二葉鍼灸療院 院長のドタバタ活動日記

私が日頃行っている活動や、日々の臨床で感じたことなどを綴っていきたいと思います。

食事において考えなければならないこと(五思) 貝原益軒 養生訓より

2010年01月26日 | 食の智恵
生命(先天の元気)は、天地父母より与えられ授かり、自分という存在が「今ここ」に存在しています、その生命を、天寿を全うし死するその日まで、養うのが、鼻から吸い込み、肺でガス交換され、体の隅々にまだ運ばれている大気(酸素など)の気(宗気)であり、口から入り、胃で消化され、小腸で分解・転換・吸収され、体の組成や新陳代謝、エネルギー産生に関わる飲食物による気(営気)です。

飲食物による栄養は、人間が生きていくには欠かすことのできないエネルギー源であることはよくご存知だと思います。

貝原益軒は『養生訓』において、食事をする際の心構え、考えておくべきことを五つ「五思」という形で表現されています。

【一つ】この食は誰から与えられたかを思わなければならない。幼い時は父によって与えられ、年が長じてからは殿様からの禄によるのである。このことを忘却してはいけない。またある場合には、君主や父からではなく、兄弟、親族、あるいは他人から養われることもあろう。これもまたその食を与えてくださった人を思って、その恵みを忘れてはならない。農工商の自力で飲食する者もまた国の恩恵を思わなければならない。

成人前は両親により養って頂いています。その後は、会社に勤め、働くことにより、会社から、あるいは社長さんから、自営の人はお客様から直接報酬をもらうことによって、毎日の食事にありつけるわけです。そこを忘れてはいけませんよね。
日本は、どこに行っても飲食店はあり、コンビニがあり、ファミレスがあり、スーパーには所せましと食品が並んでいます。物質の量ではたいへん恵まれた食生活をしています。そんな状況に置かれている今の日本、日本人だからこそ、誰から与えられた食なのかという根源的な感謝の念を感じることが、より大切になってくるのでしょう。

皆それぞれ環境が違うので、各々が自分の立場で想うことが必要なのだと感じます。

【二つ】この食は農民の苦労によって作り出されたことを思わなければならない。忘却してはならない。自分で耕作しないで、安楽にしていながら養いを受けることができる。その楽しみを思わなければならない。

自分が畑や田んぼ仕事、あるいは、漁業や畜産業をせずに、自分の好きなことや、仕事をさせてもらい、それでいて美味しい食事ができるということが、どんなに有難いことか忘れてはいけないことでしょう。その意識や感謝が持てれば、食品を残したり、捨てたり、ということは簡単にはできないでしょう。

日本は、60%以上の食物を外国からの輸入に頼っています。世界の農業や魚業や畜産業に関わる人たちが、私たちの食事を支えていてくれることを、日本人は広い視野と、広い感謝をもって感じなければいけません。そして、日本は輸入した食品の実に3分の1を廃棄しているのです

【三つ】自分には才能も備わった徳もなく、さらには正しい行いもなく、君主を助け、人民を治める功労もないのに、こうしたおいしいものを食べることができるのは、ひどく幸せであると思わなければならない。

常に謙虚であれということでしょうか。物質文明を享受しているのは世界の人口の3分の1であり、その中でも貧富の差が生まれています。日本という国は、そのような自分の作った食物を食べることができない、発展途上国の人々の上に食生活が成り立っていることを想わなければいけません。けっして現状が”当たり前”なのではありません。

食べることができることに感謝 この一口のごはんに感謝と幸せ なのです。

【四つ】世間には自分より貧しい人が多い。その貧乏な人々は糟(かす)や糠(ぬか)でも有難く食べている。ときにはそれすら食べられずに飢え死する者もいる。自分は上等なおいしい食事を十分に食べて飢餓の心配はない。これは大きな幸福というべきであろう。

