月夜に悪魔と踊ったことがあるか?
トランプのジョーカーみたいな面をかぶった通り魔に父と母を殺害されてからというもの、執事のアルフレッドが唯一ぼくの家族だ。そうでなければ天涯孤独の少年期、青年期をまともに過ごせなかった。いや、まともに成長できたかどうか黒いマスクをして夜の街を出歩きがちな今のぼくには何とも言えない。自分のことはともかく執事のアルフレッドのことを、現在もういないアルフレッドのことを振り返り、思い出をまとめよう。せめてもの、はなむけだ。
肉の日(29日)なので執事のアルフレッドが、うちで飼育してる牛を絞めて好物のヘレ肉を焼いてくれた。
いつもありがとうアルフレッド。絆、ごっつあんです。 2021.12.29
大虎になって帰宅したぼくが夜中にラーメン食べたいといったら執事のアルフレッドが健康に配慮した南瓜のポタージュ作ってくれた。一夜明けて胃もたれも脱水症状もないのは、あれのおかげだと気づく。そろそろ正月かと思ったらまだ大晦日に過ぎなかったが、今年もなんだかんだと執事のアルフレッドの世話になりっぱなし。財産の大半を失ったにも関わらず、なぜか1人だけぼくを見捨てず屋敷に残ってくれている。絆に感謝してるけど、本当はよくわかってるんだ。そんな執事のアルフレッドも絆も南瓜のポタージュも一切合財、この世に身寄りのない寂しさが生み出した幻だってことは。 2021.12.31
肉の日(29日)になるといつも、どこからか何食わぬ顔をして舞い戻る執事のアルフレッドにシャトーブリアン(上等なステーキ)でも用意させようと思ったのだが、あいにく屋敷のどこを探しても小間切れ肉しかないそうなので、仕方なく牛鍋にして食べた……とSNSに投稿しておいて実際は質素な食事をした。なぜなら執事のアルフレッドがどこを探してもいないから。 2022.1.29
でかける気分じゃないので庭をぼんやり眺めていると、私は主人であるからただ単に眺めてるだけでよいとしても、執事のアルフレッドは私の身の回りの世話だけでなく庭の手入れにも気を配らねばならず大変だなと今さらながら思い至る……ありがとうアルフレッドと伝えようとした刹那スーッと庭が消えて執事のアルフレッドも近くに控えてなかった。そうか君はもういないのかとつぶやいても最初からアルフレッドはいないし庭も私の住み家になかった。 2022.2.12
ウクライナとロシアが騒がしい様子なので食事のとき執事のアルフレッドに何事かと尋ねたところ、暴力を好む者らが例によって無法な振舞いをしているという……また正体を隠して介入するべきかどうか沈思黙考していると「おやめになったほうが」と声をかけられたので「ああそうだな、暴力はいけない」と答えて何食わぬ顔で食事を終えたものの、さて? どの程度の防寒のスーツにしようか。 2022.2.27
道楽でやってる出版の仕事がめでたく校了しそうだから前祝いとして執事のアルフレッドにドルチェを用意してもらった。冷たいジェラートが口の中で溶けていくように執事のアルフレッドも気がつけば音もなく消えていて、一体どこへ行ったのか誰にも見当がつかなかった。もっとも屋敷には昔も今も私しかいなかった。 2022.5.27
おせちに飽きたら執事のアルフレッドが洋ものを用意してくれた。アルフレッドもこういうのが慣れてるだろうに黒豆を煮たり人参と大根を紅白なますにしたり毎年おせちを拵えてくれるのだが正月にかまどの火を使う料理を求めてしまい少しは申しわけなく思う。今夜はカレーでも作らせて翌る日もカレーで通そうか。明日は気が変わるかもしれないのが悩ましいところだが、そんな執事のアルフレッドなど寂れた屋敷では雇ってなかった。白昼の夢初めだった。 2023.1.3
執事のアルフレッドが「坊ちゃん、おめざにいかがですか?」とテーブルの皿の上に転がして逃げて行った、ちっちゃいカレーパン。やつがいた唯一の証拠だが、逃げ足の速い執事だまったく。 2023.4.3
急用で外出しなければいけなくなり、黒のスーツに着替えていると「おでかけですか坊ちゃん?」と執事のアルフレッドがちょっかいを出してきた。「お父さまの愛車をちょうど整備したところですが、いかがですか? たまには」とクラシカルな赤い車を勧めてくるのだが、冗談につきあう時間はない。いつものモービルに乗り込んで、全速力でシティに向かった。 2023.5.21
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