瀬崎祐の本棚

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詩集「渡邊坂」 中井ひさ子 (2017/09) 土曜美術社出版販売

2017-09-12 18:51:29 | 詩集
 第4詩集。120頁に33編を収める。
 「あとがきふうに」という頁に、中井はカラスのクロ吉と話をすると書いている。これまでの詩集でもそうだったが、中井の作品では動物、鳥、虫などの生き物が作者と同じ次元で動き回っている。それは生き物が何かの比喩ということではなく、中井自身がそれらの生き物に化身しているために広がる世界だ。
 
 「もういいかい」。四方へ走り去っていく足音に「もういいかい」と声をかけると、「とおくから/まあだだよ」。隠れたのは、「草蔭に鳴き声を潜めるキツネ」や「なみだ目のウサギ」、「化け方を忘れたタヌキ」。みんな自分の大切なものを犠牲にして隠れているのだ。
 
   鐘撞き堂の鐘がなり
   もういいよ

   夕焼けがぽきりと折れて
   もういいよ

 もういいよと言われたわたしは何を捜しに行けばよいのだろうか。
 何が哀しいというわけでもないのに、それでもさびしいのだろう。自分でも原因が判らない感情なので、かえって戸惑ってしまうようだ。そんな懐かしいような、寂しいような、哀しいような世界がそっと広がっている。

 いなくなってしまったおとうとについての作品、「枇杷の木」や「おとうと」、「草の底から」は、しみじみ、詩というものの優しい美しさを感じさせてくれる。

 「留守番」もどこか懐かしさが滲んでくる作品。妹と二人で大きな和室で留守番をしているのだろう。妹は大きな声で泣き続けている。泣くと鬼が来るよとなだめるわたしも悲しい。

   着せ替えの花嫁人形が泣く
   つぶれたおまんじゅうも泣く
   わたしも泣く

   押し入れから出てきて
   おいおいと
   鬼が泣く

 「しっぽ」「枇杷の木」「だるまさんが転んだ」については詩誌発表時に感想を書いている。
コメント
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