簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
見たまま、聞いたまま、
食べたまま、書いてます。

第一京浜国道(東海道歩き旅・武蔵の国)

2017-06-09 | Weblog

 鈴ヶ森の刑場跡を見て、京急線の大森海岸駅の手前で国道15号線、所謂第一
京浜国道に出てきた。さすがに東京と横浜を結ぶ幹線道路である。
この国道は、旧東海道の神奈川宿辺りまでのルートがほぼ重なるため、しばしば
こうして車の喧騒を聞きながら歩くことになる。





 大森の海水浴場は、明治24年八幡海岸に開設されたのが最初と言う。
当時の海岸線はこの国道近辺まで来ていたそうだから、明治34年に出来た京急の
大森海岸駅(当時の駅名は違っていたが)は文字通り海岸に面した駅であった。
平和島の埋め立てが始まり、海岸線が後退した今ではこのあたりから海を見ること
は出来なくなってしまった。





 旧東海道を拡張し京浜国道を建設する工事は、大正七年に始まった。
当時人家や商店が密集していた旧街道筋は拡張が困難で、新道はその西側に造
られた。
平和島口でその新道を離れ、旧態のまま残された三原の通りに入ってきた。



 旧字名の南原、中原、北原を総称し三原と言われる通りを、美称して美原と呼ぶ
ようになった、ここは往時の街道の幅員が良く残された通りだと説明板に書かれて
いる。戦前には映画館、芝居小屋、寄席などが建ち並ぶ活気あふれる繁華街であ
ったようだ。
今はそんな建物を通りで見かけることは無いが、代わりに江戸前の海苔を商うの
であろうか、看板を掲げる店が目立つ。



 京急大森町駅の手前で再び京浜国道に出て、この先はしばらく楽しみの少ない
国道を歩き、蒲田を抜け、多摩川に架かる六郷橋を目指すことになる。(続)



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