素浪人旅日記

2009年3月31日に35年の教師生活を終え、無職の身となって歩む毎日の中で、心に浮かぶさまざまなことを綴っていきたい。

デジブック 『大仏鉄道遺構めぐり』

2015年10月26日 | 日記
 3日間、私としてはしっかり走ったので今日は休養日。積極的休養日とするためにかねてから資料を集めていた「大仏鉄道遺構めぐり」をすることにした。歩行距離は15km弱で手頃である。

デジブック 『大仏鉄道遺構めぐり』
 

 加茂駅から奈良駅まで歩いたが、途中逆のコースを歩いている人に何人か出会った。どちらをスタートにしたらいいのか考えたが、やはり加茂駅からのほうが景色の移り変わりが楽しめるように思える。ムードがあるのは加茂駅と梅谷交差点の間である。

 奈良のボランティアセンターの人が、車で私の姿を時々みかけていたみたいで、詳しい地図のコピーを用意して待っていてくれた。これには驚いたが、おかげで途中疑問に感じたことが理解できた。

 今回は木津川市観光ガイドの地図を参考にしたが、何カ所か確認をしたい場所が出てきた。「これらは宿題ですね」と言って別れた。またいつか行ってみようと思う。
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3日間で42.195km

2015年10月25日 | 日記
 朝のニュースで北海道旭川の様子が出ていた。昨日の爽やかな秋空と一変して雪景色となっていた。初雪である。気象予報士の南さんが統計から北海道で初雪があると関東地方に木枯らし1号が吹く確率が高いと言っていた。ズバリ的中で、近畿地方にも木枯らし1号が吹いた。ここ1週間ばかりと比べて最高気温も5度近く下がった。気温以上に寒さを感じる。

 今日は大阪マラソン。ランナーにとってはラッキーである。去年は季節外れの暑さで、御堂筋を下る段になって真正面から太陽に照らされ空腹も相まって一気に体が消耗していくことを感じたことを思い出す。

 週間天気予報で今日から温度が下がることが期待できていたので、3日間で42.195kmにチャレンジしてみようと思っていた。「翌日に疲れを持ち越さないように体のケアをする」というのもテーマの1つなので是非やってみたい試みであった。どうせやるなら大阪マラソンの日を最終日にしたほうが心に張りができるかなと思った。

 10月23日(金)  10km(寝屋川公園往復コース)  1:12:16
 10月24日(土)  11km(打上治水公園往復コース) 1:17:51
 10月25日(日)  21.195km(20kmコースプラスα)  2:29:01


 という具合で、3日間で42.195kmを4時間59分08秒で走ることができた。1日目は先のことも考えて、いつも目安にしている1km7分のペースにこだわらず、楽に走ったが2日目はラスト1kmでペースダウンしただけで10kmは1km7分で通すことができた。3日目は疲れがたまってきている中20kmまでは1km7分が維持できた。もうすぐだと思った瞬間ガクッとペースが落ちてしまったが、それは致し方がない。とにかく、今の段階でこれだけ走ることができたことに満足している。気温によって体力、気力の消耗度がまったく違うということも体験できた3日間。
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カルメン・マキさんの登場にびっくりポン!

2015年10月24日 | 日記
 夕食がいつもより1時間余り遅くなった。ブラタモリの富士登山を見ながらとなる。富士山自体の奥深さと長きに渡る人間との関わりにあらためて思いが駆け巡る。350mlの缶ビール1本でほろ酔い気分になるようになった。食後は酔いがさめるまではゴロリとテレビ三昧と決め込む。新聞の番組表を見ているとNHKBSプレミアムの20:00~21:00に「ザ・フォークソング カルメンマキ・海援隊」とあった。

 他にこれといった番組もなかったのでチャンネルを切り替えた。てっきり昔の懐かしい映像を編集した番組と思い込んでいたが、さにあらず、今の武田鉄矢がライブをしていた。金八先生以来、武田鉄矢は生理的に受けつけないのでいつもだったら消すかチャンネルを替えるが、今夜は雰囲気が良くてそのまま聞いていた。

 イメージした番組構成とは違ってなかなか面白い。番組が終わりに近づいた段階でもカルメン・マキさんは思い出の映像コーナーで扱われるだろうと思っていた。私の中ではちあきなおみや藤圭子と同じような存在になっていた。しかし、進行役の南こうせつさんの紹介からそれは思い込みに過ぎないとわかった。

 切り替わった画面に、寺山修司の思い出を語り、大学時代によく歌った♪戦争は知らない♪を歌う”今のカルメン・マキ”がいた。びっくりポン!である。
  

野に咲く花の名前は知らない 
だけども野に咲く花が好き
ぼうしにいっぱいつみゆけば
なぜか涙が 涙が出るの

戦争の日を何も知らない
だけど私に父はいない
父を想えば あヽ荒野に
赤い夕陽が夕陽が沈む

いくさで死んだ悲しい父さん
私はあなたの娘です
二十年後のこの故郷で
明日お嫁にお嫁に行くの

見ていて下さいはるかな父さん
いわし雲とぶ空の下
いくさ知らずに二十才になって
嫁いで母に母になるの
 そして、2度目のびっくりポン!は彼女が1951年生まれというテロップが出た時。「エッ!同じ歳やったんや」と思わず口に出た。浪人時代に♪時には母のない子のように♪がヒットしていたと思うが、5歳以上は年上だという印象があった。
 

