梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

梅之博多日記3・『舞台稽古一日目』

2006年01月31日 | 芝居
今日は『女伊達』『伽羅先代萩』の<総ざらい>と『大津絵道成寺』『源氏店』の<舞台稽古>でした。
『女伊達』は、昨日より大分落ち着いて勤めることができました。得物として使う番傘を持って、<三徳>のトンボを返るのですが、久しぶりにすることなので、空き時間に楽屋で試してみましたが、バッチリ大丈夫でした。自分のことは心配しなくて良さそうなので、周りと合わせることを第一に考えて、明日の舞台稽古を頑張ります。
師匠が『先代萩』の総ざらい中に、私は楽屋で、あらためて八汐の着付けの稽古をいたしました。兄弟子に師匠のかわりになって頂き、衣裳さんにもご無理をお願いしまして、綺麗に着付けるために何度も繰り返しました。やっと自分の拙かったところがわかり、気をつけるポイント、コツも教えて頂くことができまして、本当に有り難かったです。明日はきっと進歩しているはずです!
『大津絵道成寺』は別段何事もなく終わりました。皆の居所や動きの手順は、モニターを録画したもので確認、改善できましたので、あとは各人が気をつければ大丈夫です。
『源氏店』は、私が入門してからでも四回目となる演目ですので、いたってスムースに仕事ができました。

そうそう、明日は『女伊達』の舞台稽古なんですが、今日のうちに“ムダ毛処理”をしなくてはならないんです。むさ苦しい話なので、イヤな方は数行読み飛ばして頂きたいのですが、歌舞伎の舞台では、足を露出する衣裳の時は、大抵すね毛を剃るものなんです。『女伊達』のカラミは、浴衣一枚の<若い者>ですので、当然足は太ももの半ばくらいからばっちり見えてしまいます。もともと生え方の薄い人はいいんですけど、私は比較的濃い方なんで、今夜はお風呂場でジョリジョリです。他に浴衣を尻端折りの駕篭屋の時とか、袴を股間近くまでたくし上げる<股立ち>という着方をする時なども同様です。毛を剃っちゃうと、なんだかスースーして変なカンジです。

…一昨日からの『博多日記』に写真を追加しました。今日は私が『大津絵道成寺』の奴の衣裳を着ているところを撮ってもらいました。帯を締めているところです。

梅之博多日記2・『お肉のつぎは』

2006年01月30日 | 芝居
今日は『女伊達』の<附立て>、『大津絵道成寺』の<総ざらい>、そして師匠の『源氏店』の<附総(つけそう)>でした。
『女伊達』では、昨日手順がついたので、あとはシンである萬屋(時蔵)さんと合わせてゆけばよいのですが、世話物舞踊ですから、イキに、テンポよく動いてゆかねばなりません。トントンと運んでゆく立ち回りは久しぶりですので、経験不足の私としては緊張ものです。先輩に合わせてついてゆくのが精一杯で、まだまだ課題は沢山です。明日も頑張ります!
『大津絵道成寺』の方は、ほぼ固まったといってよいかと思います。明日の舞台稽古で総仕上げですね。

今日は三時過ぎに稽古が終わったので、スーパーで買い出しをしてから帰宅、とりあえずカボチャと里芋の煮物を作ってみました。今回のキッチンはIHヒーターなので、火力の調節に不便はありますが、まあまあの仕上がりです。
これは明日の朝食べることにして、夕食は後輩と一緒に、国体道路と天神西通りがぶつかるあたりにある、<博多 がんばらんば>にお邪魔しました。魚料理と和の総菜がメインということで、刺身の盛り合わせや寒ブリのカマ煮など頂きましたが、お魚が新鮮で本当に美味しかったです。博多座の二月公演では魚が堪能できると、かねがね聞いておりましたが、なるほど納得です。合わせて味わった芋焼酎<まる西>も、あっさりながら風味は十分で満足でした。

