梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

<総ざらい>のしきたり

2005年09月30日 | 芝居
本日は<総ざらい>。お稽古場での最後の稽古です。昨日からの鳴り物、長唄、三味線に加えて、狂言作者による柝や、大道具方から選ばれた方が勤めるツケ打ちも入り、ほぼ本番通りの進行となります。ほとんど段取りは完成しましたので、十二時から始まったお稽古も、途中休憩を挟んでも四時半過ぎに終わりました。
立ち稽古から舞台稽古までの一連のお稽古の中で、<総ざらい>は大切な日とされております。まず、今日一日のお稽古を始める前に、鳴り物さんが締め太鼓、楽太鼓、能管により「シャギリ」というお囃子を演奏してから、稽古にかかります。そして、最後の幕の稽古が終了し、狂言作者が「止め柝」をチョン、と入れたところで、楽屋内の諸務一切をとりしきる<頭取>さんが、「東西、まず本日はこれぎり」と述べると、鳴り物さんが楽太鼓で「打ち出し」を演奏します。出演者をはじめ稽古場にいる者は、皆この「打ち出し」演奏中は拍手をし、演奏終了とともに<頭取>の音頭で一本締めをし、口々に「おめでとうございます」とお祝いの言葉を言うのです。
「シャギリ」で始まり「打ち出し」で終わる<総ざらい>。なぜこういうしきたりなのか、疑問に思っておりましたが、狂言作者の方に伺ってみますと、「なるほど」と膝を打つお答えが返ってまいりました。
そもそも「シャギリ」は、一日の公演の中で、最終幕以外の各幕が終わるごとに演奏されるもの。ということは、この鳴り物が演奏されるということは、まだ公演は終わりませんよ、まだ続きがあるんですよ、というメッセージになります。
一方「うち出し」は、ひと月の興行中、千穐楽以外の日で、一日の公演終了時に演奏するもの。つまりこれは、まだこの興行は終わりませんよ、明日もやるんですよ、という意味になります。
というわけで、<総ざらい>をこれら「シャギリ」と「打ち出し」で挟むことで、今回の芝居が、
『この前の興行から引き続き、めでたく興行できる』こととなり、さらには、
『これからも途絶えることなく、次の興行へ続いてゆくのだ』、という大変縁起のよいものになるわけなのです。だからこその拍手、三本締め、おめでとうの挨拶となるのでしょう。
お囃子一つに、非常に大切な意味合いが込められているということなのですね。

……たくさんの話し合い、意見の出し合いの中で、無事四日間のお稽古が終了しました。明日の<舞台稽古>はどうなるでしょうか。仕掛け物が満載のお芝居ですので、ちょっと難航の予感です。

下座の話

2005年09月29日 | 芝居
本日は<附立て>です。お囃子さん、三味線方さん、唄方さんも揃いまして、いよいよ稽古も仕上げの段階に入りました。
とはいっても、何度も申すように復活狂言。まだまだ段取り、演出に固まらないところもあり、とくに今日は、合方と下座囃子の選定に、時間がかかりました。舞台下手の、いわゆる<黒御簾>から流れるこれらの音楽は、場面の情景描写だけでなく、役者の動き、セリフ回しにもかかわってくる大事な要素ですから、こだわって決めねばなりません。鳴り物さん、三味線さん、唄方さんが、それぞれの経験から割り出した「その場にふさわしい」下座をまず演奏しますが、場合によっては「それはこの場に合わない」とか「もっと派手なものは?」とかいう注文が出て、その都度、ではこれではどうでしょう、あれではどうですか、と次の下座を演奏する。そういう作業を繰り返しながら、決められてゆくのです。また、決まったとしても、今度はどのキッカケまで演奏を続けるのか、テンポや強弱の変化はどうつけるのか、そういうところまで固めてゆきますから、時間がかかるのも当然といえば当然でしょう。