この言葉は、先ほども述べたような世界の現実を表しています。現在、地震や洪水、干ばつと、世界の環境が著しく変化しています。環境破壊は進んでいます(各国が訴えている地球温暖化には疑問点が多いのですが…)。いつ日本も世界からの食物輸入がストップするかもしれません。これは数十年、数百年後、あるいは環境の大激変があれば、「飢餓」は、近未来の日本に起こる出来事かもしれません。

ですから、今の日本人は、日常の食生活に心から感謝して、心から「いただきま~す」と言うことが大切なのです。

【五つ】大昔はまだ五穀(米・麦・粟・豆・黍)はどれず、草木の実と根や葉を食べながら飢えをまぬがれていた。その後、ようやく五穀がとれるようになっても、まだ火を用いて食物を調理する方法を知らなかった。釜や蒸籠もなく、食べ物を煮て食べなかった。生でかんで食べたので、胃腸をそこなうこともあったろう。
今は白いご飯をやわらかく煮て、十分に食べ、しかも吸物があり、惣菜があって朝夕の二回にわたって十分に食べている。そのうえ酒があって心を楽しませ、気血を助けている。

朝食や夕食をするたびに、この五思の中の一つでも二つでもよいから、かわるがわる思い起こして忘れてはならない。そうすれば、日々の楽しさも、またその中にあることに気づくであろう。


現代の日本が置かれている食生活の現状を「有難いもの」とまず認識することが大切なのでしょう。日本にいながらにして世界各国の料理を食べることができるのですから。これが人間の身体にとっていいことなのか、悪いことなのかは、今は置いておき、まず現状に感謝することから始めることが肝心なのでしょう。

いろいろな技術革新があり、現代の豊食…飽食…日本が支えられています。おかげで1億2千万人が飢え死にせずに、社会生活を営んでいるわけです。

また、帯津三敬病院(帯津良一 名誉院長)で管理栄養士として患者さんの指導にあたり、人間本来の食の在り方を説いている、幕内秀夫さんは、著書の中で
『私には、現代の食生活が「五無の食生活」のように思えてなりません。「五無」とは「無国籍」「無地方」「無季節」「無家庭」「無安全」という意味です。食生活に国籍がなくなり、地方がなくなり、季節がなくなり、家庭の味がなくなり、安全性がなくなっています。このような食生活が、本当に豊かと言えるのでしょうか。まさに今、そのことが問われはじめているのではないでしょうか。私が提唱する「粗食」とは、けっして「貧しい食事」と言った意味ではありません。むしろその逆で、「日本の豊かな風土から生まれた豊かな食生活」のことなのです』

と書かれています。

そのような現代食生活の危険な点もみつめながら、貝原益軒さんの「五思」も頭にいれつつ、毎日の食事に臨みたいものですね 

二葉鍼灸療院 田中良和
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キムチ ~韓国の漬け物~

2009年08月21日 | 食の智恵
日本は漬け物王国で各地に様々な種類ものがあり、非常にバラエティに富んでいます。お隣、韓国の漬け物と言えば、もう日本では市民権を得ている感すらある、キムチがあります。韓国では、このキムチがない食卓は考えられないようで、日本人が漬け物を食べるよりも頻繁に食べられているようです。

キムチの好きな日本の人もたくさんいますね。
美味しいですし、何かパワーが出る感じもします。
ですが、私は職業上、たくさんは食べれないんですよね。翌日、会話をする時に「プ~ン」と匂ってしまいますから~。

(上の写真)金沢市旭町にあるキムチを専門で売っているキムチの家 風の木」さんの”スルメキムチ”です。これはニンニクを使っていないので匂いが残らないのでした。
以前、患者様から少し頂いたのですが、あまりにも美味しかったので買いに行ってしまいました。 これが”やめられない止まらないカッパえびせん状態”なんですよね。

≪キムチについての豆知識≫
キムチは朝鮮料理における漬け物の総称で「沈菜 チムチエ」のことである。とにかく、朝鮮半島の人たちの食生活には欠かすことのできない重要な食べ物で、通常の食事にはスープとともに必ず食卓にでる。

