みちのくの山野草

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「石鳥谷肥料相談所の思ひ出」(菊池信一)

2021-11-26 12:00:00 | 一から出直す
《三輪の白い片栗(種山高原、令和3年4月27日撮影)》
 白い片栗はまるで、賢治、露、そして岩田純蔵先生の三人に見えた。
 そして、「曲学阿世の徒にだけはなるな」と檄を飛ばされた気がした。

 では今回は、やはり『宮澤賢治追悼』所収の、菊池信一の追想「石鳥谷肥料相談所の思ひ出」からである。
 そこには、次のようなことが書かれている。

 羅須地人協會の生まれた翌年の昭和三年三月三十日。雪きの消え失せた許りの並木敷地には、春の陽をいつぱいにうけて蕗の芽は萌え初めてゐた。
 柳原町長の盡力でポスターは貼られ、照井源三郎氏のお世話で慶長年間藩公の築かれた一里塚の向ひの店先に八疊敷と土間を提供され、荒作りの大きな卓子と火鉢二三個(それはとても部屋とは不調和だつた)そして四圍の壁には三色で無雜作に描かれた肥料と水稻の關係の圖が十數枚貼られ、風にガワガワゆらいでゐた。
 この町の南端――並木の間の光とかぜの中の小屋こそ、宮澤先生の努力で生まれた俗稱『塚の根』肥料相談所であつた。
 去る十五日から一週間午前八時より午後四時まで、休む暇もなく續けざまに肥料の設計を行つたが日毎に人の増える許り、それに先生は次の場所も又次の場所も決まつてゐるので、やつとの事で今日、以前にお氣の毒だつたひと達の清算に來られる事になつてゐたのであつた。
 ……投稿者略……
 その年は恐ろしく天候不順であつた。先生はとうに現在を見越して、陸羽一三二号種を極力勸められ、主としてそれによつて設計されたが、その人達は他所の減収どころか大抵二割方の增収を得て、年末には先生へ餅を搗いて運ぶとか云つてみんな嬉しがつてゐた。たゞだそれをきかずに、又品種に對する肥料の参酌せずに龜の尾一號などを作られた人々は若干倒伏した樣だつた。それは極めて少数だつたが、他人を決して憾まなかつた先生は大いに氣に留められた。暑い日盛りを幾度となくそれらの稲田を見廻られた。
 斯く大成功を収めた「塚の根」肥料相談所も、翌四年には先生一身上の都合にて、それに僕の入営により実現し得なかった。然し熱心な農家の人達は幾度となく先生を訪ね、最近の病床からもいろいろと御指導を戴いてゐた。
              〈「石鳥谷肥料相談所の思ひ出」(『宮澤賢治追悼』(次郎社、昭和9年1月)11p~〉

 この件に関しては、かつての2015-07-29付け投稿〝伊藤光弥氏の主張〟等でも論じたのだが、伊藤氏が指摘しているように年次等について問題があり、私もそう思っている。例えばそれは赤文字部分である。なお、2015年当時の私は、この「石鳥谷肥料相談所の思ひ出」は『宮澤賢治研究』(草野心平編、十字屋書店、昭和14年)の412p~に所収されていて、これが初出だと思っていた。一方で、菊池は「羅須地人協會の生まれた翌年の昭和三年」と記しているわけだからこれは明らかに間違っており、「昭和二年」でなければならない。賢治にとても目をかけられしかも賢治を慕っていて、そして聡明なはずの菊池が、10年ちょっと前の出来事を間違えていることが私にはとても不思議だった。
 ところが、前掲したように、それは『宮澤賢治追悼』(次郎社、昭和9年1月)にも所収されていたことを後年知ったから、その初出は昭和9年の1月と言えそうだ。少なくとも昭和9年1月時点で菊池信一はこのように認識していたことになる。となれば、菊池は約6年前の出来事を間違って覚えていたことになるから、なおさら不思議に思ってしまう。
 のみならず、「それに僕の入営により」によれば、菊池は昭和4年に入営したということになるが、『賢治先生と石鳥谷の人々』(板垣 寛著)の91pによれば、菊池信一の入営は、
    昭和五年一月十日 現役兵として歩兵第三十一聯隊第九中隊ニ入隊
とあるからここにもまた年次のずれがある。

 よって、「石鳥谷肥料相談所の思ひ出」における年次の取り扱いについてはますます慎重にならねばならないようだ。

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 来る12月16日付で、新刊『筑摩書房様へ公開質問状 「賢治年譜」等に異議あり』(鈴木 守著、ツーワンライフ出版、550円(税込み))
        
を発売予定です。
【目次】

【序章 門外漢で非専門家ですが】

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