梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

舞台稽古はテンヤワンヤ

2005年08月31日 | 芝居
昨日は『歌舞伎フォーラム公演』舞台稽古。本来ならば、初日の会場である大阪国立文楽劇場で行うところですが、スケジュールや会場の都合もあり、東京、大森の『太田文化の森』の舞台を使ってのお稽古となりました。
午後四時から『櫓のお七』『景清』の舞踊二つ、そして『松王下屋敷』『歌舞伎の美/効果音』という予定でしたが、いやはや、いろいろと大変な一日となりました!
まず『櫓のお七』では、どうしても音響と役者のイキが合わない。誰の責任というわけではないのですが、歌舞伎独特の<間>を録音の音源で再現することの難しさ。芝居もしばしば中断し、確認とやり直しの繰り返し。この他大道具のダメも出ましたので、結構な時間がかかってしまいました。
それから私が大急ぎで化粧をし直し『景清』を開けましたが、ここでもトラブルが。実は小道具ではいて出る下駄の歯に、普段の歌舞伎ではまず付けない、滑り止めのゴムが付いていたのを、よくよく確認もせずにはいて出てしまったものですから、所作舞台に、ゴムの色が移ってしまったのです。途中で舞台監督が気がつき急遽中断。汚れを落として(幸いにも消しゴムを使って綺麗に落ちました)、下駄を普通のに取り替えて再開。<早ごしらえ>で舞台に上がったとたんにこの事態、緊張と焦りでどっと汗が…。とにかくなんとか踊り終えましたけれど、情けないことに<心>が全然入らず悔しい限りでした。細かいダメも沢山頂きましたが、これはもう、初日の舞台で解決できるように特訓あるのみです。
続いてさらになる<早ごしらえ>で御台所となり『松王下屋敷』。このへんで体力的には最低レベル。肩で息をしながら化粧するのは正直つらいところです。幕開きの一くさりでいったん引っ込み、幕切れ近くにまた登場するのですが、一回楽屋に戻ってから気が弛んでしまい、再登場のキッカケを逃して大慌て。共演の先輩方には御迷惑をかけてしまいました。また、このお芝居では子役が義太夫節に合わせて着替えるくだりがあるのですが、はじめて実際に着替えてみると、今までの義太夫の節の長さでは間に合わないことがわかり、しばらく中断して段取りあわせをしましたが、子役がはく袴にも、手直しが必要なこともわかったりと、結局結論を出すことができませんでした。
とりあえず一幕通してやったあと、今日の舞台稽古に出られない五人の子役(なにせ六人交代ですから)にも、居所合わせをしてもらうために、子役が動く場面だけもう五回小返し。結局これが終わった時点で午後九時半近く。今日の会場は、施設の決まりで午後十時完全撤収が義務付けられておりましたので、『歌舞伎の美/効果音』は<預かり>となり、お稽古は終了したというわけなのでございます。
いろいろとあった舞台稽古ですが、次はもう本番しかありません。今日大変だったぶん、かえって落ち着いて初日を迎えられればよいのですが。ひと月もの間、大役を勉強させていただけるので、日々少しずつでも成長していければと思います。
とりあえずは、『下駄をはいてもしっかり踊れる』ことを目指します!

大阪大好き

2005年08月29日 | 芝居
今日はお稽古が早く終わりました。明日はいよいよ舞台稽古。どうなりますでしょうか。
江戸東京博物館での『歌舞伎フォーラム公演』は九月三日~二十四日までですが、九月一日には大阪の国立文楽劇場で、九月二日は名古屋の名東文化小劇場での公演が先立ってございます。いずれも昼夜二回公演。実質的な<初日>は、実は大阪なのでございます。
大阪は私の大好きな街でございます。中学生の一時期を関西で過ごしたこともありますが、これまで何度も大阪を仕事で訪れて来たなかで、違う仕事、分野の友人知人が、沢山生まれた街だからでもあるのです。今はもう無くなってしまいましたが、道頓堀に近い三ツ寺筋にワインバーがございました。とっても気さくな雰囲気で、カウンターで隣り合った初対面の人同士が、すぐに飲み仲間になれるお店でした。ここに足しげく通うようになってから、新しくできた友人がまた違う友人を紹介してくれたり、別のお店に一緒に行って、そこでまた知り合いができたり。こんなかんじに<新たな出会い>を作ってくれるお店を、他にも見つけたこともあって、楽しい思い出とともに、私が知らなかった世界を教えてくれる、大切な人たちとたくさん出会えたわけなのです。
有り難いことに、知り合ってからは、私が出ているお芝居を観に来てくれたり、出張や研修などで東京に来た際には一緒に食事に行ってくれたり。もう四、五年来の付き合いをしてもらっております。
ですので仕事で大阪に行くのは、楽しみでしょうがないのです。友人達と、美味しい料理、お酒を楽しみながら、いろんな話をして盛り上がる。仕事が終わった後のリフレッシュ、明日への活力源(古い言い回しですが)には、楽しい会食が一番です!
今回は、公演前のひと晩しか大阪に滞在しないのが残念なのですが、すでに友人とは連絡もつけておりますので、精一杯楽しんでくるツモリです。
…さりながら、翌日の舞台に支障がない程度に! ですね。

