環境問題スペシャリスト 小澤徳太郎のブログ

「経済」 「社会」(福祉) 「環境」、不安の根っこは同じだ!

「将来不安」の解消こそ、政治の最大のターゲットだ

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「環境問題」に対する大学生の基本認識 「判断基準」を変えれば、「新しい可能性と希望」が生まれる

2015-03-19 15:02:40 | Weblog
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今日たまたま、私が記事を投稿しているこのブログ・メデイア「Goo」の編集画面にアクセスした。そして、Gooが今年3月9日に11周年を迎えていたことに気づいた。同時に、今日は、2007年1月1日に開設した私のブログが開設からちょうど3,000日であり、今日の記事は891本目であることを知った。


1990年以来25年間、ほとんど変わらなかった「環境問題」に対する大学生の基本認識

 私は、1990年の三重大学教育学部(1990~1995年)から2013年の静岡県立大学経営情報学部(1997~2013年)までの23年間、9つの大学のさまざまな学部(三重大学生物資源学部、信州大学繊維学部、東京工業大学理工学部、明治学院大学国際学部、日本女子大学家政学部、日本大学文理学部、東海大学文学部、法政大学社会学部、フェリス女学院大学国際交流学部)で、非常勤講師として“環境論”を講じてきた。

 私の大学での23年にわたる「環境論」の講義は、2013年1月28日の静岡県立大学での後期の「第14回 転換政策⑥ 廃棄物に対する製造者責任」と題する講義を最後に、すべて終了した。

 23年間の講義生活の中で、2000年から毎年講義の初日に、「環境問題という言葉を聞いたときに思い浮かぶことを3つ書きなさい」という質問をして、「環境問題」に対する学生の基本認識を知ることに努めた。学生の回答はいつも、環境問題と言えば判で押したように「地球温暖化/気候変動、森林伐採、オゾン層の破壊、大気汚染、水質汚染、廃棄物問題・・・・・」という現象面の列挙であり、 「環境問題」と「現実の経済活動」 を関連づけて考える学生がほとんどいなかったことがわかった。

 このことは1990年頃の「環境問題」に対する大学生の基本認識と23年後の大学生の基本認識がこの間ほとんど変わってないことを示唆している。この現象は大学の学部、学年、性別、学生数などにかかわりなく、等しく認められる日常的な傾向である。


13~15回の講義で一変する環境問題に対する「大学生の基本認識」

 初日の講義で、上記のような紋切り型の回答をしていた学生が前期あるいは後期の13~15回の私の講義を履修すると、環境問題に対する「彼らの基本認識」が履修者のおよそ90%で一変することがわかる。最終講義の後の期末試験の答案には受講生の「気づき」や「感想」がふんだんに盛り込まれているからである。

 このような劇的な変化を見せてくれたおよそ90%の履修者(ここでは、2009年後期にH大学社会学部で私の環境論を履修した224人)の感想文の中から、特に典型的な、そして私の期待を十分に満足してくれる感想文を4編選んで紹介する。なお、この4編の感想文はこのブログ内の関連記事に掲げた「私の環境論、後期13回の講義を受けると、90%の大学生の考えがこう変わった!(2010-02-08)」から抜粋し、再掲したものである。

①2年 女子
 まず、他では聞けないような環境についての真剣で、切実なお話をありがとうございました。私はこの授業を履修し始めてすぐに、「ああ、この話は環境についての知識教養といったレベルの話ではないな」と感じました。
 今までで一番環境問題についてリアルに、危機感を持って考えることのできた時間だったと思います。私は真の理解には“実感”が必要だと考えています。今まで受けてきた環境問題についての講演や授業は、私に実感を伴った形で環境問題の恐ろしさを教えてくれませんでした。しかし、この環境問題Bという授業は「北極の氷が溶け出している写真」や「森林が伐採されている場面の映像」などは持ち出すこともせずに、私に初めて環境問題とは何たるかを実感とともに教えてくれた授業でした。この点で、私は先生に感謝したいと思います。
 「経済と環境は不可分である」という先生の主張は、初めて出会ったタイプの主張として新鮮な感覚であったと共に、大いに共感、納得できるものでした。先生の話は面白いものでしたが、構造的な欠陥を抱えた日本の未来を思うと、冷や汗がでるような恐ろしいものでありました。「では、私はどうすれば?」と何度も考えさせられました。
 結論はまだ出てきません。しかし、唯一確立された私の考えは、この授業で展開された環境論を、もっと多くの人々に伝えるべきだということです。こういった考えの環境論に初めて触れる人々は、とても多いのではないでしょうか。1人でも多く、実感として日本の危機的状況を理解する人が増えてほしいです。もう時間はなく、のんびりしているヒマはありませんが、まずはそこからだと思います。

②4年 男子
 この講義を通して、今まで生きてきた中で養った視点とは異なった視点で環境や経済をみられるようになったと思う。初回の授業から、経済成長はいいものだという私の常識は見事に論破された。地球は閉鎖的な空間で、環境やエネルギーには限界がある。それなのに、環境のことをかえりみずに二酸化炭素を排出し続けたり、有害な化学物質を使い続けたりするのは確かにおかしい。まるで未来のことを考えていない。
 有史以来、人類は急速な成長を遂げてきた。特にこの何世紀かの成長には目を見張るものがあった。しかし、その一方で環境汚染が顕著になりだしたのも近年である。今現在、我々はある程度の豊かさを手に入れた。今後は少し落ちついて、未来のことを考え、環境やエネルギーへの配慮をしていくべきである。そうしなければ、急速な発展を遂げてきた人類は、もしかしたら急速に滅びの路をたどってしまうかもしれない。
 また衝撃を受けたのは、スウェーデンのGDPと二酸化炭素の排出量を示したグラフである。見事なまでのデカップリングを実現していた。日本のそれはカップリングのまま右肩上がりである。経済成長するためには二酸化炭素やそのほかの環境に有害な物質を排出してしまうのはしょうがないことだ、といった私の常識はここでも打ち砕かれた。環境への配慮を持ったままでも成長することはできるのだ。少し方法を変え、この国に住む人の意識が変わればきっと日本も同じことができる、いや、していかなければならないのだと痛感した。
 人は皆、様々な視点を持って生きていて、国家もまたそれと同様だ。スウェーデンのような思想を持った国家はまだ数少ないだろうが、これからの日本を生きていく上で、スウェーデンのような思想、考え方を持つ国がスタンダードになっていくべきだと感じた。
 自分の脳に新しい風を吹き込まれたような有意義な講義でした。短い間でしたが、ありがとうございました。

③3年 女子
 私はこの授業を受けるまで、日本は環境分野において先進的だと思っていました。京都議定書の採択は意義あるものであったし、国内でもクールビズやエコポイント制などと環境対策を次々にうちだしているように思えたからです。
 しかし、講義を履修して、思い違いをしていたことが分かりました。環境を国家の生存基盤として考えているスウェーデンと比べ、日本は環境問題を諸問題の一つとして重大には考えていませんでした。また、日本が行っている環境政策はスウェーデンやEUの政策を踏襲したものにすぎませんでした。日本は様々な政策を行っているのですが、政策一つ一つに関連性がないように思います。
 そもそも、日本は環境の位置づけからして明確さがなく、しっかりとしたビジョンを抱いていないと感じました。京都議定書を採択したときに、スウェーデンは「議定書の内容では不十分で、独自政策の展開が必要」という立場だったのに、日本は「議論の出発点」としか考えていませんでした。しかし、そこから具体的に議論が進んでいるようには思えません。それは先にも書いた通り、日本は環境問題を国家の生存基盤であるとみなしていないからだと思います。
 これから日本は持続可能な社会のために、環境問題を社会の基盤としてとらえるべきだと思います。そして、環境についての議論を深めていく必要があります。議論した上で日本としてのビジョンを持ち、対策を進めていってほしいと考えます。また、全てEUやスウェーデンの真似をするということがいいとは思いませんが、化学物質や生態系保全など世界的に遅れていることには、すぐ世界基準に追いつかなくてはならないと思いました。

④3年 女子
 この講義を通して、日本がどのように環境問題をとらえているのかを知ることができた。新聞などでは日本は積極的に環境問題に取り組んでいて、環境先進国であると思われていても、実際には他の国と比較してみるとあまり違いはなく、むしろスウェーデンなどの国々からだいぶ遅れをとっていることがわかった。
 日本は積極的に取り組んでいるように見えてもやっているつもりが多く、何か政策を行っても短期的な面でしかみていないために、長期的に見ると負担となってしまうことばかりであった。原子力エネルギーについての考えを見てもヨーロッパの国々と考え方や取り組みに大きな違いがあり、本当に環境のことを考えているのかと思うような内容だった。
 スウェーデンが行っている取り組みを知るにつれて学ぶことの多さに驚いた。スウェーデンは経済活動と環境のことをつながりのあるものだと考え、どの国よりも早く様々な政策を行っていた。それとは逆に日本は、経済活動ばかりに目を向け、環境のことはあまり考えず、政策の面でも、他の国々がやっているからやるというような印象を受けた。また、日本は短期的にしか考えていないために、後になって環境の負担となることが多いため、バックキャスト的な考え方は大切なのだと感じた。これからはこの考え方で日本はどの国を目指していくのかをはっきりさせ、人任せにするのではなく国民全体で考えていく必要があるのではないかと思う。
目指す国をはっきりさせたら、日本に合う方法を考えながら取り入れ、本当の意味で環境に積極的に取り組んでいる国になれたら良いと思う。


 私の環境論に、学生は敏感に反応する。そのことは、履修後に提出された感想文によくあらわれている。この15年間に、私の授業を履修した9の大学のおよそ4000人の学生の90%が反応した共通点は、「環境問題に対する考え方が大きく変わった」というものだった。また、「スウェーデンの考え方と行動を知って、絶望していた日本や世界の将来に希望が持てるようになった」という積極的な感想もあった。

このブログ内の関連記事
「私の環境論」、後期13回の講義を受けると、90%の大学生の考えがこう変わった!(2010-02-08)

この10年、ほとんどかわらなかった「環境問題」に対する大学生の基本認識(2010-01-14)

35年間の虚しさ:1972年の「GNP至上反省」と2007年の「偽」、でも、まだ希望はある!(2007-12-31)
 


 判断基準や見方を変えれば、「新しい可能性と希望」が生まれることを、学生は私の講義からくみとってくれたようである。
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著者からのメッセージ 43年前に行動を起こしていれば!

