二葉鍼灸療院 院長のドタバタ活動日記

私が日頃行っている活動や、日々の臨床で感じたことなどを綴っていきたいと思います。

トレンド(流行)を作る

2020年08月12日 | 経営って何?!

 長梅雨のような、しかし灼熱のような、忙しく身体が対応しなければならない夏となっています

 皆様、しっかり水分、塩分補給を行い熱中症対策は行っていることと思います。

 大切な熱中症にならないポイントは生活習慣です。食事・睡眠・排便・軽い運動等、生活リズムを整えることにより暑さに耐えることができる身体と心が作れます。

 何かございましたら、いつでもご相談、ご連絡ください。

 

 さて今回は、作は作るでもトレンド、流行を作るには?!です。

 最近、神田昌典さんのYouTube動画を頻繁に拝見しています。短い中にも様々な経営に関する学びがあり、こんな動画を自分も鍼灸版にして流すことができればいいな~なんて思ったりしています

 

 今回は、自分の記憶にメモしておくためにコラムを書かせていただきます。

 

 流行をつくるにはティッピングポイントといって3つの法則があるとのことです。

 

流行をつくるには

1.少人数の法則

 自分が流行らせたいものを誰に伝えるか。発言力があるインフルエンサー人に話し伝えることができる人人をコネクト(繋げる・連結する)する人に、自分の思いを伝えることが大切だということです。

 

2.記憶に粘る

 自分が流行らせたいものをどう伝えるか。例えば「Yes we can」のように自分の流行させたいものと関連付けた標語をつくり、活動を行うたびに話したり、その文字をTシャツにしたりして人々の記憶に残すことが大切だということです。

 なんかいろいろやれそうな気もします。

 

3.背景の力

 自分が流行らせたいものを世の中の変化の中で爆発させていく。背景とは世の中の変化のこと。まさにどのような業界も今がそのチャンスなのかもしれません。

 移り変わっていく世の中において、自身の力を活かして表現していくこと。自分を変化にあわせて変えるのではなく、今の自分を研ぎ澄ましていくこと。今の状況であれば、どう広げていけるかを考え続けていると透明度が増してきて、自分の本質が見えてくるということです。

 易経においても、変化すること、変化しないもの、変化するということを受け入れることは、世の中を生きていくうえの原則だと太古より現在まで伝えられています。自然の大原則というのは太古より変わらないのだと思います。それはビジネスや経営にも言えることなのでしょうね。

 

爆発的なトレンドを作る方法 〜7月25日号〜【人を動かすコトバ】

 

 最後に、「何を流行させてたいか?! 3分間でいいんで考えてみてください」と神田さんが話しています。

 私の場合はもちろん 鍼灸 なのですが、もう少し具体的にとか、いろいろ考えていると楽しいのですが、まとまっていないことに気がつきました。感謝です

 このような思考や実践は、これからの鍼灸院経営や人生にも楽しく活かせていけそうに感じます。

 確かに努力のいらない一歩かもしれません。

 

 ご興味のある方は動画を見てみてください。

 最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 

二葉鍼灸療院(金沢)

 

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サービスする心

2017年08月04日 | 経営って何?!

 梅雨が明け、夏らしい天気が続いています

 毎日生活しているといろんなことが起こりますし、経験できます。

 人生にも波があるように、一日においても、一瞬、刹那においても自分の心は揺らいでいます。

 悩むこともあり、気持ちが下降していく時もあります。

 そんな時に先人の残したことばをきっかけに、光が見えたり、気付きがあったり、何かを思い出して、それをきっかけに下降から上昇へ転じることもあります。

 

 今朝、サラッと目を通した本の中に、私の今の心に「ハッ」とくるものがありましたので、記しておきたいと思います。

 

 サービスする心 

 与え与えられるのがこの世の理法である。

 すなわち、自分の持てるものを他に与えることによって、それにふさわしいものを他から受けるのである。

 これで世の中は成り立っている。

 だから、多く受けたいと思えば多く与えればいいのであって、充分に与えもしないで、多くを受けたいと思うのが、虫がいい考えというもので、こんな人ばかりだと、世の中は繁栄しない。

 与えるというのは、わかりやすく言えば、サービスするということである。

 自分の持っているもので、世の中の人びとに精いっぱいのサービスをすることである。

 頭のいい人は頭で、力のある人は力で、腕のいい人は腕で、優しい人は優しさで、そして学者は学問で、商人は商売で・・・。

 どんな人にでも、探し出してくれば、その人だけに与えられている尊い天分というものがある。

 サービスのいい社会は、みんなが多くを与え合っている社会で、だからみんなが身も心も豊かになる。

 お互いに繁栄の社会を生み出すために、自分の持てるもので、精いっぱいのサービスをしあいたいものである

道をひらく  松下幸之助 著  PHP出版より  

 松下幸之助さんの言葉には実践で培った重みがあります。

 尊敬する人物の一人であり、何かにつけ気づきを与えていただきます。死してなお、その精神や修身の仕方を世に示す・・・素晴らしいと思います。

 

 鍼灸師として、あん摩マッサージ指圧師として、自分の持っているもので、世の中に貢献していこう

 感謝と恩を忘れず、足るを知りながら、貪欲に自分の持っているものの精度を上げて、さらに世の中に貢献できるものを築いていこう

 そんなことを思った2017年8月4日 朝 でした

 最後までお読みいただき、ありがとうございます

 

   二葉鍼灸療院 田中良和

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『千疋屋』 と 『矢場とん』・・・明日へのワクワク・耀きの学び

2016年10月31日 | 経営って何?!

2016年も10月が終わりを告げようとしております

時の経つのはなんと早いことでしょう。10月も日々の鍼灸治療の臨床に、そして、鍼灸マッサージ業界活動に、星稜高校野球部トレーナー活動に、石川県スポーツトレーナー連絡協議会の仕事に、そして、鍼灸の学術団体のお仕事にと動き回る、回遊魚であるマグロのような1カ月を過ごしてきました。

その方が性にあってるんですけどね
本来がナマケモノですから、これくらい仕事が与えられたほうがいいのだと思ってます

さて、皆さんはどんな10月だったでしょうか~。

私は、そんなドタバタな10か月でしたが、11月は少し余裕ができる・・・かな という具合です。今のところ余程のアクシデント、ハプニングがない限り、おそらく今までの月よりは余裕のある1か月となるだろうと思います。

さて、鍼灸臨床において日々患者さんと接し、様々なことを学ばせていただいているなかで、いつも「これでいいのか」、「他にどうかできなかったか」、「これがベストあるいはベターだったか」といつも自問自答しています。

それがまた仕事の本来の姿であり、醍醐味なんでしょうけども

そんな悩み、葛藤、矛盾、自分への腹立たしさが毎日、一日の終わりに感じられる中で、自分のやってき行動や、言ってきた言葉、そのような自分の内面と、現在の状況、未来に向けての今の立ち位置など、そして、将来の夢や計画、そこに対して自問自答することが飛躍するためには必要で不可欠なのだといつも思います。

そして、それが次の行動と次へのステ-ジへと繋げていく力だとも思います

 

そんなことを思っている10月31日(月)ですが、いつもテレビでは拝見できませんが大好きな番組の一つに村上 龍さんと小池栄子さんがパーソナリティーをつとめる『カンブリア宮殿』という番組があります。

皆さんご存じだろうと思いますが、第一線で活躍していたり、社会において成功をおさめている経営者の秘密や道程に焦点をあて、日々の仕事や経営、人生の歩み方にヒントを与えてくれる番組で、いつもワクワクさせてもらってます

そして、東京の『千疋屋』と、名古屋の『矢場とん』の週の番組をネットで拝見させていただきました。

11月の自分の目標に向けてのヒントがザーッと脳の中に入ってきましたし、何か見ていて興奮して、心の奥から湧き上がるものを感じました

 

 千疋屋』 2016年10月6日 カンブリア宮殿(☜クリックすると見れますけど~ 

伝統を守りながらも、社会のニーズにあわせて変革していく姿勢・工夫

自分の直感を大切にすること(そこには仕事に対する真剣さが必要)

仕事の精度や内容、品質を下げることなく、お客様に高級感を味わってもらう工夫

常に足を運び、自分の目で見て、自分の感覚で現場を感じ、情報を得る姿勢

お客様に最高のものを出すには時間と労力が必要

各分野の技術者のプロが集まると大きな力となる

常にお客様を飽きさせない工夫と、お客様の喜びにたったワクワク感

その果物の旬と品質にこだわり抜いた商品選び
 「千疋屋に置いてもらうだけで有難い」という価値観の創出

「千疋屋のメロン」と言われるブランド力の構築
 大間のマグロや魚沼産コシヒカリは地域や地方の名称がついているものはあるが、
 千疋屋のように
「お店の品質」で全国に名の知れるところはない。

 

 

 『矢場とん』 平成28年5月12日 カンブリア宮殿(☜クリックすると見れますけど

このままでダメだという変革の心
 変革には年月がかかり、その間、情熱の炎を燃やし続ける覚悟

あたたかい家族のような集団もいい

「もらってばかりの人」から「あげることができる人」へ変わるきっかけづくり

自分が先頭にたって考え、そして行動する姿勢

地域に貢献、日本に貢献、世界に貢献するために儲ける
 そのために儲けて、社員に還元し、会社の雰囲気をよくし、
 世界に富を分けることができるまで突き進む

まず現状を変革していくには、今ある現状の把握と、
 その中で必ずやれることがあるので、そこに全力を尽くす

何をどうしたいのかを明確にして、そのための行動を起こす

そこにある最も大切なものを伝承しながら、
 変えるところは、社会やお客様のニーズを感じながら、自分の思いを形にしていく

社員の繋がり、心を大切にする経営方法に感激

「矢場とん」のみそかつを食べるために足を運ぶとお客様の舌を唸らせるのは、
 受け継がれた「味噌だれ」とトンカツへのこだわりという技術力、
 温かく心のこもった社員と経営者が一つになる店だからなせる業

 

ブログを書いていたら11月1日になってしまいましたが、様々なワードが自分の思考や心の中に入り、腑に落ちましたので、11月に向けて、よいスタートを切れると感じました

何事も出逢いであり、ご縁です。

それは人もそうですし、番組や本にしてもそうですし、人生の出来事も、病気も怪我もそう考えると、人生の転機となる出会いや縁なのかもしれませんね。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました
笑顔に、ワクワク、幸せ溢れる11月をお過ごしくださいませ~

 

   二葉鍼灸療院 田中良和

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技・・・ 夢・・・ 仕事・・・ 人生・・・

2015年02月04日 | 経営って何?!

