京都の「六道の辻」にある「幽霊子育飴本舗」の隣には、どこかで聞いたような名前の店舗があった。「菱六もやし」という会社店舗。「ああ!私が以前に蔵人として働いたことがある酒造会社・剣菱酒造(灘)での酒造りに使っていた麹菌(こうじきん)製造販売の会社の名前だ!!」 父も祖父もこの「剣菱酒造」に長年、杜氏(工場長)として働いていたので、福井県の実家には毎年、「菱六もやし」から年賀状も届いていた。
昔、「もやし」と言われていた「種麹(たねこうじ)」。酒(清酒・焼酎)、味噌、醤油、味醂(みりん)、そしてお酢を作るときに使われる。米などの発酵を促す菌である。清酒造りの場合は、蒸した酒米を「室(むろ)」と呼ばれる部屋に運び、ここで「米麹菌」を満遍なく小さな器具を使って上からふりかける。そうすると、菌が成長し発酵が始まる。それを地下からくみ上げた良水が入った大きなタンクや桶にいれると、水中で発酵が進み1カ月間ほどで酒になる。これを絞って清酒が出来上がる。この種麹の菌は、萌えるように成長する菌を扱うさまが「もやし屋さん」と呼ばれてきた由縁だという。写真をみたら植物のもやしのように成長が早く、もやしのように細長く生育するので「もやし」と言われていたことがよくわかる。
菱六もやしの若社長(40才前ぐらい)は、早稲田大学卒業後に東京農業大学で醸造学を学んで、今 この会社(老舗)を継いでいるようだ。従業員は15〜16名。このような「もやし屋」さんの会社・店舗は、現在日本に13〜14社ぐらいだという。食品業界にはなくてはならない「種麹」だが、それぞれの食品会社が独自に「麹菌」を造り始めた関係で、「もやし屋さん」が減少してきたのだという。創業は1600年代半ばころで、創業350年以上の老舗である。
ちなみに、剣菱酒造は日本で3番目に長い歴史をもち、創業は1505年の室町時代である。日本における和菓子屋さんで最も歴史が長い老舗は、京都市北区の「今宮神社」参道にある「一文字屋和舖(一和)」―あぶり餅の店―で西暦1000年の創業といわれている。
日本には100年以上の歴史を持つ老舗企業は決して珍しい存在ではなく、一部統計によれば日本には2万社以上も存在すると言われる。創業300年や400年以上の会社や店も少なくなく、世界最古の企業として知られる「金剛組(宮大工・建築会社)」の創業は578年と飛鳥時代までさかのぼり現在に至っている。
世界的にみると、創業200年以上の企業や店舗などは41か国に5600社あまりある。このうち半数以上の53%(3146社)が日本に存在する。国別の内訳は次の通りである。上記の円グラフ「Where are the Worlds Oldest Businesses ?」
1、日本(53%) 2、ドイツ(19%) 3、オーストリア(4%) 4、スイス(4%) 5、イギリス(4%) 6、フランス(3%) 7、イタリア(3%) 8、オランダ(2%) 9、中国(1%) 10、アメリカ(1%) その他(5%) ※韓国は1社もなし。
日本では、滋賀県の近江商人の「三方よし」、「売る人良し、買う人良し、世間良し」の三方よしの言葉がある。誠実に商売を重ねていき質の良いものを商いするというという伝統が今も息づいている社会でもある。このような国とは世界的にみてもまれなのかもしれない。私が今 赴任している中国は4000年の悠久の歴史を持つとされる国だが、200年以上の歴史を持つ企業・店舗は数社しか存在していない。1538年創業の「漬物屋・六必堂」、1663年頃創業の「ハサミメーカー・張小泉」「漢方薬局・陳李済」「漢方薬局・同仁堂」「飲料メーカー・王老吉(この飲料水は全国的に売られていて、中国の人も好きな人が多い)」の5社・店舗だけである。
中国には創業100年以上の歴史を持つ老舗企業も非常に少なく(※日本は2万社以上・店舗、韓国は2社・店舗)、ある程度の規模の企業・店舗であっても平均寿命は7〜8年で、中小企業・店舗の平均寿命は3年未満だとされている。これについて、中国メディアは「日本に老舗企業が数多く存在し、中国には非常に少ない理由について」分析する文章を掲載した。
記事は、日本と中国で老舗企業の数に差が生ずるのは6つの原因によるものだと主張。1つ目は「本業への専念」だ。例えば、日本の老舗企業は自社の事業に特化し、それに専念し続けているが、中国では儲かる業界(主に不動産と金融)に手を出す企業があまりに多く、これが廃業の要因となっていると指摘している。
2つ目は「質の追求」だ。日本企業は品質を極めるべく努力するが、発展スピードの速い中国では、企業は追い越されまいとスピードばかりを重視し、質が伴わないとしている。質が伴わなければ会社が続かないのは当然だろうと指摘。
3つ目は「信用」だ。企業にとって信用や誠実さが重要なのは言うまでもないが、中国企業には信用を大事にするという考えはほとんどないと指摘している。4つ目は「核となる競争力」だが、中国企業は往々にして研究開発を怠り、価格競争によって自滅しやすいと指摘する。5つ目は「人材の発掘」だ。中国では「富は3代続かず」ということわさ通り、世襲制で失敗することが多く、日本は才能と徳の両面を備えているふさわしい者を跡継ぎにしている、と長寿の秘訣を指摘した。6つ目は「慎重な資産運用」で、老舗企業のほとんどが上場していないことも日本らしいと論じている。
◆ 近年、中国ではインターネット関連の企業に活力がある。若い人の起業もとても多い。しかし、多くの企業に上記の特徴が見られることはゆがめない。悠久の歴史を持つ中国よりも、日本の老舗企業が圧倒的に多いというのは、大いに日本の誇るべきことだと思う。私は、上記の6つの点に加えて、次の3点も要因としてはあるのではないかと思っている。
1、中国の長い歴史は近年まで「大量虐殺と収奪の歴史」であったという点だ。商売などで大いに財をなした企業や店舗に対して、その地方の役人が 「あることないことの罪をでっちあげて、財を収奪する」ということの繰り返しが歴史的におこなわれてきたということだ。これでは、ブルジョアジー階級は成立せず、老舗というものも成立しにくくなる。
2、1960年代を中心とした権力闘争である「文化大革命」によって、さまざまな伝統文化を含めて、伝統的な老舗の多くも閉店したと思われる。
3、現在の大学を卒業した若者もそうだが、就職をしてもより条件のいい会社・企業に2〜3年で転職をする者が非常に多い。会社や自社の製品などに愛着を持ち、販売や商品開発をしようとする者はまれな社会である。
◆中国の福州市(人口約700万人)という地方の大都市に暮らしていて思うことの一つだが、「新しくできた店が半年ぐらいで閉店する」ことはざらである。例えば、10店舗が立ち並んでいるとすると、そのうち3店舗ぐらいは 1〜2年間で違う店になっている場合が多い中国社会でもある。日本では、市内の商店街が「シャッター商店街」となっている現状があるが、少しでも生活できる収入があれば店を続けたいと思う人も多いかもしれない。しかし、中国では「あまり儲からない」と判断すれば すぐに閉店して新しい商売をはじめようとする傾向が日本より数段も数段も強いように思われる。