般若経典のエッセンスを語る29

2020年10月27日 | 仏教・宗教

 私たちふつうの人間は、言葉、特に名詞・代名詞・固有名詞(以下「名詞」とする)を使ってもの(者・物、以下「もの」とする)を把握している。

 例えば「人間」「犬」「猫」「木」「土」、「私」「あなた」「彼・彼女」、「太郎」「花子」などなど。

 それはごくふつうのことなので、ふつう問題があるとは気づかない。

 しかし、仏教は言葉・名詞には致命的な欠陥があることに気づいたのである。

 「私」という代名詞は、他の名詞とは分離・独立している。「私」は「私」であって、他の名詞で呼ばれるものではない。

 この「私は私であって、他のものではない」というものの見方は、私と私でないものを区別するという点では、必要だし正しいし何の問題もない。

 ところが、ある名詞は他の名詞と分離・独立して存在している――正確に言うと「存在しているかのように思える」ということだが――ために、その名詞で呼ばれたものが実際にも他と分離・独立して存在している・できるかのように思える・錯覚されてしまう。そこに大問題がある。

 すでに縁起について述べてきたとおり、実際には「私」は実にさまざまな「私でないもの」のおかげで「私」であることができる。しかも、永遠にではなく、ある一定期間・寿命の間だけ存在できる。

 ところが、自分を「私」という言葉・代名詞で呼ぶことで、「私は他のものと関係なく・分離独立していつまでも存在できる」かのような錯覚が起こってしまう。

 自分が実は他とのつながりのおかげで(縁起)、一定期間だけ存在できる(無常)存在だということに気づけない・気づかないのである。

 まして、自分が他のさまざまな、というよりすべてのもの・宇宙とつながっており、究極のところ一つだ(一如)ということなど、まったく自覚できない。

 人間は「言葉を使う動物だ」と定義されることがあるが、その言葉を使うことで、私と世界の本当の姿が見えなくなる。

 逆にすべてのものが実体に見えてしまうのである。

 言葉は、人間のふつうの意味での知恵の源泉であると同時に、深い意味では智慧がないこと・無明の源泉でもある。

 しかし、私たちは幼い頃から、「〇〇ちゃん」と固有名詞で呼ばれ、「あなたは」とか「おまえは」とか代名詞で繰り返し呼ばれ、何の疑いもなくそれを覚え込むことによって、「ああ、私は〇〇なんだ。私は私なんだ」というふうに自我を確立していく。

 「何の疑いもなく」「覚え込む」というのは、やや難しい専門用語でいうと、「自明化」「深層化」ということである。

 教え込まれた様々な言葉を当たり前のこととして心の底(唯識でいう「アーラヤ識」)に溜めこむことで、私たちの自我意識と世界像が形成されるのだが、言葉によっているので、すべてが分離独立した実体だと錯覚されてしまっている。

 その錯覚・無明は、ただ意識的・知識的なものではなく、深い無意識・アーラヤ識に染み付いているのである。

 特に問題なのは、自分・自我が実体だという思い込み・無明が無意識にいわば結晶化しているというか、こびりついているということである。

 そして、自我の実体視は、必然的に自我の中心化と執着を生み出す。

 無明がエゴイズムの源泉なのである。

 しかも、それがごくふつうのほとんどの人間の深層の状態だから、エゴイズムの正反対の慈悲が出てこないのは、ある意味当然なのである。

 しかし、私たちは、そういうことを教えられると、まず知識的には知ることができるし、よく知ると納得することができる。納得が深まると、ある程度実感も湧いてくる。

 しかし、知ることも納得することも言葉によっているので、言葉の限界・欠陥を完全に超えることはできない。

 そこで、言葉を超える方法が「禅定」なのである。空・一如を、知識や理論として知るだけでなく、無意識にこびりついた自我とものの実体視・無明を浄化して智慧に変えるには、この「禅定」が不可欠である。

 自分も自分以外のすべてのものも空・一如だということが、意識化されるだけでなくさらに無意識化されていくと、当然ながら、すべてのものとの一体感から生まれる慈悲が心の奥底から自然に湧いてくるのだという。

 ふつうの人間・凡夫が突然一挙にそうなれるとは、仏教は言わない。

 しかし適切な方法で時間をかけて意識と無意識の両方を浄化していくことで、やがて必ずそうなれる、そうなれるように人間は出来ている(「仏性」という)と大乗仏教(般若経典と唯識)は語っている、と筆者は理解している。

 智慧と慈悲の存在ブッダになろうとして励んでいる人を「菩薩」といい、般若経典はそうした菩薩たちによって書かれた菩薩からブッダへの道の案内書だと言っていいだろう。

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