三日の土曜日のこと、私が初めて山谷に来たヒカリちゃんを白髭橋で案内していると、あるおじさんが私に話しかけてきた。
彼は50くらいの左手麻痺のある男性、ちょっとバカボンのパパみたいな愛嬌のある顔をした小柄な人である。
彼は私の古ぼけた革ジャンを触り、自分がクリームを塗って綺麗にしてあげると話してきた。
私はどうしてそんなことを思ってくれるのか、と半信半疑になったが、そんな風に思ってくれることを嬉しく思い、ヒカリちゃんに「彼が自分の革ジャンにクリームを塗ってくれるだって」と私の彼の会話を聞き取れなかっただろう、彼女に教えた。
次の土曜日、私はまだ半信半疑でいたが、革ジャンを着て行くことを忘れなかった。
いつものように私はカレーを待つおじさんたちに挨拶をして行った。
すると、あの片麻痺の小柄な彼が私の前に来て、「クリームを塗ろう、すぐ終わるから」と話しかけて来た。
「ありがとう!じゃ、でも、ちょっと待っていて。みんなに挨拶してからね」と伝えると、彼は了解してくれた。
カレーをすべての人に配り終えるのをいつものように私は見守っていた。
ふと彼の視線を感じたのか、その方を向くと、彼は私を見ていた、もらったカレーを食べることなく、私の用事が終るのをずっと待っていた。
これは申し訳ないと思い、私は彼の傍に行った。
彼は自分のバックからクリームとスポンジを出して、私の革ジャンの左腕の方からクリームを塗りだした。
この日はとても寒く、とても冷たい強い北風が吹いていた、その中で不自由ながらも片手で必死に私の革ジャンにクリームを塗ってくれた。
アスファルトの地面に置いたクリームに何度も身をかがめてスポンジに付け、起き上がり、私の革ジャンに塗ることを繰り返し、そして、仕上げに小さなタオルで拭いてもしてくれた。
「もっとゆっくりと出来れば、もっと綺麗にしてあげられるのに」と言いながらも、必死に真面目に、彼は彼の愛の行いをしていた。
その光景をおじさんたちやボランティアたちに見られていたが、私は照れながらも嬉しかった。
彼はきっといつも私の古ぼけた革ジャンを見て、綺麗にしてあげたいと思っていてくれたこと、気にかけていてくれたことを思うと、胸が熱くなった。
与えられるだけではない、機会さえあれば、与えたいと誰もが思っていることの真実が私に触れてくれていた。
その日、私はいつものように食べ終わったカレーの容器を集めには行かなかった。
彼の深い愛を喜びと感謝のうちに受け容れることに専念した。