2015-03-12 18:23:23 | Weblog
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 ブログ再開後1回目および2回目の紹介記事はいずれも、この本を読んだ方々からの個人的な書評であり、感想であった。つまり、何らかの理由で偶然私の本を手に取り、興味を持った方々が、それぞれの方々の基本認識に基づいて私の本を評価し、公表した結果であって、私はその結果に十分な手応えを感じている。

 そこで、ブログ再開後3回目の今回は、この本に対する私からのメッセージをこのブログの読者の皆さんに直接お伝えしたいと思う。私の感触では、9年前の本書発売当時よりも、今現在のほうが事態は悪化しており、私のメッセージが読者の皆さんに実感として身近に感じられやすくなっていると思うからである。

このブログ内の関連記事
20年前倒し、このまま行けば2010年は混乱、2030年は大混乱!?(2010-04-01)



43年前に行動を起こしていれば!

 
科学者の役割と政治家の役割

科学者の役割は、事態があまり深刻にならないうちに事実を指摘することにある。
            科学者は、政治家にわかりやすい形で問題を提起してほしい。

政治家の役割は、科学的な判断に基づいて政策を実行することにある。その最も具体的な 
            表現は、政府の予算だ。政策の意図が政府の予算編成に反映されること
            が必要だ。



 43年前の1972年6月に、第1回国連人間環境会議がスウェーデンの首都ストックホルムで開かれた。この言葉は当時のスウェーデンのパルメ首相が述べたものである。同首相は1986年2月28日にストックホルムの路上で何者かによって暗殺されたが、同首相のこの言葉は40年以上経った今、ますます輝きを増してきたように思う。

 今日のブログ記事で最初にこの言葉を掲げたのは、この言葉には「環境問題」に対するスウェーデンの考え方やその対応へのアプローチがみごとに凝縮されているとともに、民主主義社会のもとで自由経済を享受してきたわれわれ日本人が、21世紀初頭にかかえているさまざまな問題を解決し、21世紀の新しい社会「持続可能な社会」をつくる際に必要な、普遍性の高い手がかりが含まれていると思うからである。


第1回国連人間環境会議からの教訓

 この第1回国連人間環境会議の教訓の一つとして、スウェーデン環境保護庁は翌年の73年から世界最大の経済大国米国のワシントンと第2位の経済大国日本の東京のスウェーデン大使館にそれぞれ環境問題専門の担当官を置くことを決定した。ワシントンのスウェーデン大使館にはスウェーデン人が、そして、東京のスウェーデン大使館には私がその任につくことになった。それ以来22年間、95年に大使館でその職を辞すまで、私は日本とスウェーデンの環境分野の政策や認識の変化を同時進行でウオッチしてきた。
 
 その結果を端的な言葉で表せば、スウェーデンが「予防志向の国」(政策の国)であるのに対し、日本は「治療志向の国」(対策の国)と断言できる。両国の環境問題に対する認識と行動には20年の落差があると言っても過言ではないと思う。


『スウェーデンに学ぶ「持続可能な社会」』

 2006年2月、私は朝日新聞社から『スウェーデンに学ぶ「持続可能な社会」』(朝日選書 792)を上梓した。この本は、私の22年間の大使館での体験をベースに私自身が築き上げた「私の環境論」に基づいて、私が理解した日本とスウェーデンの状況を分析し、評価したものである。私の認識では、日本がこれから解決すべき問題についてはスウェーデンではすでに解決されている場合が多いので、9年前に発売されたこの本は今なお日本が抱えるさまざまな問題の解決に極めて有効であると考えている。このことは、このブログの再開のきっかけとなった「読書記録」(2015-01-18)を書かれた方の読後感でも明らかだ。


この本を書いた最大の目的

 「スウェーデンをまねしろ!」というのが本書のメッセージではない。21世紀のグローバルな市場経済の荒波を、国際社会の先頭を切って進むスウェーデンの国家目標(ビジョン)とそれを実現するための「政策」を真剣に検証してほしいというのが、本書を書いた第一の目的である。


 国際社会の動きにたえず振り回されている感がある世界第4位の経済大国「日本」 の21世紀前半のビジョンづくりのために・・・・・


 ちなみに、この本を出版した2006年の時点では日本は、米国に次ぐ世界第2位の経済大国であったが、2011年には世界銀行の報告によると日本は米国、中国、インドに次ぐ第4位に後退したそうである。
                           

このブログ内の関連記事
35年間の虚しさ:1972年の「GNP至上反省」と2007年の「偽」、でもまだ希望はある!(2007-12-31)


将来の方向を考え、行動する手法

 将来の方向を考え、行動する手法として 「フォアキャスト」(日本)「バックキャスト」(スウェーデン)という2つの手法がある。フォアキャストは、これまでの経済学のように「地球は無限」という前提に立って、現状を延長・拡大していく考え方である。これは国づくりの前提として環境問題を考える必要がなかった20世紀に、日本をはじめ、すべての先進工業国が使ってきた伝統的な手法である。これに対して、将来から現在を見るバックキャスト的手法というのがある。これは、スウェーデン政府が21世紀の長期ビジョンを想定するときに使っており、「地球は有限」を前提に、「経済は環境の一部」と見なし、国民の合意のもとに政策を決め、社会を望ましい方向に変えていく手法である。

 「改革なくして成長なし」、「我が国が持続的な経済成長を取り戻すためには・・・・・」、という表現に象徴されるように、日本のビジョン(政治目標)は今なお “金のフロー” に着目した従来の経済学的発想による「持続的な経済成長」(つまり、20世紀の経済社会の延長上にある「経済の持続的拡大」)である。2001年4月に発足した小泉政権の5年間のビジョンも、そして現在の安倍政権が掲げたビジョンの基本になっている経済政策「アベノミックス」も同様である。いずれも、20世紀型経済の発想からまったくといってよいほど抜け出ていない。

 一方、スウェーデンの21世紀前半のビジョンは “資源・エネルギーフロー” に着目した「エコロジカルに持続可能な社会(緑の福祉国家)の構築」、つまり、「20世紀型の福祉国家」から「21世紀型の緑の福祉国家」への転換である。この認識と行動の落差は極めて大きい。


この分野の国際社会における日本の振る舞い

 今日のブログは1972年に開催された「第1回国連人間環境会議(United Nations Conference on the Human Environment)」(ストックホルム会議)が出発点であったが、この43年前の「第1回国連人間環境会議」以降、1992年の「環境と開発に関する国連会議」(リオの地球サミット)、2002年の「持続可能な開発に関する世界首脳会議」(ヨハネスブルグサミット)、2012年の「国連持続可能な開発会議」(リオ+20)と国連の環境会議が10年ごとに3回開催されてきた。

このブログ内の関連記事
あれから40年、2010年は混乱か?―その1(2009-04-09) 


 また、この流れと並行して、1995年ドイツのベルリンで開催された「気候変動枠組み条約第1回締約国会議」(COP1)以降、気候変動枠組み条約締約国会議は毎年開催され、2014年に20回目(COP20)を迎えた。

 これらの国際会議のいずれでも、日本は消極的な対応に終始した。 次に掲げた関連記事をご覧いただければ、国際社会における日本の振る舞いや姿がはっきりとするであろう。


このブログ内の関連記事
1992年の地球サミット:「環境問題をリードしてきた国」と「そうでなかった国」(2007-12-04)

国連へのポスト京都提案 日本、締め切り遅れ(2008-03-12)

2008年COP14で日本が「今日の化石賞」を受賞(2008-12-05)

日本がなぜ、「今日の化石賞」を受けるのか? 経済成長、エネルギー消費、CO2の整合性なき政策(2008-12-07)

ドイツとポーランドが「今日の化石賞」受賞、欧州のNGOが環境政策ランキングを公表(2008-12-11) 

日本政府の中期目標検討委員会が受賞した「化石賞」 

12月のCOP15で予定されていた「ポスト京都議定書の採択」は断念(2009-10-30)

COP15が閉幕、この決断が将来を決める(2009-10-30)

10月の「COP10」で議論される2つの主要テーマ 「名古屋ターゲット」と「名古屋議定書」(2010-09-12) 

1992年の「地球サミット」 当時のスウェーデンと日本の環境問題に対する認識の大きな相違(2010-09-13) 


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スウェーデンに学ぶ「持続可能な社会」 発売当初の主な書評

2015-02-15 11:39:16 | Weblog
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 およそ1年3ヶ月ぶりに再開した最初のブログで、『スウェーデンに学ぶ「持続可能な社会」』(朝日新聞社 2006年2月25日 第1刷発行)は、発売当初にも多くの好意的な書評をいただいたと記した。その中には、今でもネット上や雑誌・新聞などの紙媒体の形で残っているものもあれば、すでに消え去ってしまったものもある。

 発売当初の書評は今後消え去ることはあっても増えることはない(ネット上で偶然新たに見つかることはあるかもしれないが)と思われるので、この機会に当時の主な書評をまとめて保存し、読者みなさんの参考に供したいと思う。

(1)毎日新聞 書評「今週の本棚」 小西聖子 評  2006年3月26日

(2)週刊エコノミスト 大橋照枝 評 2006年3月28日号

(3)毎日新聞 「余録」 2006年5月4日

(4)リクルート「WORKs」06年6月7日号(76)目次 2006年6月13日

(5)山口大学工学部工学教育センター 溝田忠人 評

   ここをクリックすると、原剛著「農から環境を考える」が表示される。そこで、左側のブックレビュー(-新着順ー)の13をクリックすると、私の本が表示される。

(6)環境カウンセラー 中村公雄のブログ 2006年3月3日

(6-2)環境カウンセラー 中村公雄のブログ 2007年1月15日

     同じ方が1回目の読書時と、2回目の読書時に書評を書いている。その変化を比べ 
    ていただくと面白い。判断基準が変われば、評価も変わるという具体的な事例である。



