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ナノティラヌスはティラノサウルスの幼体ではなく独自の種類である



また面白い展開になってきた。これは研究者のみならず、世界中の恐竜ファンにとっても見逃せない研究ですね。ダスプレトサウルスがアナジェネシスというのも異論が出ているし、トーマス・カー博士の築いた鉄壁の体系が崩れる可能性を示しているかもしれない。個人的にはナノティラヌスというものがいてほしいと思ってきたので、共感しながら興味深くみている。ただし多くの人が述べているように、これが最終決着ということではない。

Longrich and Saitta (2024)は6つの論拠に基づいて、ナノティラヌスはティラノサウルスの幼体ではなく、独自の小型ティラノサウルス類であると結論している。これらの論拠はアブストラクトとディスカッションの最初の節にまとめてあるので、それらを読めば大体わかる。(なぜか3と4の順が逆になっているが)

1)生態系におけるティラノサウルス類や他の捕食者の多様性について、多くの場合、複数のティラノサウルス類が共存していることから、それが普通であり、ティラノサウルスの他に別の種類が後期マーストリヒト期のララミディアに存在していたことが示唆される。

2)ナノティラヌスは実はティラノサウルスと同定できるような形質を欠いており、150以上の形態学的特徴についてティラノサウルスと異なっている。一方でナノティラヌスとティラノサウルスの間をつなぐような中間形というものは知られていない。

3)ナノティラヌスの標本には、骨の癒合、成熟した頭蓋骨組織の表面構造、ティラノサウルスと比較して遅い成長速度、成長が減速する過程、成体の体重が1500 kg以下と予測されるような成長曲線がみられることから、これらは亜成体または若い成体であって幼体ではない。

4)タルボサウルスやゴルゴサウルスのような他のティラノサウルス類の成長系列には、ナノティラヌス―ティラノサウルスの成長系列で起きるとされる形態学的変化はみられない。またナノティラヌスからティラノサウルスを生じるためには、恐竜の成長過程で知られているパターンとは合致しない、いくつかの不自然な変化が必要となる。

5)ナノティラヌスのホロタイプよりも小さいが、ティラノサウルスと同定できる特徴を示すティラノサウルス幼体の標本が存在する。

6)系統解析の結果、ナノティラヌスはティラノサウルス科の外に位置する可能性が高く、ティラノサウルス亜科には含まれない、つまりティラノサウルスの幼体ではない。

1)よく調査された化石産地では、ゴルゴサウルスとダスプレトサウルス、タルボサウルスとアリオラムスのように、複数のティラノサウルス類が共存することが多い。また他の獣脚類についても、アルゼンチンのアベリサウルス類や、北米のモリソン層ではアロサウルス、トルボサウルス、ケラトサウルスなどが共存していたなどの例がある。哺乳類においても、スミロドン、アメリカライオン、ダイアウルフなどは同じ環境に生息していた。つまり複数の捕食者が共存しているのが普通であり、ティラノサウルス1種という方が考えにくい。これは確かに複数のティラノサウルス類がいたことが期待されるが、強い根拠とはいえないような気がする。徹底的に発掘された地層でもたまたま1種しか発見されていないということはありうる。

2)は、中間形がみられないというのが重要なポイントである。もし幼体と成体の関係であれば、必ず中間の形質をもつ個体や、ナノティラヌスの特徴とティラノサウルスの特徴が入り混じったモザイク的な個体がいるはずだが、そういう標本はないという。それを定量的に示すためにいくつかの多変量解析(クラスター解析)を行っており、ナノティラヌスらしい標本とティラノサウルスらしい標本の2つの集団に分かれている。連続的にはならず2つのクラスターに分かれるということである。

最も共感した考察は4)だった。もしナノティラヌスがティラノサウルスの幼体であり、ナノティラヌスの特徴的な形質は幼体であるためということであれば、そのような特徴は他のティラノサウルス類の幼体にもみられるはずである。ところが、タルボサウルス幼体の頭骨は多くの点でナノティラヌスとは異なり、成体のタルボサウルスやティラノサウルスと似ている。丈の高い上顎骨、前方に位置するmaxillary fenestra、大きなmaxillary fenestra、弱くカーブした涙骨の腹側突起、頬骨の後眼窩骨突起の基部が幅広い、などである。これらの特徴はタルボサウルスの成長過程でかなり早く現れるので、おそらくティラノサウルスの成長過程でも早く現れるはずである。より大きいナノティラヌスの標本でこれらの特徴がみられないことは、ティラノサウルスの成長過程がタルボサウルスと全く異なるとしないかぎり、成長による変化では説明できない。
 幼体を含む成長系列はゴルゴサウルスでも知られている。ゴルゴサウルス幼体の頭骨は特に上顎骨、前眼窩窓、前眼窩窩、maxillary fenestraの形について、顕著にゴルゴサウルス成体と似ている。このことからゴルゴサウルスは成長過程で頭骨の形態に劇的な変化はしていないことがわかる。ゴルゴサウルス幼体は、広がった前眼窩窩のようなナノティラヌスの特徴は示していない。よってゴルゴサウルスの成長パターンは、ナノティラヌスの特徴が成長によるものという仮説を支持しない。ナノティラヌスがティラノサウルスの幼体とすれば、ティラノサウルスはその成長過程でタルボサウルスやゴルゴサウルスとは異なる劇的な変化を遂げなければならない。それも不可能ではないが、ナノティラヌスが別の種類と考えた方が可能性が高い。
 前肢の大きさについても、成長による変化とは考えにくい。全長5-6 mの小型の個体であるが、ナノティラヌスBMRP 2006.4.4 とHRS 15001の前肢の指骨は、ずっと大型のティラノサウルスの指骨よりも顕著に大きい。相対成長により体に対して小さくなることはあるが、ナノティラヌスの前肢の骨について説明するためには、成長するにつれて絶対的に縮小しなければならない。骨吸収が起きて各要素のサイズが小さくなる必要がある。そのような現象は、羊膜類では聞いたことがないといっている。

6)では、幼体でなければ何なのか。著者らはナノティラヌスの標本について系統解析を行った。Loewen et al. (2013) のデータセットを用いた場合、ナノティラヌスはアリオラムス族とアルバートサウルス亜科の中間段階にきた。ここではアリオラムス族はティラノサウルス科のすぐ外側なので、ナノティラヌスはティラノサウルス科の外ということになる。一方、Brusatte and Carr (2016) のデータセットを用いた場合は、ナノティラヌスはやはりアルバートサウルス亜科とアリオラムス族の中間段階にきた。こちらはアリオラムス族がティラノサウルス亜科なので、ナノティラヌスはティラノサウルス科の中となる。しかし著者らは後者のデータセットには不自然な点があり、前者の方が妥当だろうと考えている。なるほど、アリオラムスとゴルゴの中間的な位置・・・そういわれれば、そんな気もしてくる。



参考文献
Longrich, N.R.; Saitta, E.T. Taxonomic Status of Nanotyrannus lancensis (Dinosauria: Tyrannosauroidea)—A Distinct Taxon of Small-Bodied Tyrannosaur. Foss. Stud. 2024, 2, 1–65. https://doi.org/ 10.3390/fossils2010001
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