アヴェ・マリア!
「保守的」カトリシズムの出現
クリストファー A. フェララ,Esq.著「ファチマの第三の秘密と公会議後の総崩れ (第四部 第五部)」(http://www.d-b.ne.jp/mikami/fn980421.htm)の「保守的」カトリシズムの出現に関する考察はとても興味深かった。
以下、ポイントを拾ってみた。
【詳しくは、http://www.d-b.ne.jp/mikami/fn980421.htmをご覧下さい。】
【第二バチカン公会議以前】
第二バチカン公会議の前にはすべてのカトリック教徒は「伝統主義者」であった。
すべてのカトリック教徒は、非カトリック教徒との「一致」のために教会の諸々の伝統のいかなる妥協もあり得ない、と考えていた。
典礼に関しては、公会議前までカトリック教徒は古代の言語を含むミサの形式は諸々の時代を超えて聖霊の働きであり、刷新に服従するものではないと信じていた。
キリスト教一致については、公会議前のカトリック教徒は、カトリック教会こそが別れて行った兄弟たちがそこへ戻らなければならない唯一の真の教会だと見なしてきた。
カトリック的な正しい教皇像によると、教皇は、教会を統治する上で、至上のそして完全な権力(plena et suprema potestas)をもっている。
ただし教皇は専制君主ではない。教皇といえどもイエズス・キリストに従わなければならない。教皇といえども、新しい教義を作り出すことが出来ない。
教会博士聖ロベルト・ベラルミンはこう言っている。
「身体を攻撃する教皇に抵抗することが合法的であるように、霊魂たちを攻撃する教皇、あるいは市民的秩序をかき乱す教皇、あるいはとりわけ教会を破壊しようとする教皇に抵抗することもまた合法的である。私は、教皇が命じていることをしないことによって、そして教皇の意志の遂行を妨害することによって教皇に抵抗することは合法的である、と言う。しかしながら、教皇を裁き、教皇を罰し、あるいは教皇を退位させることは合法的ではない。なぜならこれらは上長に固有の行為だからである。」
「人々の真の友人は革命家たちでも革新者たちでもなく、伝統主義者たちである」(教皇聖ピオ十世)
【第二バチカン公会議の到来によるリベラル派の解放】
公会議はすべての断罪を放棄した。ヴァチカンが嫌疑を受けていた多くの神学者たちを突然名誉回復した。今日のリベラルなカトリック教徒たちは本来ならば破門されていなければならない人々であった。しかし、リベラル・カトリシズムは今日教会においてはその他の点で一般に大目に見られている。それは少なくとも外的な公共の場では、カトリック的実践および信念の様式として存続するようになってしまった!
少数のカトリックは、正真正銘のカトリックでありつづけようとした。つまり、カトリックで留まろうとする彼らは「伝統主義者たち」「カトリック伝統主義者たち」「伝統主義カトリック」と呼ばれるようになってしまった! 伝統主義者は、ただ単に、カトリック教徒たちが常に礼拝してきたように礼拝し、そしてカトリック教徒たちが常に信じてきたように信じることをもとめただけだった。
本来の単なるカトリック(第二バチカン公会議以後は「伝統主義者」と呼ばれるカトリックは、公会議後の革命にその発端から反対した。特に典礼に関する「伝統主義者の」立場は、新しいミサに反対するオッタヴィアーニ枢機卿とバッチ枢機卿とによって表明された。
オッタヴィアーニ枢機卿とバッチ枢機卿とは、パウロ六世の諸改革がトレント公会議によって成文化されたミサの神学からの「著しい逸脱」であり、千五百年以上も続いている典礼の伝統を単純に放棄することができなかった人々の間に「良心の危機」を産み出す「一つの測り知れない誤謬」であると警告した。
[オッタヴィアーニ・バッチ両枢機卿のパウロ6世教皇聖下への手紙)
http://fsspxjapan.fc2web.com/pro_missae/rappot.html]
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