武産通信

東山三十六峰 月を賞で 雪を楽しみ 花に酔う

弓と禅

2018年05月20日 | Weblog
 弓と禅     オイゲン・ヘリゲル
 
 ひとつは、的に当てることへの執着を、何度師(阿波研造)に諭されてもぬぐい去ることのできないヘリゲルに、師がこう言って、「あなたの悩みは不信のせいだ。的を狙わず射当てることができるということを、あなたは承服しようとしない。それならばあなたを助けて先へ進ませるには、最後の手段があるだけである。それはあまり使いたくない手であるが」、夜もう一度、来るようにと告げる。

 弟子は夜になって師を訪問する。師は無言で立ち上がり、弓と二本の矢をもって着いてくるようにと歩き出す。針のように細い線香に火を灯させた師は、先ほどから一言も発せずに、やがて矢をつがう。もとより、線香の火以外の光はない。闇に向かって第一の矢が射られる。発止(はっし)という音で火が消え、弟子は矢が命中したことを知る。そして漆黒の中、第二の矢が射られる。師は促して、二本の矢を弟子に改めさせる。第一の矢はみごと的となった線香の真ん中をたち、そして第二の矢は、第一の矢に当たりそれを二つに割いていた。

 「私はこの道場で30年も稽古をしていて暗い中でも的がどの辺りにあるかわかっているはずだから、一本目の矢が当たったのはさほど見事な出来映えでもない、とあなたは考えられるであろう。それだけならばいかにももっともかも知れない。しかし二本目の矢はどう見られるか。これは私から出たものでもなければ、私があてたものでもない、この暗さで一体狙うことができるものか、よく考えてごらんなさい。それでもまだあなたは、狙わずにはあてられぬと言い張られるか。まあ、私たちは、的の前ではブッダの前にあたまを下げるときと同じ気持ちになろうではありませんか」

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