 また、これらの書評とは別に、アマゾンのカスタマーレビューには9件のレビュー記事がある。


 この本で取り上げた内容とこれまでに書き綴った880本余りのブログ記事の内容に示した「私の環境問題に対する基本認識」が、今後のブログ記事の私の論考の背景として存在することは言うまでもない。同じテーマに対して見解が大きく異なるようであれば、コメント欄を通じて議論したいと思う。

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発売9年後に偶然出会った読書記録 『スウェーデンに学ぶ「持続可能な社会」』

2015-02-09 11:20:52 | Weblog
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 初めてバンジージャンプに挑戦する人が、怖いけれどもやってみたいという強い好奇心から飛び込み台に立ったものの下をみて立ちすくみ、恐怖にかられ動揺して飛び降りるのに躊躇しているとき、突然、仲間に背中を押されて、谷底に向かって転がり落ちた時のような心境で、私は8年前の2007年1月1日を期して、得体の知れぬネット世界の未知なる発信手段の一つ「ブログ」の開設に挑戦してみた。
 

 最初の記事に何を書いたらよいのかわからなかったので、不安ではあったが思案の結果、次のような記事を投稿した。


最初の投稿記事
 日本で唯一の肩書き?(2007-01-01) 
 


  当初はいつまで続けられるか自信はなかったが、それでも2013年10月26日までおよそ6年10ヶ月ほど投稿を続けることが出来た。そして、次の記事を最後に、1年3ヶ月の長い休眠状態に入った。

最後の投稿記事
 小泉元首相の「原発ゼロ」、誰も関心を示さない“循環型社会”?(2013-10-26) 


 お陰様で私のブログはある時期から訪問者数が急増し始め、その後、常にかなりのレベルで安定した訪問者数を維持してきた。この事実は想定外の喜びだった。6年10ヶ月余りの間に書き綴ったブログ記事は800本余りになる。いま、読み返してもそのほとんどの記事内容は新鮮さを失うことなく、現在でも十分に通用するのではないかと思っている。


ブログ再開の試み

 時間の経過と共に身の回りのいろいろなことが徐々に片付いてきたので、1年3ヶ月の長い休眠状態から脱してそろそろブログを再開してみようかと考えていた矢先、再び背中を押してくれるようなブログ記事に偶然出会った。数日前のことだ。

 この記事を書いた方にはまったく心当たりがないが、私の基本的な考え方や認識に賛同してくださっているようなので、私のブログ再開のきっかけとして、この方のブログを紹介させていただこう。投稿はおよそ3週間前の1月18日。


 読書記録「スウェーデンに学ぶ”持続可能な社会”」小澤徳太郎著


 この本は、私が2006年2月25日に朝日新聞社から「朝日選書」(792)として上梓したもので、発売当初にも多くの好意的な書評をいただいたが、9年後に遭遇したこの読書記録はとりわけうれしい。この記事を書いた方が、次のような表現で、私の本の意図を確実に受けとめてくれていたからである

・・・・・ただし、あくまでも本書はスウェーデンの政策というものを紹介はするものの、重きを置いているのは日本の政治経済の批判でありそういった構成になっているということのようです。(原文のママ)・・・・・


 私の最初のブログ投稿記事「日本で唯一の肩書き?」(2007-01-01)の投稿7日後の1月8日に、初めてのコメントをいただいた。このコメントに対して、私は次のようなコメントを返した。

     ありがとう (backcast)
     2007-01-08 05:05:53
     最も重要なところを取り上げていただいてありがとうございます。私にとってスウェーデンはどうでもよい 
     ことで、問題は私たちの国、日本です。







 この本の出版を機に私はこのブログを開設し、1年3ヶ月の長い休眠状態を経て、今日に至ったのである。今日の再開は、ブログ編集画面の表示によると、ブログ開設から2963日目、そして今日の記事は888本目とのことであった。これからはあせらず、ゆっくりと投稿を楽しみたい。
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小泉元首相の「原発ゼロ」、誰も関心を示さない“循環型社会”?

2013-10-26 16:39:05 | 原発/エネルギー/資源
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 5日前のブログ「小泉元首相の“原発ゼロ”が明らかにした“治療志向の国 ニッポン”」の結論として、私は「政治が決断すれば、原発ゼロでもやっていけるという考えがじわりと固まってきた」という小泉元首相のお考えに基本的に賛同しました。

 しかし、これはあくまで一般論で、私は、アベノミックスによる「経済の持続的拡大」をめざす現在の日本社会の状況を考えたときに、小泉さんのお考えに大きな危惧をいだいています。私のこの危惧を読者の皆さんと共有するのに極めて有効な記事が10月19日の読売新聞の「論点」に掲載されています。

論 点

  エネルギー政策  「原発ゼロ」を目指して 小泉純一郎氏

        小泉氏は楽観的過ぎないか 論説委員 遠藤弦

 この記事は小泉さんが「論点」に寄稿し、論説委員の遠藤弦さんが対論(反論)を試みたという形をとっています。ネット上では、小泉さんのお考えに賛否両論が飛び交っており、大雑把に言えば、反対論の多くの主張が遠藤さんの対論に集約されていると思います。 

 この記事の中で、小泉さんは「循環型社会」というキーワードを次のように3回使っておられます。

①私は、今、政府・自民党が「原発をゼロにする」という方針を打ち出すべきだと主張している。そうすれば、原発に依存しない、自然を資源にした「循環型社会」の実現へ、国民が結束できるのではないか。原発の代替策は、知恵のある人が必ず出してくれる。(冒頭部分)

②千年、万年の年月を経過しても、放射能の有害性が消滅しない処分場を建設する莫大な資金やエネルギーを、自然を資源にする循環型社会の建設に振り向ける方が、やりがいがあり、夢があるのではないか。(後半部分)

③挑戦する意欲を持ち、原発ゼロの循環型社会を目指して努力を続けたい。(結びの部分)


 1972年の「第1回国連人間環境会議」以来、スウェーデンと日本の環境問題を同時進行でフォローしてきた私にとって、小泉さんの寄稿の中に3回登場した「循環型社会」という概念は国際的には「持続可能な社会(Sustainable Society)」と同義の21世紀社会を展望する際のキーワードだと理解するのですが、論説委員の遠藤さんの対論には一言もこの言葉が出てきません。また、ネット上に飛び交う「小泉元首相の原発ゼロ」に賛成する人も,反対する人もこの「循環型社会」という言葉にはまったく関心がないようです。

考資料
持続可能な社会か、循環型社会か


 私の懸念は小泉さんが「循環型社会」の定義をはっきりと明らかにしないままに、「原発ゼロ論」を進めていることです。特に、法治国家である日本の社会ではこのキーワードが2000年6月以降、国際社会とは違う意味合いで法律上使われていることに注意する必要があります。

このブログ内の関連記事
「持続可能な社会」をめざす国際社会と独自の「循環型社会」をめざす日本(2007-09-30)

平成19年版「環境・循環型社会白書」の不可解(2007-10-27)


 日本では、2000年(平成12年)6月2日に循環型社会形成推進基本法」と称する法律が公布され、2001年(平成13年)1月6日をもって全面施行されました。それ以来、日本全国で、この法律の周知徹底のための広報や国や自治体の活動が今日まで推進されてきています。

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今日の製品は明日の廃棄物(2007-01-02)

21世紀前半にめざすべき「持続可能な社会」の構築への法体系が未整備な日本


 小泉・連立内閣政権は2001年4月に発足し、2006年まで続きました。ですから、小泉政権はできたばかりの新法「循環型社会形成推進基本法」の周知活動に熱心だった(?)はずです。「循環型社会形成推進基本法」は「循環型社会」という言葉を冠してはいますが、この法律は持続的経済成長を追求する日本の社会から大量に排出される廃棄物の処理・処分関連の法律であって、小泉さんが「原発ゼロ」という主張の中でイメージしておられると推測する“循環型社会”とはまったく似て非なるものです。

 ちなみに、この5年間に小泉・連立内閣のもとで刊行された経済財政白書の副題は、

2001年「改革なくして成長なし」、
2002年「改革なくして成長なしⅡ」、
2003年「改革なくして成長なしⅢ」、
2004年「改革なくして成長なしⅣ」、
2005年「改革なくして成長なしⅤ」

と徹底しています。小泉政権は成長一点ばりだったのです。

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「成長一辺倒」の戦後60年 ② そして、これからも?(2007-02-16)


 小泉さんは、読売新聞の「論点」とは別のところで、「私はいままで原子力の専門家たちが言っていた、原発は安全でクリーンでコストが安いというのは本当なのか、自分なりに勉強してみました。そして疑問を抱いたのです。原子力は果たして現在の人間が制御できるのだろうか。そしていま、私は、原発はゼロにすべきだ、しかもできるだけ早く政治はゼロの方針を決断するべきだ。いまそういう論者になっているのです。」とおっしゃっています。

 そうであれば、ぜひとも、小泉政権の発足とほぼ、時を同じくして施行された日本の「循環型社会形成推進基本法」をご自分で勉強してみてごらんになるのはいかがでしょうか。

 大切なことは21世紀にめざすべき社会のビジョン「持続可能な社会」を描き、そのビジョンを実現するためのエネルギー体系を構築することだと思います。

 私は国際社会の共通の認識である「持続可能な社会」の構築のためには、原子力エネルギーゼロをめざして原発を段階的にフェーズアウトすると同時に化石燃料の使用も段階的に削減して行くような、まったく新しい経済活動をつくり出すことが必要だと思います。

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原発を考える① まずは、皆さんへの質問(2007-04-10)

原発を考える② 原子力委員会の「原発」の特性と位置づけ(2007-04-11) 

原子力委員会の長期計画策定会議第二分科会の報告「エネルギーとしての原子力利用」(平成12年6月5日)は日本の原子力の位置づけについて、「21世紀にふさわしい循環型社会の実現に向けて最大限に活用していくことが合理的です」と述べています。

