鳥取県三朝町の「三徳山三仏寺」参拝の続きです。
最初の宿坊「皆成院」を過ぎ、次の石段を登ると左手に「正喜院」があります。
■門の脇に案内板があり、転記しますが、「正善院庭園」の説明文は、後述します。
==================================================================================
正喜院の文化財
県指定保護文化財木造蔵王権現立像
指定年月日平成十五年九月五日
蔵王権現は、役小角が吉野の金峰山で修行中に現れた日本独自仏であり、釈迦、観音、弥勒の三尊が一つになったものとされる。
蔵王権現立像は台座まで含む一木造りであり、像高九〇‥六センチメートル内刳りは施されていない。所作は、三徳山三仏寺に残る他の蔵王権現現像と同じく片手、片足を上げて忿怒相をしているが、多くの蔵王権現像とは左右逆の所作となっている。
平安時代後期の作と考えられるが、県内に残る数少ない木造りの蔵王権現像としてその価値は高く、秘仏として祈念所に安置されている。
==================================================================================
門を入ると道が二手に分かれていました。
屋根の軒下に雪対策と思われる壁が造られていました。
初めて見るものです。
当日は撤去工事が行われ、既にプラスチックの波板は外されています。
門を入り、正面の大きな入口を入ると、木彫りの大黒様が安置されていました。
神仏習合時代のなごりでしょうか、ちょっと戸惑う参拝でした。
門を入り、右手の入口の様子です。
こちらは、お寺らしい参拝場所になっていました。
向って右では軒下の仮設の壁を撤去する作業が進んでいます。
建物に向かって右手の山の斜面に造られた庭園です。
雨の多い山陰では庭の地面や、木々に苔が多く、風情を感じさせられます。
■門の脇の案内板にあった庭園の説明文です。
==================================================================================
県指定名勝 正善院庭園
指定年月日 平成十七年十一月二十九日
正善院には、方丈前庭と池庭の二つの庭園がある。方丈前庭は、斜面の傾斜を活かし三つの築山で構成されの傾向を活かし三つの築山で構成されている。池庭には後背の山林から取水された山川水が滝となって落され、渓流となり他に注いでいる。池中には、鶴・亀に見立てた中島、そして浮石が配され、池に面した書院座敷から中景の樹林越しに遠景の文殊堂を望むむみごとな景観ょなしている。作庭時期については、庭園の景観構成から成から江戸時代中期以降と推定される。
平成十八年三月鳥取県教員委員
==================================================================================
「正善院」の裏手にある庭園で、三つの宿坊では最も美しく造られています。
工事の人から「建物の裏にもいい庭がありますよ」と案内され、進んでいきました。
裏手に回るとすぐ右手に小さな滝が造られ、山水が心地よい音を立てて池に落ちていました。
池は、建物裏手の奥に広がり、縁側から庭園が見渡せるようになっています。
宿泊ができるとのことで、これらの庭に面した部屋でしょうか。
「正善院」から次の石段を登ると右手に「輪光院」の門が見えてきます。
最初の「皆成院」同様、門の手前に売店があり、シーズンには参拝者が多いものと思われます。
三つの宿坊は、それぞれが立派な寺院の構えをしており、かって多くの伽藍があった名残を感じさせられます。
「輪光院」の門の脇に観世音菩薩像が立っています。
切れ長の目で、とても気品のある石像です。
隣には大きな念珠が掛けられ、後ろの看板に説明書きがありました。
百八煩悩転生大念珠
静かに念じて念珠を下に引いて下さい
カチカチと音と共に厄除け開運をお祈り下さい 合掌
「輪光院」の門を入ると正面の建物の軒下が覆われ、撤去工事はまだのようです。
屋根から落ちた雪が残っており、この辺りの遅い春を感じます。
左手に十二支のお地蔵様が色々なポーズで迎えてくれます。
入口を入ると、小首を傾げたかわいい仏像が安置されていました。
賽銭箱の隣に円盤が取り付けられた木製の器具がありますが、これもクルクル回してお祈りするのでしょうか?
