<啓太、とぼとぼ一人でゴールに歩いていったんだよ>
別れた娘からのメールだった。今日は小学校に通う、別れた息子の5月の運動会だったらしい。運動だけが取り得の息子は、運動会だけが主役になれる日だった。心地よい5月の風に吹かれながらのかけっこ。当然、いつものように一等だったのだろう。
そして、借り物競争。啓太がひいた札には「お父さん」と書かれてたらしい。借り物競争だ。一番近いところにいる中年の男をゴールに連れて行けばいい。だが、啓太はどうやら自分の父親と一緒にゴールしなくちゃと勘違いしたみたいだ。しばらく、うつむいて。
でも、どうしようもなくて、ひとりでとぼとぼゴールに向かったんだろう。
俺は、その時の啓太の気持ちを考えると、心が締め付けられてしまう。唯一、他の子に勝てる自信があった運動会。この日だけが、かれがヒーローになれるときだった。だれからも、うらやましがられ、そして注目される日だった。しかし、借り物競争で引いた札には、かれにはどうにもならない父親の文字が記されていた。・・・・・・いない父親を探してみても始まらない。
ひとり、コースに取り残された啓太。
啓太よりも2歳上の中学生の娘は、目に涙を浮かべて啓太を応援する。ゴールで待っている教師は、一人で歩いてくる啓太をしかりとばす。たかが運動会で、幼い子は心を痛めた。
(inspired by 花田少年史 幽霊と秘密のトンネル)