 ここで、思い起こして欲しいのはこの「分科会の報告」が公表されたのが、平成12年(2000年)6月5日で、「循環型社会形成推進法」が公布されたのが平成12年6月2日(平成13年1月6日完全施行)、そして、小泉政権が発足したのが平成13(2001年)年4月であったこと、小泉政権は2006年まで続きます。2000年の原子力委員会は「原子力の最大限の活用→循環型社会の実現」、2013年の小泉元総理は「脱原発→循環型社会の実現」とは? つまり、この奇妙な矛盾する現象を理解するには、「循環型社会」の概念あるいは定義が当時の原子力委員会と現在の小泉元首相の間で異なっているということでしょう。

 2001年4月の政権担当以来、3.11の大震災直前までの小泉元首相の「循環型社会」に対する基本認識は原子力委員会と共有していましたが、大震災以降、小泉元首相の「循環型社会」は無意識のうちに、あるいは、意図的に、1990年代前半頃まで日本で議論されていた「循環型社会」(国際社会に定着し始めた「持続可能な社会」とほぼ同義)に戻ったのではないかと、私は推測します。


原発を考える③ 4月10日の「設問の意図」(2007-04-12)

原発を考える④ 過去の「原発に関する世論調査」(2007-04-13)
    

原発を考える⑤ エネルギーの議論は「入口の議論」だけでなく「出口の議論」も同時に行う(2007-04-14)

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スウェーデンの故パルメ首相が32年前に広島の原爆資料館に残した言葉

2013-10-25 14:53:03 | 政治/行政/地方分権
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 4日前の私のブログ「小泉元首相の“脱原発論”が明らかにした“治療志向の国 ニッポン”」の中で、1972年の「第1回国連人間環境会議」のある会合でスウェーデンの当時のパルメ首相が述べた「科学者と政治家の役割」を紹介しましたが、今朝の朝日新聞のコラム「天声人語」には、32年前の1981年(昭和56年)に同首相が広島の原爆資料館に残した言葉が次のように紹介されています。



 私もこのブログで、広島の原爆資料館に残された故パルメ首相の言葉を紹介したことがあります。そこで、改めて、そのブログを検証してみました。偶然にも、このブログに掲載されていた同首相の言葉も1981年のものでしたが、内容は異なっていました。

天声 人語  どの国の政府であれ、責任ある地位に就く者には、すべて広島を訪ねることを義務づけるべきだ。
私のブログ  世界の人々は、ヒロシマの名において決して過ちを犯してはならない。このことが決して再び起こってはならない。

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22年前にタイムスリップ  「広島の原爆資料館」と「竹原火力発電所」を訪問(2010-08-14)

「原爆資料館で見つけた故パルメ首相のメッセージ」と「閣内の環境相の位置づけの重要性」(2010-08-17)


 今朝の天声人語は、「反核平和の政治家で知られたその人が、天上でうなずいているだろう。被爆国でありながら、『核不使用声明』への賛同を見送って来た日本が、ようやく声明に署名した。これまで、米の「核の傘」に頼る政策に合わないと拒んでいた。」と述べています。
ここでも、国際社会におけるスウェーデンと日本の立ち位置の相違を垣間見ることができます。

ネット上で見つけた関連記事        
検証 ヒロシマ 1945〜95 <15> 原爆資料館|検証ヒロシマ|ヒロシマ ...
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小泉元首相の“原発ゼロ”が明らかにした“治療志向の国 ニッポン”

2013-10-21 11:41:44 | 原発/エネルギー/資源
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 2011年3月11日の東京電力福島第一原発大事故後から、小泉元首相の「原発に対する懸念」が散見されるようになり、特に今年の夏頃からは、元首相の「脱原発論」がネット上で、そして、マスメディアでもとりあげられるようになってきました。その多くは編集され、断片的で、似たような論調が多くあります。私も小泉元首相の「脱原発論」には非常に興味があります。10月17日の東京新聞が、前日に木更津で行われた小泉元首相の講演会の模様を次のように報じています。



 この記事からは小泉元首相の「原発ゼロの主張」の理由がもう一つわかりにくかったのですが、10月17日に放映された日本テレビの情報番組「ミヤネ屋」では講演の要点がかなり詳しく伝えられていました。これまた、編集されており、断片的ではありますが、聞き取れる音声を忠実に拾ってみました。

xxxxx
ご紹介いただきました、小泉純一郎でございます。

 浜田靖一代議士からお話がありましてね、木更津、地元なんだと、何とかね、来てくださいよという話だったもんです。ちょっと木更津遠いなと思ってね、お断りしようかなと思ったんだけども、新次郎のことが頭に浮かびましてね、そうだ・・・

 しかし、あの福島県の原発事故、その後のさまざまな問題を考えてみると、こりゃー、日本で原発をこのまま推進して行くのは、無理だなと感じ始めました。政治が決断すれば、日本は原発ゼロでもやっていけるという・・・

 私が原発ゼロにしろという一番の理由、いくつかありますけれども、一番の理由はね、処分場がないということですよ。仮に原発がいくつか、これからの電気に必要だからと言って、再稼働を認めたとしてもですよ、ゴミはどんどん増えていくわけです。政治的な方向を出せばね、国民はね、大方の国民は協力してくれるんじゃないか・・・

 特に8月、フィンランドの「オンカロ」の視察に行って、改めて、これは“日本は原発ゼロにしなきゃいかんな”と確信を持ちましたね。これねぇ、10万年というのは気の遠くなる先の話ですよね。日本がね、400メートル地下を掘ったらね、水が漏れ出るどころじゃないですよ、温泉が出てきますよ。しかもね、フィンランドは地震がない。

 本物の「オンカロ」に行ってこのような状況を見てですね、やっぱり、原発は必要だとこの論理で国民を説得することはできない、むしろますますゼロにすべきだということならば説得は可能だと思いましたね。

 今ね、原発がなかったらね、経済成長できないよ、と言うけれども、日本の企業の技術力とかね、努力は大したもんだと思うんです。今後ね、さまざまなそういう原発ゼロに代わる代替エネルギーの開発、それを支援策・奨励策取れば日本はやっていけるんじゃないかな・・・

 有害性が消えない、そうゆう原発の処分場をつくるために莫大なカネとエネルギーを使うよりも、そのカネを自然を資源にする環境にやさしい、そうゆうエネルギーにふり向けたほうが、はるかにやりがいがあって、夢のある事業ではないかなと思ってるんです。
         

 大震災の「ピンチ」を「チャンス」に変える時だ、というふうに受け止めたい。政治に休みはないんですよ。どんな時代でも、これでいいという時代はない。
xxxxx


 私は、この講演会で語られた小泉元首相の言葉から、日本とスウェーデンの「政権を支える原子力分野の専門家の原発に対する基本認識と政治家の原発に対する基本認識」、それに加えて、「その基本認識の大きな落差に起因する現実の行動の具体的な相違」を改めて感じました。 一言で言えば、同じ先進工業国でありながら、“雲泥の差”といっても過言ではないでしょう。この機会に相違の具体的な例を紹介しましょう。

 小泉元首相は講演で、「原発をゼロにしろという一番の理由は処分場がないということだ」と述べておられます。日本では、今でこそ放射性廃棄物の処分の重要性が語られていますが、私の理解では日本の反原発運動は主として「原発の安全性」への市民の疑問から出発していました。一方、スウェーデンの初期の反原発運動の発端は「原発の安全性」ではなく、たとえ安全に原発が稼働していても必ず発生する「放射性廃棄物」の処分に対する懸念からでした。

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原発を考える④ 過去の「原発に関する世論調査」(2007-04-13)


 スウェーデンの反原発運動は1960年代にすでに始まっていました。ノーベル賞受賞物理学者ハネス・アルフベン博士と中央党の国会議員ビルギッタ・ハンブレウス女史が初期の反原発運動の中心でした。

スウェーデンの商業用原子炉の1号機(オスカーシャム原発1号機)が運転を開始した1972年(昭和47年)秋の国会で、反原発運動の中心的存在であった中央党のビルギッタ・ハンブレウス議員が「原発から出る放射性廃棄物の処分」について政府の見解をただした時、答弁に立った当時の産業大臣は「今のところ、国際的に認められた放射性廃棄物の最終処分方法はない」と答えました。 同議員は「それならば」と原子炉新設の停止を求める提案を国会に提出しました。この提案は国会で否決されましたが、そのとき以来、原発は常にスウェーデンの政治の重要な議題の一つになったのです。

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スウェーデンの「脱原発政策の歩み」⑭ スウェーデンの反原発運動の発端は放射性廃棄物問題(2007-11-12)


 スウェーデンの商業用原子炉1号機が運転を開始した1972年に、原子力発電事業者は共同出資してスウェーデン核燃料・廃棄物管理会社(SKB)を設立しました。SKBは、1977年の「安全に関する条件法」(Safety Stipulation Act)に従って、放射性廃棄物関連の処分施設の建設を開始しました。

 1985年には、高レベル放射性廃棄物の中間貯蔵施設(CLAB)がオスカーシャム原子力発電所の敷地内で稼働を始め、1988年春には低・中レベル放射性廃棄物の最終処分施設(SFR)がフォーシュマルク原子力発電所に隣接する海底で稼働を始めました。

 高レベル放射性廃棄物(主として使用済み核燃料)は約30~40年間、上記の中間貯蔵施設(CLAB)に貯蔵し、放射線のレベルが下がった後、新設する最終処分場(SFL)に移されることになっています。SKBは2009年6月にエストハンマル自治体のフォーシュマルクに高レベル放射性廃棄物の最終処分場(SFL)の建設予定地を選定し、2011年3月16日に政府に処分場の立地・建設許可申請を行いました。申請の認可はまだおりていませんが、2020年頃、稼働できるように最終処分場が建設される予定です。

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日本の原発も高齢化、そして、「トイレなきマンション問題」も改善されず(2009-09-04)


