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クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

ベルリン・フィルのコンマス 樫本大進が語る小澤征爾の功績~朝日の記事から / 「あさがくるまえに」「女神の見えざる手」を観る~アメリカの銃所持許容社会を告発する社会派映画:ギンレイホール

2018年02月28日 07時50分31秒 | 日記

28日(水)。今月初めに「2月は逃げる」と書きましたが、2月も今日で終わりです 平昌冬季五輪のパシュートで金メダルを取った日本チームのように あっという間に走り去りましたね 今日は春一番が吹くかも知れないとニュースで言っていましたが、さてどうでしょうか

ということで、わが家に来てから今日で1246日目を迎え、トランプ米大統領が26日 ホワイトハウスで州知事らを前に演説し 米フロリダ州の高校で起きた銃乱射事件で 地元警官が容疑者が発砲後も校舎に入らなかったことについて、「私なら丸腰でも現場に駆けつけたと思う」と述べ 警官らの対応を批判した というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

       ハッタリのトランプが 丸腰で銃に立ち向かうとは思えない 彼はせいぜい軽率官だ

 

   

 

昨日、夕食に「カレーライス」と「生野菜と生ハムのサラダ」を作りました 「カレーライス」は時々食べたくなります。お酒は赤ワインですね

 

     

 

    

 

昨日の朝日朝刊の特集記事「平成とは 『壁』なき時代 深まる分断」の中で、ベルリン・フィルの第1コンサートマスター 樫本大進氏が、1989年11月のベルリンの壁崩壊後の音楽について語っています

壁が崩壊した時 樫本氏は小学生でニューヨークに住んでおり、その1年後に11歳で西ドイツのリューベックに留学、その後 旧ソ連出身のザハール・ブロンに師事し、1996年にロン・ティボー国際音楽コンクールで優勝、2010年にベルリン・フィルの第1コンサートマスターに就任しています そのことについて彼は次のように語っています

「前任のコンマス安永徹氏からは色々アドヴァイスをもらったが、偶然 日本人の後に入っただけで、特別 何かがあったわけではない   ただ小澤征爾氏の存在がなかったら まだまだ日本人の音楽家は(欧州で)マイナーな存在だったと思う。憧れの音楽家だ

小澤征爾氏(1935年9月1日~)は2002-03年シーズンから2009~10年シーズンまでウィーン国立歌劇場の音楽監督を務め 世界のクラシック音楽界の頂点に立った指揮者ですが、日本人の指揮者や演奏家にとっては 日本人の音楽家が世界で活躍するようになったパイオニア的な存在であり、目標とすべき音楽家の筆頭に挙げられる存在なのだと あらためて思いました

 

    

 

昨日、神楽坂のギンレイホールで「あさがくるまえに」と「女神の見えざる手」の2本立てを観ました

「あさがくるまえに」はカテル・キレヴェレ監督による2016年フランス・ベルギー合作映画(104分)です

ル・アーブルで早朝から友人とサーフィンに出かけたシモンは、その帰り道に交通事故に巻き込まれ脳死と判定される 報せを受けて病院に駆け付けたシモンの両親は 蘇生の可能性が無いという現実が受け入れられないまま、医者から臓器移植コーディネーターのトマを紹介される。一方、パリに暮らす音楽家の女性クレールは重い心臓疾患で臓器の提供を待っていたが、若くない自分が他人の命と引き換えに延命することに疑問を感じていた   最初はどこの誰に息子の臓器が提供されるのかも知らされないことで 臓器の提供に同意することを拒んでいた両親だったが、最後に深慮のうえ同意し、クレールへの心臓移植手術が行われ 成功する

 

     

 

心臓の提供を受けるクレールは音楽家という設定で、友人の女性ピアニストの演奏会を聴きに行くシーンがあるのですが、クレールが作曲家なのか 演奏家なのか 明らかではありません カテル・キレヴェレ監督にとって そういうことは重要でなないようです   その女性ピアニストが演奏するシーンが映し出されますが、誰の何という曲か分かりませんでした 同じメロディーを執拗に繰り返すミニマル・ミュージックのように聴こえましたが、あるいはクレールが作曲した作品という設定だったのかな、と勝手に想像しました

シモンの身体から心臓を摘出する手術の時に、トマが脳死状態のシモンに両親のメッセージを伝え、シモンの耳にイヤホンを当て 彼の恋人が選んだ曲を聴かせるシーン(上のチラシの場面)は感動的です。それは波の音だったのかも知れません

     

     

 

    

 

「女神の見えざる手」はジョン・マッテン監督による2016年フランス・アメリカ合作映画(132分)です

天才的な戦略と手段を選ばない冷徹な仕事ぶりで名を馳せる大手ロビー会社の敏腕ロビイストのエリザベス・スローンは、ある時、銃の所持を支持する仕事を断り、銃規制派の小さな会社に電撃的に移籍する 卓越したアイディアと大胆な決断力によって 銃規制反対派の議員を次々と規制賛成派に転換させることに成功する しかし、違法性すれすれの彼女の強引なやり方に対する元の会社による妨害工作に合い、ついに議会の公聴会に呼ばれ釈明することになる 公聴会で追い詰められ、押されっ放しと思われたスローンは、最後に一発大逆転の暴露をする

 

     

 

この映画で真っ先に目の当たりにするのはスローンを演じたジェシカ・チャステインのカッコよさです 女性が女性に惚れ込むような能力の裏付けを持った「勝つためには何でもする」キャリアウーマンです この映画はアメリカの銃所持社会に反対する立場で作られていますが、つい最近でもフロリダ州の高校で銃乱射により17人の生徒が犠牲になった事件が起こったばかりで、その意味では結果的にタイムリーな映画になりました

昨日の朝日朝刊 国際面に「ライフル協会会員への優待 見直す米企業続出」という見出しで、フロリダ州での事件後、銃規制に頑強に抵抗する『全米ライフル協会』(NRA)会員への優待提供を取りやめる企業が続出している、という記事が載っていました 事件に遭った高校生らが銃規制を求めるうねりを起こし、交流サイトでNRAと関係する企業に対する不買の呼びかけが広がっているためだ、としています こうした動きに対しNRAは「恥ずべきもの」と批判し、「優待が無くなったからと言って、個人の自由を守り、米国を世界で最も偉大な国にするという会員の使命感は揺るがない」とする声明を出した、と書いています

アメリカ社会の根底にあるのは「自分の命は自分で守るべき。そのためには銃の所持は自由である」という大義名分だと思います 理屈では分かりますが、これでは犯罪者にも銃を所持する自由があることを認めることになり、今回のような銃乱射事件がいつまで経ってもなくならないことになります 映画ではヒロインのスローンが5年間の刑務所暮らしを強いられますが、今のアメリカ社会には彼女のような強くて有能なロビイストが何人も必要なのだと思います  

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読売日本交響楽団編「オーケストラ解体新書」を読む~指揮者、楽団員、事務局が普段どのように考え行動しているかが良く分かる

2018年02月27日 08時07分28秒 | 日記

27日(火)。初めてこのブログをご覧いただく方にご説明しておきます 私は基本的に月曜から金曜までの5日間は夕食を作って翌日のブログにアップしています ”基本的に”というのは、昨夜のように子どもたちが外食することが判っている場合は作らないからです。考えてみると、料理って家族のために作るものだ、とつくづく思います 一人だけだったら作りません。それで思い出すのは、社会人になって2年目に、労働組合の執行委員に選ばれ、帰宅する時間が遅くなる日が多くなることから1年間だけ江東区白河町の賃貸アパートで暮らしたことがあります。水道・ガスが共用廊下にあることもあって一切料理はしませんでした 夏のある日、隣室の親切なおばあさんが素麺を茹でて持ってきてくれたました。有難さが身に沁みましたが、次の瞬間 困り果てました。箸がないのです まさか手づかみで食べるわけにもいかないので 鉛筆2本を箸代わりにして食べましたが 鉛は健康に悪かったですね 箸にも棒にも掛からぬ たわごと ですが、今となっては いい思い出です

ということで、わが家に来てから今日で1245日目を迎え、日本相撲協会が26日 大相撲春場所の新番付を発表したが、西の横綱 白鵬は在位64場所となり、北の湖を抜いて歴代1位となった というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

       今やモンゴル相撲になってしまったけど「国際化」と言って喜んでていいのかい?