やっぱり博多は誘惑が多いです。早くも外食続きで、どうなってしまうのでしょう? 明日からはしばらく完全自炊を心がけます。

梅之博多日記1・『快適です!』

2006年01月29日 | 芝居
さあ、今日から『梅之博多日記』の始まりです。
本日は午前十一時二十五分羽田空港発博多行きの飛行機に乗って九州入り。空港直結の地下鉄に乗って四駅目の<中洲川端>で降りると、もう改札口と博多座がつながっております。稽古着やパソコンを手持ちで来たので、なるべく歩きたくない身にとっては大助かりです。
到着早々の今日は、まず午後四時から『大津絵道成寺』の立ち回りの<抜き稽古(一場面だけの稽古>ですが、午後二時に楽屋入りできたので、まずは師匠の楽屋をあらかた作りました。なんだかんだで時間も過ぎ、<抜き稽古>となりましたが、以前演じた役とはいえ、顔ぶれも変われば前回とは段取りが変わるところもあったりと、一から手順を確認いたしました。
全体的にそれほど動きが少なく、込み入った手もない立ち回りなので、続く同演目の<附立て>は、スムースに終わることができました。むしろ「トウ尽くし」の台詞がありますので、こちらのほうが、さあどうなりますでしょう?
今日のお稽古はこれで終わるはずだったのですが、臨時で『女伊達』も立ち回りの<抜き稽古>をすることになりました。こちらは全くの初体験。立師の指示のもと、各パートの割り振りが決まってゆきました。短時間ながらも派手で面白い手順です。アクロバティックな部分もあって、トンボの得意な先輩、後輩が、それぞれ腕をふるいます。私はいつも同じことを申すようですが、皆とイキを合わせて、できることを精一杯勤めるのみです!
午後八時前に終了しまして、ついにウィークリーマンションへ。楽屋からほんの二、三分という絶好の環境で、しかも新築なので設備もとってもよく、感激しております。なんと別料金で光ファイバー回線のインターネットが使用できるのです! さっそくこの文章を、無事接続できたマイパソコンから書いております。

今夜はこれから、先輩、仲間と中州の名物店<中州ホルモン>で焼肉です。これから始まる公演へ向けて、元気と栄養をつけてきます!

今頃初芝居?

2006年01月28日 | 芝居
いよいよ明日は九州へ向かいますが、最後のお休みの今日は、渋谷シアターコクーンでの『贋作・罪と罰』を拝見しました。これが私にとって今年最初の舞台観劇、ある意味<初芝居>ですよね。
『野田版・研辰の討たれ』『野田版・鼠小僧』でご一緒させて頂きました野田秀樹さんのプロデュース公演<NODA・MAP>の第十一回公演。過去の作品の再演です。
舞台は明治維新を目前にした風雲急を告げる江戸、「大義のためなら殺人は正当化される」と信じた女志士、三条 英(松たか子さん)が、倒幕資金調達のために、金貸しの老婆を殺すことから始まるストーリー。素性を隠して江戸に潜伏、無血開城に奔走する坂本龍馬(古田新太さん)、あくまで犯行を否定する英をどこまでも追求する官吏、都 司之助(段田安則さん)、そして武力行使で将軍を暗殺しようと逸る志士たち。時代が激しく動いてゆくなかで、それぞれの想いが交錯しながら、ついに歴史の扉は開かれ、そして英は…。
客席に前後をはさまれたかたちの舞台は、椅子やポールといった単純なセットしかなく、これらを役者自身が自在に動かしながら、場面転換を行ったり、小道具代わりに使ったりと、テンポよく進んでゆき、休憩なしの二時間はあっという間でした。古田新太さんが持ち前のアドリブギャグ攻撃で笑わせてくれる場面もありましたが、ラストはぐっと正攻法、松たか子さんと二人だけでの長丁場は、野田さん一流の素敵な台詞と、お二人の熱い演技で泣かされました。
初演時のテレビ中継を拝見し、戯曲集でも読んだ演目でしたが、そんなことを忘れてしまうくらい引き込まれ、まっさらな気持ちで観ることができました。
もちろん野田さんも四役出ずっぱりでお出になっておりまして、なかでも黒柳徹子ばりのヘアスタイルでの英の母親役には笑わされました。
当日券を手に入れるため、開演三時間前から寒風にさらされて待ったかいがありました! 大大満足です!

さて、冒頭にも書きましたが、明日の今頃は博多のウィークリーマンションです。昼前の飛行機で博多入りします(航空チケットは、事前に支給されます)。
『梅之博多日記』の始まりです、どうかお楽しみに!

準備は着々と…?

