tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

忘れ雪(終わり)

2007-04-17 20:41:23 | プチ放浪 山道編

そして、翌日。朝から風が強く、ゴンドラは運休。ヒロコさんをたきつけて、理津子とヒロコさんは2人きりで振り子坂ゲレンデでモーグルの練習へ。コスギくんとマリコさんは、天狗山ゲレンデでショートターンの練習。コスギくんがぴったりくっ付いて、手を取り足を取りマリコさんにコーチしていた。田中さんは、朝起きたら花粉症によるアレルギーがひどく、くしゃみが止まらないためスキーはお休み。かれは午前中、温泉めぐりして帰ると言う。ぼくとルソーくんは、またしても二日酔いの頭を抱えながら、天狗山でてきとーに滑ってお茶をにごすことにした。天狗山のゲレンデには、イズミさん親子がボードで滑っていた。娘さんも、奥さんもそこそこ滑れるようだ。時折、斜面で彼らを追い越すたびに、「おさきにー!」と声をかける。その度にイズミさんが、「転ぶなよ」とか「頭洗ったか?」とか「はぁ~どっこいしょぉ~っ」てな感じで返事をくれる。
天狗山を滑るぼくとルソーくんにくっついて来てくれたのは、ユミちゃんだった。彼女は、昨年の12月にひざを痛めて数日入院したらしい。それまでは、モーグルのワールドカップを目指して、冬はスキー三昧の生活だったとのこと。ひざを痛めたのはゲレンデ内の事故。「膝の靭帯損傷」。志賀高原でスキースクールのコーチをやっていてスノーボーダーに後ろから追突されたらしい。ぶつかった瞬間に膝に衝撃が走り、その時は骨折したと思うほどの痛みを感じたとのこと。その後はスノーモービルの後部座席に乗せられ医務室に連れていかれ、医務室ではとにかくアイシング。なんとか歩くことができるぐらいに痛みは治まり、階段で地獄の痛みを堪え新幹線で帰宅・・・・。翌日、地元の日赤救急病院でレントゲンを撮り、いろいろな間接の動きをチェックしてもらった結果、「内側側副靭帯損傷」の診断。一時は、もうスキーはできないかもと諦めたらしい。病院では、包帯でテーピングをしてもらい、安静しているようにとの指示。一人暮らしの生活で、かなり不便を味わいながらも、派遣先の会社へ毎日足を引きずりながら出勤する毎日だったとのこと。
ようやく治って、膝を曲げても痛くないほどに回復したのが、ついこの前。暖冬で、今シーズンのスキー場の営業終了の知らせが続く中、先日降り出した忘れ雪のニュースに誘われて一緒にスキーに行くメンバーを探していたのだった。昨日はケガからの復帰、第一日目。初すべりが、ぼくらとのフォーメーションスキーだったらしい。とにかく、諦めかけていたスキーがまたできた喜びに、昨日は思わず涙してしまったとのことだった。
・・・そうだったのか。モーグルの選手だったのか。それで、あんなにかっこいいエアを決められたのか・・・。でも、慣らし運転にしては大きなエアを飛んだものだ。それで、昨日の出だしは慎重に体のいろんなところに気を配りながらすべっていたのか・・・。最後のフィニッシュで、ぼくらが止まり切れずにぶつかってしまった時に痛そうにしていたのは、怪我した時のことを思い出したからなのか・・・。
ぼくはメンバーと別れて草津を出発するまでに聞きだした彼女の話は、こんな感じだった。四国生まれという彼女。関西出身のスキーヤーは、どうしても東北、北海道出身のスキーヤーと比べて見劣りがする。小さい頃のスキーの経験の有無が、そのまま埋められない経験の差になってしまうのかもしれない。でも、やっぱり、同じスポーツのプレーヤーとして是が非でも彼女を応援したくなる。だって、ぼくが学生時代に初めて愛した女性は、四国生まれだったからなあ・・・。
別れの時が近付くにつれ、ぼくは無口になっていった。ルソーくんともユミちゃんとも目を合わせないようにしていた。別れが事務的にすんなりとできるように・・・。みんなとの別れの時が、つらくなりそうだったからだ。きっと、ぼくは嫌な奴だったに違いない。すっかり引きこもりのおタクのようだった。ただ、最後に宿からみんなと出る時に、握手して別れの挨拶をしたルソーくんの視線をどうしても避けることができなかった。手を握りながらたまらない気持ちでルソーくんの目を見つめたら、彼の目には大粒の涙が浮かんでいた。合理主義者とばかり思っていたフランス人も、こんな時に涙もろくなるんだ。しかも、ぼくよりもコイツは泣き虫だった。彼は来週、成田を発ってフランスに戻る。フランスではリクルート活動が待っているはずだ。きっと、彼なら、良い企業に入社して出世するだろう。ぼくにできることは、彼の幸運を祈るしかない。もっと素敵な新しい仲間が君を迎えてくれるよ・・・。

そこまで来ていた春に抵抗するかのように降り積もった神の雪。ぼくらの3月17日の草津はまだ冬のさなかだった。厳しい冬がようやく終わりを告げ、春の息吹が感じられるころ忘れたように降る雪。それを忘れ雪と言う。天候に左右される商売に携わる人たちには何とも皮肉で恨めしい雪なのだろう。
ヘリスキー。はじめての体験だった。コース前半は林間の緩斜面。映画「私をスキーに連れてって」を当然のように思い出す。あの映画で撮影に使われたコースは、なだれの心配があり実際にはすべることはできないらしい。いたるところにパウダースノー。アイスバーンに積もった粉雪はさらさら軽く、まるでスキーをしていると言うよりは空中を滑空しているような感覚すら覚えた。休憩地点の芳ヶ平ロッジで昼食をとり、自分達が滑ってきたルートを一望に見る。此処に来た者にしか分からない物があった。・・・最高だった。
そして、発表会。多くの出逢いがあった。イズミさんのうれし泣き。ユミちゃんのゲレンデに落とした涙。ルソーくんの別れの涙。また明日から、それぞれの人生がスタートする。ぼくは理津子を乗せて、携帯にユミちゃんとの通話履歴を大切に残したまま帰途についた。帰りの車の中、理津子がつぶやいた<もう今シーズンは終わりですね>と言う言葉が胸にしみた。この後に続く5月の連休の春スキー、夏の月山スキーは気持ちの上では来シーズンということになる。

あれから4ヶ月が過ぎた。去年の12月にみつまたに理津子とスキーに出かけてスキー映画の話をした後、インターネットの掲示板で激しい勢いで書き込みしていた嵐のような日々が何年も前の出来事のように思えてくる。やはり、あれもまた、ひとつの祭りだった。そして、撮影会、発表会に集まったぼくも、みんなもその祭りの小さな神輿の担ぎ手だったのだろう。いま、祭りが幕を閉じた。
木々の影を濃くする、春の日の朝、ぼくは会社に向かう。気の早いヒラタアブと、花びらの開ききった菜の花と、駅に向かう人々もまた、あふれる春の陽を浴びている。事務的に手足を動かして改札を抜け、定刻に到着した電車にのり込む。昨日までの雪国は、長旅であったけれど幕切れはあっけない。電車の発車のベルひとつで現実の世界に収監される。今シーズンの思い出すら遠ざかるように、日常の中へ背中を押される。さあ、春はすぐそこだ。季節はどんどん、移り変わっていく・・・
終わり