 小泉元首相が、今年8月に三菱重工、東芝、日立、清水建設といった原発に関わる企業の幹部と一緒に訪問したというフィンランドの高レベル放射性廃棄物の地下特性調査施設「オンカロ」(高レベル放射性廃棄物の最終処分に必要なデータを集めて処分技術を確立する目的で建設された施設で、最終処分場に先駆けてつくったこの施設は将来、最終処分場として何らかの致命的な地質学的問題がなければ、最終処分場の一部分として有効活用しよういう計画になっている)は、スウェーデンのSKBの「KBS-3」という処分概念 をベースにして、フィンランド独自の研究開発の成果をプラスする形で設計されています。

 このような一連の流れの中で注目すべきことは、スウェーデンでは原発に関わる科学者や技術者などの専門家が原発の抱えるさまざまな問題点を早い時期に指摘し、それを政治家が取り上げ、政治の場で議論し、政府が国民の意見を吸い上げながら、それを国の政策に反映してきたことです。

 このように見てくると、日本とスウェーデンでは「原子力問題に関する基本認識」が専門家のレベルでも、政治家のレベルでも大きく異なることがご理解いただけるでしょう。

●スウェーデンの商業用原子炉1号機(オスカーシャム原発1号機)が運転を開始したのは1972年(昭和47年)でした。
●反原発運動の中心的存在であった中央党のビルギッタ・ハンブレウス議員が「原発から出る放射性廃棄物の処分」について政府の見解をただしたのも1972年でした。
●スウェーデンの原子力発電事業者が共同出資して、スウェーデン核燃料・廃棄物管理会社(SKB)を設立したのも1972年でした。


 そして、スウェーデン政府が、世界に先駆けて「第1回国連人間環境会議」を首都ストックホルムで開催したのも、1972年でした。この会議の開催中にある小グループの会合で、当時のパルメ首相は「科学者と政治家」の役割について次のように述べています。

 科学者の役割は事態があまり深刻にならないうちに事実を指摘することにある。
 科学者はわかりやすい形で政治家に問題を提起してほしい。

 政治家の役割はそうした科学的な判断に基づいて政策を実行することにある。
 そのもっとも具体的な表現は政府の予算だ。政策の意図が政府の予算編成に反映されることが必要だ。


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第1回国連人間環境会議(2007-03-28)


 私は当時のパルメ首相のこの言葉にスウェーデンの考え方(予防志向の考え方)が見事に凝縮されていると思います。この言葉はスウェーデンの原発問題にも適用されています。一方、小泉元首相の「脱原発論」には日本の原発問題に対する考え方(治療志向の考え方)とそれに基づく具体的な行動がこれまた見事に凝縮されていると思います。

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社会的な合意形成② 「治療的アプローチ」と「予防的アプローチ」(2007-03-01)

社会的な合意形成 ⑤ 環境問題解決の鍵:科学と政治(2007-03-04) 

社会的な合意形成 ⑥ 科学者と政治家の役割(2007-03-05)
 


 翌年1973年(昭和48年)には第1次オイルショックが起こりました。今にして思えば、40年前の「オイルショックの時の政治的決断」とその決断による具体的な対応が2013年の現状を創り出しているのです。その意味で、「政治が決断すれば,原発ゼロでもやっていけるという考えがじわりと固まってきた」という小泉元首相のお考えは正しいと思います。

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再び、「今日の決断が将来を原則的に決める」という経験則の有効性(2007-07-30)




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IPCC総会で承認された第5次報告書(地球温暖化の科学的根拠)、今回、「温暖化懐疑論」を提起するのは誰か

2013-10-02 21:53:25 | 温暖化/オゾン層
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 私の環境論が、他の多くの日本の環境の専門家と称される方々の議論と異なるのは、「環境問題」と「経済(活動)」を最初から関連づけて考えていること、そして、環境問題の解決のためには「民主主義の考え方」と「その実践」が必須なことを十分に意識していることです。具体的には環境問題の解決は、従来の公害とは違って技術的な対応だけでは不十分で、経済社会の制度の変革をともなうこと、そして、その解決策である21世紀に主な環境問題を解決した「エコロジカルに持続可能な社会」の創造のためには、さまざまな「政策」とそれらの政策を実現するための「予算措置」が必要なこと、つまり、環境問題の解決に当たって、「技術の変革」と「政治と行政のかかわり」を強く意識していることです。

このブログ内の関連記
私の環境論8 環境問題とは(2007-01-18)

あらためて、「環境問題」とは(2007-07-23)

年末にあたって、改めて「環境問題とは」(2008-03-29)

古くて新しい問題、「環境問題」をもう一度考える(2010-01-18)

世界経済のグローバル化がもたらしたこの10年間の「環境負荷の増大」(2010-04-05)


 20世紀の安全保障の議論は「軍事的側面」に特化されていましたが、21世紀の安全保障の概念は軍事的側面だけでなく、さらに広く「経済活動から必然的に生じる環境的側面」へと展開していかなければなりません。戦争やテロ活動がなくなり、世界に真の平和が訪れたとしても私たちがいま直面している環境問題に終わりはないからです。その象徴的存在が「気候変動問題(地球温暖化問題)」と言えるでしょう。

このブログ内の関連記事
「環境問題」こそ、安全保障の中心に位置づけられる(2007-03-12)



 さて、国連広報センターの10月1日付けプレスリリース(13-068-J 2013年10月1日)によれば、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が9月27日、スウェーデンのストックホルムで最新の評価報告書を発表し、気候システムに人が影響を与えていることは明らかだとしたうえで、この事実が世界のほとんどの地域ではっきりと表れていると結論づけた」と報じています。

 そして、気候システムが温暖化していることは疑いのない事実であり、ストックホルムで承認されたIPCC第1作業部会評価報告書『気候変動2013:自然科学的根拠』の政策決定者向け要約 (Working Group I Contribution to the IPCC Fifth Assessment Report Climate Change 2013: The Physical Science Basis Summary for Policymakers) によると、過去30年間を10年ごとに区切ってみても、1850年以来のどの10年間よりも地球の平均気温が高い状態が続いているとのことです。

このブログ内の関連記事
IPCCの創設とスウェーデン(2008-01-05)


 9月28日の朝日新聞が1面で、この評価報告書の概要を分かり易く、しかも明確に次のようにまとめています。


7面の解説記事:気温上昇2度以内「困難」IPCC報告書 専門家が指摘




第4次報告書で用いられた英語表現はVery likely:90–100% probability(日本語では可能性が非常に高い) 
第5次報告書で用いられた英語表現はExtremely likely: 95–100% probability(日本語では可能性が極めて高い)

 2007年の第4次報告書に比べて今回の第5次報告書が明らかにした最も重要なことは、「温暖化の原因は人為起源の温室効果ガスである可能性が極めて高い(95%以上)」と指摘したことです。この指摘は、私にとって極めて意義深い指摘です。2007年1月1日に開設したこのブログで、私が問い続けてきた地球温暖化を含む「環境問題の本質」に対する基本的な理解今回の報告書の指摘が見事に合致したからです。

2007年に第4次報告書が公表された後、2008年にはいくつかの「温暖化懐疑論」が提起されました。日本の温暖化懐疑論に対して当時の私の考えをこのブログで書きましたので、改めて紹介しておきましょう。今回の第5次報告書に対して、誰がどんな「温暖化懐疑論」を提起するのか楽しみです。

このブログ内の関連記事 
日本の「温暖化懐疑論」という現象(1)(2008-09-24)

日本の「温暖化懐疑論」という現象(2)(2008-09-25)


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2006年に 「原発批判派」 になった武田さんは、3年後の2009年には再び “原発推進派”へ変心?

2013-06-23 16:04:51 | 原発/エネルギー/資源
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 1972年にスウェーデンの首都ストックホルムで開催された「第1回国連人間環境会議」以来およそ40年にわたって、国際社会における日本とスウェーデンの「環境政策およびエネルギー政策」や「振る舞い」を同時進行でフォローしてきた私は、武田邦彦さんの最新のエネルギー分野のお考えを理解しようと思い、武田さんの著書『エネルギーと原発のウソをすべて話そう』(産経新聞出版 平成23年6月8日 第1刷発行 平成23年9月7日 第5刷発行)を読みました。



 この本の著者略歴には「内閣府原子力委員会および安全委員会の専門委員、文部科学省科学技術審議会専門委員を歴任。福島第一原発の事故について発信するブログは1日40万件を超すアクセスとなり、多くの人の指標となった。」と書かれています。
 
 このアクセス件数が示すように、武田さんのお考えが多くの読者にある種の影響を与えたことは容易に想像できます。私もこの本のタイトルのあまりに“挑発的なネーミング”につられてこの本を購入しました。

 4年前に読んだ本で、武田さんを“信念の原発推進派”と思い込んでいた私は、『エネルギーと原発のウソをすべて話そう』の「はじめに」を読み、武田さん自身が語る原発に対する記述が4年前と大きく異なっていることに気づき、大変な違和感をいだきました。まずは、「はじめに」をご覧いただきましょう。







 上の図の赤で示したところに注目してください。想像するに、この本を手にとった多くの読者は、私とは逆に、福島第一原発事故後のいわゆる原子力ムラの原発推進者とは一線を画す“誠実な原子力科学者”としての期待と信頼を武田さんに感じたと思います。その結果、武田さんのブログに1日40万件を超すアクセスがあったという、私には信じられないような現象が生じたのでしょう。  



 ところで、私は『リサイクル幻想』(文春新書 平成12年10月20日 第1刷発行)以降、武田さんの著書を10冊ぐらい読んできました。その中に、『つくられた環境問題-NHKの環境報道に騙されるな!』(ワック株式会社 2009年6月17日 初版発行)があります。



 この本の目次を見たときに、この本は私が理解した「日本とスウェーデンの環境問題やエネルギー問題」の大筋とかなり異質なものであることを知り、非常に興味を覚えました。

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日本がお金を出して開いた第1回の国連環境会議」という珍説を掲げた新刊書(2009-06-21)