文献上でキムチが初めて見られるのは、十三世紀の李奎報の詩だと言われているが、その前から存在していたことは間違いないと考えられている。
野菜を塩漬けにし、水を切ってトウガラシ、ニンニク、果物、醬蝦(あみ:甲殻類醬蝦目の節足動物。小エビに似ていて細長く体長1~2㎝ぐらい。体は透明で、内湾や沿岸湖の表層を浮遊している。塩辛、佃煮として食用にするほか、コマセと称して漁業用の餌にも使われる)やイカ、小魚などの塩辛類などと共に漬け込んでそれを発酵させてつくるのである。

キムチの食欲をそそるのは赤い色のトウガラシだが、キムチにトウガラシが使われるようになったのは十七世紀後半からで、これを境にキムチの種類は豊富になった。それまではショウガ、ニンニクなどを用いることもあったが、主に塩味だけの単調なものであったという。

韓国では、ご飯の時にも酒の肴にも、お粥の時にもキムチは出るが、それぞれに合うキムチを付けてお膳立てする。だからキムチは、食の周辺では大変中心的な意味を持っていて、キムチのない食事などまず考えられず、日本の漬け物の立場とはかなり違うのである。家それぞれにキムチの作り方の秘術があり、魚醬や塩辛の種類もいろいろ調合して、それを隠し味に使うのである。例えば塩辛には醬蝦やひこ鰯のほかタラ、イシモチ、エビ、イカ、カキなども用い、味付けにはコンブ、スルメ、ネギ、ゴマ、ホタテの貝柱、果物ではリンゴ、ナシなども使っているのである。

キムチには数十種類あると言ったが、その基本的な形は漬け汁のたくさんある水キムチ(ムルキムチ)、白菜だけで漬けた白菜キムチ(ペーチェキムチ)、それに大根だけで漬けた大根キムチ(カクトゥギ)の三種類である。

さて、キムチの保健的機能であるが、まず食欲が非常に高められることがあげられる。適度に辛く、そして鼻から特有の発酵香が入ってくるので、食欲は奮い起ち、飯のおかずにでもすると、茶碗三杯くらいの飯はあっという間に胃袋に飛んで入ってしまう。

次に食物繊維(ダイエタリーファイバー)が体に大量に送り込めるから、腸の働きが活発になってきて、胆汁酸の分泌を多くし、脂肪の分解やコレステロールの過剰を抑える効果もある。

また、様々な香辛料や塩辛の煮出し汁などを使っているので、食べた人の体はポカポカと温まり、風邪の予防となったり、疲れた体を元づけてくれる。

一方、発酵によって乳酸菌は多くのビタミン類を生成し、キムチに残していってくれる。例えば、白菜キムチの発酵前後の白菜中の主要ビタミン類を比較してみると…(白菜100gあたり)
 ビタミンA ;キムチ…130㎎ 白菜…11.0㎎
 ビタミンB1;キムチ…0.09㎎ 白菜…0.04㎎
 ビタミンB2;キムチ…0.15㎎ 白菜…0.04㎎
 ナイアシン ;キムチ…1.0㎎ 白菜…0.6㎎
などである。

また、キムチ中に存在している多数の生きた乳酸菌は、そのまま大腸に棲みついて、いわゆる整腸作用をしながら悪性腸内細菌を排除すると言われている。さらに最近、キムチには新たな機能性があるのが分かった。それは体内の脂肪の分解促進に効果があるというもので、おそらく、香辛料として使ったトウガラシから由来したカプサイシンのためではないかと言われている。

とにかくキムチは誠にパワーの湧き出る発酵食品で、まだまだ解明されていない多くの機能性を存分に秘めている、実に神秘的な漬け物なのである。

『発酵食品礼讃』  小泉武夫 著 より抜粋


キムチは発酵食品であり、身体に良好な作用があることが分かったと思います。それに美味しい!!と感じることが体と心にいい影響を及ぼすのでしょう。

しかし、日本人にはトウガラシを食す習慣がなかったこと、唐辛子は南方の食品であることを考えると食べ過ぎは身体に悪影響を及ぼす可能性もあるのでしょう。何事もほどほど、中庸がよろしいのです。食べ過ぎにご注意を