ここで<下座音楽>について御説明いたしましょう。単に<下座>ということもありますが、唄、三味線、そして鳴り物の三つが基本となって構成され、唄と三味線は、長唄の演奏家さんが勤めております(琴や胡弓、尺八などは、それぞれ専門の演奏家が勤めます)。
鳴り物は楽太鼓、鼓、鐘、笛をはじめ数十種類を、曲によって使い分けますが、鳴り物だけで演奏されるもの、三味線だけで演奏されるもの、唄だけのもの、三味線と鳴り物、あるいは三味線と唄、そして三味線、唄、鳴り物が一緒になるものというふうに、組み合わせによって多岐に分かれ、現行曲目は八百近くにもなるそうです。
場面の雰囲気を出すだけでなく、役の心理状況も表現しますし、儀式的なものなどもあり、用法は様々、そして効果は絶大です。

今日のお稽古で、どの場面でも、下座が入った途端にイキイキと立体的に見えたのは、新鮮な驚きでした。
…例えばひと月のお休みを頂いた次の月、久しぶりに聞く下座囃子に「歌舞伎役者でよかった~」とつくづく思ってしまうのは、少々のめり込みすぎでしょうか、ね。

芝居を組み立てる

2005年09月28日 | 芝居
今日は<立ち稽古>。段取りを決めてゆくのがメインとなるお稽古で、鳴り物、三味線、唄などのお囃子は入りません。ただ、鳴り物の方は数名いらっしゃいまして、役者の演技を見ながら、この場ではこの鳴り物を入れようというプランを練る作業をなさっておいででした。下座で使う鳴り物や三味線の合方を、どこでどういうふうに使うか決めることを、<立てる>と申しておりまして、これがいわゆる<附立て>の語源となっております。

役者さん方は、台本片手に演じられておりましたが、昨日の<本読み>であらかた台本がまとまったとはいえ、いざ実際に動いて見ますと、この居所ではこのセリフは言いづらい、とか、この演技にこのセリフは合わない、というふうに、やはりいろいろと不都合、問題点も出てきます。くわえて演技の段取りも、誰がどこにいればいいのか、立っていたほうがいいのか座るべきなのか、どこから出てどこへ引っ込むのか、ひとつひとつを確認したり、変更したりしながら決めてゆくので、今日は各場でだいぶ時間がかかりました。
とくに、第二幕「三井寺の場」や「頼政館の場」は、昭和五十五年の復活初演時にも上演されず、いわば今回が文化六(一八〇九)年の初演以来の上演となりますので、何もお手本がない状態から始まっているので大変です。どういう大道具なのか、どんな小道具を使うのか、そういう細かいところから、出演者の役柄、役の立場、そしていわゆる<歌舞伎の定式>を踏まえた上で、全体をまとめあげてゆく。大変な作業でございます。
今日は十二時から、序幕、第二幕、大詰(第四幕)、第三幕の順でお稽古いたしましたが、大詰の稽古が終わったのが午後六時。まだ第三幕が残っておりましたが、師匠梅玉も、私も、出番は全て終わっておりましたので、先に失礼をいたしました。

新作と同じくらい、復活物は出来上がるまでが大変です。

お稽古が始まりました

2005年09月27日 | 芝居
今日から、国立劇場十月公演『通し狂言 貞操花鳥羽恋塚(みさおのはな とばのこいづか)』のお稽古です。本日は出演者一同が揃う<顔寄せ>、そして全幕通しての<本読み>でした。
<本読み>は字面通り、台本を見ながら声に出して読んでゆくだけのお稽古です。今回のような復活もの、あるいは新作ものでよく行われます。セリフのある俳優が固まって座りまして、順々に読みながら、漢字の読みを確認したり、場合によっては語句の変更をしたり、セリフの順番を変えたりと、いわば「喋りながら行う台本確認」的な要素もございます。
本日の<本読み>でも、各所でセリフの変更、カット、順序替えがございました。各幕の筋を、どうすれば一番わかりやすく伝えられるか、あるいは、どう言えば面白くなるか、主なる幹部俳優さんたちと、今回の演出をなさる織田紘二氏、そして国立劇場制作室、文芸室の方たちが話し合われて、お決めになっていらっしゃいました。