<音>に御注目

2005年08月28日 | 芝居
本日は『歌舞伎フォーラム公演』の<総ざらい>。「櫓のお七」「景清」を振付・指導下さった藤間勘十郎師も、わざわざ京橋の稽古場にお越し下さり、有り難いことでございました。
今日初めて、第一部の「歌舞伎の美/効果音」のお稽古がありました。「松王下屋敷」では松王丸を演じられる中村又之助さんが司会を担当し、歌舞伎で使われる<音>の様々をわかりやすくお伝えいたします。この「歌舞伎の美」の中で、私が「景清」を踊らせて頂く趣向になっておりまして、踊りの冒頭と、幕切れに使われる効果音<雨音>や<雷車>を、客席から選ばれたお客様数名に、実演して頂くことになっております。御興味のおありの方は、是非是非、立候補して下さいませ!
<音>といえば、本公演は役者はもとより、演奏家、スタッフ共々、最低限の人数しかおりません。ですので下座囃子や、舞踊の地方は、全て録音したものを使っております。今回で言えば「景清」の常磐津節、「櫓のお七」の義太夫節と下座、「松王下屋敷」の幕開きの下座が生演奏ではない、ということです(「松王下屋敷」での義太夫節と、一部の鳴り物は生演奏です)。
録音された音源は、音響さんの操作で舞台に流れることになりますが、歌舞伎での音楽は、非常に<キッカケ>を大切にするものでして、セリフや動きと密接にかかわっております。ですので、ひとつ間が外れると、お芝居の雰囲気や、演じる人のイキを台なしにしかねないので大変です。今回は、歌舞伎の舞台にはじめて接する音響さんなので、しっかりと段取りを打ち合わせしております。とくに「櫓のお七」では、決められたセリフの間に、いわゆる<フェイドアウト>で下座を消すところが頻繁にあり、またお七の振り、見得をしっかり見ないとタイミングが計れないところも沢山。さらには同時に複数の音源を重ねて流すところもありますので、なかなか御苦労なさっている様子でした。
明日、最後のお稽古がございますので、しっかり固めておきたいと思います。

「景清」では、線の太い男を描けるように。「櫓のお七」では、中村京妙さんのお七の邪魔にならずに、お七の可憐さ、美しさを引き立てることができるように。「松王下屋敷」では、菅原道真公の正室として、中村又之助さん、中村京妙さんの松王丸夫婦が、心から忠義を尽くそうと思っていただけるような品格を出せるように。
大変なことは重々承知で、初秋の舞台を精進してまいります。

『学習院歌舞伎』を観てきました

2005年08月27日 | 芝居
今日はお稽古は『松王下屋敷』だけ、それと『櫓のお七』の、音響さんとの打ち合わせのみで終わりました。お稽古後に池袋へ直行、豊島公会堂での「平成十七年度学習院歌舞伎公演」『恋飛脚大和往来 封印切の場』を拝見いたしました。
学習院国劇部、いわゆる<歌舞伎研究会>に所属されている学生さんたちの発表会でございます。聞くところによりますと、学習院はいち早く「学生歌舞伎」に取り組んだ大学だそうですね。実は私の周りにも、この学習院国劇部出身の歌舞伎俳優さん、衣裳さん、小道具さんが沢山おりまして、以前からお話はいろいろと伺っておりました。今回私のスケジュールとちょうど合い、はじめてその舞台に接することができた次第です。
演目が『封印切』というのが、意欲的ではございませんか。<型>らしいものを持たない上方歌舞伎、そのなかでわけてもセリフの量が多く、主演者へかかる負担が大きいこのお芝居を、どう演ずるのか、とても楽しみでございました。
出演者数や会場の都合など、諸条件があるのでしょう、台本も若干手を入れて、通常なら二場目となる「塀外の場(松嶋屋さんの演出に拠っているようです)」からはじまり、回り舞台はないのでいったん幕を閉めて次の「井筒屋の場」になる場割でした。忠兵衛、八右衛門が男子学生、槌屋治右衛門、梅川、おえん、仲居四名が女子学生です。皆さん本当に一生懸命演じておられて、翻って私も、この熱意に、真剣さに負けてはおられぬと、腹帯を締めなおした次第。
終演後、再び舞台に総出演者が居並び、御挨拶がありましたが、みなさん感極まった御様子でした。とっても清々しい一時間半でございました。

こちらの『歌舞伎フォーラム公演』の稽古もいよいよ大詰め。初日に向けてだんだんと気持ちが張り詰めてまいります。一期一会の舞台にとりくむのは、私も学生さんも同じです。心地よい緊張感とともに、お役を勤めてまいりたいものです!

覚えるということ

2005年08月26日 | 芝居
昨日二十五日は、午後一時から『松王下屋敷』の稽古、六時半から藤間宗家稽古場で『景清』『櫓のお七』の稽古、それからこの歌舞伎フォーラム公演の宣伝をかねて、実家の近所のバーで、友人と久しぶりの会合。話にすっかり盛り上がり、気がつけば日付けが変わっておりました。更新できませんで、申し訳ございません。
今日もお稽古の日程は一緒です。『松王下屋敷』は、連日二回ずつお稽古しております。なにせ子役さんが六人で日替わりの公演なので、初日までに、六人全員に相応の稽古をさせてあげないといけませんからね。といっても。数をやることで助かるのは我々大人も同じです。セリフにしても、段取りにしても、繰り返せばそれだけ身についてくるものなのです。
一昨日の記事へのコメントに、「セリフはどう覚えるのか」という御質問を頂戴しました。少ない日数で完成させる歌舞伎のお稽古で、どういう方法で頭に叩き込んでいるのか、お知りになりたい方は多いのかもしれませんね。
覚え方は、俳優さんそれぞれ、いろいろな方法があると思います。台本から自分のセリフだけを別紙に書き写すことで覚える方もいらっしゃいますし、ひたすら声に出して覚える方もいらっしゃいます。私は、「台本をじっくり読んでから、声に出して覚える」方法です。まず最初から最後まで、他の役のセリフも含めて何回か読みます。そうすると、まず台本の<字づら>が、視覚的なイメージで頭に入ってきます。それから台本を伏せて、自分のセリフだけを順に言えるか挑戦です。当然途中で必ずつっかえますが、その時は随時台本を広げて確認し、再挑戦します。これを何度か繰り返してゆけば、だいたい二、三日で覚えることができます。頭の中に、台本の各ページが<ビジュアル>として自然に浮かんでくる時は、調子が良い時です。
ただ、似たような語句がしょっちゅう出てくるセリフや、難解な単語の多いセリフは、なかなかてこずります。今回の『櫓のお七』では、セリフの数は十数個と少ないのですが、意味的にも、状況的にも同じようなセリフばかりでしたので困りました。日数も限られておりますので、今回初めて、相手役を頼んで、お七のセリフを読んでもらい、芝居の流れとともに覚えてみましたが、これはなかなか能率がよいようです。相手役を勤めてくれた方に感謝!
ちなみに踊りの振りにつきましては、これはもうひたすら踊ることでしか私は覚えられません。譜に書いて覚える方もいらっしゃいますが、私の場合はダメです。

セリフにしても、振りにしても、<頭に入った>だけではダメなんですよね。自然に気持ちを込めて言えるようになる、無意識でも次の振りに体が動く、それくらいになるまで、自分で消化しなくてはなりませんから。その点まだまだ未熟ですので、ついつい素に戻って次のことを考えてしまいがちです。
残り少ない稽古の中で、どれだけ<体で考えられる>ようになるか。ただ、ただ、努力しかございません!