また、体にいいからといって、その食品ばかりを食べないようにしてくださいね。食事しても、心身に関しても、何事にもバランスが大切になってくるのですからね

二葉鍼灸療院 田中良和
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食は健康長寿の源 ~伝統に学ぼう②~

2008年11月19日 | 食の智恵
①からの続きです。

≪かつて、成人病が少なく、長寿者の多かった棡原地区の伝統食を再確認し、さらに栄養学の立場からも総合的に検討し、伝統食との融合を配慮した、新しい長寿食の指針を見出すことの重要さを痛感した。以下要約してみると次の通りである。

一.伝統食に秘められた先人の知恵
 ①五穀文化の継承
 ②いも食文化の継承
 ③緑黄色野菜文化の継承
 ④醗酵食文化の継承
 ⑤伝統食の中に生きている食品配合の知恵の継承
 ⑥身土不ニ、一物全体食の継承

ニ.栄養学的にみた配慮
 ①生涯栄養からみた年齢相応の良質蛋白質の補完
 ②精白食品、加工食品摂取増加に伴う不足栄養素
  ビタミン、ミネラル、食物繊維の補完
 ③多種少食により、食品のバランスをとる
 ④伝統食品の調理による現代化
 ⑤ストレスに対する栄養学的配慮

戦後の日本人は、伝統的な日本の食事に異文化を取り入れ、国際的に多彩な食文化を育てつつあることは周知の通りであるが、嗜好の面だけでなく、健康および民族栄養学の立場から、何を伝承して何を取り入れるべきかを考えるときにきていると思う。あくまでも単なる模倣ではなく、その土地の風俗、習慣に基づいた食生活、つまり環境と人体の適応を考えつつ、身土不ニの食哲学によって選択し、自力で健康長寿への道を歩むべきではないだろうか。

長い歴史の中で、地域住民が人体実験を重ね作り上げてきた健康食を幻の食物としないように、謙虚にうけとめ、良い点はこれからの食生活にいかにして継承し、栄養学的立場から総合的に配慮し、これからの食生活の実践によって、戦後急増した成人病を予防し長寿への道を歩むことが出来ると信ずる。≫

『長寿村・短命化 医と食からみた棡原の六〇年』
             古守豊甫 鷹觜テル 著


伝統的な「和食」を見直すことでバランスの良い栄養がとれます。それに若干の良質蛋白質の摂取を考えるということ、そして少食(これはよく噛めということなのでしょう)、身土不ニ、一物全体食を基本に食を組み立てることが、これからの「食」には大切なのでしょう。

そして「お米」は玄米がいいようですが、玄米も昔と今とでは脱穀方法が違うようです。現在の七分付き米が昔の玄米のようです。玄米には発芽抑制物質であるアブシジン酸やフィチン酸が含まれます。これは腸管に入り悪玉菌有利にさせ腸内環境を悪化させてしまう作用があるようです。玄米を食べているのに~思わしくないと思っている人は考えてみる必要があるかもしれません。

健康長寿は自分で責任を持って実現しましょう。
病気は薬が治すのでも、医師が治すのでも、鍼灸師が治すのでもありません。ご自分の身体の中に存在する自然治癒力が治すのです。健康またしかり。その大きな原動力の一つが「食」ですね。

さあ、日本の伝統食を見直し健康になりましょう

二葉鍼灸療院 田中良和
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食は健康長寿の源 ~伝統に学ぼう①~

2008年11月18日 | 食の智恵
11月15日(土)読売新聞 「ショック 食」より。

≪読売新聞は今秋、読者参加の食卓調査「にっぽんの食卓」を実施、約500食の写真を集めた。写真からは、煮炊きをしない家庭、好物をバラバラに食べる家庭など、多様な食生活がうかがえる。「子供は外出、夫の帰宅は遅く、夕食は買ってきた総菜を一人で」(46歳 女性)。家族の変化も映し出される。
                
