第33期講座案内

2010年09月30日 | 心の教育

*火曜講座はすでに始まっています(中途参加も可)。
 木曜講座は月末30日からです。まだ定員に空きがあります。どうぞ、お申込みください。




 最近の日本は、まだまだのどかでこれまでの延長線上で行けそうにも見えれば、景気、財政、社会保障、外交、安全保障、それらの大問題をどうするのか、はっきりした方向性の語れない諸政党など、不安材料ばかりでお先真っ暗にも思えます。

 しかし、当研究所では、すでに、こうすれば必ず日本をいい国―持続可能な緑の福祉国家―にできると確実にシミュレーションできる希望のある「理念とビジョン」を明らかにして公表し(『サングラハ』第一〇九号)、少しずつ理解が広がり深まっています。

 しかし、状況をどう感じているにしても、個人一人ひとりはしっかりと生き、生き抜いていき、それにとどまらずより能動的にいい社会を創ることに参加していく必要があります。

 今期は、前期のきびしい状況を生き抜くメンタル・タフネスからさらに進んで、より強くよりポジティヴに生きていくための理論と方法を学ぶプログラムを設定しました。

 心のレベルを高め、菩薩として自利利他のために生きることを学ぶ、火曜日の『維摩経』の講義と坐禅、木曜日の「ポジティヴ・シンキングの心理学」の2つの講座です。
 みなさんのご参加をお待ちしています。



木曜講座:ポジティヴ・シンキングの心理学

                於 藤沢ミーティングルーム
                木曜日 18時45分~20時45分 全7回
                9/30 10/7,21 11/4,18 12/2,16

 前期は、ストレスフルな時代のなかで生き抜く心の強さ‐メンタル・タフネスをどうしたら得られるかを学びました。

 今期は、それに引き続き、きびしい状況のなかでも前向きに積極的に生きていくことのできるさらに強い心を育む理論と方法をお伝えします。

 今回は、コスモス・セラピー、ロゴセラピー、唯識の超ダイジェスト版に加え、チョプラやピールのポジティヴ・シンキングをしっかりとした心理学的な根拠を明らかにしながら、ご一緒に学んでいきます。初めての方にもリピーターの方にもきっといい人生の大きなヒントになるはずです。どうぞ、お出かけください。

テキスト:チョプラ『人生に奇跡をもたらす7つの方法』PHP研究所



 火曜講座:『維摩経』を学ぶ 3
                 於 藤沢ミーティングルーム
                 火曜日 18時45分~20時45分 全8回
                 9/14,28 10/12,26 11/16,30 12/7,21
                 
 
 初期大乗仏教の代表的な経典『維摩経』の学びの第3期です。経典の主人公維摩詰(ヴィマラキールティ)は、ブッダと同時代の居士つまり在家の仏教徒で、大商人でありながら、ブッダの弟子たちよりもはるかに深い覚りの境地にあったとされています。

 第1期のイントロダクション、第2期の、ブッダの弟子たちがブッダに維摩居士のところに病気見舞いに行くよう言われて、かつて厳しく批判されたことがあったので、とても行けませんと辞退する部分が終わり、第3期は、菩薩たちも同じ理由で見舞いを辞退する「菩薩品」から、とうとう文殊菩薩が見舞いにいくことになるという「問疾品」に入っていき、いよいよ深く大乗仏教の真髄に触れていきます。

 前期に続く第3期ですが、途中からでもわかるように講義していきますし、ご希望の方は第1期、第2期の講義も、CD、DVDで聴くことができます。途中からの方も、ぜひお出かけください。

テキスト:コピーを配布します。

*火曜講座では、講義の前に三〇分程度の坐禅を行ないます。坐禅のできる服装をご用意下さい。



●受講料は、一回当たり、
・一般3千5百円 ・会員3千円
・専業主婦・無職・フリーター2千円 
・学生1千円 
 それぞれに×回数分です。
 都合で毎回出席が難しい方は、単発受講も可能です。