先日、フェイスブックを見ていました。

池間哲郎さんのページで、ある経営関係のデータからということで記事が載っていました。
それによると親の助けを借りずに独立した事業所のほとんどが上手くいっていないということでした。

基準は30年間、企業として継続しているということ。継続している企業が3%で、残りの97%は上手く継続していってないということです。なかなか厳しいデータですが、今後、数年は何が起こるか分からない経済や社会の中、一つの考察を与えていただいたデータだったと思います。

鍼灸マッサージ業界では、まだまだ会社として成り立っている所は少ないでしょう。調べていませんが

私たちの業界でも親から受け継いでという治療院もありますが、ほとんどが創業者です

そんなことを考えると、鍼灸治療の技術や診察能力も大切、経営も大切、そしてそれを支える理念や哲学も大切になるといつも思います。私は名古屋の東洋医学研究所® 黒野所長(師匠)のもと修行していたので、その辺りは認識していたと思ったのですが、開業して16年と7カ月、少し甘くなるところや、今後ステップアップしていかなくてはいけないという想いをいつも持っています。

想いだけではなく実行あるのみなんですけど

さて、上記の厳しいデータの後は、少し面白いデータもあります。

日本では100年以上もの間、受け継がれて運営されてきた企業が約28000社あるそうです。何かワクワクしてきますが、さらにさらに1000年以上の企業が7社あるそうです 素晴らしいですよね

また、世界で一番古い企業は・・・トップ3が日本にあるということです。
ちなみに企業ではありませんが、世界で一番伝統がある国(古くから続く王族・皇室)も日本の皇室なんですね

 金剛組  578年(飛鳥時代)~  社寺建築(宮大工)  本社大阪

    http://www.kongogumi.co.jp/

 池 坊   587年(室町時代)~  いけばな  

    http://www.ikenobo.jp/

 慶雲館   705年(奈良時代)~  旅館業  甲州西山温泉(山梨県)

    http://www.keiunkan.co.jp/

だそうです。

その中で、世界一伝統ある企業である金剛組は、社寺仏閣を建立する宮大工の技を受け継ぐ企業です。
日本で最初の官寺である「四天王寺」を建立する際、聖徳太子の命により百済から工匠が3名招かれ、その中の一人が創業者だったそうです。

長年、企業を経営していると、国も時代も変化していきます。その中で経営の危機も訪れます。
2000年に入ってからも苦境が続いたそうです。そんな中、本当に厳しい状況に陥った時に、やはり本物の仕事というものは救われるのでしょうか、救世主が現れます。

        

(以下、http://next.rikunabi.com/journal/entry/20141112 より抜粋、添付。)

西暦578年から大阪・四天王寺のお抱え宮大工として、脈々と続いた金剛組。2005年秋、この1427年続いた企業が倒産の危機を迎えていた。その頃、同じ大阪の松建設株式会社(現松コンストラクショングループ)の会長、松孝育氏は、共通の取引先であった銀行から金剛組の経営危機に関する噂を聞いて、堺市にある金剛組・美原加工センターまで足を伸ばす。宮大工たちの技巧をじかに目にして戻ってきた会長は、取締役を集めてこう告げた。

「金剛組を潰したら大阪の恥や。古いものは一度なくなってしまうと二度と元に戻すことはできない。そうなれば長い年月、積み重ねてきた人の努力も技術もなくなってしまう。商人の街、大阪の上場企業として、それを見逃すようなことはできない」

「一般の建築屋だったら、支援はしていないでしょう。世界最高の社寺建築屋で、国宝級の技術があったからこそ、支援が決まりました」と刀根氏。

「それまでの松建設と金剛組との接点といえば、取引している銀行が同じだったことくらいです。最後に副社長がいろいろ調査するために乗り込んだ時は、瀕死の重症状態だったと聞いています。普通、M&Aをするとなると、利益目的になるはずなんですよ。会長は『金剛組を潰したら、大阪の恥や』以外、言わないし、私らもそれ以上は詳しく聞いていません。金剛組の宮大工の技を『国宝級や』と感動して、それを残したいと思った。金剛組への全額出資を決めたのは、義理と人情、“ほんまのなにわ節”です」

 支援をすると決めたあとも、借金の整理はしなければならない。債権者会議で協力を求めた際も、罵声を浴びるかと思いきや、債権者たちはふたつ返事だったという。「四天王寺を守り続けてきた金剛組の技術を、今度は我々が一丸となって守り抜こう」。会長の決断に、大阪中から激励の声が集まった。

       

松会長の決断も素晴らしい 粋です そしてこれこそ日本人が大切にしなければならない精神でもあると思います。

と同時に、金剛組の宮大工の皆様の人を感動させる仕事ぶりが素晴らしい 尊敬します

どんなに厳しい状況においても、守り継がれて来た伝統の「技」に精魂を込めて「仕事」を行う。その姿勢や努力、訓練の中で培われてきた技術力が人を感動させたのでしょう。

また四天王寺をはじめ、歴々の先輩方が残してきた功績が大阪の皆様の激励を後押ししたのだと思います。

鍼灸医療も飛鳥から奈良時代にかけて、仏教などと共に大陸より入ってきました。鍼灸医療も明治、昭和の二度にわたり存続の危機にさらされましたが、先輩方の努力と情熱によりその危機は免れ、今にまで伝承されてきています。そんな素晴らしい医療でもあります。

しかし、私たちは国民の皆様に鍼灸医療を正く伝えているのか 医療の中で国民の皆様が本当に必要だと思っていただいているのか 常に問答しながら、地域貢献や学術・研究活動を通じて地域へ発信し、そして、宮大工の皆様のような高度で究極の技術を体得し、常に磨いていく必要があるのだと思います。

そして何より「よっし、鍼灸医療を受けてやろうやないか」、「皆で支援してやろうやないか」(関西弁) というようなファンや支援者をたくさん作っていくことが必要なのだと、これら一連の記事を読んで思ったのでした。

もうひと~つ

北海道で植松電機という会社をやっている、植松 努 専務取締役の講演会の映像がYoutubeにありました。
その内容に感動しました  「夢」、「仕事」、「人生」を考えさせられるものでした。

植松電機は産業廃棄物などリサイクルのものの中から鉄などを取り出すマグネットを開発している会社である傍ら、植松専務が長年の夢を実現させた宇宙開発(ロケット等)を行っております。日本には、ここの会社しかない実験施設などがあり、人工衛星までも打ち上げ実験に成功したというからスゴイです。

この映像をみると本当に勇気が湧いてきました

Hope invites | Tsutomu Uematsu | TEDxSapporo

 

要約すると・・・

母から教わった「思いは招く」・・・思い続ければ必ずそうなる これは可能性を開花させるために必要。
祖母から教わった「お金をためるくらいなら本を買って、頭に溜めなさい。そこから新しいものが生まれる
夢とは・・・今できないこと追いかけること。
自分ができれば、周囲の人にしてあげることができる。そこから仕事が生まれるかもしれない。
どんな困難があっても、一生懸命、夢を持ち走り続けていれば、いい出逢いがある。
失敗はマイナスではない。自分をよりよくためのデータである。
学問・・・社会の問題を解決するために人類が生み出し築き上げてきたものであり、決して誰かに評価されるためのものではない。
人は足りないから助け合うことができる。
足りないことは恥ずかしいことではない。中途半端でもいいから、まずやることが大事。
アフリカから研修に来た皆様に教えていただいたこと・・・「勉強しても、努力しても無駄」と思っている人の多くが、人を殺して、あるいはだまして、人のものを奪う。頑張れないから生み出せない→結果、奪うしかなくなる。
「自分なんて・・・」 「どーせ無理」・・・これらの言葉は、考える力を無くし、楽をするほうに走ってしまう。人間から自信と可能性を奪い取ってしまう言葉。簡単に話せるが、その効果は恐ろしい。使わないようにしたい。
上記の言葉を言わないことが「世界を救う
自信が出る自分になるために・・①やったことのないことをやろう ②あきらめない ③工夫しよう
夢を語り合った時、「だったらこうしてみたらと話そう それは相手の夢を肯定、応援していることになり、皆が夢を思い続けることができる=夢が実現するということ。

を究極まで磨くことを心がけ・・・

を思い続け・・・

人を幸せに、感動させる仕事をして・・・

可能性に満ちた、歓び溢れる人生を送ろう・・・

そして、鍼灸医療を後世に伝承していこう・・・

などと技、夢、仕事、人生について考えてみました。

ブログの神様が久しぶりに降臨 しているので一気に書いてみました。

最後までお読みいただき、ありがとうございます

 

 

  二葉鍼灸療院 田中良和

 

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ワタミ株式会社 会長 渡邉美樹さん 講演会 4

2011年11月02日 | 経営って何?!
10月10日(月祝 体育の日)に金沢歌劇座で開催された、ワタミ株式会社 渡邉 美樹 取締役会長の講演会で聴講したことをしたためています。



続きです…


 自分の好きな人生を生きるための五カ条 

第一条「どうしてもこれをやりたい」と思うこと…パート3に書いてあります。


第二条「夢に日付をつける」
・自分の夢に「○○年までに…」というように夢に日付を設定する。そうすると、近々のゴールが設定されるわけだから、そこに行くまでに自分が「今」何をしなければならないかが分かってくる。また、目標と期限が設定されたことで、明確に、強く思うことができる。「今」の現実を変えていく力となる。

