《創られた賢治から愛すべき真実の賢治に》
先に、〝やはり唱われていたし、それは「玄米三合」だった〟で投稿したように、満蒙開拓青少年義勇軍のお一人(KT氏)に、青少年義勇軍では「雨ニモマケズ」は唱われていましたかと私が訊ねたところ、手帳に載っていて、唱っていた。
という答だった。
このことに関して、『宮沢賢治初期研究資料集成』(図書刊行会)所収の座談会の記事の中で、小倉豊文は、
昭和6年が満州事変、昭和12年が日華事変だから。賢治即「雨ニモマケズ」になっっていったのは、詩碑建立からなんだが、それが決定的になったのは、昭和17年、大政翼賛会の「詩歌翼賛」の第二輯の「常磐樹」に「雨ニモマケズ」が採録されてから。B6版の小さいものだけど、これが何万何十万と売れたんだな。大政翼賛会が無理に売るんだからね、同じ系統でいえば、昭和18年日本青年団本部の「青年朗詠集」。これにも「雨ニモマケズ」が入っている。
とか、 昭和15年から20年の日本の侵略戦争の間にパーッと賢治が有名になって、「雨ニモマケズ」即賢治という像ができちゃったんだ。つまり大政翼賛会と日本青年団で出した二さつの本でね。それに加えて谷川徹三の「雨ニモマケズ」が昭和20年。
<『宮沢賢治初期研究資料集成』(図書刊行会)64p~> というようなことを語っていた。
したがって、KT氏が言うところの「手帳」とはこの「B6版の小さいもの」であるという蓋然性が極めて高くなった。そしてもちろん、満蒙開拓青少年義勇軍では「雨ニモマケズ」が唱われていたいたとうことも同様にである。
となれば、この現物を今度は見てみたいものだ。なぜなら、それは玄米四合でしたか三合でしたかとKT氏に訊ねたならば、
たしか三合だった。
という答だったからだ。
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《鈴木 守著作案内》
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〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木 守 電話 0198-24-9813☆『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』 ☆『宮澤賢治と高瀬露』(上田哲との共著)
なお、既刊『羅須地人協会の真実―賢治昭和二年の上京―』、『宮澤賢治と高瀬露』につきましても同様ですが、こちらの場合はそれぞれ1,000円分(送料込)の郵便切手をお送り下さい。
☆『賢治と一緒に暮らした男-千葉恭を尋ねて-』 ☆『羅須地人協会の真実-賢治昭和2年の上京-』 ☆『羅須地人協会の終焉-その真実-』
◇ 拙ブログ〝検証「羅須地人協会時代」〟において、各書の中身そのままで掲載をしています。
お早うございます。
色々とありがとうございます。
お陰様で、今しがた、古書店に注文いたしました。
このようなものはないものだろうと始めから諦めておりました。
改めて感謝申し上げます。
鈴木 守
ネットの古書店では1500円で売っているようです。
https://www.kosho.or.jp/products/search_list.php?search_word=%e5%b8%b8%e7%9b%a4%e6%a8%b9+%3a+%e6%9c%97%e8%aa%ad%e8%a9%a9%e9%9b%86+%e4%bb%96%e5%8d%81%e4%ba%8c%e7%af%87+%e8%a9%a9%e6%ad%8c%e7%bf%bc%e8%b3%9b+%3b+%e7%ac%ac2%e8%bc%af
この度は、ご教示ありがとうございます。
そこで、早速閲覧させてもらおうと思ったのですが、未熟者故上手く行かず、今のところは出来ておりません。
これから、勉強して近々閲覧できるように頑張ってみたいと思っております。
取り急ぎ、お礼まで。
鈴木 守
http://iss.ndl.go.jp/sp/show/R100000039-I001646411-00?lat=&lng=