 

        

 

読売日本交響楽団編「オーケストラ解体新書」(中央公論新社)を読み終わりました この本は、長年の読売新聞記者生活を経て 2014年6月から17年5月まで読売日本交響楽団常任理事・事務局長を務めた飯田政之氏と、読売新聞文化部で長い間クラシック音楽を担当し、2015年5月から読売日響演奏総務部長代行を務める松本良一氏が中心となり、読売日響の舞台裏を描いた興味深い本です

 

     

 

この本の成り立ちを目次で追ってみると次のようになっています

第1章 一期一会の音楽を作る

第2章 楽団員の日常生活と意見

第3章 ドキュメント・オブ・ザ・コンサート

第4章 事務局の日常と意見

第5章 読響の誕生、現在、そして未来

第6章 日本のオーケストラの課題を語る(西村朗、山田和樹他)

アンコール 好奇心を持ってコンサートホールに来てほしい(カンブルラン・インタビュー)

第1章「一期一会の音楽を作る」では、読響に馴染みの深い”カリスマ指揮者”たちを紹介しています  「楽団員から最も慕われている」と言われる名誉指揮者のユーリ・テミルカーノフについては、「彼がタクトを振ると、オーケストラは独特の鳴り方をする」という楽団員の感想を紹介しています。もう一人の名誉指揮者ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーについては、「目線一つですべてを指図し、オケを奮い立たせるというタイプの指揮者。動きが少ないし、突拍子もなかったりする。でも不安な気配を感じると何かを示してくれる」というソロ・首席の遠藤真理さんの印象を紹介しています 2007年から第8代常任指揮者を務め 10年から桂冠名誉指揮者に就任したスタ二スラフ・スクロヴァチェフスキについては、「リハーサルでは、いつもストップウォッチを持参し、楽譜通りのテンポであるかどうかをチェックしていた 楽屋では疲れた表情をしていても、指揮台に立つと一変して生き生きとした表情になる。リハーサルが1時間以上に及んでも椅子に座りはしなかった」と紹介されています 2016年1月21日に東京芸術劇場コンサートホールで読響を指揮したブルックナー「交響曲第8番」は、この本にも書かれているように、読響の圧倒的な集中力を引き出した名演でした 詳細はコンサート翌日のブログに書きましたが、これが日本での最後の演奏会になったことは残念です

第2章「楽団員の日常と意見」では、読響のオーディションについて紹介しています まず「オーケストラはポストが空席にならないとオーディションは開かれない。その方法はオーケストラによって異なり」、読響の場合は「一次、二次の審査を突破し、試用期間を経て合格した人を採用している」とのことです 応募資格は「オーケストラ奏者としてふさわしい演奏能力と品格を持つ方」であるが、学生の場合は 師事する先生2名の推薦状が必要とのことです

具体例としてヴァイオリン奏者のオーディション(2016年1月末)のケースを 概要次のように紹介しています

「第一次審査は、読響の弦楽器奏者が審査に参加して一定の票を得た人が合格となる この時の課題曲はモーツアルトの協奏曲第3、第4、第5番いずれかの第1楽章とオーケストラ曲だった。モーツアルトを演奏すると、オーソドックスな弾き方が出来ているかどうか、音程、リズムは正確か、音楽性は豊かかといった基本的なことがすべてわかってしまう ヴァイオリンの場合だと100人前後の応募があるので一次審査に2日はかかる。オーケストラの曲というのは、様々な交響曲、管弦楽曲から難所を抜粋して演奏してもらうもので、オーケストラのプレーヤーとしてふさわしいかどうかを試す 十分なテクニックを持っていても、独りよがりで周囲と調和しない弾き方、音色だと疑問符がつく 第二次審査には、菅・打楽器を含む楽団員全員が参加し、全員投票で合格者を決定する。『該当者なし』で終わることもしばしばある。この時の課題曲は、ベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキー、シベリウスの協奏曲いずれかの第1楽章とオーケストラ曲だった それに合格した後は、試用期間として基本的には半年、オーケストラの中で演奏してもらう。再び楽団員の全員投票によって合格と認められれば、理事長面接を経て入団決定となる 欧米では受験者の男女、人権などが一切わからないようにカーテン越しの審査が一般的である。読響もかつてカーテン審査を実施したことはあるが、現在は採用していない

楽団員は かなり厳しい条件の審査を経て採用されることが分かります   「テクニックはあっても周囲と調和しないと採用されない」というのは、一般企業の「能力はあっても周囲とうまくやっていけそうもないと採用されない」という考え方と同じですね

第3章「ドキュメント・オブ・ザ・コンサート」では、2016年10月19日にサントリーホールで開かれた読響第563回定期演奏会における指揮者カンブルラン、ソリストの五嶋みどり、楽団員、事務局の動きを追ったドキュメントです この時のプログラムは①シューベルト/ウェーベルン「6つのドイツ舞曲」、②コルンゴルト「ヴァイオリン協奏曲」、③ヨハネス・マリア・シュタウト「ヴァイオリン協奏曲”オスカー”」、④デュティユー「交響曲第2番”ル・ドゥーブル”」という難曲揃いのプログラムでした 私もこの公演を聴いています。その2日前の10月17日のリハーサルの様子も紹介されていますが、このドキュメントを読んで、あらためて、あの日の緊張感あふれる演奏の裏にはこういうことがあったのか、と感慨深いものがありました

第4章「事務局の日常と意見」では、主に「オーケストラ経営の実情」について書かれています 読響の場合、サントリーホールでの「定期演奏会」のほか名曲シリーズなど多くのコンサートを開催していますが、「定期演奏会」の場合2000席が満席になるとチケット収入は1回の演奏会当たり800万円前後になる(定期会員券分も含む)とのこと ここから必要経費として指揮者やソリストの出演料(数十万円~数百万円)、ホール使用料等(150万円)、楽器運搬費(35万円)、プログラム誌(20数万円)、チラシ製作費(10~20万円)、エキストラ人件費・・・と費用が出て行く そうすると 100人近い楽団員、30人近い事務局員のリハーサルから本番まで数日間に見合う人件費は到底賄えない さらに 指揮者やソリストを海外から招くと、渡航費、宿泊費も加算される。プロの合唱団が加わる大規模編成の楽曲だと、なおさら経費が膨れ上がる それでもオーケストラを運営出来るのは民間や国・自治体の支援があるからだ 読響の場合、読売新聞社、日本テレビ放送網、読売テレビ放送による支援金が6割を占めている。JT(日本たばこ)を母体とするアフィニス文化財団の支援、企業や個人からの協賛金や寄付などで支えてもらっているのが実情だ

・・・・・こんな具合に内容を紹介していくとキリがないので第5章は省略して、最後の「アンコール~好奇心を持ってコンサートホールに来てほしい」で常任指揮者カンブルランがインタビューに答えている中で一番共感が持てた言葉をご紹介したいと思います

「日本のオーケストラの公演を聴いた欧米の批評家の一人が、日本のオーケストラの演奏について『技術的には上手だが、音楽の自発性に欠ける』と述べていたが、どう思われるか?」という質問に対し、カンブルランは次のように語っています

「日本のオーケストラ・プレーヤーが自発性に欠けるといった意見には同意できない 読響のプレーヤーは皆、自分の音楽上の信念をしっかり持っていると思う。本番の時、彼らがすごく感動しながら弾いていることがひしひしと伝わってくる 反対にヨーロッパのオーケストラは、奏者一人一人の個性が強い分、アンサンブルの統一感を損ねているケースが少なくない それはさておき、プレーヤーの一人一人が持っている音楽観や感動みたいなものが、もっと聴衆にも目に見える形で、たとえば『とってもうれしい!』とか『踊り出したい!』とかいった風に現れてほしいと感じることはある 具体的に言えば、もっと笑顔で弾いてほしい 楽器を弾くことに集中するだけでなく、もっと体全体で音楽をやってほしい。これは日本の教育のあり方に起因することかもしれない。そもそも、日本人は強い感情をあまり表に出さない。子供の頃からそうやって育てられてきているので、急に変えるのは難しいかもしれない でも、舞台上でもっと爆発的に自らの感情を余すところなく表現できるようになれば、演奏はさらに生き生きとしたものになるだろうし、『演奏が自発性に欠ける』といった批判もなくなるのではないか

私はコンサートを聴いていて、まさにカンブルランが言われた通りのことを常々感じています ひと言でいえば「もっと笑顔で弾いてほしい」ということです。これは読響に限ったことではありませんが、読響でこれを体現しているのはソロ・ヴィオラ奏者の鈴木泰浩氏です 彼は楽しい楽曲の時は、隣の柳瀬氏に「楽しいね」と語りかけるような表情で、腰を浮かせてニコニコしながら弾いています こういう姿勢は演奏に躍動感を与え、聴衆をハッピーにします 彼がかつてベルリン・フィルの契約団員だったことも影響しているのかもしれません

この本は生身のオーケストラの実態を描いた労作です この「オーケストラ解体新書」は、生演奏を聴くことに重点を置くクラシック・ファンから、今はCDなどで聴いているが、生のコンサートを聴いてみたいという音楽ファンまで、幅広くお薦めしたい「買いたい新書」です