●いずれも、申し込み、問い合わせはサングラハ教育・心理研究所・岡野へ、
E-mail: okano@smgrh.gr.jpまたは
Fax: 0466-86-1824で。
住所・氏名・年齢・性別・職業・電話番号・メールアドレス(できるだけ自宅・携帯とも)を明記してください。

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仏教心理講座(武蔵野大学生涯学習)案内

2010年09月26日 | メンタル・ヘルス

*筆者が関わっています日本仏教心理学会と武蔵野大学の協力による「仏教心理」の講座シリーズが開催されます。
最初の講義は筆者が担当します(コスモス・セラピーの凝縮版です)。
最寄駅はJR中央線三鷹駅です。こちら方面在住の方でご希望がありながら距離的に藤沢まではお越しになりにくかった方、どうぞこの機会にお出かけください。
他の講座もとても興味深いものになると思います。






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就活に勝つメンタル・タフネス 11:ネガティヴなことに囚われることを拒否する

2010年09月07日 | メンタル・ヘルス

 メンタル・タフネスとポジティヴ・シンキングは大きく重なっています。

 ポジティヴ・シンキングができるようになるということは、メンタルがタフになるということです。

 しかし、日本ではポジティヴ・シンキングと能天気な楽天主義が混同されている傾向があります。

 ピールは次のような短い文章で、はっきり、きっぱり、誤解を正しています。

 
 ポジティヴ・シンキング(積極的思考)はどんな時にでも効果があるのか?
 答えは「イエス」である。

 私はこの答えが、大胆すぎることはわかっている。当然、次のような反論が予想できる。

「本当にそうだろうか。私には問題がありすぎる。私もポジティヴ・シンキングについて読んでみたけど、依然として、問題は未解決のままだ。」

 また、次のように言う人もいるかもしれない。

「私の仕事はゆきづまりだ。私もポジティヴ・シンキングをやってみたが、仕事はいまだにゆきづまっている。ポジティヴ・シンキングも事実を変えはしなかった。破産は厳然たる事実なのだ。そのことを否定するなんて、君は砂の中に頭を突っ込むバカなダチョウみたいなものだ」

 あまりにもしばしば見受けられることだが、人々はポジティヴ・シンキングの本質を本当にはわかっていないようだ。ポジティヴ・シンキングをする人は、ネガティヴなことがあると認めるのを否定しているわけではない。ただ、ネガティヴなことに囚われることを拒否するだけなのだ。

 ポジティヴ・シンキングをする人間とは、最悪の事態に出会っても、そこからいつでも最善の成果を探し求め得るような考え方を持った人のことである。建設的な何かを発見することはできる。事態がよくない場合でも、自分で最善のことを期待することは可能だ。

 あなたがよい成果を求めれば、それを見出すことが非常に容易になるということだ。

 積極的なものを探し求めるということは、熟考されたプロセスであり、選択の問題なのだ。

 (ビンセント・ピール『積極的思考の驚くべき結果』5~6頁、ただし訳を変更)


 ポジティヴ・シンキングとは、ネガティヴなことに囚われることを意思的に拒否し、最悪の事態の中に最善のことを見出そうとする、という心の選択の問題なのです。

 「平気平気、なんとかなるさ」というのんき・能天気な楽天主義とはちょっとちがうのです(もちろん、それでうまくやれる人はそれでいいのですが)。

 具体的にいえば、今、有効求人倍率が1以下であろうと、0.いくつであろうと、それは「職がない」ということではなく「職はある」という意味だと考え――「少ない」は「ない」ではなく「ある」ということなのです――しかも、この世には必ず私を必要としている「職」があると信じる、という心の姿勢です。

 内定がまだもらえない若者諸君、再就職先がまだ見つからない成人のみなさん、「まだ」は「これから」です。

 面接100回でまだだったら、101回目に、「きみの長所は?」と聞かれた時、「面接100回落ちても、まだへこたれない、これからが勝負だと思える根性です!」と言ってみるという手なんかどうでしょう?

