのオケに反映していくのだと思います

コンマスも女性です。女性の場合、正しくは”コンサートミストレス”と呼ぶべきですね オケは左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、その後ろにコントラバスというオーソドックスな態勢を採ります

ロマンス・グレイの北原幸男が登場、ドミトリー・ショスタコーヴィチの交響曲第10番第1楽章が低弦によって重々しく始まります この曲は彼のイニシャルD,Schの音名象徴D,Es、C,Hが織り込まれ、自叙伝的な性格が強いと言われています。ただ、われわれ素人には音楽を聴いていても、どこでどう使われているのかまったく分かりません

この曲を聴くにあたって、初演者であるエフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルのCDで予習しておきました

 

          

 

さてこの曲の聴きどころは何と言っても第2楽章「アレグロ」です。この音楽の持つ激しさは何なのでしょうか スターリンの死によって「社会主義レアリズム」路線が下火になって、これまでの鬱積が一気に噴き出したのでしょうか これから自由路線を突っ走るぞ、という表明の現れでしょうか ショスタコービチはこの作品について「熱烈に平和を愛し、戦争への移行に反抗し、地上における人類の使命が破壊ではなく創造にあると考えるような、現代の人々の思想や希望を表現したものである」と述べていますが、あまりにも抽象的すぎて真意は分かりません。北原は激しく身体を動かしオケを煽り立てます。若さに溢れる学生たちが情熱的な演奏で応えます

会場一杯の拍手に、学生たちの顔は達成感に満ち、とても嬉しそうです

休憩後は、まず昭和音楽大学のために、武蔵野音楽大学の越川信生君作曲によるファンファーレが12人のブラス奏者によって高らかに演奏されました

ブラスメンバーが一旦退場して、昭和音楽大学オケのメンバーが入場します。このオケも女性が多いのですが、チェロや管楽器は約半数が男子学生です。こちらはコンマスは男子学生です。1969年イタリア生まれのマッシミリアーノ・マテシッチがタクトを持って登場します

チャコフスキーが交響曲第4番を作曲していた1877年頃は、彼を崇拝する女性と、愛しているわけでもないのに結婚し、それが原因で自殺未遂事件を起こすなど精神的に病んでいました そんな窮地を救ったのはロシアの大富豪の未亡人ナジェージタ・フォン・メックでした。彼女がいなかったら、チャイコフスキーは立ち直れなかったでしょう

第1楽章冒頭のホルンとファゴットによるファンファーレは、チャイコフスキー自身が「運命の動機」と呼んだ重要なフレーズです この楽章を通して聴いて感じたのは、ティンパ二が重要な役割を果たしている、ということです 管楽器も弦楽器も、もちろんメロディーメーカー、チャイコフスキーの音楽の核となる要素ですが、ティンパ二は、ここぞという場面で全体を”締めている”と思います 男子学生のティンパ二奏者はよく頑張っていました

第2楽章の冒頭のオーボエ独奏は哀しみを湛えて良く歌っていました 第3楽章は前半が弦楽器のみのピチカートですが、これが素晴らしい演奏でした 第4楽章は”第2の運命の動機”とでも呼びたくなるような特徴的なフレーズで始まります そして、再び第1楽章の”運命の動機”が現われ、激しいクライマックスとともにフィナーレを迎えます

会場を拍手が満たし、ブラボーが飛び交います 学生たちは「やるべきことはすべてやった」という満足感に満ちた顔をしています。私も惜しみない拍手を送りました

毎年、この「音楽大学オーケストラ・フェスティバル」を聴いていて思うことは、「舞台で演奏している学生たちは各大学で選抜された人たちに違いない。しかし、彼らが何年か後に卒業する時に、いったい何人の学生が音楽関係の道に進めるのか、早い話が”就職できるのか”」ということです。生き生きと演奏する彼らの姿を見ながら、そんなことを考えていました

 

          

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今年の流行語大賞の行方はいかに?~アベノミクスかアホノミクスか、はたまたアベノミスか?

