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〈『「賢治精神」の実践【松田甚次郎の共働村塾】』(安藤玉治著、農文協)〉
さて、記録「適正小作料に関して」はさらにこう続いていた。
それから間もなく委員たちは雨の日を選んで、適正小作料を実施している村に実情調査に出かけた。私もいよいよとなったので、村長を訪問して、是非速やかに農業報国会を結成すべきであること、適正小作料も方法によっては速かに出来るから取急ぎ実施すべきである旨を、熱誠をもって願った。そんなだったならば何とか致そうということになり、近く農地委員を召集すること、近く助役を県庁にやってよく順序方法を研究させることを約束してくれた。
けれどもまだ安心出来ないので、私と委員は各を毎晩のように懇談会をひらいて回った。
役場の方ではようやく農地委員会を開催し農業報国会結成の準備と委員の任命方法等が決定された。では臨時常会がひらかれ、委員が推選されたがおどろいたことに、私共の準備委員会の有力者は殆いど除外されていたことである。いよいよ結成を促進させるべく村長交渉ということになって新顔の委員が十一月一日に役場に行ったが、多忙を理由に村長は顔を見せず、助役が応待に当たった。一同は一日も早く結成式をあげることをせまったが助役は頑として応じなかった。すったもんだのあげく、漸くにして十一月八日に待望の結成式があげられることになった。その十一月八日はあわたゞしくおとずれた。…投稿者略…
委員会は円座になって開かれ、おだやかなふんいきの中に小作人側から六人の委員増加をきめて、適正小作料実施の年度より実施し、その減額差の二等分を本年は納入すべきとの案が採択された。
その後皆は第二回の委員会を今か今かと待ったが一向に開く様子がない。…投稿者略…第二回の委員会を開いてくれとせまったが、委員の欠席多く拒まれ、終にようやく二十日に開催する旨を言明した。
いよいよ二十日という日が訪れた。五二名の委員は一人の欠席もなく集合し、村長を議長として適用年度について協議した。地主側が十八年度を主張し、小作人側は十七年度よりの適用を主張した、午後一時になって双方の議論もつきて、十七年減
半額実施案が、双方折合いのもとに決着をみるにいたって、ここに双方円萬裡に事が納まったのであった。
思えば昨年九月十八日より交わりもなき村の三〇〇余の小作人、その代表二二名と私共同志が深夜となく、忙しい真昼となく雨風の夜も吹雪の昼も 十数回小さな塾に集まって此の農業報国会結成とその促進に尽力したのである。私はこの間位、同志や小作人やその委員の方々からいろいろな教えをうけたことはなかった。…投稿者略…
〈『「賢治精神」の実践【松田甚次郎の共働村塾】』205p~〉けれどもまだ安心出来ないので、私と委員は各を毎晩のように懇談会をひらいて回った。
役場の方ではようやく農地委員会を開催し農業報国会結成の準備と委員の任命方法等が決定された。では臨時常会がひらかれ、委員が推選されたがおどろいたことに、私共の準備委員会の有力者は殆いど除外されていたことである。いよいよ結成を促進させるべく村長交渉ということになって新顔の委員が十一月一日に役場に行ったが、多忙を理由に村長は顔を見せず、助役が応待に当たった。一同は一日も早く結成式をあげることをせまったが助役は頑として応じなかった。すったもんだのあげく、漸くにして十一月八日に待望の結成式があげられることになった。その十一月八日はあわたゞしくおとずれた。…投稿者略…
委員会は円座になって開かれ、おだやかなふんいきの中に小作人側から六人の委員増加をきめて、適正小作料実施の年度より実施し、その減額差の二等分を本年は納入すべきとの案が採択された。
その後皆は第二回の委員会を今か今かと待ったが一向に開く様子がない。…投稿者略…第二回の委員会を開いてくれとせまったが、委員の欠席多く拒まれ、終にようやく二十日に開催する旨を言明した。
