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肉食の系譜
有胎盤哺乳類の脳化の様相:まず体が大きくなり、それから脳が発達した

バリラムブダ(汎歯類)

フェナコドゥス(か節類)

パトリオフェリス(オキシアエナ類、始新世の原始的な肉食獣)
写真は全てwikipedia (en.wikipedia org)
哺乳類は、脊椎動物の中で、最も体の割に大きな脳をもつ動物である。哺乳類の脳の進化については、中生代の間にもいくつかの段階で発達がみられるが、それは現代の哺乳類に比べるとはるかに原始的な脳であった。哺乳類の脳が劇的に発達するのは新生代に入ってからであるという。科学番組などでは恐竜時代に、哺乳類は小型で夜行性の生活をしていたために、聴覚や空間認識など情報処理能が発達したことが紹介されていた。それがそのまま発展したのかというと、そう単純でもないらしい。
白亜紀末に恐竜が絶滅した後、生態系の空白のニッチを埋めるように哺乳類が多種多様に放散した。その後も哺乳類の進化が続いて今日に至るわけだが、その過程で哺乳類の脳がどのように発達したのかについては、詳細が知られていなかったという。
Bertrand et al. (2022) は、中生代から恐竜絶滅後の古第三紀暁新世、始新世にかけて、多数の有胎盤類の脳函をCTスキャンし、脳容量endocranial volume、推定体重、脳化指数PEQ(体の大きさに対する相対的な脳の大きさ)を計算した。最近ニューメキシコ州で発見された、新しい暁新世の哺乳類の脳函も含まれている。その多数のデータを中生代哺乳類、暁新世の哺乳類、始新世の基盤的な哺乳類、始新世の進化的哺乳類に分けてグラフで示している。また脳全体の容量だけでなく、脳の各領域(嗅球など)の容積を算出して各系統で比較した。
従来から、暁新世の哺乳類の脳は中生代哺乳類とあまり変わっておらず、そのまま拡大したバージョンであるという説は提唱されていた。しかしBertrand et al.の結果は少し異なっていた。体のサイズは、中生代に比べて、古第三紀ではみな非常に大きくなっているが、相対的な脳の大きさは、暁新世では中生代よりもむしろ低下しており、始新世になると増加している。そして始新世の中では、原始的な系統に比べて、進化的な系統では明らかに相対的な脳の大きさが増加していた。
脳の各領域についてみると、始新世の進化的な系統では、暁新世や始新世の原始的な系統に比べて変化していた。相対的に嗅球が小さくなり、錐体小葉petrosal lobuleや新皮質が大きくなっていた。錐体小葉は平衡覚、視覚、眼球運動、頸の動きなどに関与する部位である。また新皮質は情報の統合にあずかる。つまり暁新世までは嗅覚に依存した原始的な脳であったが、始新世の一部の系統でその他の感覚や情報処理が大きく発達したということになる。
暁新世における相対的な脳サイズの低下には、“か節類”(ex.フェナコドゥス)、汎歯類(バリラムブダ)、紐歯類(スティリノドン)などの原始的な系統で体のサイズが増大したことが関与している。一方始新世になると、特に進化的な系統で相対的な脳サイズが増加した。例えば偶蹄類(クジラ類を含む)、奇蹄類、食肉類、真霊長類などである。また暁新世では、雑食及び肉食の種類と草食の種類で相対的な脳サイズに有意の差がなかったが、始新世になると雑食及び肉食は、草食を凌駕するようになった。
恐竜絶滅後の哺乳類の放散においては、脳のサイズよりも体のサイズの増加が特徴的であるともいえる。体が大きくなるにつれて脳も大きくなるが、構造的には変化がなかった。独立して体が大きくなったことで、相対的な脳サイズには変異が大きくなった。暁新世の哺乳類にとっては、相対的に大きな脳は必要でなかったかもしれないという。
始新世になると、空いていたニッチが飽和し、種間の競合が起きるようになった。相対的な脳サイズが大きく、また感覚や情報処理、社会行動などの能力がより優れた種類が有利なように自然選択が働くようになったという趣旨である。
感想であるが、確かにバリラムブダのような暁新世の草食哺乳類をみると、頭が小さく、とりあえず体を大きくしたようなバランスが感じられる。正確には植物食の単弓類に近い体形なのか。このままさらに大型化して恐竜的な存在になってくれてもよかったのだが、そこまで生物資源が豊かではなかったか、時間がなかったのだろう。始新世には脳が発達した新しいグループが出現して、競合にさらされ、後に取って代わられることになった。
肉食獣の方は外見ではわからないが、脳のサイズに差があるのだろう。ヒエノドン類と食肉類ではPEQに差があることがグラフに出ている。ただし、ヒエノドン類でも一部の種類は食肉類と遜色ないくらいの脳サイズだったようだ。
そうすると現代型の哺乳類の脳が発達したのは、恐竜におびえて夜の世界に暮らしていたからというよりも、始新世に哺乳類同士の競争が激しくなったからということになる。ジュラ紀や白亜紀の恐竜の間でも熾烈な競合はあっただろうが、脳サイズが増大する方向に進化したようにはあまり見えない。
真獣類全体の脳の初期進化を扱ったすごい研究だと思ったら、獣脚類の研究者でもあるエジンバラ大学のBrusatte博士のラボだった。ただアフリカ獣類や異節類のデータがほとんどないのは、暁新世や始新世の化石が乏しいのだろう。
参考文献
Bertrand et al. (2022) Brawn before brains in placental mammals after the end-Cretaceous extinction. Science 376, 80–85, 1 April 2022
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