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スペクトロヴェナトルとアベリサウルス類の頭骨の進化


copyright 2020 Zaher et al.


スペクトロヴェナトルは、白亜紀前期バレミアン‐アプチアン(Quiricó Formation)にブラジルのミナス・ジェライス州に生息した原始的なアベリサウルス類で、Zaher et al. (2020)によって記載された。共著者のPol博士はエオアベリサウルスを研究した人で、Delcourt博士は最近活躍しているブラジルの獣脚類研究者でケラトサウリアの総説を書いている人である。

白亜紀後期のアベリサウルス類にはいくつか驚くほど完全な標本があり、それらは高度に短縮した前肢と、短く丈の高い奇妙な頭骨の形態で特徴づけられる。癒合した頭蓋はごつごつした粗面で装飾されており、しばしば頭頂骨が角やドーム状に発達している。また高度に可動性の下顎内関節をもつ。しかし、白亜紀後期よりも前の時代には保存の良い頭骨が見つかっていないため、このような高度に特殊化した状態への形質進化のパターンはよくわかっていなかった。
 ジュラ紀中期のアルゼンチンのエオアベリサウルスの発見は、アベリサウルス類の起源についていくらかの光明をもたらした。しかし、エオアベリサウルスの系統的位置については議論があり(アベリサウルス科の祖先ではない等)、また依然として、原始的なエオアベリサウルスとカルノタウルスやマジュンガサウルスのような白亜紀後期の派生的なアベリサウルス科との間には大きな形態学的ギャップがある。
 白亜紀前期はアベリサウルス類の進化史において、これまであいまいだった重要な時期にあたる。この時代の化石記録は非常に断片的なものに限られていたからである。著者らは白亜紀前期のブラジルから、初めて確実にアベリサウルス科と考えられる基盤的なアベリサウルス類スペクトロヴェナトルを報告し、これは他のアベリサウルス類と姉妹群をなし、原始的な形質と派生的な形質のユニークな組み合わせをもつとしている。

スペクトロヴェナトルのホロタイプ標本は部分骨格で、完全な頭蓋と下顎、部分的な頸椎、胴椎、肋骨、完全な仙椎、部分的な尾椎、完全な腰帯と後肢からなる。

他のアベリサウルス類と異なるスペクトロヴェナトルの特徴は、上顎骨の後方突起が、上顎骨‐頬骨縫合の前方の平滑な部分を除いて、垂直方向の溝で装飾されていること、涙骨の側面に粗面があるが、腹側の領域は平滑であること、頬骨の後方突起が腹方を向いていること、nuchal crestの背側端が細く平滑であること、歯骨の腹側縁はまっすぐで側面には深い溝があること、などである。

スペクトロヴェナトルの頭骨は少し歪んでいるがほとんど完全で、左右の前上顎骨の一部と右の下顎の一部を欠いているのみである。吻部は頭骨全体の50%以上を占める。上顎骨には、一連の垂直方向の溝がある。最も前方の溝は、後方の溝よりも小さい。これはマジュンガサウルス、クリプトプス、ルゴプスと同様である。上顎骨‐頬骨縫合は平滑である。上顎骨の前方突起は比較的短く、これはルゴプスの状態と似ている。上顎骨の上行突起は後方に傾き、前眼窩窓は三角形で高さよりも長さが大きい。上顎骨の内側層は前後に短いので、多くのアベリサウルス類と同様に前眼窩窩は前眼窩窓の前方縁に限られている。他のアベリサウルス類と同様に、promaxillary recessは存在するが、側面からみると隠れている。ルゴプスと同様に、18本の上顎骨歯がある。上顎骨の内側面には癒合した歯間板があるが、他のアベリサウルス類では歯間板が粗いのに対して、スペクトロヴェナトルでは平滑である。