 まだ、これからだ!! あきらめるな! 宇宙はきみの味方だ!

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就活に勝つメンタル・タフネス 10 : 自信の欠如の治療法

2010年09月05日 | メンタル・ヘルス

 *以下は、特に「就活」だけの話ではないのですが、ここのところ書いている連載的なテーマなので、タイトルを合わせました。


 戦後の日本人、特に若い世代ほど表面はともかく内心では自信がない最大の理由は、敗戦によって国家神道・天皇教というコスモロジーと込みで飛鳥以来の日本の伝統的コスモロジーであった「神仏儒習合」のコスモロジーの意味も見失わされて・見失ったことにある、と考えられます。

 ところで、ピールのキリスト教をベースとしたポジティヴ・シンキングでは、自信のなさの治療法として、端的に「単純な信仰ほど、自信を強くするのに役立つものはない」と言っています(改行は筆者)。


 自信の欠如に対する確実な治療法の一つは、神が現実に自分と共におり、自分を助けてくれると信じることだ。
 これはキリスト教の最も単純な教えの一つである。
 全能の神が同伴者となり、あなたの側に立ち、あなたを助け、見守ってくださっていると考えるのだ。
 ほかのどんな考えも、この単純な信仰ほど、自信を強くするのに役立つものはない。
 これを実行するためには、ただ「神がともにおられる。神は私を助け、導いてくださる」と受け入れればよい。

    (ノーマン・V・ピール『積極的考え方の力』27頁)


 確かにそのとおりだし、信じられたアメリカ人には大変な効果を生み出したことはまちがいないと思うのですが(ピール『積極的思考の驚くべき結果』日本ソノサービスセンター、参照)、しかしいったん合理主義・科学主義を学んで、その〔ある程度にすぎないのですが〕妥当性を知ってしまった現代の日本人が、伝統的宗教にそのままのかたちで帰ることはできないし、無理に帰る必要はない、というのが私の考えです。

 私たちは、伝統的宗教のいい点と現代科学のいい点を統合して、理性的でありつつゆるぎなき自信を身につけることができるという、そういう意味ではいい時代に生きています。

 つながり・かさなりコスモロジーを学ぶと、「神」「仏」「天」「道」「大自然」「宇宙」などがほぼ同義語であると納得することができるのです。

 そうすると、ピールの言葉もそのままでもいいし、抵抗感が残るのなら、「神」のところに「コスモス」を代入して、自信を強くする基礎の考え方・文章にすることができます。

 念のため、実際にやってみましょう。


  自信の欠如に対する確実な治療法の一つは、コスモスが現実に自分と一体であり、自分をサポートしていると信じることです。
 これはコスモロジーのもっとも単純な考え方の一つです。
 全エネルギーそのものであるコスモスが同伴者となり、あなたの側に立ち、あなたを助け、見守ってくれていると考えるのです。
 ほかのどんな考えも、この単純な信仰ほど、自信を強くするのに役立つものはありません。
 これを実行するためには、ただ「コスモスはいつも私と一体だ。コスモスは私をサポートし、導いてくれる」と〔いう事実に基づいたコスモロジーを〕受け容れればいいのです。


 それに関して、かつてウィキペディアで、私の禅の師である秋月老師のさらに師であった――法祖父ということになります――山田無文老師のことを調べていて、とてもいいエピソードがありましたので、ご紹介しておきます。

山田無文(やまだむもん 1900年7月16日 - 1988年12月24日)は昭和期日本の代表的禅僧。

 チベット探検で有名な河口慧海を頼って出家するが、あまりの厳しい生活に結核になってしまったというエピソードもある。わかり易い法話で親しまれた。

 結核時、無文には兄がいて、兄は結核で命を失う。
 無文は闘病中の夏の日。縁側でそよ風に吹かれると、ふと考えた。
 風とは何ぞや。風とは空気。空気とは何ぞや。空気は自然。 その空気を朝から晩まで晩から朝まで、呼吸して生きている。 「そうだ私の後ろ盾には大自然が付いているんだ」と考えたら、寝てられなくなった。
 そして、元気が出てきたときに、下手な句を読んだ。 「大いなる者に抱かれあることを、今朝吹く風の涼しさに知る」
  南天の実が赤かった夏の日のことでした。(NHK-TVあの人に会いたい より)