渡邉さんは仕事を始める前、北半球一周の一人旅に出た。世界各地をわたり歩き思ったことは、あらゆる国で宗教や民族、歴史において差別が多いことを感じた。旅の最後に、ニューヨークの多国籍の人たちが集うカフェバー(だったと思ったが…)に入ると、いろんな国の人が人種や肌の色、言語、国籍関係なく、差別なく、飲んで、食べて、歌って、楽しんでいるのを見て感動して涙が自然に出てきたそうです。その時に「外食産業をやろう」と思ったということでした。

その旅から帰ってきた時の所持金は80円。友人に電話して迎えに来てもらうために使ったそうです。そして、まず「外食産業を起業するには何が必要か」考えたところ、会計処理に関する勉強を徹底的に行いました。(私もここの部分をもう少し勉強しないと…と再認識させて頂きました)現在では、渡邉さんは決算書をマンガを読むようにすらすらと見ることができ、その決算書を見るだけで、その会社や社長が何に力を入れているか、どこが弱点か、改善点か、今から伸びていくかが分かるそうです。(ここまで徹底してやらないとね…実践することだね)

会計処理の勉強を行った後は、資金づくり。当時、会社を起業するためには300万円必要でした。そのお金を貯めるには…給料のたくさん貰えるところに…そこに月給で40万以上貰える企業がありました。しかし、この企業は当時、猛烈に働かされるので有名な○○○急便という会社で、20時間労働もざら、ということでした。迷いなく入ったのはいいのですが、相当、辛かったようです。ここで、いついつまでに資金をつくって、会社を設立すると夢に日付を設定したそうです。その企業は大卒者の就職者は皆無で、「大卒」と呼ばれていたそうです。
その業務が過酷だったため腰を傷め、腰椎椎間板ヘルニアの手術を40代の時に行ったそうです。


第三条「イメージする」
・ただ思っているだけなら誰にでもできる。その思いを強く、継続して持ち、潜在意識にまで刻み込むくらいに思いを深めることが大切。
・寝室の枕元には手帳が置いてあり、自分が「こうやりたい」とか、「こうやったらいいかも」ということが寝ている時にヒラメイタ時、すぐに書いておくそうです。このメモを見て、さらに思い、さらに工夫していくそうです。そして、この手帳はいつもすぐに文字でいっぱいになる。


第四条「あきらめないこと」
・「どうしてもやりたい」と思ったのなら、途中であきらめたりしない。「どうしてもやりたい」のだから、様々な障害があるかもしれないが乗り越えていく。
・方法は無限にあるのだから。
・ハードルを自分で決めて乗り越えていく。ハードルは越えるためにある。限界は自分で決めない。
・あきらめない気持ちが=パワーだ。

経営は格闘だ


第五条「運」
・夢を見る、「どうしてもこれをやりたい」と思う、これは神様からのシグナルであり、叶う可能性があるから夢見るのです。
・「運」はあると思う。「運」を引き寄せるためには、夢に挑戦しているということが条件でしょう。
・奇跡もある。そして奇跡も叶う。
・「運」や「奇跡」を引き寄せるためには、誠実に、謙虚に、努力する姿勢で生きることが必要。
・地道に、夢を持ち、人生を歩んでいれば、きっと神様は見ていてくれる。見ている人は必ず見ている(そこに神がいる)。

今の渡邉さんの夢は…
12年にわたりカンボジアやネパールで学校建設や孤児院の建設などに関らせて頂いている。しかし、まだカンボジアには10万人以上の孤児が存在する。また、最近はバングラディッシュでも活動を開始した。その孤児すべてに、ご飯を食べさせてあげたい。子どもたちに普通の生活をさせてあげたい。いつになるか分からないが、いつか救ってあげたい…そんなことが渡邉さんの「今」の夢だそうです。


≪第二部は、山野 之義 金沢市長・渡邉会長の対談 「夢・挑戦!」≫




 山野 之義 金沢市長


まずは、山野金沢市長から、渡邉さんが企画して行われた「陸前高田市 復興街づくりイベント」へ金沢市として出店した報告があり、その経緯の話がありました。
山野市長が当選したのは48歳。陸前高田市の戸羽市長も今年、市長に46歳で当選。50歳以下の市長で組織される、全国青年市長会というものがあり、そこの協定に「もし、青年市長会のメンバーの地域で自然災害など何かあった場合は、全員が協力して助力する」というものがあるそうです。ですから金沢市としても、出来る限り迅速に対応し、協力しているということでした。

山野市長が、戸羽陸前高田市長との話で、戸羽市長は市民のため日夜休みなく動いていたという話のあとに、戸羽市長は、奥様と子ども二人の4人暮らし。3.11の朝、奥様からの電話で、「今日は用事があるので昼から家にいるね」、市長は「できるだけ早く帰るよ」という会話が奥様との会話の最後になったとのことでした。
津波が押し寄せ、市の職員は市庁舎の屋上へ、そこから市長の自宅が見え、波に飲み込まれていくのを茫然と見ておられました。奥様は帰らぬ人となりました。子どもは学校へ行っていたので助かりました。その後は、対応に追われ自分を省みる時間もなかった。ここに来て、復興はまだまだだが、少し落ち着きを見せてきたところで「市長として、夫として、父親として、これで良かったのか…」そんな思いを持ちながら、今も市民のために頑張っているとのことでした。

山野市長の政策に対する考えの一つが「スピード感」。政策決定が速くなることは、我々市民にとっては、非常にありがたいことであるが、この感覚を任期中、ずっと持ち続けて頂きたく思います。

復興支援に対する金沢市としてのスピードある対応、スピード感ある政策決定に一定の評価をしながらも、渡邉さんは「被災地はそんなレベルの話ではない」「本当に政治や政治家、官僚は対応が遅すぎる」「政治を見張り、政治にもの言う、そんな市民の目がもっと必要だ」と話された。これは、行動し、実践してきた人間としての重みある言葉であった。
そんなことを言う時の渡邉さんは、顔は笑っているが、目と語気は非常に厳しいものがあった。

山野市長、渡邉さんの共通した言葉としては、行政側は要望に対して、”できない理由を探し””それを正当化しようとする”という話があった。山野市長が、その後に、「すべてがそうなのではなく、一所懸命、市民の声を反映しようと仕事をしている職員はたくさんいる」という言葉を付け足された。それも当然でしょう。私たちも日ごろ金沢市役所の健康総務課、市民スポーツ課などなど、たいへんお世話になっていますのでよくわかります。

渡邉さんは、組織が上手くいくか、そうでないかは99%はトップで決まる。

渡邉さんは、「強い会社」について、「社員全員が、その会社の歴史を紐解き、その歴史を重ねていける。そんな社員がいる会社」「また、それを誰にでも話すことができる、そんな会社」が強い会社であると話されました。

スピード感のある政策の実行例として、金沢市と台南市の観光協定、その後の姉妹都市締結について長田アナから話題が提供された。台南市には烏山頭ダムがある。これは第二次大戦中、金沢市出身の八田與一という方が指揮して出来上がったダムです。そのダムのおかげで台湾の多くの人たちの生活が豊かになり、今でも台湾の皆様に愛され感謝祭(墓参など)が行われています。お墓や銅像だけでなく、記念館や記念公園もあるくらいです。
その感謝祭に山野市長は8年前より出席。しかし、そのような下地があり、草の根運動として、30年前より墓参に金沢から訪れていた民間の団体があったからこそ、話がスピーディ―に進んだ。そんな感謝の念の上に成り立っているとのことで、私は少しお手伝をさせて頂いただけであるということであった。

夢への挑戦(最後に一言でまとめると)

渡邉さん:夢は叶う、叶わないわけがない。大きな夢へ進んでいくことが楽しい人生。その夢を追いかけるプロセスが大切であり、たくさんの「ありがとう」をどれだけ貰って、人として成長していくかが大切である。


山野市長:できない理由、やれない理由を正当化せずに、やれることはリスクをかぶってでも挑戦する。夢は口に出して言うと(公言する)、プラスのエネルギーが伝播して、周囲にいい影響を与える。そこから新しい挑戦が生まれ、未来をつくっていく。



た~いへん長いブログになりましたが、いい私の誕生日(10月10日)、大収穫の誕生日を過ごさせて頂きました。

最後まで、「長いな~」と思いながら、お付き合い頂き、お読み頂いた皆さま、

ありがとうございます


二葉鍼灸療院 田中良和 
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ワタミ株式会社 会長 渡邉美樹さん 講演会 3

2011年11月01日 | 経営って何?!
10月10日(月祝 体育の日)、金沢歌劇座で開催された、ワタミ株式会社 渡邉美樹 取締役会長の講演会の内容を書いています。


 渡邉 美樹会長


では、続きを書きます。

「今」何も希望や夢を持たなければ、何もできないし、元気も出ない。誰かに任せるのではなく、我々が「今」何ができるか、自分を変えていこうということで、陸前高田市において復興に向けての最大のイベントである『陸前高田市 復興街づくりイベント~街づくり 夢づくり~』が8月27日、28日の両日に開催された。被災にあった、あるいは被害を受けた地元の約70店舗以上、あるいは全国より参じて頂いた店舗を合わせ100店舗以上が集まり、お店を開いた。
もう一度、「今から」「ここから」、商売をする喜びを感じて頂き、商売を再開するきっかけづくりになってもらいたい。また、そんな嬉しい顔を見たいという渡邉さんの思いもあった。両日、合わせて7000人の街に17500人が集まり賑わいを見せた。

皆、この場所(イベント会場)に来て「元気にやってたんだね」「本当に無事でよかった」と喜び合った。またチラシに店舗の情報を載せたところ、そこで、被災に合ってどうしているだろうと思っていたお店が名前を載せていることに、安否が分かったという思いがけない効果もあったそうです。

