近畿地方の古墳巡り!

歴史シリーズ、第九話「近畿地方の古墳巡り」を紹介する。特に奈良盆地・河内平野の巨大古墳・天皇陵の謎などを取上げる。

箕面市の新稲古墳とは!

2009年01月22日 | 歴史
新稲古墳は、新稲の“栄松寺”から左手の叢林の中に位置する小さな古墳。

新稲の丘陵台地には6~7世紀の古墳数基と、延喜式内社の阿比太神社が鎮座している。古墳は池の内遺跡を残した有力者たちの墳墓で、神社は彼らの祖先を祀った“氏神”社と見られる。



写真は、箕面市桜ヶ丘の阿比太神社正殿。

新稲から桜ヶ丘にかけての地域には、以前幾つかの小規模な後期古墳があって、桜ヶ丘古墳群とか新稲古墳群とか、あるいは奈伊良野古墳群とか呼ばれていたらしい。

しかし、それらは現在殆どが消滅してしまい、唯一残っているのが、この新稲古墳と云う。





写真は、新稲古墳の遠景及びわずかに原型を留めた石室。

円墳で横穴式石室上部が露出しているが、盗掘があったと見える。

新稲古墳は箕面市に現存する唯一の古墳だが、保存してゆこうと云う風にも見られない。隣接する池田・豊中市や、茨木・高槻市には数多くの大古墳が有り、それらに比べると物の数に入らないからかも知れない。

それでも東西の大古墳群の間にぽっかりと生じた古墳の空白地帯である箕面市域で唯一の古墳だけに、大事に取り扱って欲しい。

この古墳は、6世紀に作られた横穴式石室の円墳で、後期古墳と云われる種類に属する。

当古墳は、6世紀にこの辺りに大きな勢力を持っていた秦氏の一族の者ではないかと考えられている。