2013年11月23日 08時25分21秒 | 日記

23日(土)。20日の日経夕刊1面のコラム「あすへの話題」に東京理科大学の黒田玲子教授が「モーツアルトとファラデー」というテーマでエッセイを書いています。要約すると

「ロンドン在住の頃、ナショナル・シアターで観たピーター・シェーファー原作の『アマデウス』は今でも忘れられない ところで、1791年はモーツアルト没年だけでなく、電磁気学・化学分野で、さらに、科学の社会への普及においても、私たちに大きな影響を与えた偉大な科学者、マイケル・ファラデーの誕生の年でもあった 1991年にはモーツアルト没後200年ということで世界中で話題になったが、ファラデーの方は巷ではあまり話題にならなかった モーツアルトの音楽は大好きだが、ファラデーの偉大な業績がそれほど知られていないのはちょっと残念だ

ファラデーと言えば、中学だったか高校だったか忘れましたが理科の授業で「ファラデーの法則」なる言葉を習ったのを思い出します どういう法則か、頭からすっぽり抜け落ちていますが、ネットで調べると「電磁分解の法則」と「電磁誘導の法則」の2つがあるようです。説明を読んでみましたが、私の理解を大幅に超える超難解な内容だったので、消費税5%込みで100%判りませんでした 

 

  閑話休題    

 

21日の朝刊各紙に「2013ユーキャン新語・流行語大賞」(「現代用語の基礎知識」選)のノミネート50語が20日に発表されたニュースが掲載されていました

NHK連続テレビ小説「あまちゃん」で大流行した「じぇじぇじぇ」(私は番組を見たことがないので一度もこのセリフを聞いたことがない)、TBSドラマ「半沢直樹」の決めぜりふ「倍返し」(仕事がら番組を2回観ました)、安倍政権の経済政策「アベノミクス」(アホノミクスという言葉もある)、2020年東京五輪を呼び込んだ滝川クリステルのスピーチから「お・も・て・な・し」(”表なし”なら何か”裏”がありそう)などが候補に入っています

今年の流行語大賞を決定するのはいつがいいか?と訊かれたら「今でしょ」と答えるのでしょうし、しょうもない洒落は誰か制御してるの?と訊かれたら、安倍首相ばりに「アンダ―・コントロール」と答えるのでしょうね

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クァルテット・フモレスケのメンデルスゾーン「弦楽四重奏曲第2番」を聴く~JTアートホール

2013年11月22日 07時05分39秒 | 日記

22日(金)。昨夕、虎ノ門のJTアートホール”アフィニス”でクァルテット・フモレスケのコンサートを聴きました JTビル正面玄関を入るとクリスマス・イルミネーションが輝いていました

 

          

 

クァルテット・フモレスケは東京藝大で学んだ4人の仲間が今年結成した弦楽四重奏団です。メンバーはヴァイオリン=對馬哲男、山本美樹子、ヴィオラ=脇屋冴子、チェロ=佐古健一です 「フモレスケ」という名称はドイツ語のHumor(フモール)に由来しているとのことで、シューマンが「豊かな心情と幸福な融合」と形容した言葉のことだそうです

プログラムは①ハイドン「弦楽四重奏曲第36番”プロシャ弦楽四重奏曲第1番”」、②メンデルスゾーン「弦楽四重奏曲第2番イ短調」、③ベートーヴェン「弦楽五重奏曲ハ長調」です

自席は11列4番、左ブロックの右通路側席です。会場は8割方埋まっている感じです 1曲目のハイドンの弦楽四重奏曲第36番は1787年に書かれました。メンバーは左から對馬、山本、佐古、脇屋という態勢を採ります 第1楽章はチェロが通奏低音のようにテーマを奏で、ヴァイオリンとヴィオラがかぶります。第2楽章は途中、ヴァイオリン・ソロがありますが、對馬のヴァイオリンは切々と哀しみを歌い上げます 第3楽章のメヌエットを経て軽妙な第4楽章に移ります。最終場面では、終わるかと思わせて、また演奏を再開し、フィナーレになだれ込みます。ハイドンならではのウィットです

