梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

巡業日記15・新湊の巻

2005年07月16日 | 芝居
今日は富山県新湊市の『新湊市中央文化会館 大ホール』での一回公演でした。
朝十時十分にホテル前から出発の貸切バスでの移動。すぐ近くの金沢駅に立ち寄って、お昼ご飯用に駅弁を買ってから乗り込みました。会館に到着し、楽屋作りをしてから頂きましたが、金沢の駅弁の定番『利家御膳』、なかなか美味しゅうございました。江戸時代の加賀藩の武家料理をアレンジしたものとのこと。煮物や焼き物、酢の物などに二種類のご飯、それに可愛い大福もついております。

さて本日はこの巡業の「中日」でございました。巡業中も、普段の公演と変わらず、御祝儀を頂いたり、こちらからお渡ししたりいたします。
ついに折り返し地点ですね。今回の巡業は、「移動日」「休演日」が昨年の東西コースの時よりも多く、一回公演の日も多かったので、なんだかあっという間に過ぎてゆく感じです。ゆとりのある日程のお陰で体調も良く、有り難いことです。

今日は先述の通り一回公演でしたので、新湊の街は全然散策できませんでした。とりたててお話するような出来事にも巡り会わなかったので、「与三郎の傷」に引き続いて「手拭」のお話をさせて頂きましょう。
御存知とは思いますが、『源氏店』の与三郎は<豆絞り>の手拭で頬かむりをしております。偶然ゆすりに入った家の女が、昔の恋人、お富と知って、「御新造さんえ、おかみさんえ、お富さんえ、イヤサお富、久しぶりだなア」のセリフで、おもむろにその頬かむりを外すと、額、頬に傷を残した与三郎の顔がようやくあらわになる。実に効果的な演出です。
この頬かむりは、カツラの髷の後ろが少し出るくらいに手拭を乗せ、両端を捻りながら鼻先に持ってゆき、頬の所で挟んでできあがりとなります。端を挟むのは師匠梅玉が自分でするのですが、それ以外は床山さんが担当いたします。床山さんは基本的に、カツラに関わるもの全て(冠でも、頭巾でも)を受け持ちますからね。端を捻ってゆくにしても、きれいにヒダをとるようにまとめてからでなければ格好がつかないわけですし、かぶる本人では手が届かない所にも注意を払わねばなりません。本人の手だけではなく、床山さんの技術とで作り上げるものなのです。ちなみに捻る部分にはあらかじめ霧を吹いておき、しんなりとまとまりやすくしておきます。

頬かむりの命は「折り目」です。手拭の丁度半分の所に縦に折り目をつけ、これを額の中央に合わせてかぶることで、出来上がった時、眉の端から額にかけて、手拭の縁で綺麗な山形がつくられます。この山形の頂点、つまり折り目の部分がピッシリ鋭角的になることで、粋な感じが出るのです。この鋭角な山形を作るために、アイロンでしっかりと折り目をつけるのですが、折り目の部分と、山形を作っている部分には洗濯ノリを薄くかけて、形が決まりやすいようにしております。それから、折り目を頂点とする左右の二辺が、内に反るようになっていたほうが良いので(漢字の<人>みたいに)、折り目をつけた後いったん広げて、改めて折り目の左右をアイロンします。
気をつけなくてはいけないことは出来上がりの形が<人>ではなく、<入>のように、頂点がどちらかへ寝てしまうことで、これだと頬かむりした時にも形が悪くなってしまうのです。ですのでアイロンをよく気をつけてかけ、アイロン後は針金ハンガーに吊して保管します。

傷にしましても手拭にしましても、師匠の芝居に関わるものを扱うのは、責任もありますし大変ですが、これも一つの芝居づくり、楽しい作業でもあります。