今月は四幕八場の通し狂言ですので、十二時から始まったお稽古が終了しましたのが三時過ぎ。結構な時間がかかりました。出番のない幕、場の<本読み>には立会わなくてもよいのですが、師匠梅玉は、序幕、ニ幕、四幕(台本的には「大詰」)に出演しておりますので、今日はほとんど、大稽古場の床に座って、お稽古を拝見(というより拝聴?)しておりました。
私は序幕第一場の幕開きに出演させて頂きます。セリフも一言頂戴しまして、有り難い限りです。

また、<本読み>では、合間合間にその場の演出プランや装置の説明などもなされますが、今回はニ幕目で色々と怪奇的な仕掛けが繰り広げられるらしく、演出の織田紘二氏からの御説明を聞きますと、なんとも楽しみです。早く実物を見てみたいものですが、御興味のあるお客様は、ぜひぜひ国立劇場へお出まし下さいませ!

お詫び

2005年09月26日 | 芝居
八月三十一日の『舞台稽古はテンヤワンヤ』の記事への、むー様からの書き込みで、『書き抜き』への御質問がございました。私の知る限りのことをお返事させて頂きましたが、その内容に、不十分、あるいは誤解を招く箇所があるのではという御指摘を頂きましたので、ここにあらためて、御説明させて頂きたいと存じます。

『書き抜き』は、一つのお芝居の中の、自分がいうセリフだけを箇条書きしたものでございます。半紙を綴じたものに、毛筆で書かれ、表紙には題名、演じる役名、そして演じる役者の名前を書きますが、芸名そのものではなく、<俳名>で表記するのが本来のならわしだそうです。
書くのは<狂言作者>のお仕事ですが、先程申しましたように、「自分のいうセリフだけ」を書いてありますので、俳優さんによっては、これに自分が言う前の人のセリフを書き込んだり、自分のセリフにも、緩急、抑揚などのシルシや、セリフに附随する仕種なども書き込むこともあるそうですが、そういうことを一切なさらない方も、もちろんいらっしゃる(あるいはいらっしゃった)わけです。

そして、この『書き抜き』は、基本的には幹部俳優さんのためのもので、セリフの多い少ないにかかわらず、名題俳優、名題下俳優には、渡されることは稀です。幹部俳優さんには『書き抜き』と『台本』、名題俳優や名題下俳優には『台本』のみ、というのが多いですね。

私の不勉強ゆえ、むー様には御迷惑をおかけしてしまいました。慎んでお詫び申し上げますとともに、今後とも、皆様の御質問、御意見には誠心誠意お答えすべく、なお一層勉強させて頂きたいと存じます。

『歌舞伎フォーラム公演』を終えて

2005年09月25日 | 芝居
昨日二十四日を持ちまして、第十八回『歌舞伎フォーラム公演』が終了いたしました。
全く違う役柄を三役も、さらにほぼひと月という長い期間勉強させて頂きました。それぞれに、これから克服すべき課題が残りましたが、たくさんの方々の御指導のもと勤められましたこと、深く感謝する次第でございます。
スケジュール的には毎日ニ回公演でしたので、正直いって体力的にはつらいものがございました(気が付けば体重が三キロ減っておりました)が、逆に、普段から一日のうちに大役を何役も演じておられる幹部俳優さんの大変さを実感することができました。精神力、集中力、体力のコントロールの大変さを勉強できたことは、大きな収穫でした。
収穫といえば、ふだんあまりいたしません女形の立ち居振る舞いや、何度も書いたことですが、下駄を履いて踊る、といった経験も、計四十一回の公演の中で学べたということは、これからの舞台でもきっと役に立つことだろうと存じます。