「一汁三菜」…ご飯とお汁、おかずと香の物で成り立っていた庶民の食は、高度経済成長を経て急速に崩れていく。銘々皿が大盛りになり、学校給食の影響で、パンと焼き魚と牛乳が並ぶ。清涼飲料水のペットボトルが汁椀に取って代った。タンパク質、脂質、炭水化物のバランスがとれた「和食」の伝統が消えつつある。
                
今はダイニングテーブルに大皿が並び、企業戦士の父は帰らず、テレビの音が流れ、携帯電話で対話する。しつけが崩壊し、それぞれが好きな物を食べ、共食の必然性がなくなった。日本人は食卓の変化を受け入れてきたが、その柔軟さゆえに、情報に踊らされ、生活習慣病が増え、格差が広がった。コミュニケーションがない食はやせ細る。「食事とは何か」の核を見直す時が来ている。≫


また、11月18日(火)、同じ読売新聞より。

≪最近、イカの塩辛の塩分を減らして食中毒を起こした事例があった。伝統的な塩辛は、常温でも食中毒菌が繁殖しにくくなる「食の安全」も保証していた。その知識を受け継がないと危険な事態を招く。
調理や鮮度の変化などで食べ物のおいしさがどう変わるかを考えるのが調理科学の基本だ。日本人が経験的に得てきた昔ながらの知恵は重要である。それが断絶すると日本の食の未来はどうなるのだろうか。≫

                 

記事の一部を抜粋させて頂きましたが、「食」というものも時代とともに変化すると言えばそうなのですが、その結果が生活習慣病が蔓延し、さらにガンにかかる人も増え、2015年には死因の2分の1を占めるまでになるとも予測されています。また死亡する人の数は減りましたが、脳卒中(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血など)を発症する人数は増加しています。腎臓透析の患者さんも増えています。

その大きな原因の一つに「食」があるのではないでしょうか

また、食卓は行儀や作法、躾の場でもあります。また、栄養となる食物に感謝する場でもあります。そして、家族が団欒し、一日の始め、締めくくりにコミュニケーションする場でもあります。戦後の急速な核家族化もこの家族団欒の場を崩した原因でもあります。父母がいない時はおじいちゃん、おばあちゃんが、子供たちとコミュニケーションをとっていました。

食卓は幸せを感じる場でもあるのです。そうすれば体の中に入った栄養はさらに栄養価の高いものとなるのではないでしょうか。そして、食事をつくったお母さんも皆が美味しく食べてくれると、嬉しくて生きがいを感じるのかもしれませんね。

さて、戦前は日本有数の長寿村とされてきたところに、山梨県上野原村棡原(ゆずりはら)がありました。その棡原地区の長寿たるゆえん、また、戦後、近代化の波にのって急速に食が変化し短命化をたどっていった理由を、昭和元年から約60年間の食生活の変化と死亡原因を調査することによって、地域住民の疾病構造や健康状態においてどのような影響があったかを調査分析し書かれた書籍があります。

その中より

≪周知のように日本人の食生活は、昭和20年の敗戦を契機として大きく変化した。一口で言えば、窮乏の二十年代、充足の三十年代、過剰の四十年代を経て現在に至っている。食生活サイドからみれば、現在は飽食と偏食の共存である。
                 

人生の過程に起こるいろいろな病気をさけ、老人の命とりと言われる脳卒中、心臓病、ガン等を乗り越え、一世紀近く生き抜いた、昔の棡原地区住民の食生活は、これからの食生活の指標として価値あるものと信じ、いろいろな角度から12年間検討してきた。
棡原の食生活は、戦後急速に変化し、かつての長寿村特有の主食であった大麦、ヒエ、キビ、小麦、その他の雑穀や、いも類が減少し、逆に動物性食品、砂糖、嗜好飲料が増加してきた。このような食生活の変遷の影で、大きな変動を示したのは、ビタミン、ミネラル、脂肪、コレステロール、食物繊維の摂取であろう。こうした変化が近年、成人病の発症に大いに関与しているように思われる。たしかに近代化が進み白米を中心とする精白食品等のおいしいものに食卓が占領された飽食文化の中で住民の健康は退化していく傾向が見られる。≫

