瀬崎祐の本棚

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詩集「てつがくの犬」  武西良和  (2014/04)  土曜美術社出版販売

2014-05-20 19:16:48 | 詩集
 第9詩集。97頁に30編が収められているのだが、すべての作品が犬に材をとっており、犬の視点となっているものもある。
 あとがきによれば、亡くなった父と入れ替わるように家族の一員となった犬がいて、13年間を暮らしたという。いくつかの作品にあらわれる野犬は、人に追われながら考えている。追われることによって見えはじめた風景の意味を考えている。それが犬の”てつがく”にもなっているのだろう。
 「路地の足音」では、ぼくの背後から足音だけが追いかけてくる。おそらくは夜なのであろう、あたりには他の生きものはおらず、ぼくだけがいるはずなのに。つけられているのだろうか。

   あれは落としたぼくの足音だったか

   路地はせまく人通りがすくない
   寂しいところで足音は気をつかっている

 作者特有の感性が最後の1行で作品を引き締めている。静かな路地なので足音は大きく響いていたのだろう。それを「足音は気をつかっている」と捉えたところが好い。
 「突き出た石」では、河原の草むらのあいだから顔を出している石を詩う。石は不器用なので「土や砂のように/すぐに形を変えることなどできな」くて、犬におしっこをかけられたりもするのだ。ぼくも石と同じように不器用なのだが、その石は伸びてきた草に隠されていく。

   ぼくの不器用さを隠す
   青々とした草は
   どこに生えているのだろう

 以前の詩集の感想でも触れたことだが、作者はいつも肯定的に物事を捉えようとしている。辛いときにはなかなかできることではないのだが、他者のみならず、自分自身をも肯定的に捉えているところが、好い。
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詩集「山姥さがし」  板倉道子  (2014/02)  砂子屋書房

2014-05-14 17:17:35 | 詩集
 118頁に、1981年から2006年の20余年間に発表された22編を収めている。
 冒頭の「約束」から打ちのめされる。ゾウさんの恋人だったキリンさんは、長い首が「内心好ましからぬと気付い」てみずから首を切ってしまったのだ。一生懸命決心をしたのに「ほんとうは/花びらは踏みつけられ黒く汚れただけ/ゾウさんはかえってキリンさんにやさしくしてくれなくな」ったのだ。そんなキリンさんとの内緒の約束とは、

   わたしたちももうじき
   このお家にさようならをしましょう
   今も首から血を流しているキリンさんを抱いて
   オオカミさんの待つ森へいくのです

 愛することが死につながっているのだが、おそらくオオカミさんはもっと酷いことをするのだろうなという不吉な予感を抱かせて、童話のような語り口に残酷な気持ちを詰めて作品は終わっていく。
 で、キリンさんの首がどうなったのかというと、次の作品では「キリンの贋首つけ坂道を降りて」わたしの人生にからまってきた人たちと銭湯に行くようなのだ。そしてミツ子おばさんは「血まみれのキリンの首を持ってポロポロ泣き/石けんとタオルを差し出すの」である。(「銭湯行き」より)
 このようにあっけらかんとした語り口で、次々に”怖い”お話が差し出されてくる。「ファミリー」では、行方不明者の顔写真がいつまでも駅に貼られていて、通り過ぎる人は無関心なのに写真の顔は人を見ている。本当に怖いのは、その顔写真に挨拶をする毎日を送っている話者なのだ。
後半に「河を渡れ」と題した2編、「もどり河」と題した3編がある。河のあたりでは、求めているあなたはわたしを冷たく拒否しているようであり、悪意を持っているであろう女が訪れてくるのだ。

   キリンの自殺が流行っているこの街で
   長い骨は首だったと
   キリンの仮面をつけた
   やっと来てくれたあなたが彼女に説明する
                   (「もどり河2 燃えるキリン」より)

 辛いものと対峙するためにはこのような”怖い詩”が必要だったのだろう。あとがきには「これからは、こころがあたたかくなる詩を書きたいので、怖い詩はこれで終わりとする」とある。この詩集の作品に魅せられた者としては残念なような、これからの変容が楽しみなような。
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詩遊  42号  (2014/04)  大阪