いよいよ二十日という日が訪れた。五二名の委員は一人の欠席もなく集合し、村長を議長として適用年度について協議した。地主側が十八年度を主張し、小作人側は十七年度よりの適用を主張した、午後一時になって双方の議論もつきて、十七年減
半額実施案が、双方折合いのもとに決着をみるにいたって、ここに双方円萬裡に事が納まったのであった。
思えば昨年九月十八日より交わりもなき村の三〇〇余の小作人、その代表二二名と私共同志が深夜となく、忙しい真昼となく雨風の夜も吹雪の昼も 十数回小さな塾に集まって此の農業報国会結成とその促進に尽力したのである。私はこの間位、同志や小作人やその委員の方々からいろいろな教えをうけたことはなかった。…投稿者略…
そして安藤は、この「記録」に対して、
読んでわかるごとく、これが松田のやり方である。ここでの松田もまた、「真の教育者」といえるのではなかろうか。松田の「最上共働村塾」は単に塾生、塾修了生の心のよりどころにとどまらず、小作人、村の百姓たちの心のよりどころでもあったのである。
〈同208p~〉と最後にまとめていた。そこで私も、たしかにそうであったのであろう、と納得した。
私はこの「記録」をこの度初めて読んで、甚次郞は一旦決めたならば、不退転の決意でとことん取り組み、簡単には諦めないし、そのために、仲間と一緒になって色々な手立てを講ずるという、したたかさと工夫があるなどということを知って、さすがは甚次郞と、私は改めては見直した。そして、安藤の言う「松田のやり方」とは、甚次郞は幾多の困難にぶつかってもそこから逃げることはせずに、仲間と一緒になってそれを一つ一つ解決していくというものであった、と私は理解した。
そこで、先に引いた名須川溢男の、
賢治が労農党に関係している花巻の最重要人物であったことは官憲側が熟知していた。羅須地人協会と労農党稗和支部事務所は一体のものであった。賢治が農村をまわりあるき、農民の信望が誰よりも厚いことに恐れを抱いているのは他ならぬ官憲であった。よもや地主小作問題などを声高く呼ぶことはできまい。警察から訊問され調書を取られて協会の活動は禁止、弾圧されたのであった。
<宮沢賢治の活動と歴史的背景」(名須川溢男著、『賢治研究 20』(宮沢賢治研究会)47p~>という断定がもし正しいのであれば、やはり甚次郞と賢治は根本的に違っていたのだ、と私は結論せねばならぬようだと覚悟した。それは、
甚次郞は農村をまわりあるき、農民の信望が誰よりも厚かったし、そのことを官憲も恐れていなかったはずがない。にも拘わらず、甚次郞は地主小作問題を声高く叫んだと言える。そしてもちろん、「最上共働村塾」の活動を中止したりはせす、斃れるまで活動をし続けた。
と言えるからだ。まして、甚次郞は「此の農業報国会結成」の結成に尽力したわけだが、だからといって、この「報国会」という名によって甚次郞のことを「時流に乗り、国策におもね、そのことで虚名を流した」などと誹ることはアンフェアであろう。それは第一に、当時は「何々報国会」というのは他にも、たとえば、「日本文学報国会」「大日本言論報国会」「大日本産業報国会」などがあったし、「日本文学報国会」などには殆どの文学者が入会していたというからである。そして第二に、安藤が言っているとおり、「松田の「最上共働村塾」は単に塾生、塾修了生の心のよりどころにとどまらず、小作人、村の百姓たちの心のよりどころでもあった」はずだからである。
だから誤解を恐れずに言えば、
「羅須地人協会」は賢治自身のための私塾であったが、一方の「最上共働村塾」は甚次郞のものではなく皆のための塾だった。
ということになりそうだ。ではこれでもって、〝『「賢治精神」の実践【松田甚次郎の共働村塾】』のシリーズ〟を終えたい。
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なお、目次は次の通りです。
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そして、後書きである「おわりに」は下掲の通りです。
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