『長寿村・短命化の教訓 医と食からみた棡原の六〇年』
                古守豊甫 鷹觜テル 著


日本の伝統食にこそ、日本人の健康長寿の秘訣があるのだと思います。その地方に適した「食」が。基本がしっかりしていれば、ダイエットだからとバナナに競って飛びつくこともなくなるのではないでしょうか。

それでは、どんな「食」を目指すべきか要約を書きますと~②へ続く。

二葉鍼灸療院 田中良和
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『食物』は大自然の大循環の賜物 2

2008年09月23日 | 食の智恵
太陽の光を源として、命のエネルギーは、水や空気や大地、そしてすべての生き物たちの中をいろいろに形を変えながら、大きく大きく循環しているのだ。大地に蒔いた種子はやがて芽を出し、土と水と空気と光に育てられ、葉を伸ばし、実を結ぶ。緑の植物は酸素を作りだし、人や虫や動物たちの食べ物となって命をつないでくれる。人や動物たちの糞は発酵して堆肥となり、微生物に食べられて再び土に返っていく。植物の体内を通過した水は、葉から蒸発作用によって空中に出て、冷やされて雨になり、その雨は再び作物の命を育てる。土から生まれたものは土に返り、天から地へと降り注いだ水は地で暮らす命を潤し、やがて地から天へと返っていく。宇宙は命に満ち、命のエネルギーは次々にリレーされ、大宇宙を循環しているのだ。

気がつけば、この宇宙に自分のものなど何一つない。自分のものと思っていたこの肉体さえ、天からの借り物にすぎないではないか。今日、私を潤してくれる命の水は、宇宙を巡り、明日はあなたの命の水となる。私とあなた、私と鳥、私と虫、私とニンジンを分けるものは何もない。すべては同じものだ。この宇宙にあるものは、すべて同じ重さで存在している。何一つ特別なもの秀でたものもない。何か一つ、欠けてもいけない。この宇宙のすべてのものを一つにつないでいるのが、循環の輪だ。これが、すべての生き物を生かしてくれる大宇宙循環の法則だったのだ。

『アトピーは自然からのメッセージ』 赤峰勝人 著より


昨今、よく話題にのぼる遺伝子組み換え食品。自然災害に強い、害虫に強いということで欧米では開発が進んでおり、相当量が現在市場に出回っています。しかし、気をつけなければいけないのは、一つの種からは一つの実しか取れないということ。普通、作物ができ、その一部から種子がとられ、後に子孫を残し次の年のために再び土に埋められ、再び芽を出すのが自然の原理原則です。

遺伝子組み換え食品の場合は、一つの種は一つの実しかならず、再び種子を買わなければ作物ができない仕組みになっています。遺伝子組み換えの特許を持っている会社、種子を開発している会社が儲かる仕組みになっています。偏った資本主義経済の賜物です。

このような食物が体に良いはずがありません

私たちは、自分の健康、地球の健康、宇宙の健康を考え、今の豊かな生活に感謝する反面、大切なことをみつめ直し、考え直していかなければいけません。そのことを『食物』『病気』を通じて、神様や仏様が、私たちに宿題を与えてくれているのかもしれません

自分の健康を守るのは、自分自身の思考と行動がすべてとなります。皆さん、食事を前にしたとき、食事をしている時に、ご家族とこのようなことを考えてみてはいかがでしょうか