このイベントで再開した皆さんは、ただ手を握りあっていたということだった。渡邉さんは、私たちの想像を絶するような体験をされた人に、安易に言葉なんてかけることができない。この状況を頑張って耐え抜いている皆さまに、出てくる言葉もない。ただ手を握って、傍にいてあげることしかできないと話された。そして…時を待つこと。

ちょっとした差で生死を分け生き残った皆さまが思っていることは、”この命を大切に生き抜き、次に繋げていくこと。”

このイベントの運営は電通にお願いしたのですが、その担当者の方が「私もこのようなイベントを300以上も手掛けてきました。でも、こんなに温かく、笑顔があふれ、みんなが優しいイベントは初めてです」と言われたそうです。

カンボジアには、孤児院や学校建設のために12年ほど関っている渡邉さん。ここでは、いつもやってあげるという意識はなく、常に勉強させてもらう学びの場であると話された。

例えば、カンボジアの渡邉さんの建設した学校に通う少女に「他に何か必要なものはありますか」と聞いたところ、「食べることができ、寝る場所があり、勉強ができます。他に何が必要でしょうか 本当にやって頂いていることに感謝しています」と言われたそうです。そして続けて、「もしできることなら日本語を勉強したい。そして、今後、このような活動の架け橋となれるようにカンボジアと日本を繋げる仕事をしたい」と言われたそうです。
そこで、あるものに感謝するということは、こういうことなのだと学んだ。普通の時に、あるものに感謝できる生活を心がけようと。

カンボジアでは、その給食の食材確保や地域の皆が食べていけるように農業も開発し、そこに雇用を生み出している。

東北の被災者が「今」何が一番欲しいか。それは雇用であり、仕事をすることができる場所である。渡邉さんが今、すぐにできる仕事としてコールセンターを立ち上げたそうです。また、陸前高田市、気仙沼市、大船渡市、これらいずれも壊滅的被害を受けた地域の、もう一度商売がしたい皆さんを1000人集めて、講習会を何度も繰り返し、経営計画書を書かせて、その中から、本気で商売をやりたい50名を選出して、資金面などの交渉を行い、商売ができるようにする取り組みも行ったそうです。そこを起点に大都市からの集客、そして世界へ打って出ようという考えがあるとか。

陸前高田市の戸羽市長は、復興の暁には、現在2万人の人口を10万人に増加させるため意欲満々で、復興事業に取り組んでおられる。

風車(風力発電)を30~40建てるとグループの30分の1の電力が賄える。そんな構想もある。なぜ、そんなことが思いつくかというと、「これをやりたい」と強く思うことで、イメージが湧き、挑戦する。そうしてやってきたから、グループ全体の年商1500億円、従業員5000人、パートのおばちゃんまで合わせると3万人のグループが出来上がった。

渡邉さんの姿勢は、まず自分が実行して、実践して、国にもの申すことである。

  自分の好きな人生を生きるための五カ条 

第一条「どうしてもこれをやりたい」と思うこと
・ワタミグループは、社員5000人すべての人が、この思いで夢を実現してきた会社だと思っている。
・お客様が全員やすらぎの場所だと思って頂けるように皆が仕事に取り組んでいる。その中には苦情や問題、お褒めの言葉など様々なことが起きてくる。しかし、「どうしてもこれをやりたい」と思っているからこそ、その部分から今後の課題や対策が生まれ、そこに工夫が出てくる。

※渡邉さんは「利他の精神」という言葉は嫌いで使っていないということであった。自分の仕事や行為などは、確かに結果的には人に喜ばれることなのだが、最終的には「自分のため」なのです。だから自分のためにやるのに、利他、利他とそれを前面に出すのは変だと感じるということでした。言葉の捉え方でしょうが、商売を拡大しながら、「ありがとう」を頂くため実践してきた渡邉さんだから言える言葉でしょう。「自他利の精神」とでも言いましょうか。

※ある密着取材をした雑誌の記者に「ワタミグループは、渡邉さんが、そうしたいから、そうしている、そんなグループなんですね」と言われた。私は、これは深い言葉だと思った。「そうしたいから、そうする」そこには天に従うというか、誠の道というか、精神的バックボーンに支えられた「そうする」がないと、これだけ社会に貢献しながら、事業を拡大していくということはできないと思った。

自分の欲望のコップを大きくしない。事業が大きくなればなるほど、大きな家に住みたい、高級車に乗りたいなど、自分を満たす欲望が増えてくる。それはそれで悪いことではないが、自分だけが満たされる欲望は小さい方がいい。コップが小さければ、利益という水が増えてくれば、溢れ出てくる。溢れ出たら、どんどん溢れ出させて、それを地域や国、あるいは世界にどんどん溢れさせていけばいい。そうすれば、そこに流れが出来て、さらに大きく事業や会社が育っていくのではないか。
この話は本当に腑に落ちました。


講演会、本当に感動したもので、どんどん書いていますが、私のメモとしても残しておきたいので、ブログは続きま~す。続きはパート4で書きますね。

「ほんと、長いブログやな~」と思われた方、すいません。お付き合いして頂ける方はパート4も読んでくださいね


二葉鍼灸療院 田中良和
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ワタミ株式会社 会長 渡邉美樹さん 講演会 2

2011年11月01日 | 経営って何?!
10月10日(月祝 体育の日)に行われた、東日本大震災チャリティー講演会、ワタミ株式会社 取締役会長の講演会の内容について書いていきたいと思います。


 司会は、МRO(北陸放送)の長田哲也アナウンサーでした



渡邉さんがステージに登り、演題に立たれた時の私の印象は、「いい笑顔」「温かさに包まれている」「しかし、芯があって強い」「行動によって結果を出している人の自信というか余裕がある」そんなことを講演に入る前に感じましたね。

さて、講演内容は箇条書きで書いていきますね。

まず、東日本大震災が起きた時から、その後の支援、そして復興へとお手伝いさせて頂いた経験の中でのお話がありました。そして、演題にもあるように「夢を持ち続けて生きる!」ために、私が実践してきたことで大切だと思うことのお話がありました。

では…

まずVTRで、テレビで放送された震災直後の陸前高田市、大船渡市の状況とともに、東日本大震災が起きてから、すぐに物資を調達して現地へ向かい、その後の被災地での支援活動、あるいは現場の状況を見ての渡邉さんの心境などが紹介された。また、学校経営などの様々な分野で、どんな気持ちで仕事を行っているのかが紹介された。

3.11は、東京都知事選挙に出馬していた渡邉さんは、その真っ只中だった。そして、大きく選挙の流れが変わった日でもあった。出馬しないと言われていた、石原さんが出馬を発表した日だった。それまで出先機関の調べでは渡邉さんが、人気ではトップであった。石原さんが出馬するとなると様相が違ってくるので、その日、記者会見を夕方から行う予定だった。その準備が整った所で起きたのが大震災であった。記者はビルの壁が剥がれ落ちる映像を撮影して帰っていったので、記者会見にはならなかった。という話を講演の導入部で話された。

①大震災当日、関東もほとんど交通網がマヒしていた。ライフラインも滞っていた。渡邉さんも東京から自宅(神奈川だったと思ったが…)まで歩くことにした。歩く道中、ほとんどの店が閉まっていて、電気も消えていた。社員のみんなどうしているかなと思いながら歩いていると、『和民』(何店かは忘れました)の電気がついていて、歩いている皆さんが入っていくそうです。「何やってるんだ」と渡邉さんが店に入ると、”食事や飲み物は出せませんが、トイレや休憩に使ってください”ということだった。そこの店長が判断して行ったそうです。
②また、『和民』の仙台にある店は、震災後、4・5日で商売を始めたそうです。ライフラインが確保できないのに…ガスコンロを使用してできる「キムチ鍋」一品で始めたそうです。
この①②ともに、渡邉さんから常々「ありがとうを貰うためなら、集めるためなら、何をやってもいい」と言われていることが全店に行き渡っている証拠でもあります。『和民』に限らず、グループ企業の5000人の社員が、そのことを意識し、考え、行動できているから、いいモノづくりができるんですよと話されていた。
お客さまからのクレームに対する社員の行動に関しても、徹底していることもエピソードなどを交え話されていた。それもやはりクレームをも「ありがとう」に変えるために、どんな心で応対したらいいかということも勉強になった。

渡邉さんは、東京都知事選真っ最中であったが、「まず被災地の支援だ」ということで、数日後に様々な物資を調達して現地へ向かった。(私はこれが、力を持っている人の、真の、誠の行動だと感動した)現地へ到着してみると、報道されているよりも遥かに悲惨な状況であった。まさに戦争状態という言葉がふさわしい状況だった。
渡邉さんたちが現地に入ろうとした時「ここより先は入らないでください」と自衛隊の人に言われた。「海の上には無数のお亡くなりになられた方々が漂っているんです」ということであった。津波の凄まじさを感じるとともに、絶句してしまったということでした。

支援の形も、はじめは「水が欲しい」から始まり「レトルトのお米が欲しい」、「レトルトのおかずが欲しい」「有機野菜が欲しい」と徐々に支援物資にも変化があり、徐々にではあるが復興に向かっていることを実感しているということであった。

またVTRにて、被災地に取り残された老人施設の高齢者の映像があった。若い職員は被災にあったり、逃げるので精一杯だったりで、施設の人も家族が引き取っていったりしたが19名が取り残されていた。調べてみると、もう食料もほとんど底が尽きていた。自治体の方から渡邉さんへ支援の要請があり、すべての人を無償で渡邉さんの老人施設へ迎え入れることにした。
その時のエピソードで、取り残された高齢者の皆さまは、出発のバスに乗る際は無表情で固い表情をしていたが、バスを降り施設に到着し、バスから降りて地に足を付けた瞬間、皆さん「ありがとう」と”号泣”されたそうです。これまでの不安や恐怖、私たちには分からないいろんなものが込み上げてきたのでしょう。というお話でした。(私も今までの話や映像とともに、思わず涙が出てしまいました…今もブログを打ちながら目頭が熱くなってます)