先日の『稚魚の会・歌舞伎会/合同公演』でもそうなのですが、大役を演じさせて頂くと、自らの「学ぶ」「教わる」という姿勢の中に、至らぬところ、未熟なところがあることをいやでも思い知らされます。素晴らしい環境、素晴らしいご指導の方々に恵まれながら、それに報いる舞台を勤めることができないもどかしさは、自らの蒔いた種ながら、苦しいものです。
これからは、人間的にももっともっと成長し、もちろん日々の役者としての修行も精進し、相撲ではありませんが『心・技・体』を充実させた舞台ができたらと、切に思っております。どうか、末永くお見守り下さいませ。

最後になりましたが、今回の公演の製作でございます松竹株式会社様、主催でございます東京都歴史文化財団様、江戸東京博物館様、日本伝統芸能振興会様、舞台創造研究所様はもとより、振付けをして頂きました藤間勘祖先生、勘十郎先生、共演させて頂きました中村京妙さん、中村又之助さん、澤村光紀さん、六人の子役さん、そして豊澤時若師匠、奥様の多恵子様、竹本朋太夫師匠、望月太左之助師匠、少ない人数で大忙しだった衣裳さん、床山さん、大道具さん、小道具さん、照明さん、音響さん方スタッフの皆々様、本当に、本当に有難うございました。厚く御礼申し上げます。

仕上がりさえ美しければ…?

2005年09月23日 | 芝居
『歌舞伎フォーラム』もいよいよ明日が千穐楽。ひと月体調を崩すことなく、万全の体調で終えることができそうです。<景清><下女お杉><御台所>という三役を、一日ニ回ずつ演じてまいりましたが、以前にも書きました通り、役から役へ、化粧をしかえますのが、思った以上に大変でした。
景清は白塗りの立役、お杉は自然な肌色の女形、そして御台所は白塗りの女形。各役の間にある、三十分の休憩時間のうち、化粧に使えるのは十五分くらいでしょう。こちらの都合で幕間を延ばさぬよう、なるべく早くに終わらせるため、クレンジングで落としただけで、ろくろく洗顔をしないで次の化粧にかかったり、あるいは前の役の化粧を残したまま、次の役へとしかえるということもしております。
こうした化粧を続けておりますと、肌には相当の負担がかかるものです。もとより肌の弱い私ですので、公演が始まったばかりの頃は、この後ガサガサになってしまうのでは、腫れ上がってしまうのでは、と大変心配したのですが、普段使っている無添加のクレンジングオイル、化粧水、石鹸で、念入りに手入れをしましたので、こちらのコンディションも崩すことなくすみ、安心をしております。
まあ、こちらの肌事情は、客席でご覧のお客様には伝わりようはございませんし、むしろ舞台化粧の不備、不味さのほうが気になるところでございましょう。急いでした化粧というものは、ともすれば白粉の付きにムラができたり、潰した眉毛が浮いてしまったり、眉や目張りのかたちが左右不対称になってしまったりしてしまうものです。そういうふうにならないように気をつけるのは当然のことで、今回私は、つぶした眉が浮くのがいやなので眉毛そのものを全剃りしてしまいました。朝晩素顔に描かなくてはならないのは面倒ですが、汗をかいても浮いてくるということはありませんし、そもそも眉を潰す、という行程を、まるまる省略できるので、短時間の化粧では都合が大変よいのです。三分近くは短縮できるのです。
また、白粉のツキむらには、よく付かなかったところに、<粉白粉>という、細かい粉末状のものをパフではたくと、その部分が白くなりますので、これでカバーいたします。本来ならば二度白粉を塗りたいところも、一回だけ塗ってから、あとは顔全体にこの<粉白粉>をはたくことで、同じような仕上がりになるからすごいです。これを「お粉様」と呼んで重宝している方々もいらっしゃるくらいなのですよ。
ただ、眉や目張りのかたちだけは、ひたすら集中して描くことしか、失敗を防ぐ方法はありません。まさか型どりもできませんしね。失敗したら、白粉を細筆につけて、修正するくらいでしょう。描いていて一番難しいのは、眉ですね。