課題は次々

2005年08月24日 | 芝居
昨日から『歌舞伎フォーラム公演』での「松王下屋敷」のお稽古が始まりました。久しぶりなので、まだまだ役に近付けず、難儀をいたしております。
難儀と言えば、今日は藤間宗家のお稽古場で、やはりフォーラム公演での「歌舞伎に親しむ」で実演する舞踊『景清』のお稽古も始まりましたが、御指導下さる藤間勘十郎師からは「踊りが軽すぎる」とのダメを頂きまして、頭を抱えております。五条坂の遊廓に通う姿を描いているとはいえ、やはり剛勇無双の荒武者<平景清>なのですから、力強さ、線の太さを出さなくてはならないのですね。明日のお稽古では、少しでも立派に見えるように努力いたします。
同じく宗家の指導となる『櫓のお七』もお稽古がありました。こちらの方では私は踊りませんが、前半でお七といろいろ芝居があるので、そちらの段取りもまとめなくてはなりません。特に今回のフォーラム公演用に、演出とセリフが若干現行台本と変わりましたので、その点をきちんと覚えないと主役の方に御迷惑をかけてしまいますので、責任は重大です。
これからセリフを覚えます。覚えきるまで寝られません! ですので今日は、短文にて失礼をいたします。

『稚魚の会・歌舞伎会/合同公演』を終えて

2005年08月23日 | 芝居
『小学生のための歌舞伎体験教室』のもようをお伝えする八月十二日付け「子供たち、舞台へ」を、加筆訂正してまとめあげましたので、ご覧いただければ幸いです。

さて、第十一回『稚魚の会・歌舞伎会/合同公演』は、座席千五百余の国立劇場大劇場での二日間四回公演を、連日集客率八割強という好成績で終えることができ、公演的には大成功といえましょう。御来場下さった皆様には、この場をお借りしまして、あつく御礼申し上げます。
二十日が初日、翌二十一日が千穐楽という、短期の公演でございました。なんだかあっというまに終わってしまった感じがいたします。やはり勉強会は「数をこなす」ことではじめて身につくこと、理解できることが多いので、そういう意味では今回の公演は短すぎる気もいたします。しかしそうはいっても、一回一回の舞台をただひたすら一生懸命勤めるのは、今までの勉強会と少しも変わりありません。貴重な体験、得難い勉強をさせていただける数少ない機会。大切に、大事に、心して望んだつもりです。

『本朝廿四孝・十種香の場』の武田勝頼。これまでも再三申し上げたことかもしれませんが、「品格」と「やわらかな雰囲気」をかもし出せるように、これまで講師の師匠梅玉、加賀屋(魁春)さん、歌江さんの御指導のもと、お稽古をしてまいりました。セリフの言い回し、体のこなし、気持ちの出しかた、すこしでも師匠の勝頼に近付けるように努力いたしましたが、ご覧になった皆様にはどのように見えましたでしょうか。
私ごときが申しあげるのも不遜なことかもしれませんが、本当に難しいお役でございました。動きを封じる、と申しましょうか、つとめて内輪に内輪に演ずることで品を出すこと。発声からしてはんなりとさせて、若衆の優しさ、色気を出すこと。八重垣姫や濡衣のお芝居を邪魔しないよう、行儀よく控えること。どれもが私にとってはじめての演技の仕方でした。お稽古の早い段階から自分の演技をビデオカメラに撮って、毎晩家で、ダメ出しを確認しながらチェックいたしましたが、見ていてガックリすることばかり。例えば、自分では手を五センチ動かしたつもりでいても、実際には十センチも十五センチも動いていたり、首や肩の振り方なども、みな、思っているよりも大きくなっているのです。先程も申しました、内輪に演ずればこそ出るはずの品格も、やわらかさも、自分の演技からはまったく感じられず、がさつで堅い、ただの私がいるだけでした。
このことには大いに悩みましたが、自分の体の動かしかたに対する感覚を修正し、少しずつではありますが、だんだんと演技を内輪にすることはできました。しかし、ただ体の動きを改めただけでは気持ちがおろそかになっている。動きが少ない分、気持ち、性根はしっかりとお腹にいれて演じなくてはなりません。場面場面での勝頼の気持ちは、師匠が懇切丁寧に御説明下さったので、その気持ちをきちんと描けるように動くこと、きちんとセリフに乗せて言うことを心がけました。そのセリフにしても、音使いや発声法で、やわらかさを出すことにも注意しました。
毎日のお稽古では、こうしたこと以外にも、座る居所、視線の位置、決まり決まりの体のかたちまで、様々なダメ出しを頂きました。「今日もらったダメは明日繰り返さない」ことを目標にして取り組んでまいりましたが、課題をクリアすることの難しさを痛感いたしました。