2006年01月27日 | 芝居
今日は今年二回目の、勉強会へ向けての会議が国立劇場内の研修室で開かれました。今年の勉強会に出演予定の俳優がほぼ全員集まり、演目選定を行ったのですが、なかなか簡単には決まりません。出演する俳優みんなが、良い役を勉強でき、なおかつ所定内の時間に収まる狂言立てを考えるのは至難の業です。やれ、これでは女形さんの役が足りない、それじゃあ時間が収まらない、もっと人目を引く狂言はないのか、予算は足りるのか…。条件が多いので大変です。最終的に五つほどの案をまとめ、後日改めて各方面の方々にご意見を伺った上で決定することになりました。皆様にお伝えできるのは、もう少し先の話になりますが、楽しみにお待ち下さいね!

会議終了後に、同期の仲間たちと食事に行ったので、だいぶ帰宅が遅くなりました。ちょっと疲れが出ておりますので、今日は短文で失礼します。

千穐楽、そして…。

2006年01月26日 | 芝居
歌舞伎座の初春公演、あっというまに終わってしまいました。
『鶴壽千歳』の後見、『藤十郎の恋』の大道具方、ふた役とも何事もなく勤められたこと、また風邪もひかずに万全な体調で今日の千穐楽を迎えられたこと、「よかった!」という気持ちでいっぱいです。新年会や後輩の結婚披露宴などで、楽しいひとときを過ごすことができたのもよい思い出、踊り初めやトンボ道場開きでの心地よい緊張感も忘れられません。
しかし今月で一番の体験は、『伽羅先代萩』で、師匠の女形の衣裳を着付けさせて頂けたことです。これまで勉強する機会がなかった私に、歌江さんはじめ色々な方が沢山のダメ出しとお教えを下さり、有り難いと思う一方で、正直プレッシャーを感じ続けたひと月でした。手際よく、綺麗に仕上げることを目標にしてやってまいりましたが、ともすれば左右の裾の長さが不揃いになってしまったり、<行灯(あんどん)>と申しまして、腰から裾までのラインがだらしなく緩んでしまったりすることもあり、舞台での姿を見ながら、(明日はココを気をつけよう)(どうすればもっと手早く形をつけることができるのだろう?)と悩んでしまいました。ところが着付けというものは、悩みながらやるものではないのですね。少しの躊躇、ためらいが、かえって手際の悪さ、ひいては形の悪さを招いてしまう。ドツボに嵌るとはまさにこのこと、教わったことを万分一も実現できない有様で、情けない思いでいっぱいでした。いい意味での開き直りで取り組めたのはごく最近、(今日はいいテンポでできたかな)と思えたのはほんの数日。それでも先輩方から見れば、ダメなところばかりなのですから、つくづく悲しくなります。
それでも、そんな私にひと月任せて下さった、周りの方々のお心遣いは本当に有り難く、私はこれからも、そのご恩に精一杯応えてゆかなくてはなりません。来月の博多座でも、同じ芝居、同じ役で出演なさいますので、心を新たに今度こそ! の気持ちで努力いたします。とにかく数をこなして、身体で覚えられますように!

…博多座公演のお稽古は二十九日から。二日間のお休みです。身体と心をゆっくり休めて、リフレッシュしてから九州へ向かいます!


梅之読書日記「カタい話かな…」

2006年01月25日 | 芝居
以前ご紹介しました『昭和史七つの謎』の著者、保阪正康さんの一連の著作に、近頃どっぷり浸かっておりまして、<昭和史>というものの面白さを味わっております。
主に文庫化されたものを中心に買い進めておりますが、講談社文庫「昭和史 忘れ得ぬ証言者たち」「あの戦争から何を学ぶのか」、角川文庫「死なう団事件 軍国主義下のカルト教団」「天皇が十九人いた さまざまなる戦後」、文春文庫「『きけわだつみのこえ』の戦後史」、文春新書「対論 昭和天皇」(原武史さんとの対談集)を読み終わり、今は角川文庫「三島由紀夫と楯の会事件」を読んでいます。

