みちのくの山野草

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「賢治を困らせた」それとも「賢治が困らせた」?

2018-12-27 08:00:00 | 検証「Wikipediaの高瀬露」
《『宮澤賢治幻の恋人』(澤村修治著、河出書房新社)》

鈴木 では今度はこれだ。


露が賢治のために心尽くしのライスカレーを作ると、賢治は「食べる資格がない」と言い張って食べるのを拒み、来客に食べさせたこともあった[8:p.151-152]。このとき露は乱調子にオルガンを弾いて八つ当たりし、賢治を困らせた[9:p.152]。

吉田 まずは、[8:p.151-152]ということだから、「Wikipediaの高瀬露」の編集者は、澤村氏の『宮澤賢治幻の恋人』における先のリストの中の、
(21) ×女(露)はフラストレーションといかりに駈られながら、協会をあとにした。「昂奮に真赤に上気し、ぎらぎらと光る目をした女性」となって。(151p)
(22) ?露はこのころ高橋に、「どうしても先生と一緒になりたい」と言っていた。(152p)
(23) ×それでも女が来る。一途になったら、もう引き返さない露である。(152p)
の3項目に依っていると言えるのだろうから……と思ってみたが、「露が賢治のために心尽くしのライスカレーを作ると、賢治は「食べる資格がない」と言い張って食べるのを拒み、来客に食べさせたこともあった」に直接関連する内容の項目は上掲3項目の中には何も無い。
 といういうことは、リストアップの際に見落としてしまったのかな。
鈴木 それは当然あり得て、澤村氏が断定していない個所については基本的には始めっからリストアップしていない。もう少し丁寧に言うと。この「露が賢治のために心尽くしのライスカレーを作ると、賢治は「食べる資格がない」と言い張って食べるのを拒み、来客に食べさせたこともあった」については、これに近いことは何人かが言っている。そして、澤村氏も『宮澤賢治幻の恋人』の中で、「高橋慶吾の「賢治先生」によれば、こんなことがあったようだ」と前置きして、しかも伝聞表現にしているからマナーは守っていると私は思ったので私は「あやかし」のリスト中には入れなかった。
吉田 納得。
荒木 となれば、今回問題となるのは、「このとき露は乱調子にオルガンを弾いて八つ当たりし、賢治を困らせた」の個所か。
鈴木 そうなんだ。実際この件に関して澤村氏は、この件についての高橋慶吾の証言「まるで乱調子にオルガンをぶかぶか弾くので先生は困ってしまい」を引用しているから、この「Wikipediaの高瀬露」の編集人はそれをそのまま記述したと言えるだろう。しかも、この事件の際にその現場に慶吾と共に居合わせたと判断できる伊藤忠一はそれを否定していない<*1>から、この慶吾の証言内容は否定しきれない。
 さりとて、悪意の顕わな「八つ当たりし」の部分だけは赤色で塗りつぶすべきだったかもしれんな。
吉田 それこそ、この件に関する一次情報とも言える慶吾の発言はどうなっているか確認したい。
鈴木 それは、
 或る時、先生が二階で御勉強中訪ねてきてお掃除をしたり、台所をあちこち探してライスカレーを料理したのです。恰度そこに肥料設計の依頼に数人の百姓たちが来て、料理や家事のことをしてゐるその女の人をみてびつくりしたのでしたが、先生は如何したらよいか困つてしまはれ、そのライスカレーをその百姓たちに御馳走し、御自分は「食べる資格がない」と言つて頑として食べられず、そのまゝ二階に上つてしまはれたのです、その女の人は「私が折角心魂をこめてつくつた料理を食べないなんて……」とひどく腹をたて、まるで乱調子にオルガンをぶかぶか弾くので先生は益々困つてしまひ、「夜なればよいが、昼はお百姓さん達がみんな外で働いてゐる時ですし、そう言ふ事はしない事にしてゐますから止して下さい。」と言つて仲々やめなかつたのでした。
             〈『イーハトーヴォ 創刊号』(宮澤賢治の会、昭和14)所収の「賢治先生」〉
となっている。
 また、澤村氏も「八つ当たりし」ということは述べていない。
吉田 それじゃ、もしかすると、「 まるで亂調子にオルガンをぶかぶか彈くので先生は益々困つてしまひ」というあたりを元にして、この「Wikipediaの高瀬露」の編集者は悪意も顕わに「八つ当たりし」と話を膨らまして書いたということもあり得る、ということか。
荒木 それは問題だべ。
鈴木 しかも、「このとき露は乱調子にオルガンを弾いて八つ当たりし、賢治を困らせた」の、「賢治を困らせた」には別の問題がある。
吉田 そういえば、鈴木は先に「相思相愛?」の項に関して
 「賢治にとってはほんとうに気が重く、迷惑だけのことだったのか」と澤村氏は疑問を呈している。
と言っていたが、これもあるからな。
鈴木 そうなんだよ。「賢治を困らせた」というよりは、「賢治が困らせた」ということはないのだろうか、という問題がだ。
荒木 だから、「賢治を困らせた」という「Wikipediaの高瀬露」の編集人の記述は中立的でないし公平でもないと鈴木は言いたいわけだ。
吉田 そりゃあそうだよ、清六の例の「ロシアのパン屋さん」<*2>や「マツ赤ナリンゴモゴチソウニナリマシタ」の露書簡<*3>を思い出せば、賢治にだってかなりの責任がある。というよりは、当時の時代性に鑑みればより賢治の側により大きな責任があるとも言える。
 またそれは、後で出てきているようだが、政次郎の賢治に対する強い叱責がまさに示唆するところだ。
鈴木 というわけで、今回の部分は、「八つ当たりし」の部分はさて措き、中立性・公平さという視点から少なくとも問題がある、とまとめておきたい。