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モーツアルト「証聖者の荘厳晩課 K.339」、「レクイエムK.626(ランドン版)」を聴く~マヨラ・カナ―ムス東京第5回定期演奏会

2018年02月26日 07時57分23秒 | 日記

26日(月)。わが家に来てから今日で1244日目を迎え、2020年東京五輪代表選考会出場権がかかる東京マラソンが25日に開かれ、ホンダの設楽悠太が日本新記録の2時間6分11秒で日本勢最高の2位に入り、2002年10月に高岡寿成選手がマークした2時間6分16秒を更新、日本記録突破報奨金1億円を獲得した というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

                       今年に限って 東京マラソンは平昌冬季五輪に負けてね?  ニュースバリューで

 

        

 

昨日、紀尾井ホールでマヨラ・カナ―ムス東京の第5回定期演奏会を聴きました 「マヨラ・カナ―ムス」とはラテン語で「さあ、大いなる調べを歌おう」という意味です。このグループは2012年9月に設立された合唱団体・音楽団体で、オリジナル楽器を使用する併設のプロオーケストラと共に演奏活動を行っています

この日のプログラムは①モーツアルト「証聖者の荘厳晩課K.339」、②同「レクイエムK.626(ランドン版)」です 出演はソプラノ=中江早希(東京藝大大学院在籍)、テノール=渡辺大、アルト=平山莉奈(ケルン音楽大在学中)、バス=西久保孝弘、指揮・音楽監督=バッハ・コレギウム・ジャパンの合唱メンバー渡辺佑介です

 

     

 

全自由席なので、2階C3列18番、センターブロック右通路側を押さえました 紀尾井ホールで2階席に座るのは、かなり前にアリシア・デ・ラローチャのピアノを聴いて以来です。会場は7割以上は入っているでしょうか

男女混声合唱メンバー45人とオケのメンバーが配置に着きます。コンサートミストレスは「バッハ・コレギウム・ジャパン」のヴァイオリニスト、荒木優子さん、チェロは同じく山本徹氏、ティンパニは藝大フィルハーモニアの井手上達氏です オケの配置は、チェロ2、ファゴットをセンターにして ヴァイオリン3+ヴィオラ2が左右に分かれる対向配置を取り、左後方にナチュラル・トランペット2、ティンパニ、右サイドにナチュラル・トロンボーン3、オルガンがスタンバイします

1曲目は「証聖者の荘厳晩課K.339」ですが、「証聖者」とはカトリックの聖者のうち殉教者でない者のことで、ここでは、ザルツブルクの聖人ヒエルニムスのことを指し、彼の祝日9月30日を祝って書いたのが2曲の「証聖者のための晩課」K.321(1779年)とK.339(1780年)だということです

この作品は①主は言われた、②主よ、あなたに感謝しよう、③主を畏れるものは何と幸いか、④僕(しもべ)たちよ、主をほめ讃えよ、⑤主をほめ讃えよ、⑥マニフィカト、の6曲から成ります この日の演奏は、モーツアルト当時の典礼に準じて、各曲の前後にアンティフォナ(交唱)というグレゴリオ聖歌が斉唱され、全体の冒頭と最後にも導入と結びの聖歌が歌われます この方式は、十数年前にNHK音楽祭で演奏したアーノンクール指揮ウィーン・コンツェルト・ムジクスによるモーツアルトの宗教曲(K.321かK.339だったかも知れませんが、思い出せない)で採用されていました

この作品の第4曲「僕たちよ、主をほめ讃えよ」は、第89回アカデミー賞作品賞を受賞した2016年 アメリカ映画「ムーンライト」で 少年たちがサッカーで遊んでいるシーンで流れ、2016年 チェコ・イギリス合作映画「プラハのモーツアルト  誘惑のマスカレード」のエンドルールで使用されていたことは記憶に新しいところです

そもそも私がこのコンサートを聴こうと思ったのは、この曲を生で聴いてみたかったからですが、結論から言えば、聴いて良かったと思います 素晴らしい演奏でした 特に注目していたのは第4曲「僕たちよ、主をほめ讃えよ」におけるソプラノ独唱です 中江早希さんはオルガンと弦楽器の伴奏に乗せてモーツアルトに相応しい透明感のある美しいソプラノで神の賛歌を歌い上げました   アルトの平山さん、テノールの渡辺さん、バスの西久保さんも申し分ありません

この演奏で特に素晴らしいと思ったのは渡辺佑介氏の指揮です   テンポ感も良く、音楽が弛緩するところがありません。オケからは古楽器特有の柔らかい音色を、合唱からは美しくも力強い歌声を引き出していました

 

     

 

プログラム後半は「レクイエムK.626」(ランドン版)です  この曲はヴァルゼック伯爵がプロの作曲家に作らせた曲を自作として自慢するためにモーツアルトに作曲を依頼したものですが、病床にいるモーツアルトは完成させることが出来ませんでした モーツアルトのペンは8曲目の「ラクリモーサ(涙の日)」の8小節で止まっています 彼の死後、妻コンスタンツェがモーツアルトの友人アイブラーに完成を委託しましたが途中で断念したため、結局弟子のジュスマイヤーが補筆して完成させた版が出版されることになりました これについては、後世の音楽研究者が研究を進め、バイヤー版(1971年)、モーンダー版(1987年)、ランドン版(1989年)、レヴィン版(1991年)などが発表されていますが、この日の演奏はアメリカの研究者ロビンス・ランドンが、アイブラーによる部分を復活採用し、不足部分ジュスマイヤー稿などで補った「ランドン版」によって演奏されます

作品は①イントロイトゥス(入祭唱)、②キリエ、③セクエンツィア(続唱)、③オッフェルトリウム(奉献唱)、④サンクトゥス(聖なるかな)、⑥ベネディクトゥス(ほむべきかな)、⑦アニュス・デイ(神の子羊)の7曲から成ります

この曲でも、渡辺氏の指揮はテンポ感の良いキビキビしたもので、聴いていて心地良さを感じます 第3曲「セクエンツィア」におけるソリストたちのソロは冴えていました。バスが歌う「驚くべきラッパが」に付けたトロンボーンの演奏は素晴らしいものがありました 現代のトロンボーンではなくシンプルな構造の楽器なので演奏が難しいと思いますが、しっかりした音程を維持し見事な演奏でした また、「想い起こしてください」におけるソプラノの中江早希さんの歌は会場の隅々まで沁みとおる素晴らしい歌声でした 「ラクリモーサ」を聴くと、いつも胸が張り裂けそうになります。透明感のある合唱が素晴らしい。モーツアルトの「僕は まだ生きていたいんだ」という慟哭が聴こえてきそうです この後、曲の後半が続きますが、私にとって、「レクイエム」は「ラクリモーサ」で終わりです

正直言って、このコンサートは あまり期待していませんでしたが、大当たりでした 指揮者も良い、オーケストラも良い、ソリストも合唱も良い、こんなに条件の揃ったコンサートは滅多にありません また次の機会にも是非聴きたいと思います

 

     

 

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中山七里著「嗤う淑女」を読む~稀に見る悪女のトンデモ物語~デビュー作「さよならドビュッシー」を思い出す

2018年02月25日 08時17分27秒 | 日記

25日(日)。わが家に来てから今日で1243日目を迎え、平昌冬季五輪のカーリングで日本女子が銅メダルを獲得した というニュースを見てお祝いの言葉を述べるモコタロです

 

     

       tora:お祝いに乾杯はいいけど それソーダ水だよね モコタロ:ソダネー

 

          

 

中山七里著「嗤う淑女」(実業之日本社文庫)を読み終わりました 中山七里氏の作品は、文庫化されるたびに当ブログでご紹介してきました あらためて著者の略歴をご紹介すると、1961年岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞してデビュー、数々の音楽ミステリーや本格ミステリーを発表してきました

 

     

 

平成18年2月、銀行員の鷺沼紗代が東京表参道駅で飛び込み自殺をしたが、彼女が勤務先の銀行から3億円もの金を横領していたことが発覚する 警察の調べによると、その大半が消えており、残された彼女のバッグの中から蒲生美智留の名刺が出てきた 翌19年8月、高井戸で発生した産廃業者の野々宮孝之と娘の恭子が殺害される事件が発生する 犯人はこの家の長男・弘樹で、二人の死体を工場の大型焼却炉で処分したところを現行犯逮捕された その事件当日、運よく外出して難を逃れていたのが、同家に居候していた従姉妹の美智留だった。美智留は稀に見る美貌の持ち主で、ファイナンシャルプランナーの資格を取得して独立するなど、頭脳明晰な女性だった しかし彼女の正体は、老若男女の欲望を自由自在に操り、自分が手を下すことなく犯罪に巻き込んで姿を消す恐るべき悪女だった 警察に追い詰められた美智留は最後のどんでん返しで生き延びる