 この本は「第1章 すべて解決している日本の環境問題」で始まり、 「エピローグ 日本のエネルギーは心配ない」で終わっています。第1章からエピローグまで、快適なテンポで武田さんと日下公人さんのトークが続きます。「マスメディアに問題は多いが、環境問題もエネルギー問題も日本にはまったく問題がないので皆さんご安心を」というのが著者のメッセージなのでしょうか。

 1973年以来、スウェーデンと日本のエネルギー問題、環境問題、労働問題を同時進行でフォローしてきた私は、この本の内容に多くの違和感を持っています。 「日本にはまったく問題がないので皆さんご安心を!」というのが著者のメッセージであるとするなら、このブログで示してきた私のメッセージとは正反対といってもよいでしょう。間違いなく、日本の多くの読者の印象とはかけ離れた見解と言えるのではないでしょうか。

 この本を読んで私は、武田さんを“信念の原発推進者”と判断したのです。武田さんの主張を明らかにするために、この本の「エピローグ 日本のエネルギーは心配ない」の最初のテーマ「エネルギー問題はすべて解決されている」(192~193)を紹介します。





 武田さんはご自身の言葉で「 ほんとうのことを言えば、原子力はエネルギーの中でもっとも安全です。私は実績主義ですが、五十年間、原子炉を動かしてきたという実績から言えることです。原子力は何の危険性もない。いまは、それを言っても無駄だから言わないだけのことです。」
とおっしゃっておられます。

 ところが武田さんは、2011年6月発売の『エネルギーと原発のウソをすべて話そう』の「まえがき」で、「しかし、2006年に原発の耐震指針が改訂されてからは、“原発批判派”になりました。同時に著書やあらゆる機会に、“原子力発電所は地震で壊れるようにできている”との警鐘も鳴らしてきました。」 と書いておられます。

 武田さんが「2006年から“原発批判派”になった」とおっしゃるのなら、3年後の2009年発売の著書のエピローグで「本当のことを言えば、原子力はエネルギーの中でもっとも安全です。・・・・・原子力は何の危険もない。・・・・・」と書いたのは大変な矛盾だと思いますが、いかがでしょうか。武田さんの著書で好んで用いられている「ウソ」という表現は、私たちが日常生活で用いている「うそ」や「嘘」という表現を超えた武田さん独自のニュアンスがこもった表現なのでしょうか?
 

そして、今年になってもう一冊『新聞・テレビは「データ」でウソをつく 政府とメデイアのデータ・トリックを見破る方法』(日本文芸社 2013年2月1日 第1刷発行)が追加されました。

 

 冒頭に書きましたように、私は武田さんの最新のエネルギー分野のお考えに興味を持ち、理解しようと思い、関連の著書を読んで来ました。エネルギーの中でも、特にご専門としている原子力(原発)に対するお考えに注目してきました。この本では原発を議論の対象にしておりませんが、「はじめに」で原発に触れておられますので、「はじめに」をご覧いただきましょう。




 2011年3月11日の東日本大震災以降に武田さんの『エネルギーと原発のウソをすべて話そう』を読み、次に『新聞・テレビは「データ」でウソをつく 政府とメディアのデータ・トリックを見破る方法』を読んだ方々の多くは、何の疑問も持たずにある種の納得感を得て、日本の現状および将来に相当の危機感を抱くことになったかもしれません。

 しかし、私はこの本の前に2009年の『つくられた環境問題-の環境報道に騙されるな!』を読んでおり、この中で「本当のことを言えば、原子力はエネルギーの中でもっとも安全です。・・・・・原子力は何の危険もない。・・・・・あと百年間も原子炉を動かしていったら、自然と安全だということがわかります。」という記述から、私は武田さんが、東日本大震災が起こるまで「原発は安全である」と主張しておられたのだと考えます。そうだとすれば、武田さんも「原発は安全である」とほぼ日本人全員が信じていたという誤った認識形成に積極的に荷担していたということになるのではないでしょうか。東日本大震災以降、いわゆる原子力ムラの原発推進者の発言が比較的静かになっている中で、武田さんの発言だけが異彩を放っています。


 武田さんと言えば、2007年に『環境問題はなぜウソがまかり通るか』、『環境問題はなぜウソがまかり通るのか 2』、2008年には『環境問題はなぜウソがまかり通るのか 3』を立て続けに発表しました。「ウソ」という一般人の興味を引く言葉を著書のタイトルに加えることによって、一般読者の関心を引きつけたことは確かだと思います。

 私は武田さんの著書『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』というタイトルに触発されて2007年にこの本を購入しました。そして、このブログでも過去に3回取り上げました。

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判断基準を変えれば、別のシーンが見えてくる! (2007-10-10)

同じ情報を与えられても解釈は異なることがある(2007-10-10)

武田さんの「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」と槌田さんの「環境保護運動はどこが間違っているか」(2007-10-14)



 マスメディアに加えて最近ではソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などネット上には立場を異にする様々な発言者による種々雑多な情報があふれています。私たちはこれらのメディアによって発せられる多彩な情報を取捨選択し、優先順位を付けて、「私たちの望ましい未来社会の構築のために有効活用できる力を養う」という大変困難な状況に置かれていることに改めて気づかなければなりません。








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「ESDの10年」の最終年2014年に向けて、6年前の私の懸念が、今明らかに

2013-06-12 11:50:09 | 持続可能な開発・社会/バックキャスト
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「ESDの10年」の最終年2014年まで残すところ1年足らずとなりました。国内外の経済的な激変の中で突然、「ESDの10年」と言われても何のことやらわからない方が多いかもしれません。

 「ESDの10年」とは「持続可能な開発のための教育(Education for Sustainable Development)の10年」のことで、2002年に日本が国際社会に向けて提案し、採択されたプロジェクトです。私は2007年9月27日のブログ「「持続可能な開発」の概念⑤ 日本が国連に提案した「持続可能な開発のための教育(ESD)」の行く末は?」で、とりあげ、次のように書きました。

XXXXX
 1992年のリオの地球サミットから10年後の2002年に、南アフリカのヨハネスブルクで開催された「持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD。環境・開発サミット)」で、日本は「持続可能な開発のための教育(ESD)」を提案しました。この提案は採択され、2005年から2014年までの10年間、国連が中心となって推進されることになっています。

 持続可能性という概念は、環境だけでなく、貧困、人口、健康、食料の確保、民主主義、人権、平和、文化的多様性などを含む広範囲な問題を含む概念です。はたして日本は、この概念を十分理解して自ら提案した「持続可能な開発のための教育」の成果を上げることができるでしょうか。大いに疑問があります。XXXXX


 私のこの懸念に対する回答が、図らずもおよそ1ヶ月前(2013年5月15日)の参院予算委員会で明らかになりました。質問に立った谷合正明委員(公明党)と安倍総理大臣との質疑応答からです。


2013年5月15日 参議院予算委員会

谷合(たにあい)正明(まさあき)議員(公明党)の総理への質問
 公明党の谷合正明です。総理、連日の集中審議大変お疲れ様です。

 私もいただきました10分でですね、まず、質問させていただきますのは、これまでですね、わが国が国際社会でイニシアチブを発揮してまいりました「ESDの取り組み」、また「人間の安全保障の取り組み」について伺いたいと思います。

 来年の11月にですね、名古屋、岡山市におきまして、「ESD(国連持続可能な開発のための教育)の10年」が最終年を迎えることを受けまして、ESDに関するユネスコ世界会議が開催されます。「ESDの10年」というのは、2002年ヨハネスブルグ・サミットにおきまして当時の小泉総理が提案したもので、持続可能な開発のために、何と言いましても教育がきわめて重要であるというものであります。 で実は、岡山の京山地区では、1人の100歩より、100人の1歩を合い言葉に、公民館を拠点とした地域密着型の環境教育活動などが展開されています。また、被災地でも、東日本大震災の経験や教訓をESD推進に生かす試みもあります。

 このポストESDをにらみましてですね、日本が独自の取り組みというのを積極的に、今後、国際社会にアピールする必要もあると考えています。

 しかしですね、そうした一部自治体で積極的に行われているんですが、「ESDという言葉」自体がほとんど国民に浸透していないというのが実情であります。わが国がサミットにおいてこのESDを提案した時に、安倍総理は当時官房副長官として実際に現地に行かれて、このESDの実現に尽力されたというふうに承知をしております。

 そこで、質問いたします。
 来年のESD世界会議におきまして、名古屋、また岡山会合におきましては関係閣僚の出席を要請するとともに、総理のリーダーシップのもと、広報、啓発等、国民の関心を高めるなど、これまで以上に政府一丸の取り組みをすべきであると考えておりますが、総理の同会議成功に向けた決意を伺いたいと思います。


安倍総理大臣の答弁
 今、委員が、谷合委員がご指摘になったように、確かに2002年、ヨハネスブルグ・サミットに私もですね、同行しておりまして、「EDSの10年」という提案を会場で聞いておりました。

 そのときにはですね、確かに報道もされたわけでございますが、残念ながら現在では認識が高いとは言えない状況を、残念なことだと思います。

 「持続可能な開発のための教育の10年」はわが国が提唱して、国連総会決議が採択されたものでありますが、その最終年となる来年わが国で開催される名古屋市、岡山市で開催される世界会議に向けて今後とも引き続き政府をあげて、周知・普及活動にしっかりと取り組んでいく考えでございます。

 来年の世界会議ではこの10年間を総括をし、その先の取り組みの進め方について議論を行う予定でございます。会議を主催するわが国として指導的な役割を果たせるように、関係大臣の出席も含め、しっかりとした対応をしてまいります。


谷合委員の答弁
 動きをですね、ぜひ加速化していただきたいと思います。

 人間の安全保障について伺います。

               以下 省略


 経済成長を力強く語り、総理就任後海外歴訪を精力的にこなしてきた安倍総理の答は、一転してこの件では、私の6年前の想定どおり、紋切り型で期待できないものでした。テレビに映し出された安倍総理は答弁書を読みながらの答弁でした。来年11月に名古屋と岡山で開催されるという「EDS世界会議」では、日本からの報告よりも海外からの報告や提案に期待せざるを得ません。

