![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/44/b8e6573ffdd4fd0360681461fcad96d3.jpg)
伊藤勇雄が外山に入植した際の場所が判った。
以前〝外山高原藪川地区(9/18、開拓之碑)〟で投稿したように、昨年(平成30年)の秋、
そして今年、去る5月4日、再び蛇塚橋を過ぎたところで右折して、
《1 あの場所に向かった》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/32/2d6fa75af13e8bc34dbad740fed47adc.jpg)
《2 開拓之碑》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5c/1e/e1b6bf854eb994e223b55888c748c287.jpg)
すると近くで、大型トラクターを運転している方がいたので伊藤勇雄ことをお訊きしたところ、
《3 この石碑の向こう側》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/ba/be9e72b8e98f34a9331680516e334e09.jpg)
《4 あの辺りが伊藤勇雄が入植した場所だと教えてもらえた》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/62/ab10222501cca78e038e70906ccc4d83.jpg)
《5 つまり、この辺りということだった》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/58/5a8f86053fc32ed6eb139eb83f39befb.jpg)
《6 ちなみに、「この小屋は御料牧場時代の建物です」ということも教えてもらった》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/28/a1d4f7d67a820fc19d55f6b55bc42e15.jpg)
《7 窓硝子がいわゆる「ゆらゆらガラス」だ》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/ca/2aaf34497306bb4d1f0bc5187673924c.jpg)
《8 近くにはヤドリギの》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/d4/056e84fc379d3d28dd8752b3e4484c75.jpg)
《9 球が金色?に光っていた》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/b9/eb519ec95d05ae62ed30aff0a17133f3.jpg)
これで、伊藤勇雄が外山に入植した最初の場所がほぼ確定したので、一件落着。
次に、先程の運転手からその後に伊藤が移り住んだ場所は「岩洞湖のレストハウスの傍で、まだその家が残っているはずです」と教えてもらったのでそこへ向かった。ただし、それらしき建物は見つからなかった。地理的には以前、〝伊藤勇雄が次に移り住んだ場所ほぼ確定(10/8)〟で投稿した場所とほぼ一致しているのだが。
《10 なお、その辺りでも、目についたのはヤドリギの球だらけの木々だった》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/39/1f8b317ade45d4cc0a3a43a29eaf705e.jpg)
《11 》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/e3/5ad8fcbada92cc8cd917b64ef47c0cc5.jpg)
《12 》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/5a/86b4716ae0b41c521ea2935303e1307e.jpg)
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賢治の甥の教え子である著者が、本当の宮澤賢治を私たちの手に取り戻したいと願って、賢治の真実を明らかにした『本統の賢治と本当の露』
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/c8/22d7287548711cb2a83b757841c5c0c6.jpg)
〈平成30年6月28日付『岩手日報』一面〉
を先頃出版いたしましたのでご案内申し上げます。
その約一ヶ月後に、著者の実名「鈴木守」が使われている、個人攻撃ともとれそうな内容の「賢治学会代表理事名の文書」が全学会員に送付されました。
そこで、本当の賢治が明らかにされてしまったので賢治学会は困ってしまい、慌ててこのようなことをしたのではないか、と今話題になっている本です。
現在、岩手県内の書店での店頭販売やアマゾン等でネット販売がなされおりますのでどうぞお買い求め下さい。
あるいは、葉書か電話にて、『本統の賢治と本当の露』を入手したい旨のお申し込みを下記宛にしていただければ、まず本書を郵送いたします。到着後、その代金分として1,620円(本体価格1,500円+税120円、送料無料)分の郵便切手をお送り下さい。
〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守
電話 0198-24-9813成31年5月18日撮影)
以前〝外山高原藪川地区(9/18、開拓之碑)〟で投稿したように、昨年(平成30年)の秋、
今度は国道455号線を北上しながら、それと思しき家を見つけ、トラクターに乗っているご老人に訊いてみた。『伊藤勇雄という方がどの辺りに入植していたか教えていただけませんか』、と。
するとその方はもちろん伊藤勇雄のことを知っていて、『蛇塚橋を過ぎたところで右折して行けばあるよ』、と教えてくれた。
のだが、その際は結局その場所を特定できずに終わった。するとその方はもちろん伊藤勇雄のことを知っていて、『蛇塚橋を過ぎたところで右折して行けばあるよ』、と教えてくれた。
そして今年、去る5月4日、再び蛇塚橋を過ぎたところで右折して、
《1 あの場所に向かった》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/32/2d6fa75af13e8bc34dbad740fed47adc.jpg)
《2 開拓之碑》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5c/1e/e1b6bf854eb994e223b55888c748c287.jpg)
すると近くで、大型トラクターを運転している方がいたので伊藤勇雄ことをお訊きしたところ、
《3 この石碑の向こう側》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/ba/be9e72b8e98f34a9331680516e334e09.jpg)
《4 あの辺りが伊藤勇雄が入植した場所だと教えてもらえた》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/62/ab10222501cca78e038e70906ccc4d83.jpg)
《5 つまり、この辺りということだった》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/58/5a8f86053fc32ed6eb139eb83f39befb.jpg)
《6 ちなみに、「この小屋は御料牧場時代の建物です」ということも教えてもらった》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/28/a1d4f7d67a820fc19d55f6b55bc42e15.jpg)
《7 窓硝子がいわゆる「ゆらゆらガラス」だ》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/ca/2aaf34497306bb4d1f0bc5187673924c.jpg)
《8 近くにはヤドリギの》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/d4/056e84fc379d3d28dd8752b3e4484c75.jpg)
《9 球が金色?に光っていた》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/b9/eb519ec95d05ae62ed30aff0a17133f3.jpg)
これで、伊藤勇雄が外山に入植した最初の場所がほぼ確定したので、一件落着。
次に、先程の運転手からその後に伊藤が移り住んだ場所は「岩洞湖のレストハウスの傍で、まだその家が残っているはずです」と教えてもらったのでそこへ向かった。ただし、それらしき建物は見つからなかった。地理的には以前、〝伊藤勇雄が次に移り住んだ場所ほぼ確定(10/8)〟で投稿した場所とほぼ一致しているのだが。
《10 なお、その辺りでも、目についたのはヤドリギの球だらけの木々だった》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/39/1f8b317ade45d4cc0a3a43a29eaf705e.jpg)
《11 》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/e3/5ad8fcbada92cc8cd917b64ef47c0cc5.jpg)
《12 》(平成31年5月4日撮影)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/5a/86b4716ae0b41c521ea2935303e1307e.jpg)
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賢治の甥の教え子である著者が、本当の宮澤賢治を私たちの手に取り戻したいと願って、賢治の真実を明らかにした『本統の賢治と本当の露』
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〈平成30年6月28日付『岩手日報』一面〉
を先頃出版いたしましたのでご案内申し上げます。
その約一ヶ月後に、著者の実名「鈴木守」が使われている、個人攻撃ともとれそうな内容の「賢治学会代表理事名の文書」が全学会員に送付されました。
そこで、本当の賢治が明らかにされてしまったので賢治学会は困ってしまい、慌ててこのようなことをしたのではないか、と今話題になっている本です。
現在、岩手県内の書店での店頭販売やアマゾン等でネット販売がなされおりますのでどうぞお買い求め下さい。
あるいは、葉書か電話にて、『本統の賢治と本当の露』を入手したい旨のお申し込みを下記宛にしていただければ、まず本書を郵送いたします。到着後、その代金分として1,620円(本体価格1,500円+税120円、送料無料)分の郵便切手をお送り下さい。
〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守
電話 0198-24-9813成31年5月18日撮影)
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