梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

巡業日記番外・忠信の衣裳のバリエーション

2005年07月21日 | 芝居
昨日が出雲での最後の夜だったのですが、駅前のイタリアン『IL DELFINO』で夕食をとりました。地元の食材を活かして、イタリアで修行したシェフが作る料理はとても美味しゅうございました。料金も手頃、お店の雰囲気もよく、前菜、魚料理、パスタ、ピッツア、そしてデザートと、心ゆくまで堪能いたしました。私はワインが大好きでよく飲むのですが、そのわりには銘柄とか産地には無頓着。ですが昨日頂いたシチリア産白ワイン「コロンバ・プラティノ」は、すっきり爽やかフルーティーで、是非覚えておきたい一本になりました。

さて本日は出雲から名古屋への「移動日」でございました。出雲から岡山まで特急「スーパーやくも」で三時間、岡山から名古屋まで新幹線「のぞみ」で二時間。五時間におよぶ大移動でしたが、「スーパーやくも」がたいそう揺れる車両でして、珍しく電車で酔ってしまいました。午前九時九分発車という早い便だったので、早起きした疲れもでたのでしょうか。名古屋でのホテル『ロイヤルパークイン名古屋』にチェックインしたあとは、ふらふらになった体を癒すべく、マッサージに行ってまいりました。

今日も公演がございませんので、番外編で失礼します。今回は、度々取り上げております演目ですが、『吉野山』から衣裳のお話を。
『吉野山』の、佐藤忠信実は源九郎狐役が着る衣裳。これは演者によって様々な違いがございまして、いわゆる<定式>にしばられることが多い歌舞伎の扮装の中では、ちょっと珍しいパターンではないでしょうか。
まず、一番上に着る着物、すなわち<着付>の色の違い。紫がかった紺色「茄子紺(なすこん)」にするか、「黒」にするか。まず二つに分かれます。
続いて<着付>の柄の違い。忠信の紋である<源氏車>を柄として取り入れるか、それとも無地にするか。
柄として取り入れるとしても、小ぶりの紋を<着付>全体に散らすように配置するか、「江戸褄」といって裾の部分に大きく配置するかに分かれるのです。

今度は<襦袢>。こちらもまず色の違いがございます。「赤」にするか、「浅葱」にするかの二つ。
そして再び柄の有無。柄を入れる場合は、やはり<着付>のときと同じく、小ぶりの紋を散らすのか、「首抜き」といって肩から胸元にかけて大きく配置するのかという二通りとなります。
ざっと書いてもこのように様々な選択肢があるのですが、時によっては、模様や柄に、さらに変化が加わることもございます。これらを組み合わせて一つの衣裳となるわけですが、もちろん、演じる方の好み、意向によって選ばれているのです。

実は様々な選択肢があるのは、衣裳だけではなく、忠信のカツラにも、二つの形がございます。顔の左右に膨らんだ髪の部分を<鬢(びん)>と申しますが、ここの部分を「ふかし鬢」にするか「車(くるま)鬢」にするか、という違いです。文章で形状を紹介するのは難しいのですが、簡単にいえば、「ふかし鬢」にすると二枚目、すっきりとした印象になるのに対し、「車鬢」にすると、力強さ、古風さが出てまいります。また、同じ「ふかし鬢」にしても、今度は髷の根元をしばる<元結(もっとい)>の結び目をわざと大きくして、忠信の本性である狐の“耳”を暗示する、という工夫をなさる方もいらっしゃいます。ちなみにこの方の忠信は、最後に白地に宝珠(お稲荷様のシンボルマーク)を散らした衣裳にぶっ返り、狐六法で花道を引っ込むというのが「型」になっております。

忠信のバリエーション豊富な扮装に対して、静御前はどなたがなさってもほとんど変化がございません。衣裳を、赤の中振袖の着付と、同じ色の打掛けというのにするのか、打掛けのかわりに「常盤衣(ときわごろも)」というものにするか、そしてその「常盤衣」の色を白地にするか赤地にするか、というくらいで、あとは織り出す柄に好みを出すくらいでしょう。カツラはどなたも、お姫さまのカツラである「吹輪(ふきわ)」です。

ちなみに今月播磨屋(吉右衛門)さんの忠信は、無地の茄子紺の着付、赤地に源氏車の紋散らしの襦袢で、カツラはふかし鬢。
加賀屋(魁春)さんの静御前は、赤の中振袖に赤の常盤衣となっております。

同じ役でも、色々な方のいろいろな扮装の違いを楽しめるのも、歌舞伎の魅力の一つかもしれませんね。