十六日の<附立>から、竹本が生演奏になり、幕開きから勝頼が退場するまでを竹本綾太夫師、鶴澤慎治師が、それ以降、幕切れまでを竹本幹太夫師、豊澤勝二郎師が、それぞれ浄瑠璃、三味線を勤めて下さいました。やはり生演奏になると、今までのテープを使ったお稽古とは勝手が変わるもの。十六日はキッカケや間を、探り探りしながらの演技となってしまいましたが、翌十七日の<総ざらい>ではだんだんと馴れました。十八日の<舞台稽古>では、化粧、扮装をしたことで、「勝頼になるんだ」という気持ちにすんなり入ることができ、私にしては落ち着いて、慌てずに演じることができましたが、いざ大劇場の舞台に作られた御殿に登場してみると、広い屋台の、どこに視線を持ってゆけばよいのか、どこを見ながらしゃべればよいのか皆目わからなくなってしまいまして、これにはお稽古後、師匠からいっぱいダメを頂いてしまいました。また、長い長い花道を引っ込む足取り、一歩一歩のテンポがせせこましくなってしまったこと、屋台の上での<オコツキ(つまずく演技のこと)>が、全くの段取りになってしまったことが大きな反省点でした。
しかし、舞台稽古が終わってしまうとあとはもう本番しかないのですから、今度はお客様の前で、どれだけ課題をクリアできるか、ということになるのですが、私なりに考えまして、(あれをしなきゃ、これをしなきゃと考えながら演技しては、勝頼になりきれない。教わったこと、気持ちを忠実にして、あとはできる限り大らかに、考え過ぎずに演じよう)と決めました。
そういう考え方が幸いしたのでしょうか、結果として、二十日の初日の舞台は、出番前こそ緊張いたしましたが、第一声を言い出してからは、ふーっと力が抜けて、冷静になることができました。冷静になったことで、注意点も自然と意識ができたので、これは本当によかったと思います。続く二十一日の舞台では、さらに気持ちが楽になり、前日よりももっと勝頼の気持ちに近付けたように思いました。<オコツキ>や花道の引っ込みも、落ち着いて義太夫や下座を聞くことができましたので、前日よりは余裕をもって演じられました。
…自分のことばかり書いてしまいましたが、私が落ち着いて演技ができたのも、ひとつには共演者のおかげなのです。私が芝居で絡む、八重垣姫役の中村京紫さん、濡衣役の尾上徳松さん、長尾謙信役の坂東八重蔵さん、皆様私より大大先輩。ベテランの方々です。その方達の「大人の芝居」に支えられて、私のような弱輩の勝頼が、なんとか演じおおせたということなのです。ことに京紫さんは、二人が顔を見合わせる場面で、本当に、真剣に、私の目をじっと見つめて下さいました。その瞳のお陰で、この芝居の世界にすっと入れたということがありました。ほんとうに有り難いことでございました。

二日間の舞台は、本当に楽しかった。じっとしていなくてはならない辛さはありましたけれど、なにより念願のお役を、師匠の指導で、そして大劇場の舞台で演じられた有り難さ。この喜び、嬉しさは言葉に表しようがありません。お客様の目から見れば、いっぱいいっぱい不出来な点、お目まだるい所があったかと存じますし、自分自身でも、沢山の課題、反省点が残りました。それらを次の舞台で解決できるよう、これから精進してまいる所存でございますし、今回、勝頼というお役が、私に数多くの大切なことを教えてくれ、自分を見つめるキッカケを与えてくれたことを、心から感謝したいです。そしてこれまで御指導下さった先生方、関係各位、そして客席から御声援下さったお客様、本当に、本当に有難うございました。

これからも、一役一役を大切に、礼儀、行儀を守りながら、気持ちがこもった演技を勉強してまいります!

お待たせをいたしました

2005年08月22日 | 芝居
心ならずも休載を余儀なくされ、御迷惑をおかけしまして、申し訳ございませんでした。
無事に復旧いたしましたので、心機一転、更新を続けてまいる所存でございますので、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、中断してしまいました『子供たち、舞台へ』は、これから加筆し、本番までの様子をきちんと御報告いたします(やや遅きに失した感がございますが)。
そして「稚魚の会・歌舞伎会/合同公演」のもようも、きちんと報告させて頂きます。結局十日間ちかくもお休みしてしまったので、そのあいだのことを逐一、というわけにはいかないかもしれませんが、書きたいことは山ほどあるので、頑張って書いてみます!

お陰さまで勉強会は大盛況のうちに二日間の公演を終えることができました。課題も沢山残りましたが、本当に勉強になりました。今日は午後から反省会です。

それでは、今後とも『梅之芝居日記』、行く末長く、お見捨てなく、おつき合い下さいませ。

子供たち、舞台へ

2005年08月12日 | 芝居
壱 総ざらい~後見も一苦労

今日十二日から三日間は、勉強会の稽古がなく、かわって『小学生のための歌舞伎体験教室』のお手伝いとなります。
八日からお稽古してきた『壽曾我対面』を、いよいよ舞台で発表です。今日は<総ざらい>。国立劇場の大稽古場で行われました。師匠梅玉も、監修として参加いたします。通常の公演と同じく、それまでテープで流していた鳴り物、三味線も生演奏となり、子供たちは、役に応じて長袴や裃をつけ、本番の感じをつかみます。
今回の『対面』は、上演時間が二十五分になるよう短縮したカット台本です。子供には難しい台詞回し、演技がある箇所を削っておりますが、出演者全員が均等に台詞を言えるようにも配慮されております。
後見は私たち本職が担当です。普段どおりの仕事以外にも、台詞を忘れてしまう子供に教えてあげたり、動き出すきっかけを出したり、「背中を伸ばして!」「足広げて!」とそっと注意したりと、結構いろいろしてあげなくてはいけないので気が抜けません。<合引>に座らせるのにも一苦労です。
AからCまでの三グループが、それぞれ演じましたが、子供らしく、かわいらしい演技には、思わず私たちも微笑んでしまいました。もうちょっと大きな声がでればいいな、とか、もっとゆっくり台詞がいえればな、と思うところもありますけれど、皆さん短期間の間によく覚えたものだと感心です。『対面』は、鳴り物や三味線の拍子にあわせての演技が多く、難しいものですが、今日はじめて生演奏になっても、よく音を聞いて、まごつかずに演技ができたのですからすごいです。
なによりもみんなが楽しそうに演じているのが嬉しいですね。私が歌舞伎を知った年頃と、ほぼ同じ子供たちが、体験教室とはいえ国立劇場で歌舞伎を演じられる。すばらしい時代になったものだと思います。