このブログ内の関連記事
緑の福祉国家5 21世紀へ移る準備をした「90年代」②(2007-01-15) 

「持続可能な開発」の概念⑥ 「ブルントラント報告」から現在に引き継がれている「持続可能な開発」の概念(2007-09-28)

今なお低い日本の政治家の「環境問題に対する意識」、 1992年の「地球サミット」は、その後は?(2007-09-28)

地球温暖化に対する日本の「政治の意識(認識)」と「行政の意識(認識)」(2007-09-29)

「持続可能な社会」をめざす国際社会と独自の「循環型社会」をめざす日本(2007ー09-30)

懸念される、今年6月に開催予定の国連の「持続可能な開発会議(リオ+20)」(2012-01-01)


名古屋市の関連HP
名古屋市:持続可能な開発のための教育(ESD)に関するユネスコ世界会議の開催(最終更新日:2013年6月5日)
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日本原電の敦賀原発の直下に「活断層」と、原子力規制委員会の専門チームが判断

2012-12-11 12:22:57 | 原発/エネルギー/資源
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 去る8月13日を最後に、およそ4ヶ月間中断していたブログを今日から再開することにしました。日本も国際社会もさまざまな分野で、いよいよ混乱の状況を深めています。この機会に上の図「このまま行けば、2030年は大混乱!?」を再度クリックしてみてください。私の考えが読者の皆さんのお考えの参考になることを切望しております。

 今朝の朝刊各紙が一面で「敦賀原発の再稼働」の是非にかかわるニュースを報じています。原発の再稼働の問題は来る12月16日の総選挙の争点の一つになっていますので、読者の方の関心も高いと思います。

 「原発の再稼働」についてのさまざまな議論の中で、私が最も関心を持ち続けてきた論点は「稼働開始後に原発が活断層の上にあることが現在の科学的知識で明らかになった場合、法的にどのように考え、どう対処するのか」という点、つまり、今回の敦賀原発がまさにその実例です。常に、科学的知識は深化し、技術は進歩するからです。

 今朝の東京新聞に、私が最も関心を持ち続けてきた論点をかなり分かり易く取り上げた記事がありました。「廃炉 法的規定なし 運転停止 電力会社への『要請』」と題したこの記事は私にとって非常に参考になる、価値ある記事ですので、後日の議論のために以下のように抜粋しておきます。

xxxxx
 国は活断層の上に原発を建てることを認めていない。しかし、完成後の原発で活断層が見つかったとき、どう扱うのか法的な決まりはない。原子力規制委員会は運転を禁じることも廃炉も、強制はできず、電力会社への要請という行政指導で対応することになる。

 活断層についての規定は、原発の耐震設計審査指針の手引に書かれている。「活断層の直上に耐震上重要な建物を設置することは想定していない」とあり、活断層上の建設を禁止する趣旨と解釈されている。

 規制委の田中俊一委員長が、日本原子力発電敦賀原発(福井県)を、安全審査の対象から外し、再稼働させない考えを示したのも、こうした規定を根拠にしている。

 ただ、規制委の事務局を務める原子力規制庁によると、規定は建設前の状況を想定したもので、完成後に活断層が見つかった場合のことは想定していないという。

 定期検査にしても、現在は行政指導で止めているが、法的には申請されれば検査をし、一定の性能を満たせばパスさせることになっている。

 規制委が原子炉等規制法に基づく運転停止の強制力を持つのは、来年7月になってからのことだ。

 廃炉に関しては、今後も規制委は命令できず、あくまで電力会社の判断となる。田中氏は「経済的な理由から廃炉せざるを得なくなるのでは」と話すが、不確定要素が多い。
xxxxx


 ここまで読んでいただけたら、この機会に、上の図の「21世紀の社会への挑戦」「持続可能な国づくりの会 理念とビジョン」をクリックしてみてください。

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原発は持続可能な社会の電源としてふさわしいか  ⑫(最終回)私の素朴な疑問

2012-08-13 06:35:11 | 原発/エネルギー/資源
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⑫(最終回)私の素朴な疑問 (2007年4月23日)

 4月10日から始めた「原発を考える」シリーズも今日で12回となりました。私の環境論に基づく「原発に対する基本的な考え」を皆さんにお伝えできたと思いますので、今回でいったんこのシリーズを終わります。

 シリーズを終わるにあたって、いかに日本のマスメディアがスウェーデンの原発政策をミスリードするのかを具体的に見ておきましょう。次の記事は1988年年6月9日の朝日新聞の夕刊に掲載された記事です。同様の記事が他紙にも掲載されていました。(図12‐1)


 この記事を読んで、私はこの記事はスウェーデンの原子力政策に関心を持つ人々に誤解を与えるのではないかと懸念し、朝日新聞の「論壇」に、私が理解するスウェーデンの最新の状況を投稿しました。私が初めて「原発問題」を日本の社会に問いかけたきっかけは、およそ20年前、1988年8月10日の朝日新聞に投稿したこの「論壇」でした。(図12‐2)

この記事を拡大するにはここをクリック

 この投稿記事に真っ先に反応したのは、意外にも、当時、反原発・脱原発運動を進めていた方々ではなく、政府の科学技術庁でした。新聞掲載の翌日か2日後に、科学技術庁の原子力担当課長(?)から職員に講演して欲しいとの依頼を受けました。

 それ以来、私は日本とスウェーデンの原発の動向をウオッチしてきました。この「原発を考える」というシリーズを終わるに当たって、いまなお、十分な回答を得られていない私の率直な疑問を提示しますので、皆さんも一緒に考えてください。なお、これらの疑問は私の最初の本『いま、環境・エネルギー問題を考える』(ダイヤモンド社、1992年7月)に収録されています。

疑問:その1
 1990年12月23日に発表されたわが国の総理府の「原子力に関する世論調査」によれば、調査対象の90%が原発に不安を感じるが、64.5%は原発の必要性を感じているそうです。一方、スウェーデンの世論調査では、自国の原発に不安を感じるのは常に調査対象の30~40%程度で、1980年の国民投票でも投票者の60%弱が12基までとの上限があるものの「原発容認」に票を投じていました。

 2010年における原発を発電容量で「現在の2倍以上(110万Kw級原子炉で40基分相当)」にするという目標を1990年6月に設定した日本と、2010年には原発を「ゼロ」にするという目標を10年前に掲げて様々な試みを行ってきたスウェーデンとの間に「原発」に対する考え方の大きな相違があるのは何故なのでしょうか?

 
疑問:その2
 日本の原子力関係者の一部には、スウェーデンはそのエネルギー政策で〝苦悩あるいは迷走〟しているという表現を好む向きがあります。

 私に言わせれば、順調に稼働し、しかも自国の原発技術に対して政府や国民がかなりの信頼を寄せている原発を廃棄し、しかも自然破壊の原因となる水力発電のこれ以上の拡張を禁止し、さらに、環境の酸性化の原因とされる化石燃料の使用に厳しい規制を要求する国民各層の意見を反映して策定された「国のエネルギー政策」を、そのような判断基準を持たない国の視点で現象面だけを見れば、「苦悩しているように見える」のは当然でしょう。

(1)もし原発が環境に対してクリーンであるならば、20年以上も硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)に起因するとされる「環境の酸性化(日本では〝酸性雨問題〟と言います)」に悩み、しかも

(2)二酸化炭素(CO2)の排出にも最も厳しい姿勢を示しているスウェーデンが、順調に稼働し信頼されている原発を〝苦悩あるいは迷走〟しながらも廃棄しようとするのは何故なのでしょうか?

疑問:その3
200年を越えるという情報公開制度の歴史を持つスウェーデンで、国際的に見ても
 (1)最大限の安全対策
 (2)最大限の廃棄物対策
 (3)徹底した原発労働者の放射線被ばく防護対策
 (4)原発の安定した順調な稼働実績
 (5)徹底した原発施設の一般公開
 (6)原発情報の積極的な公開と提供
などに加えて、十分な「PA活動(国民の合意形成活動)」を続けてきたにもかかわらず、1989年4月に東京で開かれた日本原子力産業会議の第22回年次大会で、スウェーデン原子力産業会議の会長に「スウェーデンでは『PA活動』が成功しなかった」と言わせしめたのは何故なのでしょうか?
 

疑問:その4
 日本の高校社会科の教科書における原発の扱いにも問題があります。この件を報じた1990年7月1日付けの朝日新聞の記事をみますと、私は「原稿本」の表記が正しく、文部省の指示にしたがって修正した「見本本」は誤りであり、修正は改悪であると思います。(図12‐3)


 疑問に思う方は日本の原子力委員会が編集している『原子力白書(平成元年版)』の13~14ページのスウェーデンの項を参照してください。原子力白書はかなり正確にスウェーデンの状況を記述しています。

 仮に、この記事の「見本本」の表記が正しいとすれば、スウェーデンのエネルギー政策の行方に一喜一憂(?)することもなければ、何組もの調査団をわざわざスウェーデンまで送り、類似の関心事項を繰り返し調査するような無駄は必要ないと思いますがいかがでしょうか? 

疑問:その5
 皮肉なことに、スウェーデンの原子力技術の水準の高さを最もよく知っているのは、日本ではほかでもない、原子力の専門家の方々です。 原子力エネルギーが環境に対してクリーンかどうか、あるいは環境にやさしいかどうかは1991年8月12日の朝日新聞の記事「原子力への課税提案へ」という記事や業界誌の週刊『エネルギーと環境』の1991年7月11日号の「原発もCO2課税の対象に、波紋投げる」という記事をみれば、明らかでしょう。

 原子力エネルギーが環境にクリーンと言うなら、あるいは環境にやさしいと言うなら、スウェーデン以外の工業先進国、たとえば、米国、英国、ドイツ、フランスなどが原子力エネルギーの利用にこれまで以上に積極的にならないのはなぜなのでしょうか?

 もう一度繰り返しますが、これらの疑問は私が15年以上前からいだいてきた疑問です。化石燃料に乏しく、輸入石油への依存度が高いという点で、かつては日本と似た立場にあった北欧の先進工業国スウェーデンの動向やEUの動向に適切に応えることこそ、 日本の原子力関係者に求められていることではないでしょうか?