十二支のお地蔵様の裏手には、他の宿坊と同様、池がありました。
きれいな山水が注ぎ込み、とてもすがすがしい池でした。
長い石段の道を登って来ましたが、これからまだ本堂への坂道が続きます。
奥深い山の急な斜面を切り開き、よくこれだけ多くの建物や施設を造ったものだと感心します。
寺院を造ることを「開山」と言いますが、改めて「開山」の言葉の重さを実感するようです。
最初の宿坊「皆成院」を過ぎ、次の石段を登ると左手に「正喜院」があります。
■門の脇に案内板があり、転記しますが、「正善院庭園」の説明文は、後述します。
==================================================================================
正喜院の文化財
県指定保護文化財木造蔵王権現立像
指定年月日平成十五年九月五日
蔵王権現は、役小角が吉野の金峰山で修行中に現れた日本独自仏であり、釈迦、観音、弥勒の三尊が一つになったものとされる。
蔵王権現立像は台座まで含む一木造りであり、像高九〇‥六センチメートル内刳りは施されていない。所作は、三徳山三仏寺に残る他の蔵王権現現像と同じく片手、片足を上げて忿怒相をしているが、多くの蔵王権現像とは左右逆の所作となっている。
平安時代後期の作と考えられるが、県内に残る数少ない木造りの蔵王権現像としてその価値は高く、秘仏として祈念所に安置されている。
==================================================================================
門を入ると道が二手に分かれていました。
屋根の軒下に雪対策と思われる壁が造られていました。
初めて見るものです。
当日は撤去工事が行われ、既にプラスチックの波板は外されています。
門を入り、正面の大きな入口を入ると、木彫りの大黒様が安置されていました。
神仏習合時代のなごりでしょうか、ちょっと戸惑う参拝でした。
門を入り、右手の入口の様子です。
こちらは、お寺らしい参拝場所になっていました。
向って右では軒下の仮設の壁を撤去する作業が進んでいます。
建物に向かって右手の山の斜面に造られた庭園です。
雨の多い山陰では庭の地面や、木々に苔が多く、風情を感じさせられます。
■門の脇の案内板にあった庭園の説明文です。
==================================================================================
県指定名勝 正善院庭園
指定年月日 平成十七年十一月二十九日
正善院には、方丈前庭と池庭の二つの庭園がある。方丈前庭は、斜面の傾斜を活かし三つの築山で構成されの傾向を活かし三つの築山で構成されている。池庭には後背の山林から取水された山川水が滝となって落され、渓流となり他に注いでいる。池中には、鶴・亀に見立てた中島、そして浮石が配され、池に面した書院座敷から中景の樹林越しに遠景の文殊堂を望むむみごとな景観ょなしている。作庭時期については、庭園の景観構成から成から江戸時代中期以降と推定される。
平成十八年三月鳥取県教員委員
==================================================================================
「正善院」の裏手にある庭園で、三つの宿坊では最も美しく造られています。
工事の人から「建物の裏にもいい庭がありますよ」と案内され、進んでいきました。
裏手に回るとすぐ右手に小さな滝が造られ、山水が心地よい音を立てて池に落ちていました。
池は、建物裏手の奥に広がり、縁側から庭園が見渡せるようになっています。
宿泊ができるとのことで、これらの庭に面した部屋でしょうか。
「正善院」から次の石段を登ると右手に「輪光院」の門が見えてきます。
最初の「皆成院」同様、門の手前に売店があり、シーズンには参拝者が多いものと思われます。
三つの宿坊は、それぞれが立派な寺院の構えをしており、かって多くの伽藍があった名残を感じさせられます。
「輪光院」の門の脇に観世音菩薩像が立っています。
切れ長の目で、とても気品のある石像です。
隣には大きな念珠が掛けられ、後ろの看板に説明書きがありました。
百八煩悩転生大念珠
静かに念じて念珠を下に引いて下さい
カチカチと音と共に厄除け開運をお祈り下さい 合掌
「輪光院」の門を入ると正面の建物の軒下が覆われ、撤去工事はまだのようです。
屋根から落ちた雪が残っており、この辺りの遅い春を感じます。
左手に十二支のお地蔵様が色々なポーズで迎えてくれます。
入口を入ると、小首を傾げたかわいい仏像が安置されていました。
賽銭箱の隣に円盤が取り付けられた木製の器具がありますが、これもクルクル回してお祈りするのでしょうか?
十二支のお地蔵様の裏手には、他の宿坊と同様、池がありました。
きれいな山水が注ぎ込み、とてもすがすがしい池でした。
長い石段の道を登って来ましたが、これからまだ本堂への坂道が続きます。
奥深い山の急な斜面を切り開き、よくこれだけ多くの建物や施設を造ったものだと感心します。
寺院を造ることを「開山」と言いますが、改めて「開山」の言葉の重さを実感するようです。