みちのくの山野草

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取りあえずのここまでのまとめ(承前)

2022-02-21 16:00:00 | 一から出直す
《三輪の白い片栗(種山高原、令和3年4月27日撮影)》
 白い片栗はまるで、賢治、露、そして岩田純蔵先生の三人に見えた。
 そして、「曲学阿世の徒にだけはなるな」と檄を飛ばされた気がした。

(承前)
前回の〝取りあえずのここまでのまとめ〟の続きである

⑻ 小森彦太郎は「高農時代の賢治(一)」という追想で、
 宮沢君を呼出した時、直ぐ返事がなかつたのです。二度三度呼んでもやはり返事がありませんでした。私はつい立つて、強く「宮沢」と呼びましたら、誰かが「オイ君、呼んでるぞ。」と言う声がするのでそつちを見ると、呼ばれた男は私の机のすぐそばにおるではありませんか。
 私は、「どうして返事をしないのか。」と聞きますと、その男は、
「宮沢、宮沢と言つてもいくらでもあるではありませんか。一体宮沢なんと言うのですか。呼ばれたので、私はここに来ているのです。」と相当キツイ口調で言いました。成程もつともな言い分でもありましたが、いささか私はあきれてしまつたのです。
              〈『イーハトーヴォ』復刊第4号(昭和30年3月)10p〉
というエピソードを紹介し、「宮沢と言うのは一寸変わつてるぞと、その時私は思いました」と振り返っていたが、たしかにそう言われても詮方なかろう。

⑼ また、長坂俊雄は、
 農場にいつても、いろいろないたずらをしましたが、先生は特異な苦笑をするだけでした。賢治は生来出歯でしたが、そのたびに、ますます前に出て、丁度アルパカという動物に似ておりましたので、みんなアルパカというあだ名をつけ、宮沢先生とはよばずに、アルパカ、アルパカといゝ、アルパカ先生にしていました。
とある講演で話していた。あらためて、やはり長坂はズケズケと言う人だと認識したのではあるが、教え子なのに公的な場で「賢治」と呼び捨てにし、しかも外見のことを揶揄しながら言っているから、地元でしばしば聞こえてくる「賢治は多くの生徒から奇人・変人と思われていた」という賢治評は一概に否定出来なさそうだ。

⑽ ある一定期間賢治と一緒に暮らしていた、千葉恭の「三時間の講演もそれほど意味があると思われなかつた」という、賢治の講演評についてだが、さらに「話しぶりはむしろ詳細に過ぎるという具合なのでその点を忠告すると」賢治は、「〝僕はそう思わないが〟と言つておられた」と千葉は証言しているから、賢治は謙虚さに欠けることもあったという見方もあり得る。
 そしてまた、千葉がある時、「途中で私が思わず〝いやッ、そこがいいところだ〟と言つてしまつた。賢治は大きな声で〝こらッ〟と、どなつた」という件も同様で、賢治の気性は案外激しいところもあったと聞いてはいたが、このエピソードはまさしくその一例かなと思った。また、千葉は賢治から「自分も徹底的にいじめられた」とか、別なところでも「〝こらつ〟の一かつの声」でどやされたとも言っているから、その具体例の一つがこれなのだろうかとつい私は思ってしまった。
 ついては、一般に賢治を聖人・君子と賞賛する人が少なくないようだが、それはどうやら客観的な評価ではない、ということをそろそろ私は受け容れべきなのだろうか。人間賢治は私達とそれ程の違いはなかったのだ、と。言い方を換えれば、この『イーハトーヴォ』復刊第5号が発行された昭和30年5月頃はまだ、賢治はそれほどまでには「聖人・君子化」されてはいなかったということになりそうだ。

⑾ 「宮澤賢治友の會綱領」には、
 宮澤賢治の思想が全世界の道徳復興運動の精神につながるものである。――と、いう提唱に多くの共鳴をえてこゝに〝宮澤賢治友の會〟は成立した。眞の宮澤賢治研究はこれからだ!宮澤賢治研究は新しい角度から――かういふ聲にこたへて誕生したのである
             〈『四次元』(創刊号、宮澤賢治友の会)32p〉
とあるから、「宮澤賢治友の會」はMRA(道徳再武装)運動の精神に共鳴して昭和24年に誕生、そして『四次元』を発行した、と言えよう。

