最近、ブログの更新が出来ません。
せっかく、覗きに来て頂いても、変化無く・・・・。
申し訳なく思っております。
地元の歴史をまとめ、皆さんに知って頂くことを願っての大役を引き受けてしまったため・・・
そちらに集中しておりまして、どうも、コチラに手が廻らなくなっております。
先日は、寺院境内や地区に散らばる石碑などの刻銘を調査する方たちと一緒になってお手伝い。
拓本の採り方も教わりました。墓石の形状・彫り方による年代の違いなども少しだけ分かった気持ちになりました。
500年前の石碑などがあって・・・調査結果が待たれます。
小惑星まで60億キロ飛んで行って帰ってくることも凄い。採取した石か砂のカケラでもあれば・・・更に凄い!
エンジンが壊れて行方不明になっても、還ってくるとは・・・ちょっと信じられない出来事。
ホントに宇宙に行ってたの?
もしかして、最近の映画の特殊撮影でTV局とグルになって・・・みんなを騙しているのでは・・・なんて、無粋なことを思ってみたりして・・・。
宇宙の砂も結構ですが・・・私は、コチラの石の解析を待ってます。
刻銘による制作年代と建立者名・・・建立理由が明らかになるのは、6ケ月ほど掛かるのか・・・。
コチラも拓本で採った刻銘をCPUで分析するらしい。
どちらの砂・石も、夢のある話です。
昨日は、週刊ポストで連載中の『白洲信哉・ ニッポンの神仏』で、日本各地を廻られている「白洲信哉さん」が、地区で管理している国の重要文化財・薬師三尊石仏の取材に来られ、このお手伝いに区民の一人として駆り出されました。
石仏取材のあとも、区長と共に、地区の神社や史跡などを案内し、ここぞとばかりPRさせて貰いました。
白洲信哉さんとは・・・・白洲次郎さん(吉田茂の懐刀と言われた方。)と白洲正子さんが父方の祖父母、小林秀雄さんを母方の祖父に持たれる方。そして、ご自身は、細川護熙首相の公設秘書を勤められた方であり、日本文化を色んな角度からプロデュースされ、その保存と継承に力を注がれている方です。
主な著書としては、『白洲家の流儀~祖父母から学んだ「人生のプリンシブル」』 『骨董あそび 日本の美を生きる』、『祖母・白洲正子 魂の居場所』、『小林秀雄 美と出会う旅』、『白洲信哉・ニッポンの流儀』などなど・・・。
立派なサラブレットです。先祖は勿論、親戚は政財界に散らばり、交友の広さも超一流。
そして、上背がありオトコマエ。どこか日本人離れした顔立ち。
あの茂木健一郎さんいわく「信哉さんは、モーツアルトに似ている・・・」。お顔を拝見するなり、なるほど・・と思ったものです。
気さくな方で、居合わせた区民との記念撮影や会話に、親しみやすさが感じられます。
取材記事は8月頃に掲載されるとか・・・。
どんな内容で載せられるのか、楽しみです。
まぁ、こんな調子で日々を過ごしておりますので、気を長くしてお付き合いくださいませ。