武産通信

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古事記の神話世界  「日本文化」の深層を探る

2008年04月10日 | Weblog
 佛教大学文学部教授の斎藤英喜「イザナギ・イザナミの国生みと黄泉の国」の講義をうける。最初の夫婦神イザナギとイザナミの国生みと黄泉の国訪問には、どんな秘密が隠されているのか。実はふたりは兄弟だった・・・。
 ふたつの書物は古事記の「記」と日本書紀の「紀」から「記紀神話」と呼ばれる。「古事記」上巻・中巻・下巻は和銅五年(712)、元明天皇(女帝)の時代に作られ、「日本書紀」正文(本伝)・一書(異伝)は養老四年(720)、元正天皇(女帝)の時代に作られた。僅か8年の差で作られた書物の神話はまったく違う世界観にもとづく。そして持統天皇も女帝であるように、何故か古代の天皇には女帝が多い。

 天の浮橋に立たされたイザナギとイザナミは天の沼矛を差し下し海水をころころと掻き回して、引き上げた時に、その矛より垂り落ちた海水のかさなり積ったのがオノゴロ島である。
 イザナギとイザナミはオノゴロ島に天降り、天の御柱を立てお互いに身体の様子を尋ね合い、愛の唱和をして結婚する。
 ・古事記 ー ここに、妹イザナミの命に問ひて、「なが身はいかにか成れる」と曰らししかば、「あが身は、成り成りて成り合はざる処一処あり」と答へ曰しき。しかして、イザナギの命の詔らししく、「あが身は、成り成りて成り余れる処一処あり」
 ・日本書紀 ー 因りて陰神に問ひて曰はく、「汝が身に何の成れるところか有る」とのたまふ。対へて曰はく、「吾が身に一の雌元の処有り」とのたまふ。陽神の曰はく、吾が身にも雄元の処有り」
 古事記は語り口調で書かれ、日本書紀は漢文口調で書かれ儒教倫理にもとづく。
 「イザナ」は誘うであり、「キ」は男、「ミ」は女である言霊。そして、「妹イザナミ」の「妹」は夫婦となった結果を先に示すという古事記の表現の型によって「妻」と解する。
 タブーとされる近親婚が神話の中で多いのは、近親同士の結婚が神だけに許された特権であり、神としての証明である。神々とは違うわれわれ人間の社会では近親婚は禁止される。人間は神々の真似をしてはいけないという神への禁忌の意識と、近親婚のタブーとは表裏一体の意識である。神たることの自己証明として天皇家は昭和天皇まで近親婚を繰り返してきた。天皇家が神話を生きてきた証明である。
 天の御柱をイザナギは左廻り、イザナミは右廻りにまわって出逢ったところで結婚した。イザナギは男で陽神、イザナミは女で陰神である。古代中国の陰陽思想にもとづく。
 男が左廻り、女が右廻りというのは、「天左旋、地右動」春秋緯や「雄左行、雌右行」准南子など古代文献に見られる。古事記は、左(男)を右(女)よりも貴しとする思想が一貫している。

 日本書紀の書名にあるように「日本」の表記は対外的に用いられた。中国文献では古くは「倭」と記され、唐代になって「日本」となる。 
 記紀神話のイザナギとイザナミは陰陽の世界観を体現している。だが、「古事記」で死んだイザナミは、「日本書紀」では、一方が消滅したら世界は滅んでしまうから死なない。
 死後の世界を考えるとき、神話の世界では善人も悪人もすべて黄泉の国へ行く。仏教の世界では生前の生き方と対応させて行き先が違ってくるのである。
 仏教の死生観から読み解かれる神話の世界は斬新で、また古事記と日本書紀を対比しての講義は実にわかり易いものであった。
 写真は合気道開祖植芝盛平の神事である。
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