瀬崎祐の本棚

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詩集「瞬間の王」  日原正彦  (2017/09)  ふたば工房

2017-09-07 18:55:19 | 詩集
 163頁に39編を収める。断章を集めた体裁だった昨年出版の詩集「163のかけら」とはおよそ同じ時期に書かれていた作品とのこと。各作品は四季の章に分けられ、それに序詩と終詩がついている。

「追い抜かれる」。普通に歩いているのに、いろいろな人に追い抜かれてしまう。

   何やら話をしながら歩いてくる二人のおばさん
   ひとりが小声で何か言うともうひとりが突然笑い出す
   実に凄まじい笑い声だ
   顔から口がはみ出してしまいそうな

   追い抜かれるたびにくしゃみが出そうになるが
   こらえる
   この世からあいそをつかされないために

 話者は歩いているのだが、気づけばどこへ向かっているのか、わからないのだ。もしかすれば話者は時間に追い越されているのかもしれない。そのために居場所も方角もわからなくなっているのだろう。生きているあいだは、必死に時間に追い越されないようにしないといけないのかもしれない。

 このように、日原は“生”のある瞬間を切りとって差し出してくる。切りとられることによって、その瞬間は永遠の重さを担うことになるのだろう。

 「忘れもの」では、何を忘れたのかは思い出せないのだが、とにかく忘れものをしている。誰もが思い当たるような感覚を巧みに伝えてきている。

   さっきすれちがった美しい女の人が少し歩いて行ってから あれ? というよ
   うにこちらをふりむいた。と思って急いでふりむくと、その百分の一秒前にそ
   の人はふりむいたその顔をもとにもどしてさっさと背を向けて歩き去って行っ
   た

   ような気がした
   ような忘れ方をしたのだろうか

 立ち止まろうとしても、そんな話者の思いにはお構いなしに、周りのすべてのことは無表情に通り過ぎていくようだ。

 「糸」は「歩いてきた長い長い一本道」を詩った美しい作品。長い道を歩くことは時間を連れていくことでもあると思える。そしてそれは「見えない糸で縛られて」いるのだ。
 「言えないことだけが」「その むこう」については詩誌発表時に感想を書いている。
コメント
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