 「年齢を重ねる」ということに深く思いを馳せる夜となった。
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開店と閉店

2015年10月23日 | 日記
 今日は『イオンモール四條畷』のグランドオープンの日である。朝刊の折込チラシの半分はそこに入っている店のものでオープンイベント、セールで賑やかしい。その中に「閉店のお知らせ」のチラシが1枚入っていた。
リカーランド・ドリームは酒類量販店の先駆けの店で長年利用してきた。最近、店に勢いを感じていなかったので「やはり」という思いが強い。近辺に同じような店が数件できて競争が激化していた。

 これら酒類量販店ができる以前は、免許制で町の酒屋さんが安定した経営をしていたと思う。その頃、脱サラをした人が近くに店を開き「やっと免許を取得できました」と喜んでいたことが思い出される。しかし、その1年後ぐらいに制度改革があり、実質、酒類販売の自由化となった。今で言う規制緩和。そのため、苦労してこぎつけた店を2年余りでたたまざるをえなくなった。15年ほど前の話である。軒並み町の酒屋さんは廃業または転進の道を選ばざるを得なかった。

 リカーランド・ドリーム寝屋川店が22年目にして閉店するというチラシは、店舗の大型化と通信販売という新しい波にのまれていったのだなという印象を強く持った。

 資本主義の宿命と言ってしまえばそれまでだが、第二京阪から見える新しくオープンしたイオン、どこまで勢いが続くのだろうかと思ってしまう。日本全国どこを旅しても、あの看板を目にするようになった。あの業界では一人勝ちという感がする。その行く末には興味がある。

 「あさが来た」も時代の変革の中で、為政者に振り回される商家、町人の姿を描いている。過去を学んで現在を見ると景色もまた違ってくる。

 イオン四條畷店のオープンでは自転車で15分のところに映画館がある。ということが一番の喜び。

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小5の孫を相手に『Tetra cube PLUS』

2015年10月22日 | 日記
 早朝の電話はドキッとする。真っ先に「志摩の実家からか?」と考える。受話器をとるまでにさまざまなケースが頭を巡る。「おはようございます」長女の声だった。小5の孫が朝起きたら体調が思わしくなく、学校を休むので面倒を見て欲しいとのこと。私たちに何か予定が入っていたら困ったなという不安気な口調だった。

 実家の両親のこともあり、私はできるだけ縛りのある生活は避けている。何かあったときいつでも自分の裁量だけで予定を変更できるようにしておくというのが大原則である。すぐに山崎まで車を走らせた。

 夕方近くまで布団の中で静養して元気になってきたら退屈で仕方がない。私の部屋で面白そうなものはないかとゴソゴソ探し始めた。好奇心旺盛な年頃である。文庫、新書用に自分で作ったスリムな本箱の最上段に無造作に置かれている箱に目をつけた。ゲームらしき横文字のタイトルが気になったみたいである。
 「Jeu Mok(ジュモク)」というのを幼稚園か小1の頃にやった覚えがあるという。1:2:4の比率で作られている天然木の積み木10個を使った簡単なゲームで、言われてみると積み木遊びのつもりで遊んだ記憶がよみがえってきた。

 授業や学活などのネタ探しのために色々なものを買った。その多くのものは退職した時に役に立ちそうなところに寄贈[押し付け(笑)]してしまった。行き場所のなかった物たちである。孫の目にとまって久々に最上段から降りることとなった。

 その中で一番興味を示したのが『Tetra cube PLUS』であった。4個のキューブでできている6種類の駒に惹かれたようである。
  駒を積む「タワー」「ツインタワー」、8×8のゲーム盤を使った「スペース」「地面とり」「道づくり」という5種類の遊び方ができる。私もやったことがなかったので何となく「地面とり」が面白そうに思えたので7回勝負をすることにした。

 それぞれが、単色駒6個と二色駒6個計12個を持ち、ゲーム盤の真ん中に置かれたベース駒からスタートして、先ず2色駒を代わる代わる同じ色の面と面がつくようにして置いていく。これが前半戦。最終的に真上から見て自分の色の駒が多い方が勝ちとなる。この時点では12対12である。
  後半は単色駒を同じ要領で置いていく。相手の駒を消しながら自分の色を増やしていくというようにオセロと同じ要素があるが、面ではなく空間で考えていく必要があるので読みづらい。すべての駒を置き終わったら真上からみて数えるだけ。
  この場合、白25個、茶30個で茶の勝ちとなる。7番勝負の結果は1勝2引き分け4敗プラス「もう1回!」1敗と無残な結果。ちょっといやかなり悔しかった。

 娘が夜勤があるので来週また泊まりに来るので再戦を約束する。 
 




 
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