弐 舞台稽古~嵐の五時間

十三日の舞台稽古は、とにかく慌ただしい、大忙しの舞台裏になりました。子供達は午前十時から、まず国立劇場小劇場での、大道具の設置作業を見学、歌舞伎の大道具についてのレクチャーを受けました。それが終わってからが『対面』の準備開始。七人の名題俳優さんが子供達の化粧を担当、それから私はじめ十名の名題下俳優が、衣裳の着付を担当します。生まれてはじめて化粧をして、すっかり興奮状態の子、どうしていいかわからずモジモジする子、いろんなタイプの子供たち相手の着付は大変でした。体つきもまだまだ華奢ですから、バスタオルをお腹にまいたり、ハンドタオルをたたんで肩にのせて体型を補整しなくてはなりませんが、まずこの作業からして大変です。それから衣裳を着せるだんになっても、「じっとしてて!」「真直ぐ前向いて!」と注意しなければなりませんし、着終わったところでも「もう暴れちゃダメ!」。幼稚園の先生のように、始終大声で指示、注意をしなければ統制がとれません。一グループの出演者は二十人。六人の衣裳さんとともにてんやわんやで頑張りました。
着付が終わっても、ひと休みする間もなく今度は後見の仕事。さあ、実際の舞台に上がってどうなるのかな? と思いましたが、前日の総ざらいよりも皆落ち着いて演じているのには感心。声も大きくなっておりましたし、芝居としてのまとまりがすごくでてきていました。
ただ、なにしろ生まれてはじめて衣裳を着て、カツラをかぶったわけですから、帯が体に食い込んで痛い、とか、カツラがきつくてズキズキする、という、本人にとっては想定外のアクシデントもありました。これは我々でも時折体験するつら~いこと。綺麗に着付ようと思うと、どうしても帯はしっかり締めますからね。カツラとても、今回は三グループで共有のものですから、自分の頭に合わない部分も出てくるのです。それでもみんな、一通り芝居が終わるまで、我慢していたのですから偉いです!

一日のうちにこのような舞台稽古を三回。さすがに疲れました。なにごとも、段取りが定まるまでが一番忙しく、また気も遣うものですね。

参 本番~みんなで楽しく

十四日、十二時から本番。子供たちは十時から化粧開始、十一時から着付。前日で段取りがついたので、とてもスムースにみんなの衣裳を着せることができました。こちらに余裕ができれば、子供達との会話も楽しむことができ、これからいよいよの<初舞台>を控えて、やや興奮気味の子供たちと、遊びの話や、学校の話などをいたしました。すでにひとまわり違う歳の子供たちと、普段はなかなか触れ合えませんから、なかなか楽しかったですが、今の子供さんって、なんだか言葉遣いが大人びていませんか?
さて、親御さん、友達が見守る本番でも、みんな立派に演じきりました。声もよく通り、セリフの間違いもなく、あたたかい拍手に包まれて、堂々とした演技を見せてくれました。子供たちも、お客さんに見られるということで、俄然張り切ったのではないでしょうか。
監修である師匠梅玉は客席からご覧になり、講師の三河屋(團蔵)さん、萬屋(時蔵)さん、京屋(芝雀)さん、萬屋(歌昇)さんの四人は、各グループ終演後の幕間ごとに、交代で舞台上にて今回の体験教室のもよう、経緯をスライドも使ってご報告なさいました。

三グループとも、大過なく演じおおせましたが、ひとつアクシデントをあげれば、近江小藤太を演じたある子供さんが、前日の舞台稽古で帯をきつく締めたために、あとで刀が差し込めなかったということがあったので、本番では帯を緩く締めるように、衣裳さんにお願いしておいたのですが、どうもかえって緩すぎてしまったらしく、幕が開く十分前に、帯と、その上に穿いた袴ごとずり落ちそうになってしまったのです。私が後見をする子供なので、これは大変と、衣裳さんを呼んで舞台で一から着なおし。時間的には十分間に合う(五分もあれば着せられますからね)のでこちらは慌てず作業をいたしますが、着せられている本人は「間に合わないよ~」と心配顔。「君が衣裳を着終わるまでは絶対芝居ははじまらないから大丈夫!」と太鼓判を捺すものの、ソワソワはなかなかおさまりませんでした。もちろん結果的には楽々セーフで間に合い、やっと子供さんも安心。本番も堂々と演じてくれたので私も一安心でした。

グループが演じ終わった後は、舞台上で修了式。師匠梅玉が講評を述べ、生徒代表に修了証書を授与いたしました。最後は客席も参加して全員で手締め。子供たちも、親御さんたちも、そして講師の方々も、皆和気あいあいで、一週間の歌舞伎体験を終えたのでした。
終わってからも興奮覚めやらぬ様子で、講師の方々にサインをもらったり、化粧も落とさぬうちから友達同士でじゃれあったり、まだセリフをしゃべっていたり。子供たちの胸には、どんな思い出が生まれたのでしょうか。こんなふうに子供たちが、大勢まとまって歌舞伎に親しむ機会ができたことは本当に大切なことだと思いますし、このような機会に、私も手伝いとして参加できて、素晴らしい経験をさせていただきました。また来年も、参加できたらな、と思いました。