さて、今回の目的は2曲目のメンデルスゾーンの「弦楽四重奏曲第2番」を聴くことです。この曲はポピュラーとは言えないので、ゲヴァントハウス・クァルテットのCDで予習しておきました

 

          

 

第1楽章はメンデルスゾーン特有の劇的な曲想で、時にベートーヴェンの”運命の動機”が顔を見せます。彼のピアノ協奏曲や他の曲にも同じような傾向が見られます。メンデルスゾーンは巷間言われているようなモーツアルトからよりも、むしろベートーヴェンから、もろに影響を受けているのではないかと思います

第2楽章では、ベートーヴェンよりもバッハの「音楽の捧げもの」のような感じのメロディーが顔を覗かせ、びっくりします 第3楽章から第4楽章へは間を空けずに演奏します。第4楽章終盤の對馬のヴァイオリン・ソロは哀しみを湛えた感動的な演奏でした

休憩時間にロビーに出ようと席を立つと、最後部席にヴァイオリンの第一人者・岡山潔さんが座っていました。この日の出演者のうち女性二人は岡山さんの指導を受けています

最後のベートーヴェン「弦楽五重奏曲ハ長調」は珍しい曲です。あらかじめ予習しておこうと思ってCD棚を片っ端から探してみたのですが、どこにも見当たりません 弦楽四重奏曲全集はバリリ、アルバン・ベルク、ウィーン・コンツェルトハウス、ヴェーグの各弦楽四重奏団の演奏で持っているのに、弦楽五重奏曲は1枚も持っていないことが判明しました。情けないこと限りないです

このコンサートのプロデュースした元N響首席で、現在藝大教授の川崎和憲が加わります 左から山本、對馬、佐古、川崎、脇屋という態勢を採ります

生まれて初めて聴く曲でしたが、ベートーヴェンらしい、なかなか味のある曲だと思いました 弦楽五重奏曲と言えばモーツアルトのそれが傑作として有名ですが、ベートーヴェンはそれを意識して1曲しか作れなかったのかも知れません

若い演奏家たちにこのような発表の機会を与える「JTが育てるアンサンブルシリーズ」は素晴らしい企画だと思います 主催者のJTグループにはこれからも是非続けてほしいと思います

 

          

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N響第1768回定期演奏会を聴く~ソヒエフ+諏訪内晶子のショスタコーヴィチ「Vn協第2番」

2013年11月21日 07時00分36秒 | 日記

21日(木)。昨夕、サントリーホールでNHK交響楽団の第1768回定期演奏会を聴きました 先日、このブログの定期読者Nさんから「チケットがダブってしまったので都合が良ければ譲ります」と連絡をいただいたので、ありがたく頂戴したものです。かつてN響の定期会員だった頃はNHKホールとオーチャードホールで聴いていたので、サントリーホールでN響を聴くのは、意外にもこれが初めてかもしれません

 

          

 

座席は1階18列41番。私の東響の定期会員席は同じ18列ですが、それをずっと右にずらした位置の席に当たります 会場を見渡したところ、他のオーケストラの定期公演よりも客層の平均年齢が高いように思います 逆に舞台に登場した楽員は管楽器を中心に若返っているように感じました。相変わらず男性比率が高いオケです

1年程前にどこかでN響を聴いた時もそうだったのですが、楽員がスタンバイして、コンマス(この日は堀正文氏)が登場しても聴衆は拍手で迎えません 東響、東フィル、新日フィルでは考えられないことです。「聴いてみて、良かったら拍手してあげるよ。さあ、やったんさい」という鷹揚な人たちが多いのでしょうか?それともオケに対して冷たい人たちの集まりなのでしょうか?はたまた古き良き伝統でしょうか

