7/17 北海道旅行4日目 礼文島の「澄海岬」を後にして、10:20頃「高山植物園」へ到着しました。
香深港を12:35発のフェリーで稚内に向う予定で、礼文島で観光できる時間も少なくなってきました。
「礼文町高山植物園」ビジターセンターに展示されていた「レブンアツモリソウ[礼文敦盛草]」です。
初めて見る珍しい花の形と、清楚な美しさにしばらく見入っていました。
「レブンアツモリソウ」の開花時期は、5月下旬~6月中旬ですが、温度管理で時期外れに開花させることが出来るようで、数株が展示されていました。
■花の後方に書かれた説明文です。
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レブンアツモリソウ(無菌培養)
この花は、高山植物園培養センター
施設内で開花したものです。
*花には、手を触れないで下さい。
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礼文町のリーフレットに掲載されていた礼文島北部の地図です。
西の「澄海岬」から「レブンアツモリソウ群生地」などで寄り道しながら「高山植物園」までレンタカーで約30分でした。
「澄海岬」からレンタカーで数分の「レブンアツモリソウ群生地」です。
「レブンアツモリソウ群生地」には左手の木戸を入り、山の斜面を上る道を進むようです。
残念ながら花の季節は終わり、木戸にはチェーンが巻かれていました。
この辺りの山には、林が見られ、周囲の草の山とはあきらかに違っています。
絶滅種に指定されている「レブンアツモリソウ」の群生地は、この林に守られているようです。
「レブンアツモリソウ群生地」の前に案内板が並んでいます。
右手の案内板は、北海道の天然記念物として、14.1ヘクタールの土地が「レブンアツモリソウ群生地」として指定されている旨の案内板で、土地所有者が大蔵省・林野庁とあります。
■左手の大きな案内板の説明文です。*************************************************************************************
植物群落保護林
レブンアツモリソウ群生地
「レブンアツモリソウ」は、礼文島固有のラン科の植物で絶滅の恐れがある国内希少野生動植物種として政令で指定された貴重な植物です。
レブンアツモリソウの群生しているこの区域を林野庁は植物群落保護林として、また北海道は天然記念物として保護に努めておりますので、ご協力をお願いします。
保護林面積:9.60ha(林野庁所管)
設定年月日:平成4年4月30日
林野庁・宗谷森林管理署
北海道・北海道教育委員会
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「礼文町高山植物園」に到着、駐車場からすぐ先に二つの建物が見えています。
右手はガラス張りの温室のような建物ですが、「レブンアツモリソウ」の開花時期の調整や、
育苗はこの二つの建物で行われているようです。
「ビジターセンター」は、この建物の向こうにあります。
「礼文町高山植物園」ビジターセンターの建物です。
「レブンアツモリソウ」の鉢植えや、礼文島の観光案内の資料などが展示されています。
右手の塀の向こうには高山植物の見本園があります。
ビジターセンターの建物の中央に展示されていた鉢植えの「レブンアツモリソウ」を横から見た写真です。
向こうには玄関と、受付カウンターが見えています。
鉢植えの「レブンアツモリソウ」を花の構造が分かりやすい斜めの方向から撮ってみました。
丸い袋状の唇弁の上に開いた小さな穴が見えます。
よく見ると穴の後方の壁に雄シベや、雌シベがついていました。
花が赤紫の「アツモリソウ」と違い、淡いクリーム色が「レブンアツモリソウ」の特徴のようです。
「アツモリソウ」の名称は、平安末期の平家の若武者「平敦盛」が戦場で着けた「母衣[ほろ]」の形を連想してつけられたようです。
「母衣[ほろ]」とは、騎馬武者が背にゆったりと着けた布のことで、戦場を駆けると風で袋のように膨らみ、後方からの流れ矢を防ぐ補助的な防具のようです。
「アツモリソウ」の赤紫の色で、赤旗の平家を連想したことにもよるものと思われます。
この「レブンアツモリソウ」の色は、源氏の白旗にも似ており、「平敦盛」と戦った「熊谷直実」や、「義経」の物語を思い浮かべます。
ところで、西部劇の幌馬車や、トラックの荷台をシートで覆ったホロもこの「母衣」が語源だったのでしょうか。
礼文町高山植物園の見本園に開花した「レブンアツモリソウ」が植えられ、その隣に「レブンウスユキソウ」の花も咲いていました。
見本園には礼文島に咲く多くの高山植物が植えられ、実物を見ながら名称・分類名などが確認できました。