未来の歌舞伎を支えてくれる人材が、一人でも多く誕生することを願いながら、今回の『小学生のための歌舞伎体験教室』の御報告を終わらせて頂きます。

目下営業中

2005年08月11日 | 芝居
『稚魚の会・歌舞伎会/合同公演』は、あくまで同人たる歌舞伎俳優が主体となって、演目選定、配役、稽古割などのスケジュール作成といった、事務的な作業を行い、実行してまいりますが、一番大変なのがチケットの取扱いです。
チケット担当の係を決めまして、出演者一人ひとりへのノルマ枚数を定めて配布、それ以外に、個々の追加注文を受け付けたり、各種プレイガイド、団体予約の売り上げを把握して、一枚の間違いもないように、二日間四回公演、計六千枚近いチケットの管理を受け持ちます。もちろん、国立劇場養成課、あるいは国立劇場チケットセンターとの連携で行っているのですが、チケットといえば金券も同然ですので、その管理にはとても大きい責任が伴います。現在は、長年チケット係を担当してきた先輩が歴任して作業をして下さっておりますが、その仕事の細かさ、正確さには、ただただ頭が下がる思いです。
もちろんチケット係ではない私達は私達で、個々にチケットを売らなくてはなりません。友人知人、親戚、飲み屋での常連さん、ありとあらゆる関係をたどって、一人でも多くのお客様に、劇場に足をお運びいただけるよう努力するわけです。「舞台をきちんと勤められれば、お客が来ようが来るまいが関係ない」という考え方もあるかもしれません。しかしながら、勉強会といえども一つの公演でございます。ふつつかではありましょうが、一人でも多くのお客様に私達の舞台をご覧頂き、我々の成長、日頃の精進の成果をご覧頂いてこそ、はじめてこの勉強会の意義があるというものである、というのが、同人の共通の見解でございます。
とはいうものの、チケットの販売はなかなか容易ではございません。まして今回は二日間という限られた日数の中で、国立劇場大劇場という巨大なキャパシティを埋めなくてはならないのですからハードルは高いです。お客様の御都合をかんがみると、どうしても「売りにくい日」「売りにくい回」が出てきてしまいます。それでも私達は、舞台から見た客席が、空席ばかりになってしまっている、という恐るべき状態を回避すべく、日々宣伝を重ねている次第なのでございます。
少しでも多くの方に、日頃の努力をお見せしたい。その一心で、私達は公演初日ギリギリまで、稽古に、そして宣伝に一生懸命取り組んでおります。一枚でも多くのチケットを売れば、その分自分の舞台に責任感が増してまいります。己の舞台へ対する意気込みを、より高めるためにも、私達はしっかりと、宣伝活動にも、力を入れなくてはならないのです。
もちろん、宣伝だけにかまけて、肝心の舞台成果をなおざりにしては本末転倒。舞台と客席は車の両輪。両方が充実してこそ、はじめてこの勉強会が成功したといえるのではないでしょうか。
どうかみなさま、くどうはございますけれども、『稚魚の会・歌舞伎会/合同公演』を、よろしくお願い申し上げます。

梅之読書日記

2005年08月10日 | 芝居
今日はプライベートのお話を。
私は自分で申すのもなんですが、多趣味です。興味をもったことには首を突っ込まずにはいられない性分なので、だんだんと増えてしまうのです。演劇鑑賞、絵を描くこと、写真、ハーブティー、料理などなどですが、中で一番日常的に行っているのが読書です。劇場への通勤時間、お風呂の中、眠りにつく直前まで、ちょっとの時間でも楽しめますし、場所も選ばないのが嬉しいところです。
そこで今回は、七月、今月と、私が読んだ本を御紹介させて頂きたいと思います。これらから、私の頭の中を御想像下さいませ。

梅原猛「天皇家の“ふるさと”日向をゆく」新潮文庫

スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』の作者でもある、思想家、梅原猛さんが、古事記、日本書紀に描かれた「天孫降臨」の地、日向を旅しながら、古代ヤマト政権の発生、発展のありさまを大胆に推理する、スリリングな論考です。まだまだ謎の多い古代史に、とても興味がわいてきます。

長野まゆみ「僕はこうして大人になる」新潮文庫

こちらは小説。心に秘密を抱えた中学生<僕>が、一人の転校生に翻弄されながら、自分を見つめなおしてゆく夏の日々を描いております。長野さんは透明感のある文体がすごく魅力的です。「少年アリス」「カンパネルラ」など、河出文庫から出ている一連の作品は、全て読んでます。

京極夏彦「妖怪大談義」角川書店

こちらは対談集。今公開中の映画『姑獲鳥の夏』の原作者が、妖怪をテーマに、養老孟司、夢枕獏、水木しげるをはじめとする十四人と熱く語ります。学術的な話から、ただのオタク話まで、同じ妖怪を語っても内容は千差万別。読みごたえは十分です。

水木しげる「神秘家列伝 其ノ四」角川ソフィア文庫

私が敬愛する水木先生の文庫最新刊。神秘、怪異にたずさわった歴史上の人物、あるいはその人自身が神秘だった怪人の一生を描いた、連作短編伝記漫画です。今回は泉鏡花、柳田国男などが描かれております。

水木しげる「水木版 妖怪大戦争」角川書店

またしても水木先生です。今公開中の映画『妖怪大戦争』は、「帝都物語」の荒俣宏さんが原作ですが、それを水木流の味付けで漫画化したのが本書です。それにしても、水木さんは今八十三歳! 日本最長老の漫画家として、その筆致は衰えを知りません! そういえば今の二作品は漫画でしたね。漫画は読書のうちには入らないか…。

保坂正康「昭和史七つの謎」講談社文庫

昭和史に取り組むルポライターが、戦中、戦後の日本を取り巻く七つの疑問点を、膨大な資料と関係者からのインタビューから推理します。真珠湾攻撃、スパイ・ゾルゲ、東京裁判などを通して、当時の国と国との壮絶な駆け引き、あるいは当時の日本の歪んだ思想があぶりだされております。いままで戦争中のことに関しては全くの無知だった私は、驚愕することしきりでした。現在同書のパート2を読んでいます。

浅暮三文「実験小説 ぬ」光文社文庫

これは題名にもある通り、全編実験精神に富んだ短編集です。文中に記号、図を駆使した作品達には、笑わされたり、呆れたり。ともかくも面白い作品集でした。ちょいと筒井康隆ばりです。

中島らも「心が雨漏りする日には」青春文庫

昨年突然に亡くなった作者のエッセイ集です。らもさんは沢山のエッセイを上梓されてますが、これは自身の「躁鬱病」体験を中心にまとめたもの。同じエッセイでも、薬物体験を描いた「アマニタ・パンセリナ」は、爆笑必死の文章なんですが、こちらはとても優しい、淡々とした文章で、読むと落ち着く、というか、ふっと肩の力が抜けるような気持ちがします。思えば「ガダラの豚」で衝撃を受けてから、ほとんどの作品を読んできましたが、未だに「らもさんが死んだ」という実感がわきません。生き方そのものが、作品のような方でしたね。

