ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

グールドの指揮による「ジークフリート牧歌」

2007-11-11 | CDの試聴記
グールドの指揮したワーグナー。
既出の音源ですが、今回カップリングを変えてリリースされたものです。
私は、このディスクで初めてグールド指揮の演奏を聴きました。
ライナー・ノートによると、「50歳になったら、ピアニストをやめて指揮者になろうと思う。」と、グールドは晩年多くの友人に語っていたそうです。
その言葉にしたがって、トロント交響楽団のメンバーをプライヴェートに雇い、50歳の年に録音したのが、この「ジークフリート牧歌」。

さて、鬼才グールドがタクトを握ったワーグナーは、いったいどんな演奏なんだろう。
遅い。それも半端な遅さではありません。
あのクナッパーツブッシュやクレンペラーよりも、さらに5分以上遅いテンポなのです。
晴れてワーグナー夫人となったコージマの誕生日(何とクリスマスの12月25日)のために作曲された音楽であり、前年に生まれた長男ジークフリートへの深い愛情を表現する音楽にしては、あまりにも遅い。
冒頭からして、音楽がまったく横に流れていきません。
クリスマスの朝の7時半、寝室横の階段に15人の奏者が並んで、コージマのために奏でたというこの美しい音楽。
このグールドの演奏では、残念ながらコージマは眼を覚まさなかったのでは?(笑)
2分40秒くらいに、ワルキューレで使われた「ブリュンヒルデの眠りの動機」をフルートが奏で始めて、ようやく全体が動き出します。
「眠りの動機」がトリガになって音楽が動き出しというのもなんだか皮肉な感じがしますが、ここでやっと朝の雰囲気が漂ってくるのです。
そのあとも「音楽の歩み」は極めてゆっくりしています。
そして、この雰囲気のまま終わるのかと思いきや、中間部の強烈なエネルギーの迸りに出会って、私はいささか驚いてしまいました。
今回のオケのアンサンブルが必ずしも精緻でないだけ、逆にインパクトがあります。

ただ、いずれにしても、晴れやかさには程遠い感じがしますね。
この異常に遅いテンポに、グールドはどんなメッセージを込めたかったのでしょうか?
これだけテンポが遅いと、マクロレンズを使ったかのように普段見えないものもはっきり見えます。
そして、すべての音が十分すぎる余韻をもって響いていきますから、意外な色彩感・テクスチュアをともなって聴き手の目の前に現れてきます。
あくまでも私の勝手な想像ですが、単に可愛いだけのジークフリートを描くのではなく、楽劇「ニーベルンクの指輪」に登場する英雄ジークフリートを遠くに見ながら、その場面場面を、この遅いテンポの中でマクロレンズを使ってリアルに描きたかったのではないでしょうか。
中間部の奔流のような高揚感も、そのワンシーンだと考えると理解できます。
ピアノという最強の相棒を持たない指揮者グールドは、自らの目指すものだけを頼りに奏者達の前に立ったのでしょう。
そう考えると、ぎこちなさも微笑ましく感じられます。

想像で色々書きましたが、この演奏については発売予定がないレコーディングだったということですから、単に「テンポによってどんな響きになるか、試してみたかっただけ」ということかもしれません。
しかし、私には、グールドが遺した「貴重なメッセージ」のように感じられてならないのです。

この録音を行なって約1月後、50歳を迎えて間もないグールドは亡くなります。
まさしく、この「指揮をしたジークフリート牧歌」が、彼の最後のレコーディングになったのです。
彼にあと10年寿命が遺されていたら、グールド指揮によるベートーヴェンやシェーンベルク、リヒャルト・シュトラウスのオーケストラ作品を聴くことができたでしょう。
とりわけ、私はバッハの「ロ短調ミサ」や「マタイ受難曲」が聴きたかった。
多くの方が、そう思うのではないでしょうか。

<曲目>
■グールド : 弦楽四重奏曲op.1
■ワーグナー: ジークフリート牧歌 (13楽器によるオリジナル版)
■ワーグナー: 楽劇「神々の黄昏」より 「夜明け」「ジークフリートのラインへの旅」 (グールド編曲によるピアノ版)
<演奏>
■シンフォニア弦楽四重奏団
■グールド(指揮)、トロント交響楽団のメンバー
■グールド(ピアノ)
<録音>
■1960年3月13日 クリーヴランド(弦楽四重奏曲)
■1982年7月27,29日,9月8日 トロント(ジークフリート牧歌)
■1973年5月14日 トロント(ピアノ)
コメント
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