下女お杉は、肌色の顔色なので、白粉のムラを気にすることはなく、御台所は眉がないので、その分楽なのですが、お杉には眉がありますし御台所は綺麗に白くしなくてはならず、どちらにしても時間と戦いながら、少しでもきちんとした化粧ができるよう、気をつけております……まあ、あと一日の話ですけれど。

男も女も懐に

2005年09月22日 | 芝居
『松王下屋敷』では、松王丸、女房千代、春藤玄蕃、そして御台所と、大人の役は、みな<懐紙>を持って舞台に出ております。
重ねた和紙を折ったうえで携帯する<懐紙>は、役者が身につけるものですから、小道具なのかと申しますと実はそうではなく、役者自身が用意する、作っておくものです。歌舞伎座の場合は楽屋棟一階の「頭取部屋」、それ以外の劇場では「小道具部屋」に、束になっておいてあるのを、必要な分だけもらって誂えるのです。
立役と女形では、その寸法も変わります。立役は、書道の半紙と同じ大きさで、これを二つ折りにします。女形は、立役の半分の大きさのものを三つ折りにしますが、伊達傾城といわれる、最高位の遊女役では、衣裳に見合う立派さを出すために、常よりも大きく、立役の寸法を少し小さくしたぐらいのものを好みで誂えて、これを三つ折りにして用いることがもっぱらです。立役でも女形でも、基本的には帯の上で着付の上前と下前が重なっているところに、差し込むように入れておきますが、女形ですと、仲居や芸者、遊女などの役によっては、帯に挟むこともございまして、一概には申せません。
また、厚さも役によってかわりまして、時代物のお役や先に挙げた伊達傾城では厚めに、世話物ではわりとうすめになりますが、役者自身の好みもはいってくることはいうまでもありません。また世話物の女形で、下女とか雇われ婆など身分の低い役では、茶半紙といって、やや茶がかった薄っぺらい紙を用いることもございます。
『忠臣蔵』の七段目で、遊女お軽が、斬り付けてきた兄平右衛門の目を眩ませるため懐紙を投げ付けると、空中でばらけてヒラヒラ綺麗に舞台に散らばるなんて場面もありますが、演技をしている最中に、ばらけてしまうと困るような場合は、お客様に見えにくいように、折り目のところに二ケ所穴を開け、タコ糸などの太めの糸で綴じてしまうということもいたします。

また、女形が<懐紙>とともに懐に入れるものに<泣き紙>がございます。これは、舞台上で、武家の女が泣くときには必ずといっていいほど使われるもので、女形用の懐紙をさらに小さく畳んだものです。これを使って、涙を拭う、口にくわえて悲しみをこらえる、あるいは泣き顔そのものを隠す、というふうに使うのです。
今月は、御台所ではじめてこの<泣き紙>を使いました。千代役の中村京妙さんに作り方を教わりましたが、この<泣き紙>を使って自然に泣くというのは、やはり慣れないと難しいですね。片手だけで持つか、両手で持つか、場面場面で違ってまいりますし、懐から取り出す仕種が、単なる段取りにならないように気をつけねばなりません。

ともあれ、松王丸、千代、御台所の三人が、共に悲嘆の涙にくれる後半最大の見せ場は、<懐紙><泣き紙>の出番です。ただの一枚の紙が、悲劇をもりあげる重要なアイテムとなって、役者の演技を助けてくれるのですね。

小人閑居して…

2005年09月20日 | 芝居
今日は最後の<休演日>。どこにも出かけず、のんびりゴロゴロ過ごしました。行きたいところ、観たいもの、いろいろあったのですが、情けないことに、近頃膝痛と腰の違和感が出てきておりまして、大事をとった次第です。おかげさまで体はだいぶ楽になりました。

今回の公演のように、何日かお休みがあるというのは大変有り難いのですが、滅多にないことでございます。国立劇場では、一日だけ<休館日>としての休みがありますが、それ以外の公演では、まずひと月の公演中に。休みというのはございません。ですから、今日のような日は、無駄に過ごしてはもったいないとばかりに、あれこれ用事を作ってしまい、かえって疲れてしまうこともしばしばです。それでも、十分な気分転換にはなりますけれどね。

