瀬崎祐の本棚

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詩集「洗面器」 林嗣夫 (2019/06) 土曜美術社出版販売

2019-07-16 22:14:57 | 詩集
 115頁に28編を収める。
 具体的な言葉ばかりをていねいに積みあげて、深みのあるときどきの世界を構築している。「笊」は、遠い日に祖母が里芋を洗うのに使っていた笊を見ている。それから幾星霜がが過ぎて「この世のすべてのものが/まことに 大きな笊で揺すられた」のだ。笊に入れられたものはぶつかり合いながら「余計なものは剥ぎ取られていく」のだ。わたしはひとりのひとと古い居酒屋にたどり着く・

   ここでも笊はゆっくり揺れる
   焼酎のグラスを手にしながら
   その人は不意の素顔をみせ
   わたしも里芋の煮っころがしなどを挟みながら

   大切なことばをこっそり告げた

 そのことばは里芋のように笊で揺すられて最後まで残ったものだったのだろう。

 「柿」。庭のかたすみに熟した渋柿が落ちてつぶれている。そこから飛び立つ黒い蝶を作者は見つける。そして「そうか/そのような月日が流れてきたのか」と思うのである。柿はこの蝶に会うために実り、そして、

   重さを養い
   渋を甘みに変え
   ついに落下して
   思いの傷口そのものになったのである

 偶然の邂逅のように思われるこの一瞬も、何か大いなる者の定めたところのものだったのだろうか。柿はつぶれて「思いの傷口そのものになった」という表現が素晴らしい。最終連は「蝶も/この日を待って訪ねてきた」。このなんでもないような情景をそのように捉える作者の細やかな感性に感嘆する。

 作者は詩誌「兆」を長く発行してきているが、その仲間との合宿を描いた「美馬旅館」や、仲間と友に訪れた宿にまつわる物語を描いた「朝路館」は、作者のやさしい人間味を感じさせるものだった。
コメント
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