渡邉さんは、現地によく足を運んで、被災者の人たちと対話したり、また、そこで頑張る役所の人たちと話をする機会が多くあるそうです。多くの被災者の皆さまの心境は「私たちの幸せは、今ある”命”であり、今ここにいることで、今あるものに感謝をしている」ということでした。そして、「悲しみを乗り越えて、今ある感謝や温かい気持ちを、後世に繋げていかなければならない」という気持ちでいるということでした。

陸前高田市は街全体が壊滅状態です。そこへ陸前高田市の戸羽市長から復興参与として力を貸して頂けないかという要請があり快諾したそうです。東京都知事選挙に出馬したのも、この27年間に培ってきた経営のノウハウを何か国民のために活かせないかという思いで出馬したので、このような形で要請を受けたことは願ってもないことであった、と話されていた。

復興参与として役所の皆さまと復興に向けて話し合いをする中で実感したことは、「資金がない」ことだった。がれきを撤去し、土地を整備し、など復興に向けてすぐやらなければならないことがたくさんあるが、なんせ「資金がない」ということに尽きた。まず何をやるにしても、これだけの予算を付けて、資金をそこに投入してはじめて行動に移せるというもの。市長の話によると、今現在であっても、現地の補償や必要予算など、国、政府には、何も伝わっていない状況だということでした(もし聞いていたとしても、意思表示、行動で示せないのだから)。
この大地震は、過去に例がないほど甚大な被害を出している。そんな時は、すぐに様々な対応ができるよう法律を改正し、すぐに予算付けをして、それぞれの自治体とともに復興へ向けて進まなければならない。なのに…政府の現在の状況を見ていると分かりますが、対応が遅く、後手後手にまわり、まだ何も決まっていない状況である。そんな政府、そんな国では、夢や希望が見出せず、元気がなくなる。

※(これは私の意見)現在も復興財源の確保に、様々な増税、復興債の在り方などを論議しているが本当にノロいと思う。まったく前例がないので、被災にあった都市や市民は決まるまで待ってなさいという態度に見えて仕方がありません。確かに約90兆円もの国家予算に税収が約40兆円、その他は国債で賄っていること自体、なにか国家予算そのものに無理があるとは思いますが、だから増税なんてことは、あまりにも短絡というか、国民を欺いている感じがしますね。

また、現在、円高で為替介入が日銀により行われていますが、お金を刷り、アメリカ国債を購入するわけです。その資金は、外国為替資金特別会計から拠出されます。そこにプールされているお金が外貨準備高です。日本の外貨準備高は1.1兆ドルあり、その多くはアメリカ国債となっています。為替介入とは、このお金でアメリカ国債を買うということです。
2007年から2011年までの4年間に、外貨準備での為替評価損失は45兆円もあるそうです。短絡的ではありますが、この損失がなければ復興にはいくらか当てることができたのではないでしょうか。また、特別会計からの見えないお金は埋蔵金としてプールされるのですが、そのお金を各省庁が少しづつでもいいから出せば、まず、初動のための資金となったのではないでしょうか。



すんませ~ん熱くなりまして。長くなってますので、パート3へ移ります。

お付き合い頂ける方は、パート3も読んでくださいね。


二葉鍼灸療院 田中良和
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ワタミ株式会社 会長 渡邉美樹さん 講演会 1

2011年10月31日 | 経営って何?!
10月10日(月祝 体育の日)、私の42回目の誕生日でもあります。

鍼灸業界のS先輩より、会議の際、「渡邉会長の講演会、聴きに行く」っていうことで、チケットを頂きました。テレビなどでは何度か観て、お話を聴いたことはあるのですが、一度直接お話を聞いてみたかったので、「ありがとうございます」 と、遠慮なく頂きました

素敵なバースデープレゼントでした。

 東日本大地震 復興チャリティー講演会 

 日 時:平成23年10月10日(月祝 体育の日) 午後1時~4時
 会 場:金沢歌劇座 大ホール
 講 師:渡邉 美樹  ワタミ株式会社 取締役社長
      山野 之義  金沢市長
 演 題:第一部 「夢を持ち続けて生きる!」  渡邉 美樹 
      第ニ部 「夢・挑戦!」  渡邉 美樹会長と山野 之義金沢市長との対談
 主 催:МDRT日本会、金沢赤十字病院、プレデンシャル生命(金沢支社)、ジブラルタル生命(金沢支店)
 後 援:金沢市、(社)金沢青年会議所、北國新聞社、加賀屋、ゴーゴーカレーグループ
 特別協力:金沢まちづくり学生会議
 協 賛:多数


会場は2階席もいっぱいになるほどの賑わいでした。東日本大震災に思いを巡らす人々が多いということと、渡邉会長(以下 渡邉さん)の人気ぶりをうかがわせます。私は午前中、知人の紹介もあり、ちらっと絵画を観に行き、引き続き講演会に参加したのでした。昨日に続き、この日も天気が良かったことで、気分良く講演会に来場できました。(あたしの誕生日は晴れるんです

さて、会場の大ホールに入った時には映像にて、陸前高田市を中心に壊滅的な被害を受けた被災地の写真が流れていました。直接、現地に行き行動していない私にとっては、被災地や被災者、亡くなられた人たちのことを思うことしかできませんが、現地の写真や映像を主要メディアではない情報源から映像を観ることができたことは貴重な体験でした。

今もな、たいへんな生活を強いられている人たちがおり、まだまだ復興にめどがついていない都市がたくさんあることを再認識させてもらいました。また、被災地やそれを援助している人たちが、今一番怖いことは…

「忘れ去られること」

だそうです。喉元過ぎれば…と言われるように、人間っていうのは自分も含めて勝手なもので、悲惨な出来事があっても、自分に関りのないことであったら、記憶から消し去ってしまう、記憶があっても意識がなくなる、そんな生き物のようです。

ですから、行動でそれを実践し、継続している皆さんは素晴らしいのです。そんな人たちから常に自分の認識を新たにして、何かしらの意識を持って行動することが大切なのだと私自身を思います。

さて、講演会の内容に入る前に、皆さんご存じだとは思いますが、渡邉 美樹さんのプロフィールを、頂いたパンフの中からご紹介しておきます。

◇渡邉 美樹 ワタミ株式会社 取締役会長◇

1959年10月5日 生まれ(52歳)
小学校5年生の時、父親の経営する会社を清算したことから「自分は将来社長になる」と決意する。明治大学商学部を卒業後、会社経営に必要な財務や経理を習得するため、経理会社に半年間勤務。その後1年間運送会社で働き、資本金300万円を貯める。

1984年、ワタミを創業。2000年、東証一部上場。
「地球上で一番たくさんのありがとうを集めるグループになろう」という理念のもと、外食、介護、高齢者向け宅配、農業、環境など、人が差別化となる労働集約型事業を展開し、独自の事業モデルを構築してきた。

学校法人 郁文館夢学園理事長、医療法人盈進会 岸和田盈進会病院理事長として、公共的事業に民間の経営モデルを導入した。
公益財団法人School Aid Japan代表理事としてカンボジア・ネパールでの学校建設(2011年3月末現在 140校)、孤児院運営に携わる。

現在は、お金の入らない「ありがとう」を集めるため、NPOや公益財団法人の活動と並行して、東日本大震災の復興支援に取り組む。2011年6月1日、岩手県の陸前高田市長より、復興参与に委託され、当市をはじめ周辺地域の復興に取り組んでいる。


 渡邉さん

また、講演会に先立ち、この講演会の実行委員の代表であるプレデンシャル生命の神田さんより、この講演会は、街全体が壊滅状態に陥った「陸前高田市」に絞っての支援となることの説明がありました。チケット売り上げや、募金、寄付等で得られたお金は100%陸前高田市に直接お渡しするお話もありました。



「直接」ってのが大事なようです。日本赤十字や公的機関を経由すると、どうも時間がかかるため、すぐにでも復興活動が必要なな時に予算の割り当てが出ていなかったり、費用が足らずに動けないというのが現状のようです。義援金などを公平に…ということは分かるのですが機能的でないのは、皆さま、義援金の行方や政府の復興への対応を見ていればよく分かることと思います。

また、先ほども書きました「忘れ去られること」を心配されている陸前高田市長の話があり、どうしても継続的な支援がまだまだ必要だという話もされていました。

さて、講演会の内容ですが、少し前置きが長くなりましたので、パート2で書きます。

よろしく


二葉鍼灸療院 田中良和
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不況をエキサイティングに楽しむ

2011年09月19日 | 経営って何?!
9月も中盤に差し掛かりました。毎日、自分の臨床もそこそこ忙しくさせて頂いておりますが、それ以外の仕事も、さらに忙しくさせて頂いております。感謝ですね

ほぼ日曜、祝祭日も休みなし。まあ、必要とされる時は動くべき時なのでしょう。
ブログの報告もたくさんあるのですが、今度、ブログの神様が降りてきた時に一気にやるとしましょうか

現在、日本はデフレ、世界はインフレ、金融危機がいつ訪れるか分からない世の中です。また、世界での自然災害&戦争や紛争などの人災も加わり、世の中が大きく変化してきています。日本でも東日本大震災、台風による被害、日本国債の格下げ、たび重なる内閣の交代と、変化の速度や程度が大きく、速くなっています。おそらく序章でしょうね。

さて、この不況を乗り越えるためには…

特別なことではありませんが、自分の仕事を一所懸命、広い視野を持って行うということです。
日本のバブルの頃のように何でもありの世の中であれば、すこしのスキルさえ持っていれば、誰でも、どこでも、そこそこの成功をおさめ、上手くやっていけるわけです。しかし、一昔前と今は状況が一変してきています。

そして、不況だからこそチャンスでもあると思うのです。

 「この不況の時代に生きていてよかった」という思考パターン 

どの時代に生まれるかなんて選んで生まれてこなかったので、今の時代に生まれたのも何かの意味があるのだと思うようにしています。忘れていけないことは、私たちは自分の人生の中で自分たちが経験するべきことを確実に経験しているんだということです。