私は中学校しか出ておりませんが、思い返してみると、明治維新以降の日本の歴史は、授業ではそれほど時間をかけて教わらなかったように記憶しております。二・二六事件、満州事変、太平洋戦争、GHQ占領、単語としては覚えていても、それがはたしてどのような世界の、日本の情勢の中から起こり、どのような影響を、当時の人々にあたえたのか、全く理解していないままこの年になってしまいましたが、何千人という当事者たちに直接会うことで、時代、事件の真実を探ってこられた保阪さんの、リアルで生々しく、しかしあくまで冷静、公正な視点で綴られた文章を読み進めるうちに、あまたの人々が異常な興奮につきうごかされて進んでいった、激しく、歪んだ<昭和>という時代の有様をまざまざとつきつけられ、息をのむ思いでした。
当時の人々がどんな思いで日々を生きていったのか、国と国とが争うということはどんなことなのか、まだまだ理解しきれない部分はあるのですが、歴史というものを考えるとき、決して一面的な視点で判断してはならないということは、著作の中の沢山の事例が教えてくれました。
もとより、この場で主義主張や思想を語るつもりはございませんが、いまだに続く<戦後>の諸問題を考えますと、無関心ではいられない! という気持ちです。

晴れの舞台?

2006年01月24日 | 芝居
昨晩は、役者仲間の結婚披露宴に出席してまいりました。
歌舞伎座に出演中の後輩なのですが、出演時間の都合もあって開宴は午後九時。私も師匠をお見送りしてから急いで駆けつけました。事前に『なにか余興を』とお願いされておりましたので、ご祝儀舞踊を踊らせて頂きましたが、日々の舞台とはまた違う緊張感! 無我夢中のうちに終わってしまいましたが、お陰様で皆様には喜んで頂けたようで、ほっとしております。 
人の結婚披露宴に出席するのは初体験だったのですが、なかなか面白いもんですね。まあ今回は芝居関係の人が多かったせいもありますが、終始和やかで楽しい進行、新郎新婦も幸せそうでした。これからもずっと仲良くしてくださいね!

さて、今日の写真は『伽羅先代萩』で、師匠が演じる八汐が使っております<懐剣>です。とはいっても、織物の袋<懐剣袋>に入った状態です。懐剣そのものは黒塗りの鞘と柄。刀身は木材に銀紙を貼ったものです。
今回初めて知ったのですが、懐剣袋は、「この役にはこの柄(がら)」といった決まりがなく、小道具さんが保管する沢山のストックの中から、演ずる役者が好みで選ぶものなんですね。役のイメージ、身分、そして衣裳の色や模様に合わせて、決めるものだそうです。袋をとじる紐の色も同様です。今回は、大旦那、六世歌右衛門のお弟子でいらっしゃる、中村歌江さんが選んで下さいました。悪人ですのでキッパリとした強めの模様、地の色は白の衣裳に映えて、なおかつ帯の紫紺色と同じにならないようになっております。
ちなみに紐の端は房状になっておりますが、懐剣袋に限らず、烏帽子や、文箱についている紐は、たいてい端が房になっております。こうした房は、使ってゆくうちにだんだんとバサバサになってしまうものなんですが、そういうときは、お湯を沸かしてその湯気をあてながら梳いてゆくと、上手い具合にまとまって綺麗になるんですよ。

今日は色々と

2006年01月22日 | 芝居
今日は空き時間も自宅に帰らず、あちこち出歩きました。
まずは浅草。浅草寺弁天堂の敷地内にある<扇塚>へ、今まで使ってきてすっかりヨレヨレになったお稽古用のお扇子を納めてきました。今まで何となく処分しにくかったお扇子たち。研修中に使っていたものまであったんですが、ゴミとして廃棄するのではなく、(今まで有り難う)の気持ちを込めて供養することができ、やっと心のつかえもとれました。<扇塚>の存在は最近知ったのですけれど、今までは愛着こもって何とも捨てがたく、気になっておりました。これからも、度々お世話になることでしょう(写真をご覧下さいませ)。

続いては、銀座に戻り、松屋銀座での『ミヒャエル・ゾーヴァ展』を拝見。ドイツはベルリン生まれで本年六十歳になる画家の大規模な展覧会です。絵本の挿絵や、映画『アメリ』やオペラなどの美術、デザインで知られているだけあって、会場は子供連れの家族から若者まで沢山の人だかり。人並みにおされるように見てまいりました。私は今回初めてこの画家の作品に接したのですが、シュール、とはいかないまでも、何気ない日常風景をモチーフとしながらも、それを独特の発想、構図で異化してしまう作風は、なんとも不思議な味わいと洒落っ気にあふれており、とても楽しく見ることができました。画面に広がる豊かな空間、そこに満ちている濃厚な空気感。クセになってしまいそうです。

最後はやはり銀座、久々の外食を焼肉の『平城苑』で、仲間と共に堪能しました。ここのところ、意識して野菜中心の食事をしてきたので、なんとも美味しく頂きました。お店の外観から、ちょっと高めかな~なんて心配をしてしまったんですけど、心配ご無用、お得なセット(盛り合わせ)もあって十分満足です。楽しく話も弾みました!

