瀬崎祐の本棚

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詩集「青へ」 菊池唯子 (2022/08) 思潮社

2022-10-04 17:55:00 | 詩集
14年ぶりの第4詩集。93頁に24編を収める。

「遡る」。峠は人の住む日常世界の境界でもあったのだろう。だから峠を越えることは、いつもとは異なる世界へ踏み込むことでもあったのだろう。話者はそんな峠道を越えて、「灯ともし頃のなつかしい故郷」へ”遡って”きたのだ。おそらく生家にはもう誰も住んではいないのだろう。

   時間が急に幅を持ち
   流れる方向を変え
   雲の生まれるところに運ぶ

最終連は、「母よ/三歳のままのわたしがいる/春だ」。峠を越えてこの地から出て行ってからはさまざまなことがあったのだろうが、今はそれらが消え去ったかのような自分がこの地にいる。最後の一言、「春だ」が、故郷へ遡って無垢な頃の自分にもういちどめぐりあっている気持ちをよくあらわしている。

「囲炉裏」は、縁側と囲炉裏があった祖父母の家を詩った作品。おそらく幼かった日の話者は夏になると訪れていたのだろう。味噌汁がにおい、盆には回り灯籠や供物があったのだ。年月が過ぎ、叔父も母も祖父母のもとに旅立ったのだが、

   花火のない夏
   炉を守るもののない夏

   もしや
   暗がりを探しあぐねて
   海のほうに行ったのではなかろうか

話者には亡き人を偲ぶ風景がある。そこから立ち去った人がいるからこそ、その風景はいつまでも話者には残っているわけだ。ふたりはどこに行ったのだろうと気遣う話者は、最終部分で「祖母の手のひらの待つ場所/そこに帰って行けただろうか」と、自問しながらも、そこでその人たちが自分を待っていてくれることも信じているのだろう。

詩集後半には、東北地方で発見されている縄文時代の土器や土偶に材をとった作品がある。それらと向きあう話者には、長い年月を経ての人の営みの尊厳が寄せてきている。

   この夏 初めてのように
   自分の足で土を踏み
   手を合わせる
   しめ縄のない 都会の森の暗さに
                   (「祈る」より)

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