 「大いなる者に抱かれあることを、今朝吹く風の涼しさに知る」

 下手どころか、心に沁みる実にいい歌ですね。

 「そうだ私の後ろ盾には大自然が付いているんだ」という気づきは、まさにコスモロジーです。

 ただ、この夏は酷暑すぎて、なかなか「今朝吹く風の涼しさ」を感じられないのが残念ですが、でも今日あたり、日が落ちるといくらか涼しい風が吹いています。


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日本人よ、茹で蛙になる前にジャンプせよ!

2010年09月02日 | 持続可能な社会

 日本人は、すべてを水に流す癖が強く、大事なことについて健忘症が激しい――あくまでも傾向であって、そうでない人もいますが――と思えます。

 「夏ってこんなに暑かったっけ?」

 「今年は暑いねえ」

……ではなく、ちゃんと最新のニュースで記録を確認すると、以下のとおりです。


113年間で最も暑い夏に=記録ずくめ、55地点で最高値更新-気象庁

 気象庁は1日、今年の夏(6~8月)の平均気温が平年より1.64度高く、統計を開始した1898年以降で最も高かったと発表した。全国154の観測点のうち55地点で記録を更新し、特に北日本と東日本では過去最高になった。
 同庁は、この極端な猛暑を異常気象ととらえ、専門家らを集めた検討会を3日に開き、要因などを分析する。(後略)

 (2010/09/01-20:03)

時事ドットコム
気象庁発表リリース


 このまま行くと、やがて日本人全体が茹で蛙になることは確実だと思われ、すでに明快な先駆現象が出ています。


熱中症の死者 全国で475人

9月2日 4時16分

梅雨明けから先月までに、熱中症とみられる症状で亡くなった人は、大阪や兵庫などで70人以上が死亡していたことが新たに判明し、全国で少なくとも475人に上ることがわかりました。室内で死亡して見つかり、その後、熱中症と判明したケースを警察などが明らかにしたためで、専門家は1人暮らしの高齢者などが亡くなったケースを調べ、予防に役立てる必要があると指摘しています。……東京23区の死者数を公表している東京都監察医務院の福永龍繁院長は「1人暮らしの高齢者が多いので、どうしても遺体で発見される例が多い。亡くなった方から得られたデータというものを、今生きている方の健康作りや、熱中症の予防というものに役立てる必要がある」と話しています。(後略)

NHKニュース


 「熱中症」で「孤独死」そして「遺体――この暑さですから、おそらくしばしば腐乱死体――で発見」とは、なんとつらい話でしょう。

 たとえ若者であっても、明日――5,60年後――は確実に我が身です。このままで行っていいんですか?

 日本人のみなさん、なんとかして1億総茹で蛙――「総」ですからあなたも含まれます――になる前に、もうかなり熱くなってしまった鍋の中から思い切ってジャンプしませんか? 

 「身近なエコ」とか「ハチドリのひとしずく」では、気持ちはわかりますが、実際問題として追いつかないのではないでしょうか?

 それは、かつてB29に竹やりとバケツリレーで対抗しようとしたようなもので、本当に涙ぐましい努力ですが、役には立ちそうにありません。

 環境問題に関しては、涙ぐましい努力をして敗戦するより、冷静に見込みのある方法を選択して、しかも情熱的に、一丸となって戦って勝ちたいものです。


 熱くなった鍋からどこを目がけてジャンプすればいいのか。

持続可能な国づくりの会 HP ブログ を参照してください。
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