瀬崎祐の本棚

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詩集「耳に緩む水」 原島里枝 (2020/10) 七月堂

2021-01-29 20:33:42 | 詩集
 第3詩集。93頁に33編を収める。
 作品には、微細な構造物を顕微鏡で観察し、それを言葉で記録しているといった趣がある。見えるものをどれだけの深さまで追うのか、それを捉えるときの気持ちの揺れ幅はどれほどのものなのか、冷静な観察者と話者がせめぎ合っているようだ。

 「水たまり」。話者は雨上がりの往来にいるようだ。世界は私を囓っていき、胸腺の奥は毟られ、リンパ液が河となっている。こうして街に在るとき、話者は世界に溶け込んでいるのだろうか、それともいつまでも異分子として排斥されているのだろうか。どちらにしてもそれほど哀しくはないようで、状況を受け入れている諦観もあるようだ。最終連は、

   運ばれてきた表情が風に持って行かれ、車道
   で幾往復かする白色の紙片は 見えない君と
   のやり取りを轍として受け止める 綺麗では
   ないですか 縒れてしまった紙と言うのは

しかし「内界の川辺」になると、話者の苦しみはかなり増大している。話者は「いつもその渓流へ行き当た」ってしまうのだ。そこは、此岸で生きている私と彼岸で死んでいる私が相対する場所なのだ。

   あなたは私でもありますから、命は繋がっていて、私が
   生きているならあなたがたもまだ生きている死体なので
   す。名を剥ぎ取られ、肉を切り刻まれた、滴る赤い血は
   終わることを知らず、川を赤く染めていました。

 渓流が海へと押し流していくものは何だったのだろう。海へたどり着くことは安寧に繋がるようなことだったのだろうか。

 はっきりとは捉えがたいものを必死に形にとどめようとしている。それは触れれば傷がついてしまうようなものなのかもしれない。しかし、その表出は意外と堅いものだった。差しだそうとしているものと差し出された形の肌触りの違いに、いささかの戸惑いを覚える詩集だった。
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