二葉鍼灸療院 田中良和
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『食物』は大自然の大循環の賜物

2008年09月22日 | 食の智恵
昨今、汚染米、中国食品の毒となる添加物など様々な「食」に対するニュースが世間を騒がせ、食に対する信用が揺らいでいます。食に限らず、私たちは何を信じて良いのか分からない世界になってきています。

東洋医学は東洋哲学思想の考えを元にしており、これを簡単に言ってしまえば、人も大自然の一部であるということです。自然、宇宙の中の仕組みがそのまま体の中に反映するということでもあります。また、その逆もしかり。

その大自然のシステムの大きな役割をなすのが『食物』であり『食事』です 

さて、ここで『食物』について考えてみましょう

終戦直後の絶体絶命ともいえるこの食糧不足の窮地を救ったのは、連合国軍総司令官・マッカーサー率いる占領軍が配付したララ物質(LARAは公認アジア救済連盟の略。食糧としてはおもに脱脂粉乳。ほかに衣類など。無償)やケア物質(CAREは海外援助救援協会の略。食糧としては缶詰、菓子、コーヒー、紅茶、砂糖など。他に日用品類も。無償)ガリオア基金(GARIOAは占領地救済政府基金の略。アメリカの軍事予算から支出された援助基金)により緊急輸入された小麦粉、トウモロコシ、コーリャン、脱脂粉乳、砂糖などの食料(ガリオア基金による救援物資は、当初、無償と思われたがのちに貸与であり、有償とされました)だけではありませんでした。

それよりもむしろ、農家の便所の肥溜の下肥と、牛馬の糞尿、敷ワラの厩肥(堆肥)の存在の方が大きかったのです。六百万戸の農家の庭先には、汲み取り式便所の糞尿を貯めて醗酵させる肥溜(かめ)が必ず一つか二つはありました。(容量は1000~1500リットル)。そればかりではありません。農家以外の一般住宅や寮、商店や工場、学校や病院、役所や会社などの便所も、契約農家がリヤカーや荷車に肥桶を積んで回り、対価を払って定期的に汲み取っていました。対価と言っても量の少ない一般の住宅の場合、季節の野菜などで済ませ、量の多いところには金銭があてられました。集められた糞尿は、コンクリート製の大きな肥溜に貯留して醗酵させました。

それに加えて、四百万頭前後いた農耕用牛馬の畜舎には、厩肥を貯めておく堆肥小屋が併設されていました。この肥溜と堆肥小屋に蓄積された膨大な量の有機肥料によって、終戦直後の日本人は、最悪の飢餓地獄から救われたのです。

ちなみに一頭の牛馬から排泄される糞尿の量は、人間の十倍以上になります。そこに敷ワラ(山間部では野山の刈草、平野部では稲ワラ)が混じるのですから、たいへんな量の有機肥料ができるのです。

人間の十倍以上の労働力を提供してくれる農耕牛馬は、同時に良質な有機肥料の提供者でもあったのです。人間の下肥は、15~20倍に薄めて夏場は畑の作物の肥料に、冬場は水田の裏作の麦の肥料として使われました。

牛馬の堆肥は、田畑にばら撒いたあと、土の柔らかい畑では人間の鍬で、硬い水田では牛馬が引く犂(スキ)によって土と混ぜられました。この大量の有機肥料があったお陰で、米も麦も野菜も収穫することができて、一千万人が餓死しないですんだのです。

昭和30年頃までの日本の農業の肥料事情は、この延長戦上にありました。この他にも、薪やワラを燃やした煮炊き用の竈(かまど)の灰も肥料になりました。落ち葉や雑草なども集めて積んでおいて醗酵させた堆肥も使われました。脂を搾ったイワシやニシンを干した江戸時代から続く乾燥肥料の干鰯(ほしか)、大豆や菜種油の搾りかすも有用でした。水田に自生させておいたレンゲ草も土壌の改善に役立てていました。

『餓死 迫る日本』 小池松次 著より


長くなりましたが、つい少し前の日本の農業の一風景が説明されています。戦後の奇跡的な復興を影で支えていたのは、このような有機肥料を利用して育てた、栄養たっぷりな食物だったのかと感動さえ覚えました。