しかし、今、不況だと言われて大変苦しい状況に追い込まれている人もいて、私がこの状況からも「よかった」を探して学ぼう!と言っても、「何だと、俺は大変なんだぞ。何がよかっただよ!」と思う人もいるだろうと思います。

でも、やっぱり目の前の事実はひとつなんです。

どうせ、この時代に生まれて今も生きているのなら、人が何と言っても「得」をする考え方や時代を見たいと思うのです。これは他のコラムにも書かせて頂きましたが、私が思う「不況時の5大メリット」を書いておきます。

 一つ目…創意工夫が生まれやすいということ。
 二つ目…不況自体が新たなビジネスチャンスを生み出すということ。
 三つ目…”自分を磨く”タイミングだということ。
 四つ目…自分の軸がしっかりしてくるということ。
 五つ目…「思いやり」が増えるということ。

不況のなかに「よかった」がないか…探したらもっとありそうです。
そうやって探している間に、時代はどんどん進んでいるのです。どうせなら、ワクワクした未来を信じたいですね。

さて、私の尊敬する、貧しい人たちのためにその人生をかけている方も、こうおっしゃっていました。
「確かにこの不況の時代は大変な時代です。しかし恐れてはいけません。これは変革のための最大のチャンスなのです」(ムハマド・ユヌス)

『人生を好転させる「新・陽転思考」』  和田裕美 著



不況であるからこそチャンス、これは松下電器創業者(現 パナソニック)の松下幸之助さんも「好況よし、不況なおよし」と言われていますし、土光敏夫さんや、現在、経済アナリストとして活躍するKさんはじめ、多くの人がそう言っておられます。

だから不況はチャンスなのでしょう。

私たちの仕事もこれから患者さまからさらに、鍼灸師自体が選択される時代が訪れるでしょう。鍼灸師が、患者さまを心から理解し、そして治し、また、適切の処置を行い、個人的にも、社会的にも、鍼灸師という信頼、鍼灸治療という信頼を得るためには、やはり、広い視野を持って、未来のために「今」何をすべきかを思考し、行動する必要があるでしょうね。

小学生に「夢は何?」と聞くと「プロ野球選手になりたい!」「ケーキ屋さんになりたい!」とかなりの確率で返ってきますが、これが高校生や大学生になるとかなりの確率で「わかりません」と返ってきます。皆ではないと思いますが…。

夢、それは志を支える大きな支柱でもあります。ワクワクする夢に向かって志を立てて、そこへ邁進することが「道」を歩んでいくには必要だと思います。私たちの仕事も「道」を追究する仕事です。鍼灸道です。だから、この大きな変化の時代、不況の時代こそ、「患者さまを治す」ための志を強く持つべきと私は思っています。

師匠や先輩から多くの臨床や鍼灸道に関する見方、考え方、捉え方を学んでいます。そして後輩に向け、業界で、学会で、様々な活動をしながら、言葉で、態度で、師匠や先輩の意志&私の考え方を示しているつもりになっています。まだ、私自身が勉強不足ゆえ、上手く伝わらないところや、さらに周囲から多くのことを学び吸収もしている段階でもありますので、どう伝わっているかは分かりませんが…。

学問や仕事に対する姿勢は本人の自覚以外、何者も変えることはできないと思います。
変革し、それをチャンスとするかどうかは、その人の心にかかっているということです。
この鍼灸という道へ進み、患者さまを治したい、医療人としての使命を果たしたいなら、今、何をすべきか悩み、そして、その悩みがあるからこそ、答えが、自覚が生まれてくるのだと感じます。

あっと、ちょっと熱く書いてしまいましたが、これから訪れる大きな変化は、すべての人類に共通して起こることだと私は思っていますので、この不況に感謝しつつ、今の時代をエキサイティングに楽しく、そして、大きな夢を持ち進んでいきたいと思います。

一回きりの人生、どうせ過ごすならワクワクして過ごさんといかんよね

さて、これから名古屋へ行ってきますぞ


二葉鍼灸療院 田中良和
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エコ名刺 『丸吉日新堂印刷』 (北海道・札幌)

2011年07月09日 | 経営って何?!
前回のブログでもご紹介いたしました『ちっちゃいけど 世界一誇りにしたい会社』(ダイヤモンド社)という本は、私の大好きな本の中の一冊です。

仕事や経営に対する、心意気や考え方など大切に持っていなければならない形なき宝を教えてもらえるのです。そして、自分の仕事に対して志や信念というものをさらに歌舞して、情熱のを燃え上がらせてくれる…私にとっては、そんな本なんです。

その本の中の一社で、北海道札幌市でエコ名刺をつくっている『丸吉日新堂印刷』さんの仕事に感動して名刺を作って頂いたのでした。一応、石川県鍼灸マッサージ師会ではお役を頂いていますので、そちらのほうの名刺を作らせてもらいました~(金沢市鍼灸マッサージ師会の名刺も一緒に)。

石川県師会のほうは、バナナの茎と古紙を合わせたエコ名刺を…
金沢市師会のほうは、琵琶湖の葦と古紙を合わせたエコ名刺を…作って頂きました。

地球環境を大切にすることは近年ことに重要になってきており、生活の中で、自分の人生の中で、些細なことでもいいからそちらに意識を向けていようという思いから、日新堂印刷さんに名刺を頼んだわけです。

バナナや葦の他に、ペットボトル、とうきび、帆布、間伐材、ケナフ、牛乳パック、マガジンペーパー、竹、桜、機密文章などを利用したエコ名刺があり、そこから好きなのを選んで頼むことができます。

そして、名刺には点字加工もして頂けます。


 こちらが私の石川県鍼灸マッサージ師会の名刺で~す

私がここの会社の方針で感動したのは、この点字加工を障害者施設に依頼していることです。
ある手紙をきっかけにして、点字加工ではない他の仕事を依頼するようになったそうです。そんな中、お客様から「名刺に点字加工はできませんか?」という依頼がありました。そこで施設のほうで点字加工ができないかと連絡したことから、この点字加工の仕事の依頼がスタートしたようです。

障害者施設にいるハンデキャップを持つ皆さんに仕事をお願いしたところ、その仕事ぶりは、本当に一生懸命に正確に仕事をされれるそうです。また、このような感じの仕事が得意でもあるということでした。そして、働いているわけですから、日新堂印刷さんからは報酬が出るわけです。仕事をやればやるほど報酬もアップする。どんな仕事でも報酬が上がればうれしいですよね。
それに、仕事ができることによって、生きがい、やる気が生まれ、また、僕たちの仕事が世の中に役立っているんだという喜びがみなぎるようになり、元気になっているそうです。

仕事を終えると「できました」と笑顔でその名刺たちを持ってくるそうです。日新堂印刷では、このような笑顔は何物にも代えがたい貴重なものだという考えのもと、このような事業を行っています。感動、感心、感服です。

障害者施設の皆様からは、そんな仕事を通じて、仕事というのは「自分が世の中に貢献できる喜び」「自分が存在しているという実感」を実践するものなのだ、ということを勉強させられたそうです。今、日本人の心や精神文化は見直されてはきましたが、ニュースや新聞を見ると、毎日、殺人や自殺などの話題が途絶えることがありません。だから、自分の存在価値が認識できる 仕事 というものを一人ひとりが持つことができれば、社会の悪しき部分を変えることができるパワーとなるとは思いませんでしょうか。

ということで、私は、このような 温かい心が が込められている名刺をぜひとも購入したいと思い注文したわけです。名刺交換の時などは、「さすが、点字が入っているんですね」「へ~こんなエコ名刺あるんですか」など食い付きがいいんですよ。そして、上記のような話をするわけです。

あとは皆さん「これバナナで出来てるんですよ~」なんて、省略形で話すと、必ず匂いを嗅がれます。面白いですよ

この名刺を見るたびに、経営の原点を認識させていただいております。

 ※ご参考に『丸吉日新堂印刷』さんのホームページです。クリックしてね。

二葉鍼灸療院 田中良和
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『小ざさ』 (東京・吉祥寺)へ「もなか」を買いに行く!

2011年07月07日 | 経営って何?!
6月18日(土)、診療を午前中で終了し、19日(日)に東京・有明で行われる(社)全日本鍼灸学会の”2011鍼灸学術大会東京”へ参加するため東京へ向かいました。

東京へ行ったら、ぜひ寄ってみたいお店がありました。それが題名にもある、和菓子屋さんの『小ざさ(おさざ)』です。

ここは売り場面積1坪ながら年商3億を稼ぎ出すお店です…って、それも興味があったのですが、そこで売っている商品は「もなか」と「ようかん」だけというこだわりです。また、その「ようかん」たるや、先代から引き継いだ昔ながらの製法で作られるため、大量生産ができず、1日150本が生産の限度ということで、毎朝5時くらいから行列ができるという人気ぶりだとか。 そのこだわりを味わってみたいと思ったわけです。

「もなか」と「ようかん」にこだわり、先代の繊細な味をそのまま受け継いでいるという、その職人の意気に感動し、時間が限られている中でしたが「ようかん」は無理にしても、「もなか」を買いに行こう、そして、どんなお店か一度見たいということで、東京駅からホテルへ行く前に、吉祥寺へ向かったのでした~。


 吉祥寺のダイヤ街という商店街の中に『小ざさ』はあります。

節電で夜が暗い東京でしたが、吉祥寺は元気でしたね~。やっぱ東京は活気があるね

さて、商店街に入り、探すが…なかなか発見できない。「地図で調べてら確かにここなんだけどな~」
とグルグルと商店街を回り、やっと見つけました

なんのことはない、お店の前を2回ほど通り過ぎていたのです。偏見って怖いですね。「これくらいの店だろう」と想像していましたが、想像よりかなり小さなお店でしたね~。だから目に入らなかったわけです…言い訳私だけ




 お店の様子

「もなか」も残り少ないようでした。そりゃそうですよね~、私がお店で購入した時間は午後7時20分ごろでしたから、閉店ガラガラ~の直前でした。(ちなみに午後7時30分 営業時間終了です)