中山七里は期待を裏切らないですね事件に巻き込まれた被害者たちは美智留を恨むどころか感謝さえしていますこれほどまでに巧妙な悪女がいるだろうか、と思うほど 美智留を徹底的な悪女に仕立て上げています 彼女が犯罪の武器とした「稀に見る美貌」は、最後のどんでん返しの場面で その正体が明かされ、なぜこの作品のタイトルが「嗤う淑女」なのかが分かります。私は読み終わって、一番最初に読んだ中山氏のデビュー作「さよならドビュッシー」を思い出しました

とにかく読み始めたら止まらない面白さでした。お薦めします

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エピス・クァルテットでベートーヴェン「弦楽四重奏曲第14番」、アンサンブル・コア・ドゥ・ロゾーでハイドン「ロンドン・トリオ第3番」他を聴く~アフィニス / 旧 奏楽堂11月リニューアルオープン

2018年02月24日 07時48分28秒 | 日記

24日(土)。わが家に来てから今日で1242日目を迎え、万歩計を見て感想を述べるモコタロです

 

     

       普段8千歩くらいしか歩いていないご主人が昨日1万歩を超えた 奇跡が起こる前兆?

 

        

 

昨日、夕食に「鶏ささみの野菜たっぷり照り焼き」と「生野菜とタコのサラダ」を作りました 「鶏ささみ~」は初挑戦です  ところで レシピに「ささみは筋を取り除き~」と書いてあるのですが、これが苦労します。包丁を入れて切り離そうとするのですが、肉がいっぱいくっついてきてしまいます スムーズに筋だけ除去できる方法はないものでしょうか? って聞くのは筋違いでしょうか

 

     

 

        

 

昨日の日経朝刊・東京首都圏経済欄に「上野の旧・東京音楽学校奏楽堂 11月リニューアル開館」という見出しの小さな囲み記事が載っていました 超訳すると

「東京都台東区は11月、現在改修中の旧 東京音楽学校奏楽堂を開館する。1890年に東京音楽学校(現 東京藝術大学音楽学部)の校舎として建てられた国指定の重要文化財だ 同区が東京藝大から譲り受けて1987年に上野公園内に移築し、コンサートホールとして貸し出しもしてきたこのホールは滝廉太郎がピアノを弾き、山田耕筰が歌曲を歌った舞台だ。2015年5月から進めてきた改修工事を18年6月に終える。区は8億4000万円を投じて耐震補強をしたほか、経年劣化した外壁や窓ガラスなどを補修。コンサート用としては日本最古のパイプオルガンも修復。2階の音楽ホールは客席を28席減らし310席とし、1席あたりの幅を広める

旧 奏楽堂では何回か室内楽コンサートを聴いてきましたが、舞台も客席も天井も床も すべて木製で、一番大きな特徴は 座席の列が数値番号の「1列、2列」でも アルファベットの「A列、B列」でもない「あ列、い列」という「あいうえお順」になっていることです 改修後もこの表記を踏襲するのかどうか興味深いものがあります オープンを記念してコンサートも開かれるようなので 情報を集めて是非聴きに行こうと思います

 

        

 

昨夕、虎ノ門のJTアートホール アフィニスで「アフィニス アンサンブル セレクション 特別演奏会」を聴きました 出演・プログラムは、前半=アンサンブル・コア・ドゥ・ロゾーが①ハイドン「ロンドン・トリオ第3番」、②ルトスワフスキ「トリオ」、③モーツアルト「5つのディヴェルティメント変ロ長調Kv.439b第5番」を、後半=エピス・クアルテットがベートーヴェン「弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調」をそれぞれ演奏します

全自由席のため4列13番、右ブロック左通路側を押さえました。”ご招待席”を含めて8~9割入っているでしょうか

 

     

 

プログラム前半は、「アンサンブル・コア・ドゥ・ロゾー」による演奏です。2013年結成のこのグループ名の意味は「葦の心」だそうです。つまり葦は木管楽器のリード(葦)です。メンバーは、クラリネット=ダビッド・ヤジンスキー(仙台フィル首席)、オーボエ=山岸亜貴(デンマーク・オーフス交響楽団ゲストソロ)、ファゴット=石川晃(新日本フィル)の3人です

1曲目はハイドン(1732-1809)の「ロンドン・トリオ第3番」です 「ロンドン・トリオ」は、1794年にフルート2本とチェロのために書かれた4曲から成る曲集で、ハイドンがロンドン滞在中に作曲されました 第1楽章「スピリトーソ」、第2楽章「アンダンテ」、第3楽章「アレグロ」の3楽章から成ります (蛇足ですが、プログラムノートにある「1794年から75年にかけてのイギリス滞在では~」という記述は「1794年から95年にかけて」のミスプリントです)。

3人の演奏で聴く限り、長い間”ご奉公”したハンガリーのエステルハージ家を”円満退職”したハイドンらしい明るく伸び伸びとした曲想でした

2曲目はポーランドの作曲家ルトスワフスキ(1913-94)の「トリオ」です この曲は第二次世界大戦の終戦の年、1945年に作曲されました 第1楽章「アレグロ・モデラート」、第2楽章「ポコ・アダージョ」、第3楽章「アレグロ・ジョコーソ(ロンド)」の3楽章から成ります。第1楽章は 3つの楽器の言い争いのような曲想です 第2楽章は一転、深刻な曲想でポーランド生まれのダビッド・ヤジンスキー氏のクラリネットが沈痛な独白を奏でます 第3楽章は再び3つの楽器のおしゃべりです かなり技巧的な曲ですが、3人とも表情豊かに演奏しました

3曲目はモーツアルト(1756-1791)の「5つのディヴェルティメントKv439b 第5番」です この曲は元々3本のバセットホルン(クラリネット属)のために書かれた作品です。第1曲「アダージョ」、第2楽章「メヌエット」、第3楽章「アダージョ」、第4楽章「ロマンツェ(アンダンテ)」、第5楽章「ポロネーズ」の5楽章から成りますが、それぞれが短い音楽です

3人の演奏で聴く「ディヴェルティメント(喜遊曲)」は その名の通り軽快で喜びに満ちた曲です モーツアルトは数多くの「ディヴェルティメント」や「セレナード」を作曲しましたが、極めて即興的に書いたことが窺えます


     


プログラム後半は、エピス・クアルテットによるベートーヴェン(1770-1826)の「弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調作品131」です

「エピス」とはフランス語で香辛料という意味だそうです。2010年に結成されたクァルテットのメンバーは、ヴァイオリンの須山暢大(各地のオケの客員コンマス)、村津瑠紀(藝大フィルハーモニア首席)、ヴィオラの村田恵子(都響副首席)、チェロの伊藤文嗣(東響首席)の4人です

この曲はベートーヴェン最晩年の1826年に完成され、甥のカールを士官に任命したヨーゼフ・フォン・シュトゥッターハイム男爵に献呈されましたが、初演は作曲家の死後の1828年10月まで待たなければなりませんでした この曲は第1楽章「アダージョ・ノン・トロッポ・エ・モルト・エ・プレッシーヴォ」、第2楽章「アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ」、第3楽章「アレグロ・モデラート」、第4楽章「アンダンテ・マ・ノン・トロッポ・エ・モルト・カンタービレ」、第5楽章「プレスト」、第6楽章「アダージョ・クアジ・ウン・ポコ・アンダンテ」、第7楽章「アレグロ」の7つの楽章から成りますが、間断なく演奏されます

4人の奏者が登場し第1楽章の演奏に入ります 冒頭、第1ヴァイオリンから第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロへとフーガでつながれていく厳しい雰囲気のメロディーを聴いていると、ほとんど耳が聴こえない最晩年のベートーヴェンが、懸命に音を紡いでいく姿が目に浮かぶようでした 4人の演奏で特に印象に残ったのは第4楽章の穏やかなテーマと7つの変奏曲です 変奏曲の楽しさを教えてくれました そして最後の第7楽章は力強い演奏による大団円が印象的でした

アンコールは、2つのグループの7人が再登場し、ヨハン・シュトラウス2世の「皇帝円舞曲」をこの日 進行役を務めた作曲家の野平多美さん編曲によるバージョンで演奏し、拍手喝さいを浴びました

アフィニス文化財団には、今後もこうしたプロオーケストラ・メンバーの支援活動を続けて欲しいと思います

 

     

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東京藝大モーニング・コンサートでペンデレツキ「ホルン協奏曲」(Hr・鈴木一裕)、ベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲」(Vn・徳田真侑)を聴く / 2018年度モーニング・コンサートセット券を取る

