みちのくの山野草

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昭和6年頃の賢治の指導はまだ漠としていた?

2021-02-01 12:00:00 | 賢治の「稲作と石灰」
〈『宮澤賢治と東北砕石工場の人々』(伊藤良治著、国文社)〉

 さて、前回私は
 昭和7年前、つまり【第三版】発行前の賢治はこのことについてどう認識していたかということを、可能であれば次に探ってみたい。
と思ったので、前に戻って【第二版】を見直してみた。
 すると、『新校本 宮沢賢治全集〈第14巻〉雑纂 校異篇』の中で【第二版】に関してこんなことが書いてあった。
 本版の完成が昭和六年三月十日前後であり、印刷部数が数千に及び、賢治自身が精力的に発送を行っていることがわかる。
 六年九月東京での病気再発のためもあって、賢治がこれほどあらゆる面で力を注いだのは本版が最後である。
           〈『新校本 宮沢賢治全集〈第14巻〉雑纂 校異篇』162p〉
 ということであれば、この【第二版】は決定版であるとも言えるはずだ。そこで、その中身を一部抜き出してみるとこんなことが述べられていた。
 ご存じですか新肥料
  肥料用炭酸石灰に就て
   他の及ばぬ適切なる効力

農業上石灰の効用
今迄いろいろの事情から、石灰が、理論通りの効力を発揮することはできなかったため、誤解されたり認められなかったりしてゐた点もありますので、今更ながら改めてその効用の数種を上挙げて見ます。
一、石灰は直接に作物の営養です。但しこの意味に要する石灰は水稲では極めて少量でありますが殊に根菜類果樹類荳科作物蕎麦玉蜀黍、などで相当量に達を要します。
二、石灰は間接の窒素肥料です。…(投稿者略)…
三、石灰は間接の加里肥料です。…(投稿者略)…
四、石灰は間接の燐酸肥料です。…(投稿者略)…
五、石灰は土壌の酸性を中和します。酸性の土壌には、大麦紫雲英豆類菠薐草萵苣をはじめとして多くの作物が或は成育せず或は収量が充分でありません。桑も亦酸性の土壌では収量も少なく桑葉の品質も悪くこれを用いてできた繭は量質共に甚だ劣ります。
この酸性土壌を中和するのに石灰が最有効なことはご承知の通りであります。
六、石灰は土壌中に気水の通過を適量にし、温熱の浸透を十分にします。…(投稿者略)…
七、石灰は肥料の能率を増進させます。…(投稿者略)…
              〈『新校本 宮沢賢治全集〈第14巻〉雑纂 校異篇』172p~〉
 なお、抹消部部分は【第三版】にはあるが【第二版】にはないもの、橙色文字は逆に、【第三版】にはないが【第二版】にはあるものである。

 すると際立つのは、【第二版】には、
    この意味に要する石灰は水稲では極めて少量でありますが
という文言が欠けていることである。となれば、【第二版】完成当時(昭和六年三月十日前後)はこのことについての認識が賢治には相対的に乏しかったと言わざるを得ない。言い換えれば、「根菜類果樹類荳科作物蕎麦玉蜀黍、桑」については相当量を要するが、かといって、水稲については極めて少量でいいとまでは言わなくともよいという認識が賢治にはあったとなる。
 その辺りをもう少し探りたいので【第二版】)を読み進めてゆくと、こんなことも書いてあった。
土性別炭酸石灰施肥量一般
一、酸性土壌では酸度の高低によりますので、御地の技術家の検定によって用量を定められたいのですが、大抵の酸性度ならば反当二三十貫乃至五六十貫で矯正の目的は達せられます。…(投稿者略)…
              〈『新校本 宮沢賢治全集〈第14巻〉雑纂 校異篇』175p~〉
 ということは何を意味するかというと、前段に「五、石灰は土壌の酸性を中和します」とあるのに、「御地の技術家の検定によって用量を定められたいのですが」と述べていることは、ちょっと無責任だとの誹りを免れられないということである。そしてそのことは、これに続く「大抵の酸性度ならば反当二三十貫乃至五六十貫で矯正の目的は達せられます」という言い方がはしなくも語っているように見えてしまう。「二三十貫」と「五六十貫」では倍も違うからである。そして実際、この処方箋に従ったのであろう高橋光一は「土地全體が酸性なので、中和のために一反歩に五、六十貫目石灰を入れた」ということになりそうだし、その結果、「表土一面真っ白になった<*1>樣子に、さも呆れて「いまに磐になるぞ。」」と周りから莫迦にされたということになりそうだ。しかし、「大抵の酸性度ならば反当二三十貫乃至五六十貫で矯正の目的は達せられます」と信頼している人から言われれば、「反当五六十貫で矯正の目的は達せられます」と思い込んでしまうのも人情であり、実際高橋光一はそう受け止めて、「中和のために一反歩に五、六十貫目石灰を入れた」ということも否定できない。

 しかも、「御地の技術家の検定によって用量を定められたいのですが」ということをこの公告は付言しているものの、かりにその技術家によって「御地の酸度」が測れたとしても、そもそも水稲の場合の酸度は如何ほどであればいいのかということなどの定量的な記述等は少なくともこの公告の中には見つからない。
 のみならず、この公告のこの項目「土性別炭酸石灰施肥量一般 一、酸性土壌では酸度の高低によりますので……」は「畑作」に対して、とか「稲作」に対してという前置きがないから、「一般の土壌」に対してということになる。しかし、「畑作」か「稲作」かでは、その適正なpH値は結構異なる。ちなみに、農水省の「3 土壌のpHと作物の生育一覧3-1 作物別最適pH領域一覧」によれば、水稲はpH5.5~6.5だが、大麦、紫雲英、アズキ、ダイズ、インゲン、エダマメ、ササゲはpH6.0~6.5、エンドウ、菠薐草はpH6.5~7.0であった。

 というわけで、どうやら、「賢治があらゆる面で力を注いだ」いたはずの東北砕石工場技師時代(昭和6年頃)であってもまだ、賢治の稲作における炭酸石灰施用の指導法はまだ定性的段階に留まっていたり、漠としていたりしていたということになりそうだ。それは、賢治が稲の最適な土壌のpHが5.5~6.5であるということを述べている資料や証言が、私が調べてきた限りでは未だに見つからないからでもある。そして逆に、そのことを前掲の高橋光一の証言が傍証しているということになりそうだ。

<*1:註> 念のために申し添えておくと、石灰を沢山撒くことによってpHが7を超せばアルカリ性となるわけだが、農水省の「3 土壌のpHと作物の生育一覧3-1 作物別最適pH領域一覧」によれば、最適pH領域がpH7.0以上である作物は何一つなかった。

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            〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守
            ☎ 0198-24-9813
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