みちのくの山野草

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「賢治さんを想ひ出す」(菊池武雄)

2021-11-27 10:00:00 | 一から出直す
《三輪の白い片栗(種山高原、令和3年4月27日撮影)》
 白い片栗はまるで、賢治、露、そして岩田純蔵先生の三人に見えた。
 そして、「曲学阿世の徒にだけはなるな」と檄を飛ばされた気がした。

 では今回は、やはり『宮澤賢治追悼』所収の、菊池武雄の追想「賢治さんを想ひ出す」からである。
 そこには、次のようなことなどが述べられている。

 私が藤原君の案内で賢治さんのあの自炊の家を訪れたのは、ある夏のヒドク露の多い朝でしたが、いくら呼んでも返事がないので、戶締まりなんかしてなかつたからか勝手元から入つて其處らに散らばつてある七輪や米の袋や十能など轉ばさぬやうに氣をつけて中まで上つて……投稿者略……賢治さんは月の夜の晩などにはこの雨戶を全部開けて押入れからセロを出して夜通し彈いたさうです。私どもは雜草の庭からそこばくのトマト畑の存在を見出して、玄關先の小黑板に「トマトを⻝べました」と斷はつて歸つたことでしたが、もうその頃は餘程健康を害したので、二三日前豊澤町の生家の方に引き上げて床について居られた時だつたことを後で聞いてすぐ見舞に行つたが、あまりよくないので面會は出來ませんでした。
             *
 賢治さんの病氣はそれから隨分永く続いたが、不思議に回復されて一昨年の夏など、私が休みで盛岡に歸つてゐたら元通りの元氣な顏で訪ねてくれたので、ほんたうにいゝと思つてゐたら、その後去年の春突然駿河臺のある旅館から電話で「宮澤さんといふ方が上京していま風邪を引いて休んで居られる」と知らせてくれたので行つて見たら、いつものニコニコした顔で床に就いて居られたが私は容易でないことを直感しました。その時「お土產に持って來たのだけれど形見になるかも知れぬ」といつて私にレコード(死と永生)二枚と○本などをくれました。私は何とかして健康回復のために力になり度いと願つたけれど、一つは賢治さんの性質も解ってゐるからそれも尊重したいし、私も微力と生れつきの不親切者故、何もして上げられませんでした。
             <『宮澤賢治追悼』(草野心平編、次郎社、昭和9年1月)22p>

 この追想についてはある程度は知っていたが、改めて読み直すと上掲の赤文字部分が気になる。
 まず、「賢治さんは月の夜の晩などにはこの雨戶を全部開けて押入れからセロを出して夜通し彈いた」についてだが、これが事実であれば、あのライスカレー事件における賢治の制止の仕方にはやはり問題があったということになりそうだ。
 次に「一昨年の夏など、私が休みで盛岡に歸つてゐたら元通りの元氣な顏で訪ねてくれた」についてだが、この追想は賢治を追悼するものだし、この『宮澤賢治追悼』の発行は「昭和9年1月」だから、「一昨年の夏」ということは、「昭和6年の夏」ということになろう。ということであれば、昭和6年の夏頃の賢治は花巻から盛岡へ出掛けられたということであり、ずっと病臥していたわけではなく案外元気であったということになる。
 最後に、「去年の春突然駿河臺のある旅館から電話で「宮澤さんといふ方が上京していま風邪を引いて休んで居られる」と知らせてくれたので行つて見たら、いつものニコニコした顔で床に就いて居られた」については、この「去年の春」とは、「昭和7年の春」ということになるから、賢治は昭和7年の春にも上京していたことになる。もちろん、こんな上京があったとは誰も言っていないことだが。
 ちなみに、深沢紅子は、
 昭和6年当時吉祥寺に住んでいた私の家に賢治がやって来て、
「宮沢ですが、お隣の菊池さんが留守ですから、これを預かってください」
とか、
 賢治はその時、『これを預かってください』と言って包みを二つ差し出して、一杯の水を飲んで帰っていった。
 夕方吉祥寺に戻った菊池がその二つの包みを開けるのを見ていたならば、小さい方の包みは「和とぢ」の本であり、もう一つの方はレコードだった。菊池は、「何で俺にこんなものくれたべなあ」とお国なまりの独り言を言った。
              <『追憶の詩人たち』(深沢紅子著、教育出版センター)124p~より>
と追想している。なお、この「○本」とは、春本のことであり、「和とぢ」の本もそれであったと判断できそうだ。なぜならば、「昭和6年7月7日頃の賢治」もそのことを示唆してくていると私には見えるからである。

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《ご案内》
 来る12月16日付で、新刊『筑摩書房様へ公開質問状 「賢治年譜」等に異議あり』(鈴木 守著、ツーワンライフ出版、550円(税込み))
        
を発売予定です。
【目次】

【序章 門外漢で非専門家ですが】

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