2018年02月23日 07時46分58秒 | 日記

23日(金)。わが家に来てから今日で1241日目を迎え、ケンタッキーフライドチキンの英国内900店舗の3割が、配送業務の委託先を変更したことが原因で 材料のチキンが倉庫から店舗に届かなかったリ 配達が遅れたりするトラブルが頻発したことに伴い 休業に追い込まれた というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     チキンの配達は 鶏あえずキチンとやらないと 鶏こぼしが出ちゃうから 気を付けて

     

                 

 

昨日、上野の東京藝大奏楽堂で藝大モーニング・コンサートを聴きました プログラムは①ペンデレツキ「ホルン協奏曲”冬の旅”」、②ベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」です 演奏は①のホルン独奏=鈴木一裕、②のヴァイオリン独奏=徳田真侑、管弦楽=藝大フィルハーモニア、指揮=梅田俊明です

全自由席なので1階15列12番、左ブロック右通路側を押さえました 今年度最後のモーニング・コンサートとあってか、会場は満席近い状況です

藝大フィルハーモニアの編成はいつも通り、左サイドにヴァイオリン・セクションを集めています。コンマスは戸原直です

1曲目はポーランドの作曲家クシシュトフ・ペンデレツキ(1933~)の「ホルン協奏曲”冬の旅”」です この曲は2008年5月5日にソロホルン=ラドヴァン・ヴラトヴィッチ、ペンデレツキ指揮ブレーメン・フィルハーモニー管弦楽団によって初演された単一楽章の作品です

ピカピカに光り輝くホルンを抱えた藝大4年生・鈴木一裕君が登場し指揮台の脇にスタンバイします 梅田氏の指揮で演奏が開始されます。冒頭は大太鼓とコントラバス(1挺)により重低音が会場を揺らします 初めて1挺のコントラバスの底力を再認識させられた思いがしました その後、独奏ホルンが登場し かなり技巧的な演奏を展開します 「おやっ?」と思ったのは、演奏途中で3人のホルン奏者が入場して管楽器の位置に着いたのです 独奏ホルンのほかにもホルンが演奏することを目で見える形で示したように見えましたが、最初からスタンバイしていても さほど変わりないと思います どういう意図があったのでしょうか

鈴木一裕君の演奏は、確かな技巧に裏づけられた メリハリを付けた表情豊かな演奏でした

 

     

 

休憩なしの2曲目は、ベートーヴェン(1770-1827)の「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」です この曲は1806年に作曲され、当時の名ヴァイオリニスト、クレメントにより初演されました 第1楽章「アレグロ・マ・ノン・トロッポ」、第2楽章「ラルゲット」、第3楽章「ロンド」の3楽章から成ります

ピンクの衣装に身を包まれた藝大4年生・徳田真侑さんが登場しスタンバイします 相当緊張している様子が窺えます 梅田氏のタクトにより第1楽章がティンパニの4連打で開始されます 徳田さんの演奏は丁寧でヴァイオリンは音が非常に美しいのですが、演奏スタイルが大人しく平板な印象を受けます 良く言えば 音楽のスムーズな流れを重視した流麗な演奏なのですが、ベートーヴェンの音楽はもっとメリハリを付けて元気に演奏して欲しいと思います 梅田氏+藝大フィルハーモニアがさかんにソリストを煽り立てるのですが、ソリストが乗ってこない感じです あまりの緊張で余裕がないのかも知れません。それでも、この楽章 終盤のカデンツァ(クライスラー作曲)は表情豊かな素晴らしい演奏でした

第2楽章は最もヴァイオリンの美しさが生かされた演奏だったように思います 第3楽章のフィナーレを弾ききって、やっと笑顔が見られましたが、相当 緊張していたのでしょう

鈴木君も徳田さんも現在4年生なので、それぞれ4月から新しい道に進むことになりますが、没個性に陥らないように頑張って欲しいと思います

 

     

 

                 

 

午前11時からのモーニング・コンサートに先立って、みぞれの降る寒い中 藝大奏楽堂入口脇の前売り券売り場に並び「2018年度モーニング・コンサート」入場整理番号付きセット券(全13回、13,000円)を購入しました 整理番号は今年度が32番でしたが、2018年度は35番になりました 奏楽堂は1142席あるので余裕で良い席が確保できます

全13回の公演内容はまだ未定ですが、3月5日(月)に決定・公開されるそうです 個人的には 同じ曲目が重複しないようにしてほしいと思います

 

     

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「カルテットが紡ぐ極上の響き」を聴く~ハイドン「弦楽四重奏曲”日の出”」、シューベルト「同・”ロザムンデ”」、ドビュッシー「同・ト短調」 / コパチンスカヤのベートーヴェンをCDで聴く

2018年02月22日 07時50分49秒 | 日記

22日(木)。わが家に来てから今日で1240日目を迎え、動物の進化をユニークな視点で紹介する児童書「ざんねんないきもの事典」の発行部数が100万部を突破したことが21日までに分かった というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

      「残念な生き物」だったら 国会に行けば何人か生息しているのが発見できるよ

 

        

 

昨日、夕食に「鶏のみぞれ煮」と「生野菜とワカメのサラダ」を作りました 「鶏の~」の1人前320グラムは多かったかな

 

     

 

        

 

先日購入した4枚のCDのうちパトリシア・コパチンスカヤ(モルドヴァ生まれ)がヴァイオリンを弾くベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61」他のCD(2008年10月録音)を聴いてみました このCDには作品61の協奏曲のほか「ロマンス第1番」「ロマンス第2番」「ヴァイオリン協奏曲断章ハ長調Wo05」が収録されています バックを務めるのはフィリップ・ヘルヴェッへ指揮シャンゼリゼ管弦楽団です

 

     

 

そもそもコパチンスカヤのCDを聴こうと思ったのは、いつだったかFM放送で彼女の演奏するベートーヴェンの協奏曲を聴いて、今までにない超個性的な演奏に惹かれたからです 今回あらためてCDで聴いてみたら、なぜその時に私が彼女の演奏に惹かれたかが分かりました。それは第1楽章「アレグロ・マ・ノン・トロッポ」の終盤でコパチンスカヤによって演奏される「カデンツァ」が、今まで聴いたことのない音楽で、あまりにも鋭い演奏だったからでした

これについてコパチンスカヤは「プログラム・ノート」の中で次のように述べています

「ベートーヴェンはこのヴァイオリン協奏曲のためのカデンツァを書いていません。それでベートーヴェンのオリジナルであるピアノ協奏曲版のカデンツァを使うことにしました ただピアノ版は当然のことながら両手を使ったカデンツァで 音も多いので、オーケストラのコンサートマスターに手伝ってもらうことにして、私がヴァイオリン用に編曲したんです もちろん、ティンパニを使って。多くのヴァイオリニストがクライスラーなどのカデンツァを使っているし、クレーメルはご存知のようにシュ二トケの作曲したものを使って録音していますよね。いろんなアイディアがあって良いと思いますが、今回はあえてベートーヴェンのアイディアを重要視しました

つまり、コパチンスカヤはベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」をベートーヴェン自身がピアノ用に編曲した作品のカデンツァを、手を加えてヴァイオリン協奏曲のカデンツァとして採用した、ということになります ここに彼女のベートーヴェンのオリジナル作品への敬意が感じ取れます

コパチンスカヤが共演の相手に選んだのは、ピリオド奏法(古楽器奏法)を採用するヘレヴェッヘ指揮によるシャンゼリゼ管弦楽団でした そのため、彼女は普段使っていないガット弦(羊の腸)を使用して演奏することに挑んでいます ここにも作曲者のオリジナル作品に一歩でも近づこうとする積極的な姿勢が見て取れます

演奏は、思ったほどオリジナル楽器による演奏を意識させないもので、むしろ「ロマンス第1番・第2番」のヴァイオリン独奏の方がガット弦の響きが感じ取れるくらいです いずれにしても、コパチンスカヤの演奏は切れ味鋭い名刀のようです

なお最後に収録されている「ヴァイオリン協奏曲断章ハ長調Wo05」は1790~92年(ベートーヴェンのボン時代の最後)に作曲されたヴァイオリン協奏曲の試みで、完全な協奏曲の一部だったのかどうかは解っていないそうです コパチンスカヤはウィーン楽友協会にある楽譜を研究しこのCDに収録することを決めたとのことですが、歴史的な意味があると思います

 

     

 

        

 

