僕が気に入って乗ってるホンダのCB1300SF(SC40)は、プロジェクトBIG-1から誕生したCB1000SFがルーツです。当時、原チャリのスクータにしか乗ってなかった僕は、このバイクに憧れました。夢でした。まだ中型の二輪免許もなかったし、限定解除(今でいう大型二輪免許)は教習所ではできなかった時代です。
このバイクに強く惹かれたところはこの色です。色に魅せられました。どうしてかというと、多分これが原因だと思います。マクラーレン・ホンダのMP4シリーズです。
マクラーレン・ホンダは、最強のチームでした。ドライバーは、プロストとセナ。そしてエンジンはF1界最高のホンダです。このチームは年間16戦のうち、15勝した年もあったほどです。あまりにもホンダエンジンが強すぎて、ターボ禁止となりましたが、それでもホンダエンジンは強かった。
F1のレギュレーションでターボ禁止が決まったとき、当時のF1プロジェクトリーダーがF1をやめるつもりで、本田宗一郎さんに相談にいったとか。すると、宗一郎さんは「それはうちのエンジンだけに適用されるルールか?でなければ馬鹿だな、そのルールをつくったやつは。ルールを変えてもうちが勝つに決まってるじゃないか。で、相談はなんだ?」その言葉でホンダはF1レース活動継続を決めたそうです。
マクラーレン・ホンダ最後の年は1992年で、ちょうどCB1000SF発売の年にあたります。この年、マクレーレン・ホンダはチャンピオンになれませんでしたが、モナコでセナがウイリアムズ・ルノーのマンセルを抑えきったとか、見せ場をつくってくれてます。
「世界最高のホンダ」といえば「色は赤白」、というイメージが僕のなかでできあがってました。
ホンダがどうして、この赤白のカラーリングでビックバイクを開発・発売したかは分かりませんが、僕はF1が影響してると思います。もしホンダのエンジン供給先がマクラーレンに変更されず、ウイリアムズ・ホンダのままだったら、CB1000のカラーリングは紺・黄・白だったかもしれません。
このバイクに強く惹かれたところはこの色です。色に魅せられました。どうしてかというと、多分これが原因だと思います。マクラーレン・ホンダのMP4シリーズです。
マクラーレン・ホンダは、最強のチームでした。ドライバーは、プロストとセナ。そしてエンジンはF1界最高のホンダです。このチームは年間16戦のうち、15勝した年もあったほどです。あまりにもホンダエンジンが強すぎて、ターボ禁止となりましたが、それでもホンダエンジンは強かった。
F1のレギュレーションでターボ禁止が決まったとき、当時のF1プロジェクトリーダーがF1をやめるつもりで、本田宗一郎さんに相談にいったとか。すると、宗一郎さんは「それはうちのエンジンだけに適用されるルールか?でなければ馬鹿だな、そのルールをつくったやつは。ルールを変えてもうちが勝つに決まってるじゃないか。で、相談はなんだ?」その言葉でホンダはF1レース活動継続を決めたそうです。
マクラーレン・ホンダ最後の年は1992年で、ちょうどCB1000SF発売の年にあたります。この年、マクレーレン・ホンダはチャンピオンになれませんでしたが、モナコでセナがウイリアムズ・ルノーのマンセルを抑えきったとか、見せ場をつくってくれてます。
「世界最高のホンダ」といえば「色は赤白」、というイメージが僕のなかでできあがってました。
ホンダがどうして、この赤白のカラーリングでビックバイクを開発・発売したかは分かりませんが、僕はF1が影響してると思います。もしホンダのエンジン供給先がマクラーレンに変更されず、ウイリアムズ・ホンダのままだったら、CB1000のカラーリングは紺・黄・白だったかもしれません。
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