…「好きな作家は?」と聞かれるて挙げるのは、筒井康隆、長野まゆみ、村上龍、中島らも、森博嗣。漫画家でしたら水木しげる、萩尾望都、山岸涼子。
これからも、色々な方の様々なジャンルの作品に出会えればと思っております。

連日のことですが

2005年08月09日 | 芝居
今日は午後一時から『奥庭狐火の場』のお稽古でした。私はB班で八重垣姫の後見をいたします。もちろんはじめて勤める後見ですので、万事、『奥庭』の指導者である中村歌江さんに教わって勉強させて頂きます。歌江さんは、師匠梅玉の父である、六世中村歌右衛門大旦那のお弟子さんでいらっしゃいます。大旦那が『奥庭』を上演なさったときは、いつも歌江さんが後見だったそうで、今日のお稽古でも、衣裳の引き抜きのきっかけから、<差し金>で操る兜の動き方、ビデオや客席で見ているだけではわからない細かいところまで、丁寧に教えて頂きました。昔のことをよく御存知の方のお話を伺うことは本当に勉強になりますね。今回のような機会でもないと、私が『奥庭』の後見をすることも、ましてや女形の衣裳の引き抜きをすることもなかったでしょうから、こういう意味でも、勉強会の意義は大きいと存じます。

それから午後四時からは『十種香』の<自主稽古>。講師の先生をたてずに、自分達だけでいろいろ教えあい、疑問点を解決しながら演じてまいりました。普段のお稽古では気がつかないところも、同じ出演者同士で指摘しあえば、お互いの演技もイキがあってまいりますし、かつて研修発表会でこの『十種香』を学んだ先輩もいらっしゃりますので、そうした方の、自分の経験からお教え下さるお言葉は、「なるほど」と思うことばかりでした。

ここでちょっと御連絡を。
お陰さまで『稚魚の会・歌舞伎会/合同公演』のチケットの売れ行きは、とても順調でございます。大劇場公演になり席数も増えましたのに、有り難いことです。
しかしながら、日によってはまだチケットが残っている回がございます。「二十日夜の部・B班」「ニ十一日夜の部・A班」は、まだまだお席に余裕がございます。どうか皆様、周りの方にお誘い頂き、一人でも多くの方に御来場賜りますようお願い申し上げます!

最近勉強会のことばかりで、御退屈のむきもあるかと存じます。そろそろ息抜きに、日常のことも、書いてみようと思っております。

朝から晩まで

2005年08月08日 | 芝居
今日から、社団法人伝統歌舞伎保存会による『小学生のための歌舞伎体験教室』がはじまりました。師匠梅玉も監修指導で参加しております。今日は午前十時から開講式。国立劇場の<大稽古場>に、大勢の子供さん達が、父兄同伴で集まりました。もちろん師匠も着物姿で出席です。
この体験教室では、『寿曾我対面』をテキストに、歌舞伎の演技を学んでもらうのですが、まず第一日目の本日は、稽古に入る前に、実際に使う小道具、カツラ、衣裳をお見せして、具体的なイメージを掴んでもらうところから始まりました。実質的な指導を担当なさる、萬屋(中村時蔵)さん、三河屋(市川團蔵)さん、京屋(中村芝雀)さん、萬屋(中村歌昇)さんが、丁寧に解説いたしますので、子供達も飽きることなく聞き入っておりました。歌舞伎が大好きな子供ばかりではないのでしょうが、将来の歌舞伎に、なんらかのかたち(ファンであれ、俳優であれ、スタッフであれ)でかかわってくれるようになるとうれしいですね。

勉強会のお稽古も、午後ニ時からございました。『体験教室』が終わったあとの<大稽古場>で、師匠梅玉、そして加賀屋(中村魁春)さん両講師にお越し頂きました。
今日は昨日注意された点をことに意識して、より内輪な動き、抑えたセリフ回しを心がけました。「何もしない」の一歩手前。しかしお腹の中にはしっかりと「性根」をこめて。本当に加減が難しゅうございました。結果的には師匠からは「今日のような感じでよいのだけれど」と言われましたが、かえって張るべきセリフが立たなくなってしまったので、そういうところは時代のセリフ回しを忘れないようにとのことでございました。

稽古後は、午後六時から国立劇場の<第三研修室>で、勉強会参加者が揃っての会議。チケットのこと、今回始めて実施する勉強会でのイヤホンガイドのことなど、議題は多うございましたので、終了は八時少し前。私達俳優の手で運営している勉強会なので、事前の打ち合わせは大切です。

明日は講師のお二人がいらしてのお稽古ではなく、八重垣姫、濡衣、そして勝頼の俳優のみが集まっての「自主稽古」をいたします。お互いに教えあい、確かめあいながら、俳優同士でこの一幕をまとめていければと思います。
その前に、私がB班での上演で後見をいたします、『奥庭狐火の場』のお稽古も始まります。こちらでは、兜を操ったり衣裳の引き抜きをしたりと、結構忙しい仕事がありますので、『十種香』と同じくらい勉強して、本番にのぞみます。

今日は朝の九時半から夜八時まで、一日中国立劇場におりました。ちょっと疲れた一日でした。

二つの舞台と稽古第二段階

2005年08月07日 | 芝居
どうもこのごろ更新を怠けがちで申し訳ございません。実は昨日はパソコンを立ち上げてはみたものの、ちょうどその時間の少し前から翌日の未明までが、使用するプロパイダのサーバーメンテナンスとやらで、接続不可能になってしまっていたのでございました。書く気はマンマンでしたのに、残念至極です。
そこで今回は、昨日今日の出来事を。