鼻骨は厚く、前方で部分的に癒合している。鼻骨の背面は前方1/3に装飾があり後方内側は平滑である。鼻骨の側方縁は装飾のある稜をなすが、その内側に一連の孔や窪みがある。これは以前、ルゴプスの固有形質とされた特徴である。鼻骨の背面の装飾もルゴプスのものに似ており、これはDelcourt (2018) により鱗で覆われていたと解釈されている。鼻骨と前上顎骨の結合部にも少し装飾があるが、ルゴプスのような乳頭状のテクスチャーはない。ルゴプスではこの部分はよろい状の真皮で覆われていたと解釈されている。

涙骨はがっしりしていて装飾がある。涙骨上の前眼窩窩の後背方部は側面に露出しているが、含気孔は側面から見て隠れている。これはケラトサウルス、エオアベリサウルス、他のアベリサウルス類と同様である。涙骨には太く粗面のある稜があり、背側面と外側面を分けている。他のアベリサウルス類と異なり、スペクトロヴェナトルの涙骨の前方突起は、前眼窩窩の後背方境界に面している。また涙骨には、多くのアベリサウルス類と同様に、後眼窩骨の眼窩下突起の方に向かって突出した、短い突起がある。

後眼窩骨は前頭骨と癒合しておらず、涙骨と前頭骨とともに、眼窩の上の背方を向いた小さな穴を取り囲んでいる。つまり派生的なアベリサウルス類のように涙骨、後眼窩骨、前頭骨が結合して閉じたひさし状になってはいないということだろう。後眼窩骨の下行突起は前腹方に曲がっており、中程度に発達した眼窩下突起をもつ。

スペクトロヴェナトルの前頭骨は有対で、ルゴプスと同様に左右の縫合線が見えているが、その背面は平滑で、他のアベリサウルス類にみられるような粗面はない。他のアベリサウルス類と同様に、前頭骨は比較的幅広く短く、正中線に沿って隆起がある。前頭骨の外側縁は薄く、短い凹型の眼窩縁をもつ。これは涙骨、後眼窩骨、前頭骨で囲まれた眼窩の上の穴の内側部分である。この穴はルゴプス、エクリクシナトサウルス、アルコヴェナトルにもみられる。他のアベリサウルス類と異なり、前頭骨は頭頂骨と癒合していない。
 またこの前頭骨と頭頂骨からなる領域は扁平で、上側頭窓の前縁にあるmedian fossaや左右の上側頭窩の間のparietal crestを欠いている。これらは多くのアベリサウルス類の頭蓋天井にある特徴である。
頭頂骨と鱗状骨は合して太いnuchal crestを形成する。他のアベリサウルス類ではこれの背側縁が太く粗いのに対して、スペクトロヴェナトルでは背側縁が細く平滑である。

他のアベリサウルス類と同様に、下顎には前後に長い外側下顎窓があり、その前方は最も後方の歯骨歯の位置に達する。カルノタウルスやエクリクシナトサウルスでは歯骨が腹側に凸にカーブしているが、スペクトロヴェナトルでは歯骨はまっすぐであり、下顎全体の長さの50%を占める。歯骨には16本の小さく後方に反った歯がある。歯骨の外側面には、背腹の中間の高さに前後方向に走る溝があり、その中には神経血管孔が並んでいる。この溝の腹側では、頭蓋の外側面と同様に歯骨に装飾がある。歯骨の後腹方突起は角骨と重なった関節面をなすが、それはカルノタウルスやマジュンガサウルスよりも短い。

スペクトロヴェナトルの歯列は、4本の前上顎骨歯、18本の上顎骨歯、16本の歯骨歯からなる。歯冠の高さは歯列の中の位置によって異なり、6から8番目の上顎骨歯が最も高い。前上顎骨歯は上顎骨歯ほど後方に反っておらず、その鋸歯は前縁(近心)も後縁(遠心)も同じくらいの大きさである。上顎骨歯は歯列の中央では前上顎骨歯よりも大きいが、その大きさの違いはケラトサウルス科(ケラトサウルス、ゲニオデクテス)ほどではない。同様に最大の上顎骨歯でも歯骨の高さの70%以内であり、ケラトサウルス科とは異なる。後方の上顎骨歯は小さくなり、より後方に反ってくる。上顎骨歯の鋸歯は、後縁では前上顎骨歯のものと同じくらいの大きさであるが、前縁の鋸歯はずっと小さい。