昨夕、上野の東京文化会館小ホールで「カルテットが紡ぐ極上の響き」公演を聴きました これは「2018都民芸術フェスティバル」参加公演です。プログラムは①ハイドン「弦楽四重奏曲第63番変ロ長調”日の出”」、②シューベルト「同・第13番イ短調”ロザムンデ”」、③ドビュッシー「同・ト短調」です 演奏は、ヴァイオリン=漆原啓子、漆原朝子、ヴィオラ=大島亮(神奈川フィル首席)、チェロ=辻本玲(日本フィル ソロ・首席)です

 

     

 

自席はJ列19番センター左ブロック右通路側です。会場は満席です

漆原啓子さんはグリーン系の、妹の漆原朝子さんは上が黒、下が金の鮮やかな衣装で、大島亮、辻本玲両氏とともに登場します

1曲目はハイドン(1732-1809)の「弦楽四重奏曲第63番変ロ長調」です この作品は1797年(ハイドン65歳)に 音楽愛好家ヨーゼフ・エルデーディ伯爵の注文により作曲された6曲の弦楽四重奏曲のうちの一つです この曲は「日の出」というニックネームが付いていますが、ハイドンが付けたものではなく、第1楽章冒頭が雲の中から現れる太陽のように聴こえることから付けられたものです ハイドンが作曲した弦楽四重奏曲は60曲を超えるので、ニックネームでも付けなければ区別がつかないというのが後世の人たちの本音でしょう 第1楽章「アレグロ・コン・スピリト」、第2楽章「アダージョ」、第3楽章「メヌエット:アレグロ」、第4楽章「フィナーレ:アレグロ・マ・ノン・トロッポ」の4楽章から成ります

ベテランの姉妹と中堅の男性奏者二人の組み合わせにより、地に脚の着いたガッチリした演奏を聴くと、つくづくハイドンはいいなあ、と思います 「交響曲の父」であるとともに「弦楽四重奏曲の父」でもあるハイドンの円熟期のこの曲は、後のベートーヴェンの傑作への道を開いたということが分かるような気がます

2曲目はシューベルト(1797-1828)の「弦楽四重奏曲第13番イ短調D804」です この曲は1824年(シューベルト27歳)の2月から3月にかけて作曲されました。それまでの彼の弦楽四重奏曲は、家庭内での演奏のために書かれていましたが、この曲とニ短調D810「死と乙女」とト長調D887の3曲は公開の演奏を前提に書かれており、充実した内容になっています この作品は「ロザムンデ」という愛称が付けられていますが、第2楽章の主題が劇音楽「ロザムンデ」の旋律を使っていることから付けられたものです 第1楽章「アレグロ・マ・ノン・トロッポ」、第2楽章「アンダンテ」、第3楽章「メヌエット:アレグレット」、第4楽章「アレグロ・モデラート」の4楽章から成ります

第1楽章の演奏が始まります 演奏に耳を傾けていると、シューベルトの独白を聴いているような気がします 第2楽章のロザムンデのメロディーを聴いていると、「なぜシューベルトはこんなに悲しい音楽を書くのだろうか?」と思ってしまいます これは全楽章を通じて言えることです

 

     

 

休憩後はドビュッシー(1862-1918)の「弦楽四重奏曲ト短調」です この曲は1892年から93年(31歳)にかけて作曲された4楽章から成る作品です

第1楽章冒頭のヴァイオリンが奏でるメロディーが循環主題になり全曲を統一します この冒頭を聴いていたら、混沌としていて4つの楽器のバランスが取れていないように感じました 「あれっ、この曲の出だしはこういう音楽だったかな?」と思ったのが正直な感想です 予習していればそんなことはなかったのかも知れません。しかし、それも第1楽章の中盤までで、それ以降は何の不自然さもなく耳にすんなり入ってきました 第3楽章は、それぞれの楽器の独奏が聴かれますが、漆原朝子さんのヴァイオリン、大島亮さんのヴィオラが美しく響きました 第1ヴァイオリンの漆原啓子さん、チェロの辻本玲さんの演奏はこの楽章に限らず安定感があり素晴らしかったことは言うまでもありません 全体を通して感じたのは、ドビュッシーのこの曲はもっと浮遊感のある作品だと思い込んでいたのが、そうではなく、どっしりと地に根を下ろした作品であると思いました

4人はアンコールにラヴェルの「弦楽四重奏曲」の第2楽章を鮮やかに演奏、大きな拍手を浴びました 浮遊感と言えば、むしろ、ラヴェルの曲の方がそれを感じるな、と思いました

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ロッセン・ゲルゴフ+高木綾子+吉野直子+東響でモーツアルト「フィガロの結婚」序曲、「Fl、Hpと管弦楽のための協奏曲」、「交響曲第41番”ジュピター”」を聴く~都民芸術フェスティバル

2018年02月21日 08時02分41秒 | 日記

21日(水)。わが家に来てから今日で1239日目を迎え、20日午前8時40分ごろ 米軍三沢基地を離陸した直後のF16戦闘機のエンジン部分から出火し 主翼の下に取り付けていた燃料タンク2本を上空から小川原湖に投棄し 同基地に緊急着陸した というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

                 米軍は物騒な物ばかり落とさないで 純度100%の金メダルでも落としてよ

 

        

 

昨日、夕食に「キャベツ、ピーマン、ソーセージの中華卵炒め」「シメジ、玉ねぎ、ベーコンのスープ」「生野菜とサーモンのサラダ」を作りました 「キャベツ~」は初挑戦ですが、はっきり言って典型的な時短料理です

 

     

 

        

 

昨日、池袋の東京芸術劇場コンサートホールで東京交響楽団のコンサートを聴きました これは「2018都民芸術フェスティバル」参加公演です。オール・モーツアルト・プログラムで①歌劇「フィガロの結婚」序曲、②フルート、ハープと管弦楽のための協奏曲ハ長調K.299、③交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」です ②のフルート独奏=高木綾子、ハープ独奏=吉野直子、指揮はロッセン・ゲルゴフです

 

     

 

オケはいつもの東響の並びで、左サイドにヴァイオリン・セクションを集めています ほぼ満席の会場の中 コンマスの水谷晃が登場しますが、定期公演と違って拍手が起こりません。客層がかなり異なるようです

1曲目は歌劇「フィガロの結婚」序曲です 歌劇「フィガロの結婚」は、ボーマルシェの戯曲をもとにダ・ポンテが台本を書き、モーツアルトが作曲したオペラの傑作ですが、序曲はその喜劇的な内容を端的に表した軽快な音楽です

1981年ブルガリア生まれの指揮者ロッセン・ゲルゴフが登場、演奏に入ります この歌劇は序曲を聴くだけでワクワクしてきます ファゴット首席の福士マリ子、フルート首席の甲藤さち、オーボエ首席の荒木奏美の演奏が冴えわたります。まずは挨拶代わりの演奏といったところです

2曲目は「フルート、ハープと管弦楽のための協奏曲ハ長調K.299」です モーツアルトは1777年9月、母アンナ・マリアと共にマンハイムとパリへ求職旅行に出ましたが、マンハイムで宮廷楽団の首席フルート奏者ヴェンドリングの演奏を聴いて深い感銘を受けます 当地でアロイジア・ウェーバーに失恋し、失意の中 翌78年3月パリに到着し、旧知のグリム男爵からド・ギーヌ伯爵を紹介されます。伯爵はアマチュアのフルート愛好家で、娘がハープを演奏していたため、モーツアルトは 父娘共演のための「フルート、ハープと管弦楽のための協奏曲」の作曲を依頼されたのでした モーツアルトは、当時フルートもハープも音程が不安定だったため、あまり好きではなかったようですが、出来上がった曲を聴く限り、たとえようのない華やかさと美しさを兼ね備えた作品になっています この曲は第1楽章「アレグロ」、第2楽章「アンダンティーノ」、第3楽章「アレグロ」の3楽章から成ります

ハープが指揮台の左サイドに置かれ、ソリスト二人と指揮者が登場しスタンバイします 吉野直子さんは白の、高木綾子さんはブルーを基調とする鮮やかな衣装です

ゲルゴフのタクトで第1楽章が開始されます 高木さんと吉野さんの演奏は、宮殿に女王が現れたようで華麗そのものです 第2楽章は優美なセレナードと言っても良いでしょう 第3楽章は速めのテンポにより華やかな音楽が奏でられます この曲でも木管群の演奏がソリストをしっかりと支えていました

自席は通路から3つ目の席なのですが、前半の演奏が終わったので、席を立って通路に出ようとしたら、隣席に動物の脚が見えたのでギョッとしました よく見ると盲導犬が夫婦らしき2人の席の下に寝そべっていたのです 席に着く時に気が付かなかったのは、盲導犬にコートが掛けられていたからでした それにしても、よく訓練されているな、と感心しました オケが大きな音で演奏してもビクともしないで 大人しく寝そべっているのです   第一生命ホールではよく見かけますが、東京芸術劇場で見たのは初めてです。今年はイヌ年なので例年以上に犬闘して欲しいと思います

