梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

巡業日記番外・『吉野山』の立ち回り

2005年07月15日 | 芝居
今日は金沢への「移動日」です。羽田空港を午後二時三十五分発のJALの飛行機に乗り、約一時間で小松空港に到着。それから貸し切りバスで約四十分で、金沢駅前の『ガーデンホテル金沢』に着きました。今日からこのホテルに三連泊です。

公演がない今日は、巡業日記番外といたしまして、『吉野山』の立ち回りについてお話させていただきます。
私が『吉野山』に花四天役で出演させて頂くのはこれで四回目でございます。それぞれの、佐藤忠信、実は源九郎狐役の俳優さんは、一回目が音羽屋(菊五郎)さん、二回目が師匠梅玉、三回目がまた音羽屋さん、そして四回目となる今回が、播磨屋(吉右衛門)さんです。
四回とも、立ち回りの手順はほとんど同じです。前にも書いた通り、この立ち回りは、昔からの手順が、さながら振付けのように残されている「所作ダテ」でございまして、清元、竹本両浄瑠璃の歌詞、曲に、とても良くあった手順が完成されているので、わざわざ変える必要がないのですね。

では、今月の舞台に基づいて、立ち回りの手順を御説明いたしましょう。播磨屋さん扮する、忠信をはさんで、上手に四人、下手に四人の花四天が並び、シン(立ち回りの中心となる人のこと。ここでは忠信)の見得に合わせて「ドッコイ」と声をかけると、清元節の始まり、ここからが「所作ダテ」になります。
まずは四人の花四天が、花槍で鳥居の形をつくるくだり。
それから、シンの両手をとった二人の花四天のうち、右手をとった下手側の花四天が『三徳』とよばれるトンボを返り、それを上手側の花四天が『返り越し』で飛び越え、それから二人揃って上手向きに『三徳』、さらに前の人が『ゴロ返り』という、いわば後ろでんぐり返りをするのを後ろの人がくぐり抜け、最後は二人とも両足を天に向けて倒れる『ギバ』をするキマリ。
次は竹本に浄瑠璃が変わります。『四つ目』といって、シンを中心とした四角形を四人の花四天がつくり、対角線状に向かい合った二人が、花槍を突きながら、お互いの位置を入れ替わる、ということをふた組で行い、最後は四人がシンを挟んで一直線に並び、花槍を担いで大名行列の槍奴の真似をするくだり。
ここから忠信に変わって萬屋(歌昇)さんの早見の藤太が出て来まして、上手、下手から一人ずつ花槍で突いてくるのをかわすと、そのニ本の花槍を花四天が担いで駕篭かきの真似事。最後はその二人の花四天と『狐拳』というジャンケン遊びをした挙げ句に『平馬返り』というトンボを返して見得。
ここから再び清元となり、しばらく藤太と静御前、忠信との振りごとがあって、藤太が自分の陣羽織で忠信を捕らえようとするのを、一人の花四天が花槍を使って、藤太を操り人形に見立ててあしらい、最後は藤太にトンボを返されます。
あとは全員の花四天が、忠信に追い込まれて引っ込み、立ち回りは終了となるわけでございます。
先程も書きましたが、例えば鳥居を作るくだりが、清元節の「ちょっと鳥居を」、返り越しが「飛び越え狐」という歌詞に合わされているわけですね。
結局、五つのパートに分かれているわけでして、これを八人の花四天で、うまく分担して行っているわけでございます。八人ですと一人につき二パートは関わらなくてはなりませんが、歌舞伎座など大劇場で上演する際は、花四天の人数も十人以上になったりしますので、そうなると一人一パートで済むことになります。
私は、最初の鳥居を作るくだりと、藤太にからんで駕篭かきの真似と『平馬返り』をするくだりをさせていただいております。
『平馬返り』は、膝をかがめた姿勢、いわゆる相撲の「そん踞」の格好からトンボを返ることで、普通の『三徳』より難しいものでございます。私、今月の舞台ではじめてこの『平馬返り』に挑戦しておりますが、なるほど膝を曲げた状態からの回転は予想以上に大変で、まだまだ納得のいく出来ではございません。このひと月の公演中に、なんとかモノにしたいと思っております。

また、先述の『返り越し』もさることながら、立ち回りが済んだ後、本当は狐である忠信にたぶらかされ、一人の花四天が、両手に静御前の杖と笠を持ったままで『返り立ち』をする場面もございまして、これは本当に難易度の高い技でございます。どちらにしても一つ間違えば怪我につながるわけで、よほどの自信と技術がなければ勤まりません。
今月は、二人の後輩がそれぞれ元気に勤めてくれております。かつてどちらも勤めさせて頂いた経験がある私としましても、どうか残り半分の公演を無事に乗り切って欲しいと願っております。