みちのくの山野草

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「石灰は土壌の酸性を中和します」と水稲

2021-01-31 12:00:00 | 賢治の「稲作と石灰」
〈『宮澤賢治と東北砕石工場の人々』(伊藤良治著、国文社)〉

 さて、「肥料用炭酸石灰の公告」の【第三版】(昭和7年3月20日前後)になって初めて、それまでは載っていなかった
    この意味に要する石灰は水稲では極めて少量でありますが
という文言が載ったということをこの度私は知った。
 ではこの【第三版】の構成はどうなっているかというと、
 肥料用炭酸石灰に就て
農業上石灰の効用
今迄いろいろの事情から、石灰が、理論通りの効力を発揮することはできなかったため、誤解されたり認められなかったりしてゐた点もありますので、今更ながら改めてその効用の数種を上挙げて見ます。
一、石灰は直接に作物の営養です。但しこの意味に要する石灰は水稲では極めて少量でありますが、根菜類、果樹類、荳科作物、蕎麦、玉蜀黍、桑などで相当量に達します。
二、石灰は間接の窒素肥料です。…(投稿者略)…
三、石灰は間接の加里肥料です。…(投稿者略)…
四、石灰は間接の燐酸肥料です。…(投稿者略)…
五、石灰は土壌の酸性を中和します。…(投稿者略)…
六、石灰は土壌中に気水の通過を適量にし、温熱の浸透を十分にします。…(投稿者略)…
七、石灰は肥料の能率を増進させます。…(投稿者略)…
              〈『新校本 宮沢賢治全集〈第14巻〉雑纂 校異篇』180p~〉
となっている。
 そこで、次に「二、三、四」についてだが、「間接の」と形容されているから、付け足しの説明と見えなくもないのでここは割愛し、やはり注目せねばならない項目は次の「」であろう。

 そもそも、賢治が石灰の施用を奨めた理由は何か。それは高橋光一が、
 土地全體が酸性なので、中和のために一反歩に五、六十貫目石灰を入れた時には、これも氣に入らず、表土一面真っ白になった樣子に、さも呆れて「いまに磐になるぞ。」とか、「あれやぁ、亀ヶ森の会社に買収されたんだべ。あったな事すてるのは……」とかさまざまでした。けれども私は負けませんでした。先生のおっしゃる事を信じていたからです
             〈『宮澤賢治研究 宮澤賢治全集別巻』(草野心平編、筑摩書房、昭和44)285p〉
と追想しているように、
    賢治が石灰の施用を奨めた理由は酸性土壌の中和のためであった。………①
であろうことは衆目の一致するところであろう。
 そこで、この「」を省略せずに全文を転載すると、
五、石灰は土壌の酸性を中和します。酸性の土壌には、大麦紫雲英豆類菠薐草萵苣をはじめとして多くの作物が或は成育せず或は収量が充分ではありません。桑も亦酸性の土壌では収量も少なく桑葉の品質も悪くこれを用いてできた繭は量質共に甚だ劣ります。
この酸性土壌を中和するのに石灰が最有効なことはご承知の通りであります。
              〈『新校本 宮沢賢治全集〈第14巻〉雑纂 校異篇』180p~〉
である。したがって、この公告の「」は前掲の〝①〟の妥当性を基本的には裏付けていると言えそうだ。
 ちなみに、〝稲の最適土壌は中性でも、ましてアルカリ性でもない〟において載せたように、 作物別最適pH領域の主な一覧は下掲のようになっている。

 この表の中の作物と上掲の「大麦紫雲英豆類菠薐草萵苣」を当て嵌めてみると、
   大麦       pH6.0~6.5
   紫雲英(レンゲ) pH6.0~6.5
   豆類       pH6.5~7.0(エンドウ)、pH6.0~6.5(アズキ、ダイズ、インゲン、エダマメ、ササゲ)
   菠薐草      pH6.5~7.0
 なお、農林省のHPを見直してみると、萵苣(レタスの和名)は載っていなかったがサニーレタスは載っていて、その最適pHはpH6.0~6.5だったので、 
   萵苣       pH6.0~6.5
としてよさそうだ。となればこれらの作物は皆、微酸性~中性領域で生育する物ばかりだ。
 よって、広告内容の「酸性の土壌には、大麦紫雲英豆類菠薐草萵苣をはじめとして多くの作物が或は成育せず或は収量が充分ではありません」とこの一覧表は基本的には符合していると言える。

 ということは逆に言えば、上掲の作物の中に水稲は入っていないし、しかも前回の「この意味に要する石灰は水稲では少量であります」という記述にも注意すると、
    当時の賢治は、水稲にとって、石灰の施用は優先事項であると認識していたわけではない
ということになりそうだ。そしてまた、少なくとも昭和7年以降の賢治は、水稲の最適土壌が中性であると認識していたわけでもなさそうだ。
 となれば次は、昭和7年前、つまり【第三版】発行前の賢治はこのことについてどう認識していたかということを、可能であれば次に探ってみたい。それは、水稲について賢治は当初、「石灰は土壌の酸性を中和」するために必要だと認識していたが、次第にそこまではする必要がないということをある時に知ったのではなかろうか、と私には思えてきたからである。
 どうやらこれで、先に〝当時の岩手の水田のpHの実態を知りたい〟で取り上げた次の悩み、
 「豆類、麦類、エンドウ、ホウレンソウ、カボチャ、キュウリ、ササゲ、スイカ、ニラ、ネギ、ハクサイ、ナス、トマト、サトイモなどの穀類や野菜」の場合の適正なpHは6.0~7.0だから、酸性土壌の改良は必要かも知れない。つまり、畑には炭酸石灰が必要かもしれない。しかし、イネやヒエの場合の最適なpHは5.5~6.5だし、しかも、「微~弱酸性の広い領域で生育」ということだから、炭酸石灰の施用の必要性がそれほどあるとは思えない。逆に言えば、そもそも賢治はどの作物に対して炭酸石灰の施用を奨めようとしたのだろうか。そして、多くの人々はそれは稲作のためだったと思っているようだが、それははたして理に適っているのだろうか、とも考えてしまう。
の答が見え始めてきた。

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