…もうそろそろ、博多座公演の荷造りもしなくてはなりません。あちこち出歩くのも、もう最後でしょうか、でも明日は…?

アラ怪しやな

2006年01月21日 | 芝居
今月六日の記事への、ウエノッチ様からのコメントに、「『先代萩・床下』のネズミは、誰が演じているのか?」というご質問がございました。
歌舞伎では様々な動物が登場し、そのほとんどは名題下俳優が勤めるわけですが、基本的に動物は<役>ではないという考え方があって、そのため筋書きの配役欄にも記載されない(例外もありますが)ので、皆様も『誰がやっているのかな?』とお思いになったことがあるかと存じます。
『床下』のネズミは、<三徳>や<後(あと)返り>というトンボを返る難役。誰しもができるというわけではございません。今月は、成駒屋(翫雀)さんのお弟子さんの、中村翫祐さんが勤めていらっしゃいます。この記事を書くにあたり、ご本人に色々とお話をうかがうことができましたので、ご紹介いたしましょう(写真もご本人です)。
翫祐さんが初めてこのネズミを勤めたのは、平成八年七月、国立劇場での『歌舞伎鑑賞教室』だそうです。この公演での「歌舞伎の見方」で、歌舞伎に出てくる動物を紹介する件があり、そのなかで、『床下』の一部分が実演されたわけです。その時の男之助は、名題俳優の坂東橘太郎さんだったそうですが、橘太郎さん自身も、名題下時代に度々このネズミを演じた経験がおありですので、翫祐さんが初めて演じるにあたっては、この橘太郎さんをはじめ、今までのネズミ経験者の方々から色々と教わったそうです。それ以来、松島屋(我當)さん、成駒屋(橋之助)さん、高麗屋(染五郎)さん、大和屋(弥十郎)さんといった方々での男之助でネズミを演じてこられました。
やはり相手が変われば少しずつやり方も変わるそうですが、“ネズミらしさ“を出す身体の形や動き方などは、初役時の教えを守りながら、自分でも色々工夫なすっていらっしゃるとのこと。着ぐるみを身につけての動きやトンボは、それほど普段とは変わらないそうですが、常にかがんだ姿勢でいるのが大変だとおっしゃっておりました。
ちなみに、ネズミの首元には舞台を見るための覗き穴があるのですが、お客様に、ここから中に入っている役者の顔が見えてしまうと具合が悪いので、顔を黒く塗って目立たないようにするのだそうです。

これからご覧になる方は、是非是非ネズミの演技にもご注目下さいね。もっとも、改めて申すまでもなく、目立つお役ではございますが。
…翫祐さんは私の一期上の十三期生。はじめ大和屋(故 坂東吉弥)さんのお弟子さんでいらっしゃいましたが、師匠の没後、成駒屋(翫雀)さんのところに移られました。とっても優しい先輩です!

身辺雑記

2006年01月20日 | 芝居
初春芝居もあと一週間。そろそろ来月へむけての気構えもできてきました。
二月は九州福岡の『博多座』での、坂田藤十郎襲名披露公演に出演いたします。博多は一昨年六月の中村魁春襲名披露以来です。今日、<葉紙>がまいりまして、私が勤めるお役がわかりました。昼の部で萬屋(時蔵)さんが踊られる『女伊達』の“若い者”、そして夜の部での襲名披露演目『大津絵道成寺』の“槍奴”の二役です。どちらも立ち回りのカラミ。どうにも最近立ち回りづいておりますね。『大津絵道成寺』の方は、以前出させて頂いたことがございますが、『女伊達』は初めてです。皆様の足を引っ張らないよう、努力して参ります。
博多でもウィークリーマンションにいたしました。劇場から近いところにいい物件があるとのことで、そこを初めて利用してみます。博多は美味しいものばかりの街ですので、自炊できなくなるんじゃないか心配なのですが、キッチンさえ使いやすければ、できる限り料理します。

もうちょっと先の話ですが、三月は師匠がお休みとなりましたので、私もあわせてお休みを頂くことにさせていただきました。まるまるひと月休むのは、三年前(平成十五年)の十二月以来です!