スペクトロヴェナトルの脊椎は、多くのアベリサウルス類と同様に、長く伸びたエピポフィシス、よく発達したepipophyseal-prezygapophyseal laminae (EPRL) 、遠位端が二分岐した頸肋骨、遠位で広がった尾椎の横突起などの特徴を示す。また腸骨の前寛骨臼突起が前腹方を向き、前縁が不規則であること、脛骨の脛骨突起cnemial crestが斧形に拡がっていることもアベリサウルス類の特徴である。スペクトロヴェナトルの中足骨は、他のアベリサウルス類よりも細長く、またノアサウルス類のように第II中足骨が細くなってはいない。

系統解析の結果、スペクトロヴェナトルは基盤的なアベリサウルス類(科)で、ルゴプス以上のすべてのアベリサウルス類と姉妹群をなした。また、エオアベリサウルスもアベリサウルス科に含まれた。スペクトロヴェナトルがルゴプス以上のアベリサウルス類と異なる点は、上顎骨と頬骨の結合面が上顎骨の長さの40%以上、頭頂骨の取っ手状knob-likeの背側への突出、上側頭窓の間の細い矢状稜、などの派生的な形質を欠いていることであるという。

スペクトロヴェナトルは、白亜紀前期としては初めての完全な頭骨が知られるアベリサウルス類であり、ジュラ紀の原始的なエオアベリサウルスと白亜紀後期のアベリサウルス類の極めて重要な中間的形態を示すものである。
 スペクトロヴェナトルの頭骨は、特に側頭部と下顎において、派生的なアベリサウルス類のもつ特徴を欠いている。スペクトロヴェナトルの側頭部には、上側頭窩の間の頭頂骨が幅広い、後眼窩骨の鱗状骨突起が細長い、という原始的な特徴がある。一方、派生的なアベリサウルス類は、顎の筋肉を収める広い空間を作るような一連の変化を共有しており、広い下側頭窓、上側頭窩の間の狭い頭頂骨稜、太く短い後眼窩骨の鱗状骨突起をもつ。

下顎もまた、派生的なアベリサウルス類とは異なっている。スペクトロヴェナトルでは、歯骨の後腹方突起と角骨の前方突起の関節面の重なりが大きい。また歯骨と上角骨の間の背側の関節面には、派生的なアベリサウルス類にみられるような典型的なpeg and socket 構造がない。この関節は、従来の研究ではあまり注目されてこなかったが、派生的なアベリサウルス類に特徴的な可動性の下顎内関節である。これらの高度に特殊化した摂食戦略と関連した構造は、おそらく白亜紀後期セノマニアン以降に、体の大型化の影響を受けて獲得されてきたのだろうとしている。

復元頭骨を見ると、なかなか良い顔をしている。論文では他の頭骨が見つかっているアベリサウルス類と並べているが、こうしてみると多くのアベリサウルス類は丸顔、大顔で見ようによってはコミカルな印象を与えるのに対して、スペクトロヴェナトルは全体的にティラノサウルス似とも見える。初期のティラノサウロイドの細長い顔よりもむしろ、ティラノ似ではないか。上顎骨のラインはしっかりカーブしていて、相対的に歯根も長いようだし、眼窩下突起もある。ちゃんと形質を見ればもちろんいろいろ違うのだが、後の丸顔の人たちと比べてである。ルゴプスと比べても明らかにスペクトロヴェナトルの方がシュッとして、かっこいいのではないか。後肢も長くスレンダーである。


参考文献
Zaher H., Pol D., Navarro B. A., Delcourt R. & Carvalho A. B. (2020). An Early Cretaceous theropod dinosaur from Brazil sheds light on the cranial evolution of the Abelisauridae. Comptes Rendus Palevol 19 (6): 101-115.
https://doi. org/10.5852/cr-palevol2020v19a6
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