『歌舞伎フォーラム公演』も、残すところあと四日となりました。もう一度、心新たに、気を引き締めて勤めてゆきたいと思います。

とりたてて面白い話ではなかったですね。申し訳ありません。

再びおことわり

2005年09月19日 | 芝居
今日まで四日間Aプロが続きますので、さすがに疲れました。本来ですと今日が<休演日>なのですが、祝日ですので博物館も開館しておりますから、明日ようやくお休みとなります。
今夜はスタッフさんと食事に行きますので、またまた更新ができないと思います。あしからずご了承ください。

台本の話し

2005年09月18日 | 芝居
昨日、国立劇場から、来月の『貞操花鳥羽恋塚(みさおのはな とばのこいづか)』の上演台本が届きました。早速読んでみましたが、源平の争いを軸に、怪奇、身替わり、恋争い、様々なシチュエーションをちりばめた、見どころの多い作品との印象をもちました。

国立劇場に出演するさいには、出演者全員に上演台本が配られます。通し狂言のときはもちろん、見取り狂言(複数の演目を上演すること)のときでも、全演目が一冊にまとめられております。
一方、国立劇場以外の、歌舞伎座、松竹座、南座などでの公演では、全くの新作や、復活ものは別として、我々名題下の場合ですと、自分にセリフがあるとき以外は、まず台本が配られることはございません。
セリフがあるときならば、台本を読み、(ここで出ていってこんなことをして、このセリフをいえばいいのか)と、芝居の流れは万事理解できるわけですが、そうでない場合、どうやって自分の出のきっかけや、舞台ですることを知るのかといいますと、常日頃から芝居を見ておくことで、あるいは、過去にその演目に出演したときの記憶で、判断するわけですね。
例えば自分が『熊谷陣屋』の<近習(きんじゅう)>役になったとします。その時点で、(そういえばあれは焼香道具を運んだり、手桶や水指しを持って出たな。それから燈台を運ぶ係もいたかなあ)なんて思い出したりするわけですね。そうして、同じ役の役者同士で段取りを相談したり、仕事の割り振りをしたり(割り振りは狂言作者が決めて下さる場合もある)して、固めてゆくのです。
だいたい、同じ役を勤める役者の中には、経験豊富な先輩がいらっしゃるものですし、同じ役でなくとも、その月一座する仲間の中には、その役をしたことがある人は必ずいるものですから、先輩後輩かかわらずに話を聞いておき、お稽古に臨むわけです。
それに、稽古期間中には、過去の上演の記録ビデオを自由に閲覧できるようになっているので、こちらも参考にすることができるのです。
それに、どうしても台本が手元に欲しいとき、あるいは自分が出ていないけれど、師匠が出ているから、舞台裏の仕事のだんどりをつけるために台本が必要なときは、自分が出ていなくても、もらうことができますから、別段不都合、不便を感じることはございません。

台本に、することや気をつけることを、メモ程度でも書き残しておくと、あとでまた同じ役をやるとき、人から質問されたときに大変役立ちます。また自分の役でなくとも、師匠の後見での仕事、キッカケ、使ったものなども、記しておくと便利なものです。ただ、年々歳々置きどころには悩まされまして、今では押し入れの一角が、過去の上演台本に占領されつつありますが、私の場合師匠が出ていた芝居のものばっかりなので、捨てる気もおこらず、簡単にデータベース化できる方法はないものかと、目下悩んでおります…。

通勤の足

2005年09月17日 | 芝居
パソコンが御機嫌ななめで、なだめすかしているうちに、昨日が終わってしまいました。

今月私は、自宅からの最寄り駅から都営浅草線で浅草橋駅、それ
からJRに乗り換えて両国駅まで行き、両国駅からは徒歩で江戸東京博物館に通っております。
昨日(十六日)の朝がたは、私がJR浅草橋駅の改札を入ったとたんに、両国方面電車の車両故障とやらで運行がストップ。しばらく復旧しないとのアナウンスでしたので、結局タクシーで楽屋入りしてしまいました(ワンメーターで済みましたけど)。
お勤めなさっている方は皆様そうなのでしょうけれども、とりわけ私達俳優は、動かしがたい<出番>というものがありますから、遅刻は絶対できません、ですので今日のような列車運行などの交通トラブルがひとたびおこるとハラハラしてしまいます。