もうすぐ、このブログをはじめてから一年となります。本当に、月日のたつのははやいですね…。
写真は浅草寺境内にあった、生年月日占いです。これによると私は変わり者で頑固だそうですが、実に当たってますね。

楽しくもまた…

2006年01月19日 | 芝居
昨日も更新できませんでした。
実は昨十八日は、埼玉県草加市『草加健康センター』にて、歌舞伎界の一大新年会<東部めれん会>が華々しく開催されまして、夜通しの盛り上がりだったのでございます。
今月東京では、歌舞伎座、国立劇場、浅草公会堂、そして新橋演舞場と、四座で歌舞伎俳優が仕事をしております。そんななかで、名題下俳優を中心としながら、名題俳優さん、付き人さん、マネージャーさん番頭さん、そして床山大道具照明さんといったスタッフの方々まで、劇場で働くあらゆるジャンルの人たちが集まり、一夜の宴を催すのです。もう四、五年続いておりまして、恒例行事のようなものですが、とあるご縁があって、一回目からずっと草加での開催です。
健康センターにつきものの大宴会場を半分貸し切るのですが、今回の参加者は六十五人。けっこうな人数です。そして、この新年会の一番のお楽しみは、有志によります余興の数々です! 毎年コントあり、舞踊(カタいものではありませんよ)あり、曲芸ありと様々ですが、今回は今までで一番のハイレベル。大御所による幻の◯◯◯◯◯ショーから気鋭の若手の漫才対決、はてはシタール演奏まで飛び出して、場内は爆笑また爆笑、そして感嘆の声しきり。会場の半分は一般のお客様なのですが、この方たちをも虜にする、魅惑のひと時となりました。
宴席がお開きになりましても、この施設の売り物である漢方効泉薬湯に浸かったり、カラオケルームで熱唱したり、あるいは麻雀にのめりこんだり、様々な過ごし方が遅くまで続くこととなります。
かくいう私はカラオケルームで皆と大騒ぎ。すっかり寝不足となりました。よくいわれることなんですが、“健康”センターとはいいながら、飲酒に夜更かしで、すっかり不健康になってしまうのですよ…。

しかしながら、大勢の仲間たちと楽しく時間を共有するというめったにない行事。いろいろ普段ではできないお話もしたりと、得難い経験ができる素敵な場所です。
また来年も参加できるかな。こんどは私が出し物をしてたりして…!?

久々酩酊!?

2006年01月17日 | 芝居
昨日は更新できず、申し訳ありませんでした。
昨晩は正月以来の実家に帰り、同じ地元に住んでいる友人の衣裳さんと、駅前にあるイングリッシュ・パブ『CAMDEN LOCK』で飲み明かしてまいりました。カウンターがメインの落ち着いた店作り、食事もおいしいし、お店の方もとっても気さくな方ばかり。話もはずみ、グラスも重なります。昨日初めて飲んだラムベースの<ジャック ター(ターンと呼ぶこともあるそうです)>は、先頃横浜の関内で誕生したものだとか。ドライで爽快な味わいに感激! ついついおかわりをしてしまいました。

さてお芝居の方では、歌舞伎座に皇太子様がご行啓遊ばされ、夜の部の『口上』『伽羅先代萩』をご観劇なされました。二階最前列中央のお席(ここがいわゆる貴賓席となるのです)で芝居をご覧になるお姿を、遠くからではございましたが拝見することができました。
警備の方、客席係の方をはじめ、劇場関係者の皆様はさぞ大変なことでございましたでしょうが、客席は終始なごやかな雰囲気で、いっそう華やかなものとなりました。

…今晩は国立劇場で今夏の勉強会の打ち合わせがございます。この時期から始めないと、演目、キャスト、幹部俳優の方々へのご指導の依頼、さまざまな段取り、事務手続きが間に合わないのですよ。今年も出演させて頂く予定でございますので、しっかりと話し合いに参加いたします。

とりとめの無い話となってしまいました。ご容赦下さいませ。

ハフハフ…!