 

     

 

プログラム後半は交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」です モーツアルトの後期三大交響曲(第39番~第41番)が作曲されたのは1788年6月末から8月にかけてです  これほど有名な曲なのに、どういう動機で作曲されたのかが現在に至ってもなお解っていません 現在では ①イギリスでの演奏会を念頭において書いた、②その年の夏の野外演奏会のために書いた、③ハイドンがパリで作曲した3曲の交響曲(第82番から第87番まで6曲セットで書かれた「パリ交響曲集」のうち最初の3曲)に刺激を受けて 3曲まとめて出版しようとして書いた、という諸説があるようです 昨年10月のブログにも書いた通り、私はこのうち③の説が最も説得力があると思っています

モーツアルトの後期三大交響曲(第39番~第41番)は上記の通り1788年の夏に一気に作曲されましたが、それより2~3年前に書かれたハイドンの交響曲第82番~84番(1785~86年作曲)の3曲と調性が一致しているのです(下記の比較を参照)。それが モーツアルトが師と仰ぐ(師事したということではありませんが)ハイドンを意識して作曲したのではないかと思う根拠です

   ハイドン 交響曲第82番ハ長調      モーツアルト 交響曲第41番ハ長調

   ハイドン 交響曲第83番ト短調      モーツアルト 交響曲第40番ト短調

   ハイドン 交響曲第84番変ホ長調     モーツアルト 交響曲第39番変ホ長調

なお、交響曲第41番ハ長調は「ジュピター」という愛称で呼ばれていますが、これはモーツアルトが付けたニックネームではなく、ハイドンをロンドンに呼び寄せて「ロンドン交響曲集」を書かせた興行主ザロモンが名付けたものです 堂々たる響きのこの曲は「ジュピター」の愛称がピッタリです この曲は第1楽章「アレグロ・ヴィヴァーチェ」、第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」、第3楽章「アレグレット」、第4楽章「モルト・アレグロ」の4楽章から成ります

ゲルゴフが指揮台に上がり第1楽章が開始され、力強い冒頭動機が演奏されます 全楽章を通じて感じたのは、独特なアクセントでメリハリを付ける指揮者だな、ということです それが平板になりがちな演奏を避けるのに成功しています この曲でも木管楽器群の演奏が冴えわたります オケが総力を挙げて展開した第4楽章フィナーレの堂々たるフーガは怒涛の快進撃でした

会場いっぱいの拍手とブラボーに、ゲルゴフ+弦楽セクションが「ディベルティメントK.136」の第3楽章をアンコールとして演奏しました ゲルゴフは途中で指揮台を降りて職場放棄、水谷コンマス率いる東響の弦楽奏者に演奏を任せ「こんなもんです」といった表情を見せましたが、図らずも東響弦楽セクションが指揮者なしでも十分に演奏できることを証明しました 彼は 最後のフィナーレで職場復帰、「いいとこ取り」をして拍手喝さいを浴びました 思わず心の中で「それって裁量労働?」とツッコミを入れましたが、「最良労働です!」というゲルゴフ首相の答弁が聞こえたように思いました

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METライブビューイングでプッチーニ「トスカ」を観る~ヨンチェヴァ+グリゴーロ+ルチッチの熱唱とリアリティに徹した舞台・演出を満喫

2018年02月20日 08時12分42秒 | 日記

20日(火)。わが家に来てから今日で1238日目を迎え、18日に行われた平昌冬季五輪の女子500メートルで 小平奈緒が五輪新を出して金メダルを獲得したが、「主将を任されたときに周りから金メダルを取れないなどジンクスがあると言われたが、強い気持ちがあった」と話した というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

        小平選手は殊勝な考えだからジンクスを破れた 国会答弁を撤回した首相は?

 

                 

 

昨日、夕食に「ハッシュドビーフ」と「生野菜とツナのサラダ」を作りました 寒い日は「カレーライス」「ハッシュドビーフ」「クリームシチュー」が食べたくなります

 

     

 

                 

 

昨日、新宿ピカデリーでMETライブビューイング、プッチーニ「トスカ」を観ました これは今年1月27日に米ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で上演された公演のライブ録画映像です 出演はトスカ=ソニア・ヨンチェヴァ、カヴァラドッシ=ヴィット―リオ・グリゴーロ、スカルピア男爵=ジェリコ・ルチッチ(ブリン・ターフェルの代演)ほか、管弦楽・合唱=メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団、指揮=エマニュエル・ヴィヨーム(ジェイムズ・レヴァインの代演)です

 

     

 

プッチーニの歌劇「トスカ」の原作はフランスの劇作家V.サルドゥが名女優サラ・ベルナールのために書いた全5幕の戯曲「ラ・トスカ」(1887年)です  プッチーニはこの戯曲を観て感激し 上演権を獲得して、L.イリッカとG.ジャコーザの共同台本による全3幕のオペラとして作曲したのでした

劇的な音楽とともに幕が開くと、教会内部の豪華な造りに目を奪われます 幕間のインタビューでMET美術・衣装デザイン担当のJ.マクファーレンが語ったところによると、「トスカ」第1幕の舞台となるこの聖アンドレア・デラ・ヴァッレ教会の内部や、第3幕で登場するサンタンジェロ城の屋上などは 実物の模型を造り、それに基づいて舞台装置を緻密で美しく再現したといいます それがこのオペラをリアルにせしめています また、トスカ、カヴァラドッシ、スカルピアをはじめとする登場人物の衣装も舞台設定の1800年当時のものを再現しており、さらに驚くのはスカルピアの机上に置かれている書類にまで気を使っているとのことで、観衆からは見えない細部に至るまでリアルを追究する演出家の意図が映像を通して伝わってきます

ヒロインの歌姫フローリア・トスカを歌ったソニア・ヨンチェヴァはブルガリア出身のソプラノですが、今やMETを代表する花形歌手の一人に躍り出た感があります ライブビューイングでは、これまで「リゴレット」「オテロ」「椿姫」などに出演していますが、今シーズンでは「トスカ」以外に「ラ・ボエーム」「ルイザ・ミラー」にも出演が決まっています ヨンチェヴァのトスカは意志の強い凛とした女性です。カヴァラドッシとの二重唱はもちろんのこと、彼女はトスカに成り切ってドラマティックに歌い演じています 第2幕で揺れる胸の内を歌う「歌に生き愛に生き」は感情移入が半端なく、観ている方も感情移入してしまいます しばらく拍手が鳴りやみませんでした ヨンチェヴァがトスカを歌うのは初めてとのことですが、とても信じられないくらい素晴らしいパフォーマンスでした

画家で反体制派のマリオ・カヴァラドッシを歌ったヴィット―リオ・グリゴーロはイタリア出身のスター・テノールです ライブビューイングでは「ロメオとジュリエット」が記憶に新しいところですが、ヨンチェヴァ同様、役に成り切ってドラマティックに歌い上げ 聴衆の心を鷲づかみします  特に 第3幕で歌われるアリア「星は光りぬ」は心の叫びとでも言うべき熱唱で、歌い終わると しばし拍手が鳴り止みませんでした 第3幕といえば冒頭で牧童の歌声が彼方から聴こえてきますが、グリゴーロは10代半ばの時にこの牧童を歌い、その時にカヴァラドッシを歌ったルチアーノ・パヴァロッティに褒められたそうです 相当 自信になったことでしょう グリゴーロがカヴァラドッシを歌うのは初めてとのことですが、ヨンチェヴァのトスカ同様とても信じられません

恋人同士のトスカとカヴァラドッシを相手に悪役を引き受けるのが警視総監で王党派のスカルピア男爵ですが、ジェリコ・ルチッチは不敵な面構えが適役です ドスの効いたバスバリトンは好色で狡猾なスカルピアにピッタリです スカルピアのアリアということで言えば、いつも感動するのは第1幕終盤でスカルピアが「行け、トスカよ!嫉妬という鷲の翼を解き放ち~」と歌うなか、合唱が力強く「テ・デウム」を歌い上げて幕が下りる場面です このシーンはいつも背筋が寒くなるほど感動します

大健闘だったのは、過去のセクハラ問題で降板したMET名誉音楽監督ジェイムズ・レヴァインの代演としてタクトを振ったエマニュエル・ヴィヨームと、彼の情熱的な指揮のもと このオペラをドラマティックに盛り立てたメトロポリタン歌劇場管弦楽団と合唱団です

それにしても、主役級の3人がすべて死んでしまうオペラというのも珍しいかもしれません   まずスカルピアがトスカに刺殺され、次にカヴァラドッシが兵士たちに銃殺され、最後にトスカがサンタンジェロ城の屋上の城壁を乗り越えて飛び降り自殺するのです

