みちのくの山野草

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東京 佐藤直衛

2020-08-06 12:00:00 | 甚次郎と賢治
〈『追悼 義農松田甚次郎先生』(吉田六太郎編)、吉田矩彦氏所蔵〉

 さて、『追悼 義農松田甚次郎先生』の「追悼」への寄稿者は全国で約106名ほどいるわけだが、以前にも報告したように、地域毎に人数の多い順で並べていくと
①岩手 15名
②東京 11名
③山形 9名
④秋田 6名
⑤北海道 5名
⑤長野 5名
となっている。そこで今回は、東京からの寄稿者数も多いので、そのうちの一人、佐藤直衛の次のような追悼を転載させてもらう。
  松田先生を偲びて
      東京 佐藤 直衛
私が先生に直接御會ひたしましたのは忘れもしない昭和十四年一月二十二日の夜でした。実は町の青年團主催の〝軍人家族慰問の夕〟が開かれ、私が脚本監督せるところの〝土に叫ぶ〟の劇が番組に加へられてあった。所が突然何處で耳にされたのか原作者であり主人公たる先生が、森惣一、木村圭一・木口二郎の諸氏と共に觀劇に参られたのである。吾々の感激は想像以上であつた。小柄な物静かな鼻の高い方と云ふのが私の感じた先生の㐧一印象でした。ホームスパンの洋服に身を包んだ先生は團長の紹介により登壇され、〝私の洋服は自分が羊を飼ひ自分で織つた純毛のホームスパンです。華族様でもス・フを着て居る今日、此の暖い純毛服を着られるのは私が百姓だからです。私は自分が百姓たることに心から喜び感じます……〟と手近な例をとつて百姓の尊い所以を力を込めてお話し下され、相集ふ我々農民一同に深い感銘を御与へ下さいました。次に先生・森・木村・木口の諸氏が揃つて宮沢賢治先生の精神歌〝日は君臨し……〟を声高に歌はれました。やがて〝土に叫ぶ〟を最後に絶讃裡に〝慰問の夕〟の幕は閉ぢられ、主催者一同先生を中心に当夜の批評・意見が交された。〝新国劇以上〟との御賞めの言葉と二、三の注意/激勵を戴き演出者の一人として非常に光栄に感じました。
記念に一筆御願ひしたら快く『土の子土の子よ大きな魂に起て』と書いて下さつた。以来私は之を座右の銘として日夜修養の糧として来た。嗚呼今や遂に呼べども帰らぬ先生の御遺墨と化した。轉た人生に無情の感を禁じ得ない。
先生の御招きに応じて雪に埋れた鳥越に先生を御訪ねしたのは、二月の中旬であつた。塾の一室にて塾生と共に農村問題の坐談会を開いた。丁度、宮沢先生の劇を執筆中にて、其の原稿を讀んで下さつたことを今尚ほ忘れる事が出来ません。
やがて先生の御案内にて折からの吹雪の中を共同炊事場・浴場・隣保館等を見学し眼の辺り先生の努力の結晶を拝見し、新たなる感激と先生に対する尊敬の念を深く深く胸中に秘め御暇を告げたのでした。
嗚呼、之が先生と御会ひするの最後にならうとは!!
先生は遂に幽明境を異にされた。余りにも〝太く短き生涯〟であった。土に生まれ土に育ちそして土に還る……攸久なる大義に生きる土の生涯であつた。先生は生きて居られる。先生の蒔かれた種子は吾々農村青年の土の子の魂の畑に百花爛慢として咲き乱れて居るのだ。私は在りし日の先生を偲ぶ時〝土の子よ 土の子よ 大きな魂に起て〟の先生の声なき土の叫びを耳にする。
             〈『追悼 義農松田甚次郎先生』(吉田六太郎編)25p〉
 一般に、『追悼 義農松田甚次郎先生』へ寄稿している人は農業関係の人が多いようだが、そうでもなさそうな人佐藤直衛も寄稿していた。
 御存知のように、昭和13年5月18日『土に叫ぶ』を出版するとたちまちベストセラーとなり、時をおかずして、昭和13年8月には新国劇一座により「土に叫ぶ」が上演されたわけだが、この佐藤のように、今度は昭和14年1月に 青年団主催の催し物の際に、〝土に叫ぶ〟を上演されるということもあった、ということを私は初めて知った。如何に、松田甚次郎が、そして「土に叫ぶ」が世間から注目を浴びていたかということを教えてくれる。しかも、この上演の際には、わざわざ岩手から森惣一(森荘已池)や木村圭一<*1>・木口二郎(菊池暁輝)等も馳せ参じていたということになる。おのずから、岩手と松田甚次郎との間の交流も盛んだったことを知れる。これでますます、当時の松田甚次郎の存在感が私には大きく感じられるようになってきた。
 なお、佐藤と甚次郎の交流はこの上演の時のみならず、多分昭和14年の2月半ばには佐藤は新庄に招かれて、そこでも交流を深めていた、と言える。東京と山形と地理的には離れていても、佐藤と甚次郎は強く繋がっていたことであろうことが容易に推察できる。

<*1:註> 木村圭一とは、当時花巻にあったカルテットのメンバーで、「のち岩手医大の教授になったセロの木村圭一」(『啄木 賢治 光太郎』(読売新聞盛岡支局)156p)のことだという。

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