2006年01月15日 | 芝居
今日は名題下部屋で、おでんの炊き出しをいたしました。
楽屋に常備されている大鍋で、五十人近い今月の名題下俳優全員が十分食べることができる量を、前日から下ごしらえして煮込みました。今日は昼から皆に振る舞われ。あわせて炊いた茶飯とともに、ある人は昼食に、ある人は晩ご飯に、おいしく頂きました。味のしみ込んだ熱々の玉子、ちくわ、こんにゃく…! 私も沢山おかわりしてしまいました。
名題下部屋では、折に触れてこのような炊き出しをいたします。カレーだったり、素麺だったり色々ですが、作る段階から皆で協力し、一緒に食事するのは、楽しいものですね。

どこで調理するのかとお思いかもしれませんね。楽屋棟の三階の流し場の横には、床山さんが毎日の作業で使ううちに油がしみ込んでしまう雑巾を、煮込みながら洗うためのコンロが設置されております。それを一時お借りするのです。まな板やザル、包丁などの器具は、名題下用に保管されているのです。食材は近所の<肉のハナマサ>で調達いたします。

おでんの写真を撮ったのですが、カメラを楽屋に置いてきてしまったので、また後日、お見せいたしますね。

色は場合によって

2006年01月14日 | 芝居
今日は<中日>でした。楽な月ほど日が経つのがはやいです。今月は、なんだかあっという間に折り返し地点に来てしまいました。
初めて師匠の女形の衣裳を着付けるということで、毎日毎日勉強させて頂いておりますが、もう後半戦に入るというのに、自分の仕事に納得がゆきません。もっと手際よい作業で仕上げたいのですけれど、綺麗に形をつくろうと思うと時間ばっかりかかってしまって…。落ち着いて、冷静に、はいつも私が私に言い聞かせていることですが、今月はなおさら肝に銘じて、残りの日々を頑張ります。

さて、お芝居の話を。
今月の昼の部『奥州安達原』<袖萩祭文>は雪降り積もる冬の御殿が舞台。成駒屋(福助)さんが演じる袖萩が、我が子とともに繰り広げる悲嘆の場面には、二人を責めさいなむように雪が降りかかります。
この場面で、袖萩の舞台上での用事をする後見は、全身真っ白ですね。これは<雪衣(ゆきご)>と申しておりまして、雪の場面で仕事をする後見は、大抵この格好をいたします。形状は<黒衣>と全く一緒で、頭巾・着付・帯・腹掛け・紐付・手甲・そして足袋。これら一切が白尽くめになっているわけです。
歌舞伎では「黒は無を表す」という大前提がございますが、さすがに周りが白一色に覆われた舞台では、<黒衣>は目立ってしまうと考えたのでしょうね。同じような考え方で、大海原や川の中の場面では、今度は青一色の<浪衣(なみご)>になるのです。<浪衣>の時は、本当ならば青い足袋を履かなくてはならないのですが、青い足袋というものはそうそう用意されるものではございません(他に履く機会がない)ので、黒足袋になることも多くございます。
<黒衣>は、役者個人が所有しているものなのですが、<雪衣><浪衣>は、手ぬぐいや消し幕、地がすり(舞台に敷かれる布)など、主に布製品を管理する「小裂(こぎれ)」という部署の管轄になるのですよ。

それから、同じ<黒衣>でも、“人形振り”の後見や、今月の『伽羅先代萩・床下』で見られる“差し出し”と呼ばれるロウソクの灯りを扱う後見は、生地が繻子となり、赤い紐がついた形状のものとなりまして、「見えない、というにはあまりにも目立つ仕事をする」役目の時は、こうした格好になることが多いです(あくまでケースバイケースですが)。こちらも「小裂」さんの管轄です。

私<黒衣>は年がら年中着ておりますが、<浪衣>は一昨年六月博多座での『其小唄夢廓』の大詰<六郷川の場>で、権八が乗る渡し船を操作する仕事のとき、<繻子の黒衣>は昨年の夏の勉強会『本朝廿四孝・奥庭狐火の場』での八重垣姫の後見で着ました。色、見た目は変われど、やはり普通の<黒衣>と同じく、目立たぬように仕事をしなくてはなりません。

…今月の『奥州安達原』では、袖萩と、後に出てくる安倍貞任を別々の俳優さんがなさっていらっしゃいますが、この二役を一人の演者が兼ねることがございます。そのとき貞任の後見は普通の<黒衣>ですので、一人のお弟子さんが、白黒両方の後見をすることとなり、舞台裏で<後見の着替え>をすることになるそうですよ。