このうちカヴァラドッシの処刑については、スカルピアはトスカの目の前で家来のスポレッタに「処刑は偽だ。パルミエリ伯爵の時のように」実行するよう命令するのですが、これまで観てきた「トスカ」のどの演出も「パルミエリ伯爵の時」がどのような処刑だったのかが明らかにされていませんでした それが 今回の演出では、カヴァラドッシの処刑の前に一人の男が銃殺される場面があり、男は銃で撃たれた後、剣でとどめを刺されるのです その後、カヴァラドッシが(スカルピアの言う「見せかけで」)銃殺されるのですが、兵士が剣でとどめを刺そうとすると、スポレッタがそれを引き止めます つまり普通の処刑は最後にとどめを刺すが、「パルミエリ伯爵の時」の処刑は「銃殺することに変わりはないが、剣でとどめを刺さない」という解釈をとっているのです どういう解釈であれ、トスカは「パルミエリ伯爵の時のように」というものがどのようなものか、スカルピアに問い質すべきだったのです。しかし、そうすると「トスカ」が「トスカ」でなくなってしまいますね

今回の「トスカ」公演は、主役級3人の熱唱とともに、リアルに徹した舞台・衣装が強く印象に残るプロダクションでした

 

     

 

 

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新国立オペラで細川俊夫のオペラ「松風」を観る~冴えるサシャ・ヴァルツの演出・振付 / ゴダール「ヴァイオリン協奏曲第2番」のCDを聴く~ロマンあふれる曲想

2018年02月19日 07時49分01秒 | 日記

19日(月)。わが家に来てから今日で1237日目を迎え、平昌冬季五輪の女子カーリングでLS北見がロシアからの五輪選手(OAR)に快勝し4勝目を挙げた というニュースを見て LS北見の藤沢五月選手と架空の会話をするモコタロです

 

     

        モコタロ:これカーリングのストーンじゃないよね? 藤沢五月選手:そだね~

 

        

 

先日 渋谷のタワーレコードで買った4枚のCDのうちバンジャマン・ゴダール「ヴァイオリン協奏曲第2番」他のCD(NAXOS)を聴きましたフランスの作曲家バンジャマン・ゴダール(1849-1895)はパリ音楽院でビュータンに師事しています。一番有名なのは歌劇「ジョスラン」の子守歌です

CD収録曲は①ヴァイオリン協奏曲第2番、②ヴァイオリンとオーケストラのためのロマンティックな協奏曲、③オーケストラのための「詩的な情景」です ヴァイオリン独奏は1987年イギリス生まれのクロエ・ハンスリップ、バックを務めるのはカーク・トレヴァー指揮スロヴァキア国立コシツェ・フィルハーモニー管弦楽団です

 

     

 

最初に収録されている「ヴァイオリン協奏曲第2番作品131」は、第1楽章「アレグロ・モデラート」、第2楽章「アダージョ・クアジ・アンダンテ」、第3楽章「アレグロ・ノン・トロッポ」の3つの楽章から成ります

第1楽章冒頭から衝撃的です 独奏ヴァイオリンとオケとの激しい対話から入りますが、曲想から言えばヴェルディの「レクイエム」の「怒りの日」を想起させます クロエの集中力が凄い 次いでロマンティックな曲想に移りますが かなり技巧的な曲です。第2楽章はゆったりしたメロディーを奏でるクロエのヴァイオリンがとても美しい 第3楽章は喜びに満ちた楽章で、クロエのヴァイオリンが飛び跳ねます 演奏時間にして25分の曲ですが、1度聴いてすっかり好きになりました

次の「ヴァイオリンとオーケストラのためのロマンティックな協奏曲」も同様に、第1楽章の冒頭から衝撃的な曲想で、全体的にタイトル通りロマンあふれる曲想です

いつも聴いているお馴染みの曲を楽しむのも良いですが、まったく聴いたことのない作曲家の知られざる曲を聴くのも良いものです 自分が数多くのクラシック音楽を聴いているようで、その ほんの一部しか聴いていないことを自覚させてくれるからです   これまで聴いてきた曲よりも、まだ聴いていない曲の方がはるかに多いという事実を気づかせてくれます

一番の悩みは、ただでさえ置き場所に困っている4000枚(本当はもっとあるけれど、面倒くさいので数えていない)のCDに 新たなCDが加わって ますます置き場所に困ることです


     

 

        

 

昨日、初台の新国立劇場「オペラパレス」で、細川俊夫のオペラ「松風」を観ました 本来は16日夜のプルミエ公演を聴く予定だったのですが、 N響と読響との三つ巴で重なったため、この日に振り替えたのです

この作品は能「松風」を基にドイツ語でオペラ化されたもので、世界有数の振付家サシャ・ヴァルツによるコレオグラフィック・オペラとして2011年にベルリンのモネ劇場で世界初演され、その後世界各国で上演されています

出演は松風=イルゼ・エーレンス、村雨=シャルロッテ・ヘッレカント、旅の僧=グリゴリー・シュカルパ、須磨の浦人=萩原潤、ヴォーカル・サンサンブル=新国立劇場合唱団、管弦楽=東京交響楽団、ダンス=サシャ・ヴァルツ&ゲスツ、演出・振付=サシャ・ヴァルツ、指揮=デヴィッド・ロバート・コールマンです

 

     

 

秋の夕暮れ、旅の僧が須磨の浦を訪れ、浜辺にある一本の松に目を留める。その松は、数百年前に在原行平を愛した松風・村雨という名の姉妹の墓標だった 僧は二人の霊を弔う。やがて僧の前に二人の汐汲み女が現れる。二人は松風・村雨の霊であると明かし、行平への思慕の念を語る。松風は行平の形見の狩衣と烏帽子を身につけて踊り、松の木を行平と見違え、半狂乱となる 姉妹の叫びが風雨と共に響く。僧が目を覚ますと、姉妹の姿はなく、ただ松を渡る風だけが残る

 

     

 

振り替えで指定された席は1階21列21番、まさかの通路からほど遠いド真ん中の席です。こういう席は苦手です 会場はほぼ満席です

オーケストラ・ピットにオケがスタンバイし、指揮者コールマンが指揮台に上がります 会場の照明が落とされ 真っ暗になります。海の波の音が聴こえ、ほのかな明かりの中、ダンサーが登場し静かに舞います。この場面(海)ではダンスが中心で歌は歌われません。やがて姉妹が上空から降りてきます。この二人は腰にワイアーを付けて宙づり状態です。蜘蛛の巣のような網を伝って行平への想いを歌いながら右へ左へと動きます(潮)。これはピナ・ヴァウシュ亡き後、ドイツのダンスを牽引するサシャ・ヴァルツによる演出です これを見て、1999年9月に開かれた「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」でのベルリオーズの歌劇「ファウストの劫罰」におけるロベール・ルパージュの宙づり演出を思い出しました 松風を歌うイルゼ・エーレンスと村雨を歌うシャルロッテ・ヘッレカントの二人は身体の中心を背面から吊り上げられているので、腹部に相当圧力がかかっていると思われます そうした苦しい条件の中で歌わなければならないにも関わらず、二人とも歌は完璧です 二人とも「松風」はすでに他のプロダクションで歌っているので問題ないのでしょう とくに村雨は細川氏がシャルロッテのために書いたということなのでなおさらでしょう

この「海」「潮」のシーンから「夜」「舞」「曙」のシーンへと連続して物語が進行しますが、二人は他のダンサーに混じってダンスを踊ることも求められます しかし、これも自然な演技が見事です

旅の僧を歌ったロシア出身のグリゴリー・シュカルパは、深みのあるバスで存在感が抜群でした 須磨の浦人を歌った萩原潤は魅力のあるバリトンを披露しました

さて、このオペラで不可欠なキャストは「サシャ・ヴァルツ&ゲスツ」の14人のダンサーたちです 彼らの身体能力の高さには驚くべきものがあります

新国立劇場合唱団のメンバーによるヴォーカル・サンサンブルと東京交響楽団のメンバーのよる演奏も大健闘でした

休憩なしの1時間半の「松風」を振り返って思うのは、このオペラはサシャ・ヴァルツの演出・振付なくしてあり得ないパフォーマンスだということです もちろん、細川氏はこのオペラ作曲するにあたって彼女に声をかけて、「ともにオペラを作り上げてきた」からだと思いますが、日本人の作曲家によるオペラでこれほど普遍的な「総合芸術」を感じさせる作品も珍しいのではないかと思います

海外公演が先で、日本公演が後というのが、日本人としては残念に思うところですが、世界に通用する 聴き応え 観応えのある インパクトの強いオペラだと思います

 

     

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