「遅咲き偉人伝」久恒啓一著より。
これは松本清張が述懐した言葉だったらしい。若い時に志望していた小説家になったのは、偶然で努力というよりむしろ大半は運だと語っていたようだ。
しかし、その運が巡ってきた時に死に物狂いで仕事をしたからこそ、後の活躍につながったのだろう。ひたすら努力を重ねる人生だったようだ。
ワンフレーズでの紹介では「幅の広さと奥の深さと、圧倒的な仕事量で時代に屹立した小説家」とあった。今もなお多くの清張原作のドラマはテレビ放映されていることからも頷ける。
ここからはやや話がそれるが、「多彩型」の代表として、松本清張のほかには、森繁久弥、与謝野晶子、遠藤周作、武者小路実篤などが取り上げられていた。
目次の部分では与謝野晶子は「歌人から始まったそのエネルギーで時代を牽引した近代最高の女性」と紹介されていた。
63年間の人生で実に幅広く活躍して、当時の社会に大きな影響を与えていたようだ。しかも多くの作品を発表しながらも11回出産し11人の子どもを育てていたというからそのエネルギーにも驚かされる。
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