それにも関らず賑わっていましたよ


 購入してきた「もなか」です。「もなか」はネット販売もしているようです。「ようかん」は店頭販売です。

粒あん と こしあん が入っていて、21個で1260円だったと思いましたが、良心的なお値段です。

金沢は菓子処であり、おいしい和菓子がたくさんあります。それと比較…なんてことはいたしません。そんなことすること自体がナンセンスですしね。それぞれのお店で、それぞれのこだわりがあり、皆さん心を込めてつくっているんですからね。

さて、お味はというと、甘さ控えめで、美味しかったですよ。また、パリパリ感としっとり感がマッチして、それも美味しさを増していたような気がしました。分析してしまった。 私は甘いものには目がないほうですからね また、この職人技を、その心意気を感じながら食べると、なお美味しく感じるものです。医学で言うとプラシーボ効果というとこでしょうか。

今度は「ようかん」を食したいと思うのですが、なかなかその機会はないように思う今日この頃です。時間が…

ぜひ一度食べてほしいお菓子の一つでしょうかね。『小ざさ』さんですよ

※この『小ざさ』さんを発見したのは、『ちっちゃいけど 世界一 誇りにしたい会社』(ダイヤモンド社)という本を読んだからでした。実はここに出てくる印刷屋さん(北海道・札幌)にも名刺を頼んだりしています。こちらの会社の経営方針や経営の温かさなど、その心意気に感動したのでした。ということで、この勢いで名刺のほうも次のブログでご紹介しますね。


二葉鍼灸療院 田中良和
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スズキ自動車 鈴木会長兼社長の言葉

2010年07月07日 | 経営って何?!
経済の先行きが不透明な現在、今もなお業績不振で倒産していく会社が多いのが現状です。これから、世界経済は非常に厳しい局面を迎えるだろうとの予測もある中にあっても、私たちは生きていくために、仕事をして、生活していくことが必要不可欠となります。

私も小さな治療院とはいえ経営者でありますので、経済状況も見つつ、自己の意識を高めながら、この厳しい世の中を生き抜いていくんだ!という心構えが大切だと感じます。

さて、そんな中、自分の意識を高めて頂けるような言葉を発見しましたので、少し記しておきたいと思います

「2009年1月、スズキの車を売る全国の代理店が集まる大会が開かれた。参加者1300名以上。そこへ、鈴木 修 会長がやってきた。代理店の社員一人一人の名前からその家族まで覚えているという。なかには親子二代、三代にわたる付き合いもある。この日、鈴木は嬉しい知らせを持って壇上に上がった。去年のスズキの自動車販売台数が日産を抜き国内2位になったのだ。経営トップになった30年前に比べ、その売り上げは10倍の3兆円にまで拡大した。
   (中略)
いまや世界二十三の国と地域で生産するスズキ。なかでもインドは、二十五年前、大手メーカーが見向きもしなかった時代に、いち早く進出した。その後、インドにはモータリゼーションの波が訪れ、スズキの車は爆発的に売れ始めた。現在、インドを走る車の二台に一台はスズキのマーク。世界的不況の中でも、スズキのインドでの新車販売は、2009年1月、67005台と、過去最高を記録し、2009年の販売台数は100万台に近づく。
常にライバルとは違う、独自の道を切り開いてきたスズキ。この逆張り経営が、今、大きな果実となって実を結んでいる」


社員さんが二代、三代にわたる付き合いがあるということは、その会社に魅力があるということですよね。生きがいを持って、仕事に誇りを持っているからこそ、子や孫も「ここで働きたい!」となるんでしょうね。

また、時代を見つめる先見性の目こそ、これからの経営者には必要となってくるのでしょう。これまでよりもっと。

そして、他とは違った何か、ライバルと一緒なことをやっていたのでは、競争もたいへんであるし、その会社の個性が出てこない。他者とは違った個性こそが、市民の方々の判断や選別の材料になるんでしょうね。
やっぱり会社の魅力というところに繋がっていくのでしょう

さて、以下は、鈴木社長の印象に残った言葉たちです

「私は2008年にまた社長に戻りましたから、今年で31年目になります。この間は、右肩上がりできました。1958年に3230億円だった会社が、12年かかって1兆円になり、そしてまた12年かかって2兆円になったわけです。ところが2兆円から3兆円になるのは、わずか4年なんです。そうやって伸びてきましたから、我々も一般従業員も、この程度の仕事をやっていれば、この程度は伸びていくのだという気持ちになっていました。

それで今回、売り上げが大幅に減少した。どうしたらいいのだと、経営者も従業員も迷ってしまっているわけなんですが、そういう時こそいいチャンスだから、なぜこうなったのかを考えてみようということです。そこで一番重要なのはコストという問題です。乾いたタオルを絞って水を出すとよく言いますが、30年間も右肩上がりが続くと、乾いたタオルではなくズブスブのタオルになっている。
そういう点で、コストダウン、特に外に対して、下請けに対して、コストを下げてくださいと言う前に、自分たちでまず内なるコストダウンをやらなくてはいけないと思っています」

「満足したらおしまい。常にチャレンジして、常に追いついていく気持ちが大事です」

「こんな価値があるもの(車)が、こんなに軽く、こんなに小さくできたのは素晴らしいこと。軽自動車というのは法律で長さと幅、高さが決められている。だから軽自動車が良くなったのは技術者たちが涙ぐましい努力をしてきたからなんです」

「(原因を)外に求めるのではなく、自分のところがどうであるかということを考えなくてはいけない」

「経費削減だとか、人員を減らすとか、不採算部門を切るということは目につきやすいんです。だから新聞をみても、そういうことばかりが記事になっている。でも各企業はおそらく、そういうことをやりながら、実は中では、ここを伸ばしていこうとか、ここを育てようとかいうこともやっているんです」

~79歳になられて、第一線を動き回る元気の源は
「一つは親に感謝しなくちゃいけない。健康に生んで育ててくれて。もう一つは、私は静岡県の人間ではなくて、飛騨の山奥の生まれなんです。小さい時から農業をやっていましたから、手の節が太くなる。野山を駆けずり回ったとか、粗食に耐えたということも、やはり健康の一つのもとでしょう。
それからもう一つは目標を持つということです。その8時間は(工場内を歩き続ける時間)、何かないか、もっと改善することはないかと、獲物を探すようなつもりで歩いていますから。現場の人は、案外、気がついていないんですよ。これはやはり慣れなんです。慣れてしまうと気がつかなくなる」

「私は、”運とツキと出会い”ということをつくづく感じる。運とツキと出会いがなければ、こんなに伸びはしませんよ。それを実力だと思うから問題なんです」

「パキスタンで国営企業と合併をやっていたのですが、その帰りの飛行機でうちの技術者が新聞をみたら、インドも国民車を募集しているという記事があった。それで僕のところへ来たので、じゃあ申し込もう、と。ところが申し込みに行ったら、もう締め切りを過ぎていて断られました。でも、セールスというのは断られてから始まるものでしょう。何回か行けば「うん」と言ってくれるよ、と言って行かせたら、3回目にOKになった。補欠でね」

『村上 龍×経済人 4 カンブリア宮殿~新時代の経営:景気回復に依存しない~』


経営のトップで、現場の社員との意志がしっかり通い合った会社をつくられ、常に試行錯誤し進化向上を目指している社長の言葉には、学ぶべきところが満載です。

私は物を売る企業ではありませんが、言い方を変えると、医療技術を売る仕事とも言えるでしょう。ということは、常に思考し、患者さまの苦痛が取れるように、医療という選択肢を患者さまに説明し、その時々で状況にあった医療を受けていただけるように、日々研鑽することは当たり前だなと思います。

その辺りが鍼灸師には思いつかないところでもあるので、自分自身注意していかないといかんな~と思います

さ~て、鈴木社長の言葉でテンションも、さらに上がったことだし、これからも進化向上していこう と、心に誓う、発展途上の鍼灸師でした~ 

二葉鍼灸療院 田中良和
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自分の「ひらめき」に自信を持つ!

2010年04月08日 | 経営って何?!
年度末より、さらに、さらに、仕事、私生活ともども忙しくなってきている現状に感謝しています。

忙しくても、いろんな事が頭に浮かんできますね~、忙しいからなのか
「ひらめき」は創造の源のようなものですね。どんな突拍子もないことでも大切なんでしょうね

≪積極思考人間は、自分の考えに絶対的な信頼をおく。資金がないから計画が実行できないのではなく、アイデアそのものに問題があると考える。アイデアが正しければ、自然と資金は集まってくるものだ。
また、時間が足りなくて不可能なのではなく、アイデアの管理の仕方が悪いのだという見方をする。

一方、消極思考人間は頭に浮かんだアイデアを不注意に見逃してしまう。この無頓着さが否定的な人間の特徴とも言える。彼らは、建設的なアイデアを積極的に取り入れる姿勢ができていないのだ。

しかし、たった一つのアイデアが会社全体の救世主になり、一見、何でもない「ひらめき」が新製品を生みだしているのである。アイデアに神経を使うのは、農夫が種を吟味するように大事な作業なのだ。

古いありきたりの口実で、すばらしいアイデアを潰してしまうのはやめよう。
「できるわけがない」
「そんなのは論外だ」
「条件がそろっていない」
「危険すぎる」
「どうも気に入らない」
「もう。遅いよ。とっくに誰かがやっているじゃないか」
「誰もそんなことをしていないよ。悪いくじを引くのはごめんだ」
「問題が多すぎて手に負えない」
「今のままで十分さ」
「専門家の予想では…だそうだ」
このように、さまざまな言い方で、「可能性」という種を芯に抱いたアイデアがでれだけ多く握りつぶされてきただろう。

積極思考人間は、同じ口実をチャンスに変えてしまう。

だからと言って、向こう見ずに突進したり、無責任な行動をとったり、十分な調査や準備をしないというのではなく、アイデアの将来性を見極めるために、次のような質問をするのだ。