昨日は、お稽古はございませんでしたが、国立劇場小劇場で、第七回『音の会』がございましたので、拝見に伺いました。『音の会』は、平成十一年から始まりました、歌舞伎の音楽演奏家の技芸向上を目指した研修発表会で、いわば音楽部門の『稚魚の会』『歌舞伎会』のようなものです。演目は基本的に素演奏、素浄瑠璃でございますが、毎回『稚魚の会』『歌舞伎会』の同人が出演しての一幕もののお芝居や舞踊も上演されまして、私も第一回公演に『引窓』の老母お幸を勉強させて頂きました。
今回は義太夫の舞踊『団子売』が上演されまして、団子売の男に私とほとんど同期の市川左字郎さん、団子売の女に、先月も巡業で一緒だった、ニ期後輩の中村春之助さんが出演されましたので、お二人の応援に駆け付けた次第です。
『団子売』は、平成十二年の『稚魚の会・歌舞伎会/合同公演』で、私も団子売の男を勉強させて頂いた思い出の演目です。テンポの良い、明るく楽しい踊りで、未熟ながらも楽しんで勤めることができました。今回はいつも公私に親しくしている二人がどんなふうに踊るか、興味津々でした。

『団子売』終演後は、銀座に足を運びまして、新橋演舞場で上演中の、『もとの黙阿弥』を観劇いたしました。こちらは井上ひさしさんの戯曲の二十二年ぶりの上演。演出は木村光一さんです。
明治半ばの浅草、潰れかけた芝居小屋を舞台に、男爵家と豪商の縁談がまきおこすドタバタ喜劇、そしてちょっぴり切ないどんでん返しのラストまで、歌あり、踊りあり、劇中劇あり、賑やかで楽しくて、あったかいお芝居でした。なかでも面白いのが、ストーリーに同じ設定、条件をみたした上での「歌舞伎劇」VS「新劇」新旧演劇合戦! 高畑淳子さん、辻萬長さん、池畑慎之介さんといった方々が、おおいに笑わせてくれました。筒井道隆さん、村田雄浩さん、横山めぐみさん、田畑智子さん、柳家花緑さんといった、豪華な顔ぶれで復活となったこのお芝居、皆様もどうぞご覧下さいませ。

普段舞台の上にいることばかりの私ですが、ときおりは客席にうつり、歌舞伎でも、新劇でも、「人が演じる姿」を拝見いたしますと、あらためて舞台のもつ魅力、演じることができる幸せを感じます。自分も頑張ろう! と、心素直に思える、大事な機会でございます。


さて、英気を養った翌日、すなわち今日七日は、四日ぶりに『十種香』のお稽古でした。今日からは国立劇場での普段の公演のときに使用する、<大稽古場>でのお稽古です。ほとんど実際の舞台と同じ広さがありますから、演技も本番を想定して動くことができ、大変有り難いです。今日から私も本番と同じく長袴をはいてお稽古。さすがに本番と全く一緒のものではございませんが、研修生が普段の授業で使う、木綿地のもの(本番は繻子)を借りて使わせて頂きました。この袴をはくだけでも、動きが変わってしまうものなのですよ。
全体に勉強会のお稽古では、本番を想定して早いうちから小道具、衣裳を使い、広い稽古場で実際の演技の寸法に慣れておくことが、本番でまごつかない秘けつです。経験豊富の方はいざ知らず、私などは数をこなさないと安心できない性分なのでなおさらです。昨年の勉強会での『双面』では、なれない女形の踊りでしたので、お稽古場では毎日衣裳をつけて踊らせて頂きました。
師匠からの今日のダメ出しは、セリフの言葉尻が強くなっていることと、相手を見る時の顔の振り方が写実になってしまっていること。あくまで歌舞伎は、相手の目を見なくても、見ているように見せるもの。そこを気をつけねばなりません。セリフもただはっきり聞こえるように喋るだけではだめで、「声音」から風情を感じさせなくてはいけないのですが…。ううん、難しい! されど、課題が多ければ多いほど、乗り越えた時の喜びも大きいのです。今日はお稽古をビデオに撮りましたので、これからじっくり己のいたらなさを思い知らされながら、明日への課題を見つけようと思います。

珍しい演目

2005年08月05日 | 芝居
午後四時から銀座一丁目の「京橋プラザ」内の和室で歌舞伎フォーラム公演『松王下屋敷』の<立ち稽古>でございました。
このお芝居、本興行ではなかなかお目にかからない演目です。聞けば大正五年帝国劇場で上演されたのが大歌舞伎での最後の上演とか。何年ぶりになるのでしょうね。もっと、いわゆる<小芝居>や<地芝居>では、人気演目になっていたそうでございます。
三大名作の一つである『菅原伝授手習鑑』の「寺子屋の場」を増補する形で、後からつくられた浄瑠璃ですが、菅相丞(菅原道真)の恩を受けながら、はからずも相丞一家を滅ぼそうとする藤原時平の家来となっている松王丸が、相丞の一子菅秀才の首を打てとの命を受け、苦悩の末にわが子小太郎を身替わりにすることを決意する、という、親子の愛と主従の義理の葛藤を描いた作品です。
私は菅相丞の奥方の役でございます。わが子菅秀才を家来にたくし、松王丸の屋敷に隠れているのですが、松王の子供である小太郎の姿をみては、遠い地にあるわが子を思い涙に暮れる、優しくもまた哀れな母親の役どころです。
子を持つ親の役は、まだ結婚もしていない身にとっては、なかなか実感がわきにくいところもございますけれど、母が子を思う気持ちを充分に出せればと考えておりますが、この奥方は、この一幕の登場人物の中では一番位が高い役でもあります。いわば皆にかしずかれる立場。そういう立場の人間が持つ、生来の品格、気高さも感じさせねばならず、かえってこれが一番難しいことではないでしょうか。品や格は、出そうと思って出せるものではございません。いわばオーラのように、おのずと体からたちのぼるもの。心して勤めたいと存じます。
今日のお稽古は、とりあえず動きながらの芝居をし、要所要所で段取りをきめながら行いました。相手がどう動くのか、どうセリフをいうのかで、自分の演技も変わってまいります。もちろん演出の兼元末次さん、奥様の多恵子さんが、御自身が記憶する先人の演技を教えて下さいますので、それに基づいての芝居作りとなります。
とは申せ、今日ははじめて立って動いてみた、という状態です。皆々おおよその流れを掴むことはできましたが、芝居としての完成は、まだまだ先のこととなります。今日でしばらくこのお芝居のお稽古はございません。次は私達の勉強会が終わってからになります。

これからは勉強会に専念し、勝頼にもっともっと近付けるよう精進いたします!