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原発は持続可能な社会の電源としてふさわしいか  CO2削減効果はない「原発」

2012-08-12 12:20:24 | 原発/エネルギー/資源
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11 CO2削減効果はない「原発」  (2007年4月22日

 4月10日のブログ「1 まずは、皆さんへの質問」 に掲げた「21世紀の電源としての原発の論点」で8つの論点をあげましたが、今日はそのうちの一つ「環境にやさしいか」について検証します。具体的には原発にCO2削減効果があるかどうかです。

★原発にはCO2削減効果はまったくない

 まず、私がはっきり申し上げておきたいことは、「原発は発電時にCO2を排出しない発電装置」ではありますが、原子力推進者が主張するように、「CO2の排出削減装置」ではありませんので、「原発にはCO2を削減する効果はまったくない」ということです。

 次の図をご覧ください。この記事は「原発は発電時にCO2を排出しない発電装置」であると言っているにすぎません。(図11‐1)
 

 原発とCO2の削減に関する私の主張は次のとおりです。(図11‐2)


★あえて、原発のCO2削減効果を主張したいのなら……

 原発自体にCO2削減効果がないにもかかわらず、それでもCO2の削減に原発が有効であることをあえて主張したいのであれば、原発がつくりだす膨大な電力を生み出すために必要な化石燃料の使用を、原発の運転開始と同時に中止することです。このような措置をとれば、化石燃料は原発により置き換えられたことになりますので、原発の設置によって「CO2の排出量は削減された」とみなしてもよいでしょう。

 こうすることによって、CO2の削減は可能になるでしょうが、同時に私たちは、現在十分に解決できていない原発特有のマイナス面(安全性、核廃棄物、核拡散、労働者被曝、廃炉、核燃サイクルなどの放射線がかかわる問題や温排水などの難問)とそれに対処するための「膨大なコスト」をさらに抱え込むことになります。そして、事故が起きた場合には、さらに……

 しかし、実際には原発をつくるだけで、化石燃料の削減はなされていないようです。これではCO2は削減できません。次の図をご覧ください。(図11‐3)


 1990年4月に運転を開始した柏崎刈羽原発5号機から、97年7月運転開始の玄海4号機まで、15基の原発が90年代に新設され、稼働してきましたが、この間に日本のCO2排出量は10%強も増加しています。この10年間に石油、水力、地熱、新エネルギー、再生可能エネルギーの供給量はまったく同じです。変化があるのは、石炭と天然ガスと原発の増で、総エネルギー供給量は増えています。

 そして、この間に原発は15基増えており、CO2排出量は1億トン以上(10.1%)増えています。このことは、原発と化石燃料との置き換えがまったくなされていないことをはっきり示しています。

 なお、2006年末までに原発はさらに3基増え、1990年から18基が稼働しているにもかかわらず、CO2の排出量も90年代に比べてさらに増えています。

 逆に、次の記事は「必要な電力の供給量を維持するために、停止した原発が化石燃料を燃やす火力発電で置き換えられた」という趣旨の記事内容となっています。ですから、私の推測通りの結果が出ているのです。(図11‐4)



  以上の理解は、次の図からも支持されるでしょう。(図11‐5)

 さて、もう一度、「原発はCO2の削減に有効か」を皆さんにお尋ねします。次の2つの相反する意見を私のコメント抜きで紹介します。前者は1990年当時の電気事業連合会会長・那須翔さんの発言です。後者は1991年の東京大学教授・鈴木篤之さんの発言で、核廃棄物の専門家であられる鈴木篤之さんは現在、原子力安全委員会の委員長を務めておられます。みなさんで考えてみてください。(図11‐6および7)








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原発は持続可能な社会の電源としてふさわしいか  ⑩「持続可能な社会」のエネルギー体系とは

2012-08-10 07:25:11 | 原発/エネルギー/資源
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⑩「持続可能な社会」のエネルギー体系とは (2007年4月19日)

 4月10日から始めた「原発を考える」のシリーズも今日で10回目を迎えることになりました。原発の本質的な問題を考えるために、私はあえて、これまで原発事故には触れてきませんでした。そして、4月10日のブログの最後に、次のように書きました。
 
xxxxx
 ここに掲げた論点は、原発の問題点として、電力会社の不祥事の問題は一切取り上げていません。私がここで議論したいことは原発の本質を議論するために、「原発が正常に稼働しており、原発に対する安全性向上に向けたさまざまな技術開発が常に着実に行われており、電力会社も真剣に対応している。情報公開は完全に確保され、電力会社の不祥事は一切ない。」という前提での議論です。
xxxxx


★「原発」に対する私の結論
 そして、原発に対する私の結論は、たとえ上記のような条件が整っていたとしても、3月11日のブログ「新しい経済発展の道をめざして」昨日のブログ「原発と持続可能な社会―その2」の最後に書きましたように火力発電と原発の増大は、ますます「持続可能な社会への軟着陸を難しくすることになる」ということです。 


★原発トラブル

 2007年3月30日に電力各社が経済産業省原子力安全・保安院に提出した報告書から、70年代から2001年にかけてさまざまな不祥事を繰り返していたことがわかります。(図10-1および図10-2)



 ですから、これまで検証してきた原発の本質に加えて、この図表のような不祥事や事故の現状を考えると、原発は「21世紀の持続可能な社会」の電源としてふさわしくないことは明らかだと思います。


★「持続可能な社会」のエネルギー体系とは

 それでは、「持続可能な社会」のエネルギー体系としては、どのようなエネルギー体系が望ましいのでしょうか。私は次のように考えます。

 21世紀前半の社会を支える技術体系は、そのエネルギー体系に左右されます。20世紀に頂点を極めた近代工業の高い経済性は、「すぐれた技術力にある」と考えがちですが、これらの技術はすぐれた一次エネルギーである「石油」「石炭」「天然ガス」などの化石燃料や電力に支えられたもので、化石燃料が入手しにくくなれば、現在の高度な技術は役に立たなくなり、現在のような高い経済性は期待できないことを理解しなければなりません。

 21世紀初頭のエネルギー政策で最優先すべき政策課題は、最終エネルギー消費を抑制する「省エネ政策」でなければなりません。ここで注意しなければならないのは、3月16日のブログ「環境効率性、そして、効率化と省エネの混同」と3月17日のブログ「日本はほんとうに省エネ国家なのか、評価基準の見直しを!」で指摘しましたように、日本の省エネの概念が「効率化や原単位」をベースに考えていることです。この考えを改め、省エネの概念を「最終エネルギー消費の削減」に変えなければなりません。

 その上で、21世紀前半にめざすべき日本のエネルギー体系の構築には次のような視点が必要です。

①現行のエネルギー体系のもとでは、投入したエネルギーのうち有効利用されているエネルギーは3分の1で、残りの3分の2は廃熱として損失となっている。このエネルギー体系そのものの改善なしに、需要に応じてエネルギー供給を増大させることは、環境への人為的負荷をさらに高めることになる。したがって、まず現行のエネルギー体系を改善し、省エネルギー化に努めて最終エネルギー消費を抑制する。

②その上で、既存の化石燃料や原発の利用を現状に凍結し、「新しいエネルギー利用技 術(燃料電池、コジェネレーション、ヒートポンプ、クリーン・エネルギー自動車など)」や「自然エネルギー」で既存の化石燃料と原発を段階的に代替して(置き換えて)いく。

めざすべき目標は、ただ「自然エネルギー(再生可能なエネルギー)の導入促進」をすることではなくさらに進んで、21世紀の望ましい社会である「持続可能な社会」を支える、 「再生可能なエネルギーによる新しいエネルギー体系の構築」である。
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報道機関向けに部分公開された「東京電力本店と福島第一原発の現場を結ぶTV会議」

2012-08-07 09:47:41 | 原発/エネルギー/資源
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 今朝の朝日新聞一面に掲載された「報道機関向けに部分公開されたTV会議」の記事は「ベントできるならさ、おい吉田。ベントできるんだったら、もうすぐやれ、早く」と、東京電力本店にいた元副社長の早瀬祐一顧問が福島第一原発の吉田昌郎所長に指示したという緊迫感と臨場感あふれる書き出しで始まっています。

 私にとってのこの記事の最初のキーワードは「ベント」です。このブログでも原発の過酷事故における「ベント」の重要性と、そのベント・システムに放射性物質の大気への放出を防止するフィルターをつけたスウェーデンの予防的な考え方を紹介しました。

このブログの関連記事
25年前に原発格納容器のベント用にフィルターを設置した国と、“安全神話”でいまだ設置ゼロの国(2012-03-27)


 もう一つのキーワードは「早瀬祐一顧問」です。「早瀬さん」は今朝の朝日の記事では元副社長という肩書きがついておりましたが、私が初めて早瀬さんのお名前を知ったのは17年前のことでした。当時の早瀬さんは電気事業連合会(電事連)の原子力部長でした。東京電力から電事連に出向していらしたのですね。

このブログの関連記事
原発は持続可能な社会の電源としてふさわしいか  原発と持続可能な社会―その2(2007-04-18)


 私は2007年4月18日のブログの終わりに、次のように書きました。

xxxxx
 私の考えでは、2050年の世界は現在の産業経済システムの下で、経済活動を拡大した状況ではありえないということです。早瀬さんが個人として、あるいは電気事業連合会が組織として、2050年頃の社会をどのようにイメージしているのかぜひ伺いたいと思います。

 あまり難しい議論はこの際必要ありません。基本的な考え方は次のとおりです。

 「現行の産業経済システムの下で経済の持続的な拡大が今後少なくとも50年以上は続くということが確実であり、環境問題にはあまり配慮しないというのであれば、現行の産業経済システムを支えているエネルギー体系を構成する火力発電と原発の増大はそれなりに合理性があると思います。けれども、そうではなさそうだというのであれば、3月11日のブログ「新しい経済発展の道をめざして」 に書きましたように、「火力発電と原発の増大はますます持続可能な社会への軟着陸を難しくすることになる」ということです。
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