2014-05-12 21:26:22 | 「さ行」で始まる詩誌
 「緋毛氈」林美佐子。
 昨年出版された林の詩集「鹿が谷かぼちゃ」の感想で、私(瀬崎)は「悪意と残酷さだけが詰まっている。余分なものは一切ない」と書いたことがある。本作もその通りであるのだが、しかし林の作品がそれだけであるのならこれほどに惹かれることはないだろう。そこにはある種の切なさがあるのだ。
 この作品の話者は、おそらく無条件にママを愛しているのだろう。同時に、自分もママに愛されたいと願っているのだろう。たとえママにどんな仕打ちを受けようとも、だ。
 そんなママは「刃先を一瞬/私に向けてから」すいかを切ったりするのだ。「激しすぎる水で/一日かけて/ざるの底でくずれるまで」ほうれんそうを洗ったりするのだ。ママは話者の願いに反してどこか遠いところに行ってしまっているようだ。ひな祭りの日なのだろう、ママは七段飾りをならべ終えるのだが、

   ママが緋毛氈を
   ひきずりおろします
   女びなから牛車まで
   すべて転げおちます
   むき出しのスチール段の前に
   へたりこむママを
   女びなの転がった首が
   見ていました

 ならべおえた飾りを根こそぎこわしてしまう。そのママの行為は、自分がおこなったことを自らなかったことにしようとするようなことだ。そうであるならば、ママは自分が生んだた話者までもをなかったことにしてしまおうというのだろうか。
 ママを見ている「転がった首」の女びなは、話者なのだろう。
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ウルトラ  15号  (2014/03)  福島

2014-05-09 22:05:25 | 「あ行」で始まる詩誌
 「錦鯉」タケイ・リエ。 
 「ぐるりとした堀のなかで泳ぐ恋をしよう」というあなたに、わたしは「いえす、さあ」と答えるのである。
 心がときめくような未知の甘い恋物語というよりも、気心の知れた共生のための恋物語のようだ。そして、わたしたちは堀の中にいるはずなのだが、夜の雨にうろこがもげてゆくことを心配しているのである。周りの出来事にわたしたちは身を寄せてともに耐えようとしているようなのだ。ともに耐えるために恋をすることも必要だったのだろう。

   すべてのうろこがもげたときにおわりだと知っていたので
   さいごの一枚はお煎餅にして焼いて食べてしまったのだよ
   しょっぱくてあまくていい味だった
   それだけはたぶん覚えているつもり

 提示される個々のイメージが新鮮に結びついている。そこにあらわれる物語もだれたところがなく、緊張感が持続されている。だから、こういう作品を読むと(たとえ内容が辛いものであっても)心地よい興奮を味わえる。
 二人の恋物語はどうなるのかというと、「堀に水の匂いがさらさらと満ちて/まばたきと光の足跡が残」るのである。あっけらかんとしていて、どこか居直ったような潔さも感じられる。しかし、その陰にはたくさんの逡巡があるのだろうな。
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詩集「ミセスエリザベスグリーンの庭に」  淺山泰美  (2014/02)  書誌山田

2014-05-08 18:42:59 | 詩集
 第8詩集。110頁に23編を収める。
 詩集タイトルにもあるミセスエリザベスグリーンというのは、二十世紀初頭に神戸に在住した実在の人物であるとのこと。しかし彼女は三十代でなくなっており、作者はたまたまTV番組で彼女のことを知ったという。
 この詩集では、そのミセスエリザベスグリーンが今も庭で草花を育て、紅茶を楽しむ姿がとらえられ、彼女の思いが独白の形で書きとめられている。

   白いブラウスはすぐ汚れてしまったけれど
   後悔や溜め息に曇ることのない
   硝子のコップに
   一輪の鈴蘭を挿したくなる日
   証しなんてどこにもない
   光が射せば それでいい
   いま ここで
   光を浴びていればいいのよ
                    (「(鈴蘭)」より)

 一面識もない人物の人生を作者は創造しているわけで、作者の中でミセスエリザベスグリーンは生きている。同時に作者もまたミセスエリザベスグリーンの創造された人生によって自分の人生にも付け加えられるものを得ているのだろう。
 十分足らずのTV番組で得た映像から拡がっている作者の作品世界は静かに肯定的だ。作者はこれらの作品を「受け身の姿勢で創作し」「書かされた作品であったとしか言いようがない」としている。素晴らしく感応するものがあったのだろう。
 個人的には、英国で広大な庭園で草花を育て慈しんだという老嬢ターシャ・テューダを重ね合わせながら読んでいた。
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