<*1:註> 例えば、『賢治随聞』(関登久也著、角川選書)272p。
<*2:註> 森荘已池著『宮沢賢治の肖像』所収の聞き書き「宮沢清六さんから聞いたこと」の中に、次のようなエピソードが紹介されている。
 菊池タケシゲと名乗る流浪の楽人が、花巻に現れたことがありました。兄はその人を桜に連れて行って、何日も泊めておりました。とてもいいとほめましたら楽人は、ロシアの子守唄などは何べんもひき、いろいろの名曲などもあまりポピュラーでないものをひきました。自作の曲もバイオリンでひきました。それはかなりいいものだと兄はいっておりました。…(略)…
 白系ロシア人のパン屋が、花巻にきたことがあります。私がそのパン屋に、「レコードを聞くことが好きか」と聞きました。たいへん好きだとの答えでした。そこで私は、よい所へ連れてゆくといって、兄の所へいっしょにゆきました。兄はそのとき、二階にいました。二階の窓から顔を出した兄へ、「おもしろいお客さんを連れてきた」といいましたら、兄は「ホウ」と、喜んで、私とロシア人は二階に上ってゆきました。
 二階には先客がひとりおりました。その先客は、Tさんという婦人の客でした。そこで四人で、レコードを聞きました。リムスキー・コルサコフや、チャイコフスキーの曲をかけますと、ロシア人は、「おお、国の人――」
と、とても感動しました。レコードが終わると、Tさんがオルガンをひいて、ロシア人はハミングで賛美歌を歌いました。メロデーとオルガンがよく合うその不思議な調べを兄と私は、じっと聞いていました。
               <『宮沢賢治の肖像』(森荘已池著、津軽書房)235p~より>
<*3:註> 小倉豊文は『「雨ニモマケズ手帳」新考』において、次のような内容の「一九二七年六月九日」付の高橋慶吾宛「端書」が高瀬露から送られていたということを紹介していて、そこには次のようなことが書かれていたという。
高橋サン、ゴメンナサイ。宮沢先生ノ所カラオソクカヘリマシタ。ソレデ母ニ心配カケルト思ヒマシテ、オ寄リシナイデキマシタ。宮沢先生ノ所デタクサン賛美歌ヲ歌ヒマシタ。クリームノ入ツタパントマツ赤ナリンゴモゴチソウニナリマシタ。カヘリハズツト送ツテ下サイマシタ。ベートーベンノ曲ヲレコードデ聞カセテ下サルト仰言ツタノガ、モウ暗クナツタノデ早々カヘツテ来マシタ。先生は「女一人デ来テハイケマセン」ト云ハレタノデガツカリシマシタ。私ハイゝオ婆サンナノニ先生ニ信ジテイタゞケナカツタヤウデ一寸マゴツキマシタ。アトハオ伺ヒ出来ナイデセウネ。デハゴキゲンヤウ。六月九日 T子
               <『「雨ニモマケズ手帳」新考』(小倉豊文著、東京創元社)113pより>

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 賢治の甥の教え子である著者が、本当の宮澤賢治を私たちの手に取り戻したいと願って、賢治の真実を明らかにした『本統の賢治と本当の露』

             〈平成30年6月28日付『岩手日報』一面〉
を先頃出版いたしましたのでご案内申し上げます。
 その約一ヶ月後に、著者の実名「鈴木守」が使われている、個人攻撃ともとれそうな内容の「賢治学会代表理事名の文書」が全学会員に送付されました
 そこで、本当の賢治が明らかにされてしまったので賢治学会は困ってしまい、慌ててこのようなことをしたのではないか、と今話題になっている本です。
 現在、岩手県内の書店での店頭販売やアマゾン等でネット販売がなされおりますのでどうぞお買い求め下さい。
 あるいは、葉書か電話にて、『本統の賢治と本当の露』を入手したい旨のお申し込みを下記宛にしていただければ、まず本書を郵送いたします。到着後、その代金分として1,620円(本体価格1,500円+税120円、送料無料)分の郵便切手をお送り下さい。
      〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守
               電話 0198-24-9813

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