これこそ自然の恵みをそのまま頂く、自然の大循環に逆らわない、人の体に優しい農業の本来の姿なのではないかと思います。現在、肥料のほとんどは輸入であり、そのほとんどが無機肥料による化学肥料です。これは、石油や石炭、天然ガスなどを原料にして水素を発生させ、大気中のチッソとその水素を高圧反応させて硫酸アンモニウムや塩酸アンモニウム、尿素などにして肥料化しているのです。

もし化学肥料が使えなくなったら、現在の日本の農業は全く機能しなくなります。これに石油がストップした日には、食物自給率はゼロに近くなるのではと危惧してしまいます。

自然の法則、大自然大宇宙の原理をもう一度見直す時が来ているのではないでしょうか。とくに食物や生物は大自然の一部であり、その流れに、システムに従ってこそ人間にとっても活力源となり、病気にならない体ができてくるのではないかと考えます。

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日本の伝統食を見直してみよう!

2008年07月12日 | 食の智恵
『食』は私たちの血となり肉となる大切な原料です。近年、食の欧米化、過食、食品の質自体の低下、化学合成物質や食品添加物などにより、私たちの腸内環境は悪化しています。アメリカ議会が疾病を減らすべく世界中の『食』を調査した膨大データをまとめた報告マクガバンレポートでは、世界で最も健康な食事は伝統的な日本食であると言っております。

ここで日本の伝統食を見直し、腸の中から健康になれば病気などに罹らない、健全な心と体を手にいれることができるのではないでしょうか

☆糠みそに潜む智恵

「糠みそ」などとばかにしてはならない。漬け物の漬け床になっている、あの糠みそのほんの一片、そう2グラム程度だから小匙一杯ほどの中に、何と日本の人口より5倍も多い数の微生物がひしめきあっているとしたら、きっと驚くだろう。そこには約7億匹もの乳酸菌や酵母、酪酸菌などが生活しあっているのである。杯に一杯も取れば、もうその中には地球の人口をはるかに超える数の微細な生き物たちが生息しているのである。

その糠みそ漬けは日本だけの漬け物である。一名「どぶ漬け」ともいい、大根、キュウリ、カブ、ナスなどの野菜を糠みそ(米糠を食塩と水で練り合わせたもの)に漬け込んだ、誠に日本的な漬け物である。そこには乳酸菌や酵母が猛烈な数で繁殖しているから、米糠の成分は発酵されて乳酸やアルコールなどの風味物となり、また、タンパク質や含硫アミノ酸なども分解されて、特有のにおいを発することになる。

この糠みその原料となる米麹には、極めて豊富な栄養源が含まれている。炭水化物やタンパク質は言うに及ばず、脂質、ミネラル、ビタミンなど驚くほど多く存在しているから、そのような栄養素の塊に、微生物が繁殖しないはずはない。乳案菌や酵母はそこで極めて満足に発酵し、「糠みそ」という、あの特有の漬け床ができるのである。

この漬け床は、日本の漬け物の特徴の一つで、外国では酢漬け(ピクルス)やワイン漬けのような液体漬けであるのに対し、我が国の漬け物は、糠みそ漬け、麹漬け、酒粕漬け、味噌漬け、もろみ漬け、べったら漬けなど固体の漬け床である。そして、必ずそこには微生物が関与した発酵漬け床がある。

 『食に智恵あり』 小泉武夫 著 より


湿度が高い日本ならではの発酵食品が伝統的に受け継がれてきております。発酵食品の中に含まれる乳酸菌などが腸内環境を良好な方向へ導いてくれます。そして野菜も一緒にとれるという、素晴らしい食品なのです。

これを食べていればヨーグルトもいらないのでは?なんて思ってしまいます。この日本人の腸内環境を整えてくれる発酵食品を廃らないように、未来に受け継いでいきたいものです。

二葉鍼灸療院 田中良和
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