ほとんどの名題俳優さん、名題下俳優は電車通勤です。マイカー通勤やバイク通勤の方、あるいは自転車通勤の方もいらっしゃいますが、ごく少数ですね(徒歩の方…いたかなあ…?)。
私も、研修生時代から数えればもう十年も電車通学&通勤をしております。一人暮らしをはじめた三年前までは、最寄り駅から、殺人的混雑の東海道線で四十五分、始発駅なので座れるけれど遠回りな京浜東北線で一時間十分。どちらにしましても、同業者の中では比較的遠隔地から通っておりました。もっぱら朝の通いでは、座れるし寝られるしの京浜東北線を利用しておりましたが、セリフを覚えることもできるし、好きな読書をたっぷり楽しめる、車中での小一時間は、比較的有意義に過ごせた思い出がございます。
ひるがえって現在は、二十数分で最寄り駅から東銀座に着いてしまいまして、これはこれで朝ギリギリまで寝ていられるという得難い利点はありますが、めったに座ることができないのと、読書や居眠りには時間が短いのが残念なところ。加えて地下鉄なので景色が楽しめないのも、味気ないです。
ただ、ほとんど事故が起きないのが有り難く、上記の京浜東北線や東海道線はよく人身事故やら信号機故障で止まったものです。満員の車内でじっと待たされるあの気持ち! 心なしか酸欠状態の密室で、(もしこのまま閉じ込められたら、出番は…!)と考えてしまう恐怖感は、私のような小心者でなくとも、御理解いただけるのではないでしょうか。

交通機関の問題といえば、台風や大雪が関東を襲ったり、襲われる恐れがあるというときなどは、交通がマヒして通勤できなくなるといけないので、そういうときに限り、歌舞伎座では楽屋に寝泊まりすることができます。名題下部屋に、毛布を借りて寝るわけですね。私は利用したことはございませんが、たしかにこれなら絶対舞台に穴をあけることはありませんけど、広い名題下部屋で一晩過ごす気分というのは、どんなものでございましょうね。

皆様の声を

2005年09月15日 | 芝居
昨日は門前仲町駅そばの「ココナッツパーティー」というお店でおいしいスパゲティを堪能しました。キッチンを囲むカウンターがメインとなるこじんまりとした店構えですが、とてもアットホームな雰囲気。一人で料理から給仕までこなすマスターがとっても気さくな方で、はじめてだったのですけれど、とても楽しく食事をすることができました。メニューは、フード、ドリンクともに豊富、特製スペアリブはオススメです。
友人との待ち合わせの時間まで余裕がありましたので、深川不動尊と富岡八幡宮にお参り。境内は夜間でも自由に出入りできるのですね。残り半分の『歌舞伎フォーラム公演』の無事をお祈りいたしました。参道沿いにも心惹かれる赤提灯やダイニングのお店がたくさん並んでいて、またこの街を訪ねてみたくなりました。

さて、本日はBプロ公演。お勤め帰りの方にも気軽に、という趣旨ではじめられた企画ですが、確かにいつもの公演よりも、背広にネクタイ姿のお客様が多いように見受けられます。皆様どのような感想をお持ちになったことでしょうか。
本公演ではアンケート用紙を開演前にお配りし、自由に御意見、御感想を書いて頂いております。終演後に回収、ひとまとめにして、楽屋で閲覧できるようになっておりまして、毎日毎日の皆様からのお言葉は、私しっかりと読ませて頂いております。
公演そのものへの提言から、各幕の劇評、質問など内容は様々で、好意的なものもあれば、苦言もあります。読んでいて、嬉しくなったりドキリとしたりいたしますが、どれもが貴重なメッセージ、有り難く、胸に刻んでおります。