プログラムは①リャードフ「交響詩:魔の湖」、②ショスタコーヴィチ「ヴァイオリン協奏曲第2番」、③チャイコフスキー「交響曲第5番」で、指揮はトゥガン・ソヒエフ、②の独奏は諏訪内晶子です

私にとってソヒエフという名前は見るのも聞くのも初めてです。プログラムに掲載されたプロフィールによると、彼は1977年生まれの36歳の若さで、現在フランスのトゥールーズ・キャピタル国立管弦楽団とベルリン・ドイツ交響楽団の音楽監督を兼務しているとのこと。相当の実力者と考えていいでしょう

プログラミングに、ソヒエフのこの公演にかける姿勢が現われているように思います オール・ロシア・プログラムですが、並みの指揮者であれば、最初にグリンカの歌劇「ルスランとルドミューラ」序曲とか、チャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」から「ポロネーズ」など、どちらかというと派手目な曲を持ってきて聴衆の心を引き付けるのですが、彼は”湖の静寂”を描いた「魔の湖」を選びます

2曲目には、同じショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲でも、有名な「第1番」ではなく晩年に作曲した「第2番」を持ってきます そして、最後に、第1楽章では暗く重々しく始まるテーマが第4楽章では堂々と奏でられる、言ってみれば、ベートーヴェンの”苦悩から歓喜へ”に近い構成のチャイコフスキーの「第5交響曲」を配置してプログラムを締めくくります

さて、リャードフと言ってもあまり馴染みがありません。せいぜい交響詩「バーバ・ヤーガ」の曲名を知るくらいです この「魔の湖」は短いながらも、まるでシベリウスの曲のように静かで美しい曲でした

2曲目のショスタコーヴィチ「ヴァイオリン協奏曲第2番」を演奏するため、ソリストの諏訪内晶子が藤色のドレスに身を包まれて颯爽と登場します 彼女はロングヘアで背丈もありスタイルが良いのでステージに映えます 彼女の前には譜面台が置かれています。さすがの彼女でも超絶技巧の第2番は暗譜では無理か 

この曲は普段から聴きなれないので、ここ数日、庄司紗矢香のヴァイオリン、ドミトリー・リス指揮ウラル・フィルによるCDで予習をしていました

 

          

 

この曲は3楽章から成りますが、各楽章にカデンツァ(無伴奏の独奏)があります 諏訪内はストラディヴァリウス「ドルフィン」を自由自在に操り七色の音色で難曲に対峙します。彼女はあくまでもクールです。彼女の演奏を聴いていて思うのはいつも”クールな感動”です

最後のチャイコフスキー「交響曲第5番」は、まさにソヒエフとN響の本領発揮といったところです ソヒエフは大きく包み込むようなスケールの大きな指揮をします。各楽器への指示出しを見ていると、バランス感覚の良さを感じます 第2楽章冒頭のホルン独奏を始め、とくに管楽器がよく歌っています。弦楽器のアタックには鋭いものがあります

ソヒエフは鳴り止まない拍手に何度もカーテンコールに応え満足そうな表情を見せていました

ところで、N響の機関誌(プログラム)Philharmonyに乗っていた楽員名簿を見てびっくりしました。チェロの首席に藤森亮一と並んで向山佳絵子の名前があったからです 「えっ、いつから?」と思い、後でネットで調べてみたら「今年7月からN響首席」に就任したことが分かりました。間違っていなかったら、この二人は夫婦ではなかったでしょうか?いずれにしても、聴衆獲得競争の激しい在京オケの生き残り策の一つではないかと思います 閑話休題。

演奏前は「ソヒエフ、Who?」という感じでしたが、この日のコンサートを聴いた後は、彼の名前が深く心に刻まれました Nさんは今夕、サントリーホールで同じプログラムを聴くはず。今回のチャンスを与えてくださったNさんに感謝します

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