⑿ となると、「道徳再武装運動」と戦後の教科書における賢治教材の多用は同じ流れの中にあったのではなかろうか。それは、茅野 政徳氏の論文「戦後小学校国語検定教科書における宮沢賢治の伝記教材の変遷」における、「4.聖人・賢人としての賢治」という項において、
 昭和20~30年代に掲載された伝記教材3編(1・4・8)を分析すると、聖人・賢人・善意の人としての賢治像が強調されていることがわかる。
とも述べていたからだ。このことは、当時教科書における賢治の伝記教材の実質的な執筆者は谷川徹三とその谷川に師事した古谷綱武のほぼ二人だからでもあると言い換えることが出来そうだ。あの講演「今日の心がまえ」で谷川は、「この詩(「雨ニモマケズ」のこと)を私は、明治以来の日本人の作った凡ゆる詩の中で、最高の詩であると思っています」とか「宮沢賢治の文学が賢者の文学としての性格を顕著に持っておる」と褒めちぎってたからである。そして一方の古谷は、「教育上で用ひられてゐる「全人」といふ言葉こそ彼(宮澤賢治のこと)にふさはしく、彼こそは實現して實在した全人である」(『宮澤賢治研究4』(宮澤賢治友の会))というように、最上級の褒め方をしていたからである。

⒀ さらに、茅野氏は「4-2 学校図書「宮沢賢治」」という項において、この教科書の賢治の取り扱い方について、次のように、
 「ただの詩人ではありませんでした。」と、詩人以外の面を打ち出すことを読者に知らせる。その上で、「実行の人」という側面を提出し、聖人・賢人としての賢治像を描く。…投稿者略…「賢治の死を、ブドリの死にたとえることはできないでしょうか」と、賢治の生き方を「ブドリ」と重ね合わせるのが執筆者である谷川の賢治観であり、その後長らく影響を残す。作家としての賢治よりも聖人としての賢治を描くため、「かれの創作が、美しいばかりでなく、何か特別に人のこころを動かすものをもっているのも、かれの生活態度がその作品に現れているからです。」や、「なくなる2ー3日前のようすは、賢治のひとがらを、もっともよくもの語っております。」として、訪ねてきた農民に「一つ一つ指導してや」る姿を描き、後半は「ねてもさめても、農民たちのことを考えていた、賢治の精神を表す童話」として「グスコーブドリの伝記」を載せる。
と論を展開していた。
 しかし、この「かれの生活態度がその作品に現れているからです。」や、「なくなる2ー3日前のようすは、賢治のひとがらを、もっともよくもの語っております。」」という断定は、私が検証してきた限りでは危うい。また、時に、「ブドリはあり得べかりし賢治」などという人もあるようだが、私が調べた限りでは賢治はそこまでのことはしていない。もし私がそのような表現をするとすれば、その人の「ブドリはあらまほしき賢治」である。まさに、茅野氏がこの論文で、
 詩人、作家としての賢治の業績や価値は二の次であり、聖人としての賢治像を子どもに与えようとしているのである。
と憂慮しているとおりだ。賢治自身のことを教えるのではなくて、執筆者自身の賢治観を教えることにななったならば、主客が転倒してしまう。

 とまれ、戦時下で賢治は戦意高揚のために利用されたが、戦後になって世の中はがらりと変わったというのに、今度は「道徳再武装運動」に呼応し、賢治はどんどん小学や中学の国語教科書の教材に利用され、それに伴って聖人化されていったと言えそうだ。そして、この「利用」は賢治のためのものではなく、賢治は利用しやすいということで「利用」しようと思った人が自分のために、であったということが危惧される。執筆者自身の賢治像を教える(結果的には、押しつける)ためにである。

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