教わったことに忠実に、きちんと勤めるということが、今の私のなすべきことでございますが、共演して頂いている先輩方、わざわざ観に来て下さった先輩方からのアドバイスも、有り難く頂戴し、日々の演技の糧といたしております。そしてさらには、お客様からの声も、大切な力となって、私の中に染み込んでいるのです。
周りの方々あっての私でございます、ニュートラルな心で、素直に周りの声を聞き、方向性だけは間違わぬように気をつけながら、日々勉強の舞台を勤めてまいりたいものでございます。

おことわり

2005年09月14日 | 芝居
今夜は歌舞伎座に出演中の友人と、門前仲町で会いますので、更新ができないかもしれません。あしからずご了承下さい。
本日『歌舞伎チャンネル』の収録日です。収録であることを意識してしまうと、かえって普段はしないミスをしてしまうことがありますので、いつも通りの演技を心がけます。カメラを前に気取ってみたところで、所詮できることしかできないのです。
それでは、これから劇場へと向かいます。

六人の小太郎

2005年09月13日 | 芝居
今日は『歌舞伎フォーラム公演』の<中日>。今回私達は主演者なので、スタッフの方々、竹本、鳴り物の方々に、心ばかりの御礼をさせて頂きました。少ない人数で、大忙しで働いて下さる皆様、本当に有難うございます。残り半分も、よろしくお願いいたします。

今日は子役さんのお話を。以前もお伝えしましたが、百余人の応募からオーディションで選ばれた六人のお子さんたちが、日替わりで「松王丸一子 小太郎」役を演じております。男の子五人、女の子一人ですが、みんなすっかり仲良しになっています。
ただ、毎日毎日六人が揃うことはなく、その日出演するお子さんと、万が一の事態に備える<控え>のお子さん、この二人が、常に楽屋に待機するシステムになっております。六人が日替わりになるということは、単純に考えれば六日おきの出演になるわけで、日があいてしまうと、ともすればセリフや動き、段取りを忘れてしまうおそれがあるので、<控え>のお子さんは、次の日の公演に出演するように、日程が組まれています。こうすれば、前日<控え>として舞台を観ておくことで、翌日の舞台にスムーズに出ることができるわけですね。
今回の『松王下屋敷』を演出して下さった、兼元末次さんの奥様、多恵子さんが六人を懇切丁寧に御指導下さいましたが、やはり演技は六人六様。私も、御台所役としてからむ場面がままございますから、その時々のお子さんに合わせてのお芝居となります。大人がフォローできるところはフォローして、あとはノビノビせせこましくならずに演じてくれたほうが良いように思います。もちろん、それではやりにくい、こちらの芝居ができない、という場合には、きちんとダメは出しますよ。
とはいうものの、六人全員一生懸命。しっかり大きな声でセリフを喋り、義太夫三味線に合わせて芝居をし、なによりも可愛らしいので、お客様もお喜びの御様子です。客席には、同級生や友達が大勢観に来ているから、張り合いがあっていいのでしょうね。

舞台ではお行儀よくしていても、楽屋ではイマドキの子供! 同室である澤村光紀さんと私も、感心というか呆然とするくらいの元気さを発揮しております。もちろん楽屋とはいえ仕事場なのですから、その点はわきまえてもらっておりますが、私にも、こんな元気な時代があったのかと、感慨に耽る今日この頃でございます。
自分達がしてもらっている化粧のこと、演目のこと、衣裳、仕掛けのこと、いっぱい質問してくるお子さんもいますし、できる限りはお子さんたちとは会話をして、コミュニケーションをとっていこうと思っております。なにより化粧をしてくださっている光紀さんが、本当に面倒見の良い方でございますので、楽屋の雰囲気は和やかでとても過ごしやすいです。

しめるところはしめることを忘れずに。これは私自身も同じことでございます。一緒の舞台に立つものとしまして、ともに頑張ってまいりたいものです。