ここで撮った写真で、礼文島各地で撮った花の写真を調べ、名称や概要を知ることができました。
香深港を12:35発のフェリーで稚内に向う予定で、礼文島で観光できる時間も少なくなってきました。
「礼文町高山植物園」ビジターセンターに展示されていた「レブンアツモリソウ[礼文敦盛草]」です。
初めて見る珍しい花の形と、清楚な美しさにしばらく見入っていました。
「レブンアツモリソウ」の開花時期は、5月下旬~6月中旬ですが、温度管理で時期外れに開花させることが出来るようで、数株が展示されていました。
■花の後方に書かれた説明文です。
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レブンアツモリソウ(無菌培養)
この花は、高山植物園培養センター
施設内で開花したものです。
*花には、手を触れないで下さい。
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礼文町のリーフレットに掲載されていた礼文島北部の地図です。
西の「澄海岬」から「レブンアツモリソウ群生地」などで寄り道しながら「高山植物園」までレンタカーで約30分でした。
「澄海岬」からレンタカーで数分の「レブンアツモリソウ群生地」です。
「レブンアツモリソウ群生地」には左手の木戸を入り、山の斜面を上る道を進むようです。
残念ながら花の季節は終わり、木戸にはチェーンが巻かれていました。
この辺りの山には、林が見られ、周囲の草の山とはあきらかに違っています。
絶滅種に指定されている「レブンアツモリソウ」の群生地は、この林に守られているようです。
「レブンアツモリソウ群生地」の前に案内板が並んでいます。
右手の案内板は、北海道の天然記念物として、14.1ヘクタールの土地が「レブンアツモリソウ群生地」として指定されている旨の案内板で、土地所有者が大蔵省・林野庁とあります。
■左手の大きな案内板の説明文です。*************************************************************************************
植物群落保護林
レブンアツモリソウ群生地
「レブンアツモリソウ」は、礼文島固有のラン科の植物で絶滅の恐れがある国内希少野生動植物種として政令で指定された貴重な植物です。
レブンアツモリソウの群生しているこの区域を林野庁は植物群落保護林として、また北海道は天然記念物として保護に努めておりますので、ご協力をお願いします。
保護林面積:9.60ha(林野庁所管)
設定年月日:平成4年4月30日
林野庁・宗谷森林管理署
北海道・北海道教育委員会
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「礼文町高山植物園」に到着、駐車場からすぐ先に二つの建物が見えています。
右手はガラス張りの温室のような建物ですが、「レブンアツモリソウ」の開花時期の調整や、
育苗はこの二つの建物で行われているようです。
「ビジターセンター」は、この建物の向こうにあります。
「礼文町高山植物園」ビジターセンターの建物です。
「レブンアツモリソウ」の鉢植えや、礼文島の観光案内の資料などが展示されています。
右手の塀の向こうには高山植物の見本園があります。
ビジターセンターの建物の中央に展示されていた鉢植えの「レブンアツモリソウ」を横から見た写真です。
向こうには玄関と、受付カウンターが見えています。
鉢植えの「レブンアツモリソウ」を花の構造が分かりやすい斜めの方向から撮ってみました。
丸い袋状の唇弁の上に開いた小さな穴が見えます。
よく見ると穴の後方の壁に雄シベや、雌シベがついていました。
花が赤紫の「アツモリソウ」と違い、淡いクリーム色が「レブンアツモリソウ」の特徴のようです。
「アツモリソウ」の名称は、平安末期の平家の若武者「平敦盛」が戦場で着けた「母衣[ほろ]」の形を連想してつけられたようです。
「母衣[ほろ]」とは、騎馬武者が背にゆったりと着けた布のことで、戦場を駆けると風で袋のように膨らみ、後方からの流れ矢を防ぐ補助的な防具のようです。
「アツモリソウ」の赤紫の色で、赤旗の平家を連想したことにもよるものと思われます。
この「レブンアツモリソウ」の色は、源氏の白旗にも似ており、「平敦盛」と戦った「熊谷直実」や、「義経」の物語を思い浮かべます。
ところで、西部劇の幌馬車や、トラックの荷台をシートで覆ったホロもこの「母衣」が語源だったのでしょうか。
礼文町高山植物園の見本園に開花した「レブンアツモリソウ」が植えられ、その隣に「レブンウスユキソウ」の花も咲いていました。
見本園には礼文島に咲く多くの高山植物が植えられ、実物を見ながら名称・分類名などが確認できました。
ここで撮った写真で、礼文島各地で撮った花の写真を調べ、名称や概要を知ることができました。