「それを必要とする人間がいるだろうか」(需要を見つけ出し供給する。これが成功の秘訣だ)

「誰も実行しないのはなぜだろう? もし誰かがすでに手をつけていたとしても、もっと良いものを、もっと安くつくれないだろうか?」

「ニュースとしての価値があるだろうか? もし我々が取り組めば、世間の注目を引くだろうか」(どんな画期的な新製品でも、潜在購買者にその存在を知らせなければ商売にならない)

「このアイデアが、果たして自社のイメージに合うだろうか? もし合わないようなら、別会社をつくって運営させるほうがいいのか?」

「このアイデアを買う力がない時は、借りる方法があるだろうか?」

「今すぐ実行できなくても、組織を整え、市場調査をしてから投資するくらいの時間の余裕はあるだろうか?」

「このアイデアは、本当に人々を夢中にさせる魅力があるだろうか?」(世間の人々から最上級の賛辞が送られたり、人を刺激して意気を高揚させることができればしめたもの)

アイデアに対する積極的な姿勢。これこそ、成功を獲得する積極思考の人間になるための基本なのだ。≫

『いかにして自分の夢を実現するか』  ロバート・シュラー 著  稲盛和夫 監訳


今の自分の現状には、非常に的を得ていて、学ぶべきところがたくさんある言葉たちです

もう一つ付け加えるなら、

「このアイデアが、社会のため、人のために役立つものなのか。それが人々の笑顔や幸福に繋がるだろうか? 笑顔や幸福を生みだすことができるだろうか?」

この一文を付け足したいですね。本を読み進めると書いてあるかもしれませんがね。

本当に毎日、勉強です 

二葉鍼灸療院 田中良和
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スーパー歌舞伎 市川猿之助さん

2010年03月31日 | 経営って何?!
私はまだ歌舞伎を観たことがありませんが、日本の伝統芸能の一つですね。

その伝統芸能の歌舞伎に、新しい発想を取り入れ「スーパー歌舞伎」という分野をつくったのが、市川猿之助さんです。その記事が新聞に出ていました。

私の仕事も伝統医学ですから、分野こそ違えど、その道に対する考え方、発想の仕方がすごく似ていて、伝統という共通するところから、共感するところがあるな~と思って記事を読んでいたのでした。

≪読売新聞 2010年3月30日(火曜日) 朝刊 
   『時代の証言者』 スーパー歌舞伎 市川猿之助 ⑨ より≫

 ~「型」を知り「破る」努力~
自主興行では何か新味を出さないとお客さんの目を引かない。「春秋会」のひとつの目玉になったのが、古劇の復活です。初回の「石切り勘平」や、2回目の「金門五三桐」もそうでした。第4回は鶴屋南北の「金幣猿島郡 キンノザイサルシマダイリ)」を取り上げました。

埋もれた芝居は、内容の7、8割はつまらないから上演されなくなってしまうわけで、逆に言えば2、3割は面白いところがある。それをどう見つけ出して、どう再創造するかが腕の見せ所なんです。

それには、どれだけ古い芝居を知っているかが勝負になる。新しいものに取り組む際に、それまでため込んだ「引き出し」の中から、それにふさわしい技術を出してきて、応用するのです。

「型破り」という言葉がありますが、「型」を知っていて「破る」から効果があるのです。「型」を理解しないまま、自己流でむちゃをするのは「型なし」という行為。この違いを認識していなければなりません。

 ~中略~

「伝統」には4種類の側面があります。「変わる」ものと「変わらない」もの。「変えてはいけない」ものと「変えなければならない」もの。時代は動いているのですから、いかに歌舞伎が伝統芸能だと言っても、そこにあぐらをかいてはお客さんが離れるだけ。4種類の「伝統」をちゃんと識別して、時には遵守し、時には「型破り」を創案する必要がある。


「型破り」は「型」を知ってはじめて為し得る。さすが伝統を背負っている人の言葉には得心するところがあります。
それも、そこから新しい何かを創造するのですから、単なる知識だけではなく、向上心や情熱、そして何よりもお客さんに喜んでもらいたい楽しんでもらいたいまた来たいと言ってもらいたいという心意気が感じられます。相手あっての芸能ですが、その力は「お客さんの喜びは自分の喜び」のようなものだと思いますね。

鍼灸治療も伝統医学であり、経験医術です。しかし、社会構造も、自然も、地球も変化するのが世の常です。その変化に応じて、その伝統も変化していく。諸行無常ですね。伝統はなぜ受け継がれるか…やはり変化に対応、適応していくからだと思いますね。

そこから何か新しいものが生まれるのでしょう。
しかし、それは伝統(基礎)を元にしている。その「型」を無視しては、それは「型なし」だと、猿之助さんの言葉に「うまい」と座布団をあげたくなりました。

鍼灸の世界もいろいろな治療方法があります。まず「型」の大切さを知り、そこから、多くの経験と知識により「型」を基本にした応用が生まれます。そして、そこから向上心と探究心でさらに磨きをかけ、新たなもう一つの道が生まれていくのだと感じます。

その点、私は鍼灸の道の最初に、いろんな面でしっかりとした「型」を持った師匠につけたことは非常にありがたいことであると思います。今はその「型」を追求しつつ、そこからもう一歩すすんで脱皮するにはどうしたらいいか…と、もがいている時期だと思います。

この鍼灸の道は、広大で、深遠ですから、「ここまで来たらいいやろ」という所に到達するには、十分に一生はかかりますね。

しかし、変化の中にも「変わらない」もの、「変えてはいけない」もの、があるということだけは念頭においておかないと道から大きくそれて崖から転落する要因にもなると思います。

猿之助さんの伝統芸能に対する考え方。これは鍼灸治療においても、他の業種でも、社会にも言えることではないかと思うのです。

スーパー歌舞伎…観に行きたくなりました 

二葉鍼灸療院 田中良和
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匠の国 日本

2010年03月05日 | 経営って何?!
昨今では、自動車では世界のトップメーカーであるトヨタ自動車のリコール問題が、いまだなお報道を賑わせています。最近の新聞の経済面やテレビを観ていると、日本人として自信と誇りを無くしてしまうのではないか…という感じさえ受ける内容だと感じるのは、私だけでしょうか。

日本人は昔から勤勉であり、努力家、職人肌でこだわりのある人が多かったようです。その下地があったからこそ、技術大国として精密機械から環境技術、IT技術などの繊細で精巧な技術が発展してきたのだと思うのです。

≪最近、日本人の間で、職人に対する「憧れ」が薄れてきているような気がしてならない。「ものづくり」が繁栄する条件は、突き詰めてみると、職人への敬意を持ち、彼らの仕事を正当に評価する国民が存在することに尽きるのではないだろうか。

「ものをつくる」ということは、それ自体が「喜び」を伴うものである。心血を注いだ作品が完成した時に達成感を感じない職人などいるはずはない。そこにやりがいを感じ、職人になりたいと思う若者は必ずあるはずだ。それに世間の「尊敬」という精神的支援が加われば、後継者の心配など杞憂となる。

あとは経済的基盤である。いかにすぐれた工芸品も、美術館に収められるだけでは存続は不可能だ。買ってくれる人がいて初めて生業として成り立つ。それも、職人の仕事への正当な評価、すなわち「本物」を愛する風潮さえ醸成できれば、そこに需要が生まれるはずだ。

実際、少々値段が高くなっても、「本物」を提供することにこだわっている現代の職人(今は企業であることが多い)は少なくない。そうした職人気質の企業に共通していることは、社長(昔風に言えば親方)は従業員と作ることの喜びを共有し、従業員は自分の仕事に誇りを持ち、社内の士気が高く活気があることである。

~中略~

「本物」を愛する人は必ずいる。彼らを満足させることが、匠の活躍の場所を広げていくのだ。≫

『匠の国 日本 ~職人は国の宝、国の礎~』  北 康利 著


私のやっている鍼灸治療はまさしく職人であり、匠たるべき技だと思います。確かに、現代医学的知識をしっかり勉強し、患者さまが安心できる、身体に関しての最低限度の判断力をつけることは重要なことです。

しかし鍼灸治療は、患者さまの皮膚に触れ、脈に触れ、直接ではないにしても筋肉の状態を診て、舌の状態を診て、目の輝きや、顔色、声の響き、足音、体臭、お腹の状態など、多くの身体の情報を、治療者の五感を、あるいは第六感まで働かせ、治療につなげる高度な職人技なのです。

様々、治療技術について書いてある書物などがありますが、やはり、最後のところは自分でやってみて、感触を確かめ、自分で感じて感覚を磨いていくしかありません。師匠の動きを見て、話し方に耳を澄ませ、それを真似て、そして自分でたくさん失敗し、反省して、よりよい治療方法、治療感覚を模索していく、突き詰めれば鍼灸治療もそんな「匠」の技術だと思いますね。

そこにあるのは、患者さまの喜ぶ姿であり、「楽になったわ」という言葉でしょう。これが私たちの仕事でいう”心血を注いで完成した作品”なのだと思います。

師匠をみるにつけ、他の国民から信頼があつい先生方を見るにつけ、自分はまだまだ「本物」には、ほど遠~~~~~~~~~~~~~いなと思うのです。

「本物」になれ

これは私の師匠 黒野先生がよく話される言葉です。
「本物」になれば、磁石が鉄を引き寄せるが如く、周囲から様々なものが引き寄せられてくるということでしょうか。「本物」目指して、日々精進の日が続きます。これは棺桶に足を入れるまで続くことでしょうね。それまで仕事やるつもりですから

「本物」を必要とする患者さまに、「本物」の医療が提供できるように、鍼灸師は常に向上心をもって努力し、「本物」を追求していく使命があると思うのです。

それが、鍼灸師の活躍の場を広げていくのだと思います。

自分の仕事を振り返り、日々反省、新陳代謝をしながら、日本の伝統的な「心意気」という「氣」を受け継いできた、職人「匠」に強く示唆を受けたのでした。

二葉鍼灸療院 田中良和
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